『はい』

 玲央より少し低い声がした。

「あの、僕玲央の同級生で、西園寺っていうんですけど。玲央帰ってます?」

「え、いや帰ってないけど」

 ドアを開けてから男の人はいう。肩まである黒い髪のに、長いまつげ。細長い手足、百七十センチメートル弱の玲央より高い身長。それに、つやつやした薄桃色の唇。

「玲央のお兄さんですか?」

「はい。ふぁ……。もしかしてあいつ探してます?」

 あくびをしながらお兄さんは首をかしげる。

「はい。急にいなくなって」

「そういう奴なんですよ。友達になるのはやめた方がいいですよ」

 頬杖をついて説明してくれる。

「っ。すいません、お邪魔してもいいですか。部屋、あさらせてください」

「なんで。玲央から聞きました。先生に頼まれて勉強を教えているんですよね? だから今まで話したこともないって」

家の中に入ろうとする僕の腕をお兄さんが掴む。僕と玲央がどういう関係か、知っていたのか。

「そうです。でもあいつ、テストで変な答え書いてたんですよ! だから気になって」

 お兄さんをじっと見つめる。

「……部屋に入っていいです。でもちゃんと、もっとあった通りに片付けてください」

 やった!

「ありがとうございます! すぐに玲央の居場所の手がかりを見つけます!」

 勢いよく頷いて、お兄さんに向かってお辞儀をする。

 ドアを開けて中に入ると、僕はすぐに玲央の勉強机のそばに行った。

 手始めに教科書の全てのページを調べて、何か挟まっていないか調べてみる。ダメだ、何も入っていない。

 ベッドの下も何もない。漫画の間もないな。これで調べていないのは、バスケットボールだけか。ダメもとで調べてみるか。

 ちゃぶ台の下の漫画は全て、手掛かりを探すために触って別の場所にどかしてしまったので、手を伸ばすとすぐにバスケットボールを触ることができた。

 やっぱりただのバスケットボール……ん?
 揺らすとカタカタと音がした。何でだ? 空気が入っているだけなら、こんな音はしないはずだよな?

「あっ?」

 回して触っていたら、縫い目と縫い目の間にファスナーがあった。

 ゆっくりとファスナーを開けて、中に入っていたものを取り出す。

 ディスクの入ったケースだ。DVD? CD?

 僕は慌てて、ダイニングで待機していたお兄さんに声をかける。

「すみません! これって読み込めませんか?」

「え? ああ……ちょっと待ってください」

 ケースを受け取ると、お兄さんはすぐに窓の近くにあるテレビに近づいた。その下にあるプレーヤーを開けて、そこにディスクを入れる。

 すぐに映像が再生された。DVDだったのか。

 どこかの体育館で、黒髪の青年がバスケをしていた。

「これって……?」

「玲央。中学時代の。銀髪じゃないの見るの初めて?」

 僕は頷く。

「はい。そもそも教室だと席近くないし話も一週間前までしたことなかったので、髪色を把握してなかったです」

 お兄さんは目を丸くする。

「マジ? それで手掛かり探すために家まで来るなんておかしいだろ。あいつ、そんなに変な答え方してたのか?」

「はい、相当。何度も目を疑いました」

 お兄さんは額に手を当てる。

「はあ。いい加減、隠すのやめちまえばいいのにな」

 え?

「何をですか?」

「きっとお前の想像通りのことがあいつには起こってる」

 どういう意味だ?

バン!

 
 ボールが跳ねる音を聞いて、反射でテレビに目を向ける。


 玲央は勢いよくボールを跳ねさせてドリブルをし、高く跳ぶ。ダンクシュートだ。ブロックをする三人の男をなんなくかわして、何度もゴールに入れている。

「バスケの天才。ダンクをさせれば百発百中。それが昔のあいつ。かっこいいだろ?」

「はい」

額から汗をきらめかせて高く跳ぶ姿は、まるで翼が生えているようだ。

「かっこよすぎる」

「ずっとそのままでいれたらよかったのになぁ」

 僕は何も言わず、お兄さんを見つめた。

「何かあったんですか」

「それは本人に聞け。もうどこにいるかはわかっただろう?」

 え、わかるわけが……。

「あ。もしかして、体育館ですか?」

「さぁ、どうだろうな? 俺は本人じゃないので答えられねぇよ」

 僕はお辞儀をすると、すぐに玲央の部屋に戻り、片付けをしてから玄関に行った。

「きっちりしてるなぁ?」

お兄さんがそばにくる。

「僕は約束は守る方なので! ありがとうございました! お邪魔しました!」

 大きな声を出してから、僕は玲央の家を出る。

 早く行かないと!

 大急ぎで、学校の体育館へ向かった。

 学校に着いたのは十七時半だった。後三十分で玲央を見つけて学校を出ないと!

 ドンドンドン、ガゴ!

 え?

 体育館の方から、ボールを叩いているような音が聞こえる。

 ドアは鍵がかかっていたので窓から覗き込んでみると、玲央がドリブルをして、スリーポイントシュートをしようとしていた。

 ボールがゴールリングに当たって落ちる。入らなかった。ダンクの方が得意だからか?

 僕は持っていた鞄で、体育館のドアを叩いた。

「開けろよ! 玲央!」

 精一杯の声を上げて叫んだ。声が枯れたって、玲央と話したかったから。