「何で……どうしてこんなことになるんだよ!」
玲央に勉強を教えるようになってから一週間が過ぎた。その日行われた国語の小テストで、玲央は十点を取った。つまり五割だ。
おかしい。漢字は毎日、この読み方は?、この文字の漢字はって聞いてチェックしているのに、こんなことになるなんて。
絶対に何か原因がある。
玲央の答案用紙を握りつぶす。
「羽叶ぉ、本当にごめん」
玲央が俺の席のそばに来て謝ってくる。
「いや別にいいけど……なんでこうなった?」
「わかんない。ちゃんと真面目にやったけど」
シワを直してから答案用紙を見ると、全ての答えがきちんと書かれていたことがわかった。
「だろうな。用紙見ればわかる」
ホームルームの始まりをつげるチャイムが鳴ってしまった。
「今日の教室掃除は七班、廊下は八班で、下駄箱は……。あ、漢字テスト五割以下は三日後再テストだからねー。ちゃんと勉強すること!」
安西先生の声が教室に響く。再テストかぁ。玲央にはもう受けさせたくなかったな。
「西園寺くん、大丈夫? 盛岡先生から聞いたけど、渋沢くんの勉強見てるんだよね? それの疲れが原因で、今回満点逃した?」
ホームルームが終わったので教室の掃除をしていたら、安西先生に声をかけられた。
「たまたまです。うっかりミスして。自分でも信じられないんですけど。半年ぶりに十八点取りました」
テスト一問だけ間違えたんだよな。
安西先生がくすくす笑う。
「そうなの? 気をつけてね。今日もこれから二人で勉強?」
「はい。あいつが逃げなければ。今日からスパルタになっちゃうのあいつもわかってるとは思うので、どう動くか」
ため息をつく。
「案外逃げないと思うよ? 彼、意外と真面目だから」
え?
「何か知っているんですか?」
「ううん、私は知らない。盛岡先生がそう言ってたの」
なんでまた? いつも体育の授業でしか玲央と顔を合わせないのに。
それにあいつ、体育は好きでいつも楽しそうにはしていたと思うけど、真面目に見えることは特にしてない気がする。
よくわからない。
あ。しまった。こんなことを考えている場合じゃない。早く漢字テストが低かった原因を見つけないと。
「原因ねぇ……ん?」
なんで『疎い』の反対側が『尊い』と書かれているんだ。親しいだろ。
間違え方が変だな。疎いの反対なんだから仲良しって書いた方がまだわかる。
憎いの反対なら尊いって書いてもおかしくないだろうが、これは変だ。
「あ?」
これだけじゃない。
「浜辺」の読みが『おかべ』になっている。まるで、さんずいが読めなかったみたいに。
もしかして、疎いは束のところだけしか見えてなかったら、憎いだと思ったのか?
いやでも、それだと問題文の左側だけ見えてないことにならないか?
でも今まで、勉強をしている時にそんな様子はなかった気がする。
それなら一体どうして……?
掃除が終わると、僕は答案用紙とにらめっこしながら、玲央が教室に戻ってくるのを待った。
……来ない!
教室の掃除が終わってからもう三十分は経ったから今は四時すぎだ。玲央の掃除場所は下駄箱だけど、そこからうちの教室までは五分もかからないはず。
まさかあいつ、ついに勉強会をサボる気か?
僕は鞄を待って、足早に下駄箱へ向かった。
「あのさ、渋沢って帰った?」
下駄箱にいたクラスメイトに僕は声をかける。
「あ、西園寺くん。ううん。ゴミ捨て行ってくれたよ。でも戻ってこないんだよね」
「……鞄は?」
「ここにあるよ。だから帰ってくるはずなんだけど」
クラスメイトが下駄箱の前の廊下を指差す。そこには、カバンが六つほど並んで置かれていた。この中に玲央のもあるのか。じゃあどうして。
「ありがとう。僕も用あるから探してみる」
軽く頭を下げてから、僕は近くにあった階段を上がる。
ダメだ。
音楽室も家庭科室も美術室も実験室も覗いてみたけど、全く見つからなかった。
体育館は鍵がかかっていたからいないと考えるのが妥当だよな。
「やっぱりサボったな、あいつ」
教室に戻って鞄を持つと、僕はすぐに学校を出た。そのまま玲央の家へ向かう。
家に着いた。
鞄を置いて帰ることってなかなかないとは思うんだけど。
どうか玲央がいますように。
祈るように手を合わせてから、僕はインターホンを押した。



