「ハハ、玲央といると退屈しないな」

 言葉の返しが面白いから、ついいつも笑ってしまう。

「マジ? 俺も。羽叶といるといつも楽しい」

 玲央が口角を上げる。

「え、なんで」

「だって羽叶、知らないことがあるといつも興味深そうな顔して、楽しかったら思いっきり笑ってくれるじゃん? そういう奴って付き合いやすいから」

 そんな風にしていたのか?

「俺、そんな素直だった?」

「あぁ、かなり素直だよ。言われたことない?」

「あぁ、考えたことも言われたこともない」

 頷くと、玲央は嬉しそうに笑う。

「じゃあ羽叶が素直だって知ってるのは、少なくとも親以外じゃ俺だけだ?」

「うん、俺一人っ子だし、そうなる」

 玲央が僕の肩をこづく。

「俺、羽叶の親友というより彼氏みたいじゃん?」

「っ、なわけないだろ。あんまふざけてると先行くぞ」

「あ、待って羽叶……え?」

 スウィートランドの前で足を止めている僕に玲央が近づく。

「やり方教えろ!」

「もっちろん!」

 腕を持たれ、丁寧に教えてもらえた。

「ふぅ。キットカット十袋に、飴五個にビスケット四つ。あとは……色々あるな。まぁまぁな成果じゃん? 外で食べ歩くにはちょうど良い量」

 店員に頼んで袋に入れてもらったお菓子を見ながら、玲央は満足気に笑う。

「……あのお菓子のタワー、絶対倒せないだろ」

 ガラス張りのスウィートランドの中には、大量のチョコレートの袋できたタワーがあった。それをどうにか倒したくて、玲央にコツを聞きながら五百円くらいつぎ込んだが、全く倒れなかった。


「倒せるらしいよ? ねばれば。でもまぁ、なかなか倒せないようにされてるのは確かだなー。お金をつぎ込ませるために」

 思わず口を開けてしまう。


「くそ、罠にハマった」

「まぁいいじゃん? こんなにお菓子買えたし!」

 嬉しそうな顔をしてお菓子の入った袋を見つめている玲央の様子が可笑しくて、少し機嫌が晴れた。

「これはキットカットで、こっちはチョコパイで、おっ、たけのこもある!」

「やっぱり僕より玲央の方が素直だよ」

 玲央が顔を上げてくれる。
 
「え、そうか? わっかんねぇ。あ、羽叶甘いもの好きだよな? お菓子取ろうとしたんだし。ならクレープ食べ行こ! あとパンケーキとか!」
 
 良い案だな。

「うん、僕も行ってみたい」

「よし! 速攻で調べる!」

 鼻唄を歌いながら、玲央はポケットからスマホを取り出す。

「玲央それ、なんの歌?」

「えーなんだっけ? ナイトメアのBGM?」

 ここでゲームかよ。お菓子と関係ある曲じゃないのか。

「ゲームと甘いもの好きすぎ」

「お前もな!」

 そんな風に玲央と延々とやりとりをしながら、クレープ屋へ行った。

**

 店のドアを開けると、店内中から甘い香りがした。

「んーヤバっ。この匂いめっちゃ良い。羽叶、何頼む?」

 店員に案内されて席に着くと、玲央はすぐにそう言ってくる。犬みたいに鼻をひくひくさせている。

「とりあえずホットチョコレート。あと……クレープはいちごがいい」

「結構な甘党だな? ホットチョコレートは俺も頼みたい。ただ、クレープは抹茶派なんだよなぁ。来たら一口交換しねぇ?」

 テーブルを挟んで向かいにいる僕に身体を近づけて聞いてくる。

「いいよ。僕も抹茶食べてみたい。どうせならアイス入り食べたいな」
 
「おお、だいぶ腹減ってる? 実は俺もなんだよなぁ。勉強後だし、食べ過ぎちゃいそう」

 メニューをめくり、玲央は声を上げる。

「お、この抹茶アイスに黒蜜ときなこかかってんの美味そう。組み合わせ最強じゃね?」

「和風すぎだろ。僕はこのいちごとバニラアイスと生クリームがあるの食べたい」

 メニューを指さすと、玲央が腹を抱えて笑い出す。

「アハハハハ! マジで超甘党じゃん! 羽叶のイメージ、仲良くない時と正反対すぎなんだけど。甘いもの嫌いなのかと思ってた」

 そんな風に思われていたのか。

「なんで?」

「え、だってお弁当のあとにフルーツ食べてた時も、口に入れたらすぐにマスクしてたから。あれじゃあ何考えてたのかわかんねぇよ。もしかして、隠さないとニヤニヤしてるのバレると思った?」

 ふにっとマスクごしに口を触られてしまう。

「っ、そんなんじゃねぇよ! 顔見られたくなかったから。まぁ……ニヤニヤはしてたかもしんないけど」


「あはは、やっぱ? あ、羽叶マスク取れよ。店ではずっとそうしといて。じゃないとマスク汚れるかもだろ? アイスが不意に垂れて」

 あ、確かにそうだ。

「はぁ……まさか、このためにクレープ屋に来たとか言わないよな?」

 ため息をつきながらマスクを外す。

「おー、ちっちゃくて真っ赤な唇に、さらっさらの黒髪に長いまつげ。二重の大きめな瞳。遠目で見ると本当に女だな?」

 頬が赤く染まっていく気がした。

「っ、声に出して言うな。母さん似なんだよ、僕。父さんに似ていたら、もっと怖い顔だったのにねってよく母さんに言われる」

「へーぇ? でも怖くない方がいいじゃん? 親しみやすくて。俺は羽叶の顔好き」

 身体が一気に熱くなる。

「あっつ! ここって暖房ついてる?」

「あーそんなことないだろ。照れんなよ」

 肩に手を置かれ、耳元で囁かれてしまう。近すぎる!

 僕は慌てて玲央から離れた。

「照れ屋」

「っ、うるさい!」

 デコピンをしてやると、玲央は痛そうに顔をしかめる。

「おいっ?」

 僕をじっと見つめてくる。知らんぷりをする。

 自業自得だ、バカ。

「はぁ……あっま。これを食うために生きてるなぁ」

 クレープを食べると、玲央は幸せそうな顔でそう口にする。

「大袈裟だろ」

 いちごにかぶりつきながら突っ込む。

「なに、大口開けながら言ってんだよ。説得力なすぎ! 俺より幸せそうに食べてんじゃん」

「っ、美味しいんだよだって!」

 玲央が俺の頬についているクリームをとって舐めてしまう。

「本当だ。超甘い!」

「なっ、は? お前、なんでそんなスキンシップ激しいの?」

「えークセかも。兄貴には何しても嫌がられないから、よくこんな感じだった」

 マジか。お兄さん、めっちゃ玲央を甘やかしていたんだな。嫌がっても別にショックは受けなかったかもしれないのに。


「っ、僕にはもう少し控えめにして」

「はーい、羽叶せんせ」

 また先生か。

「その呼び方好きなのか?」

「いや? でもそう呼ぶと羽叶が眉間に皺寄せるからおもろい」

 おもろいじゃねぇわ!

「そんな顔を見るためだけに呼ぶな」

「はーい」

 睨みつけると、笑って頷かれた。 

 はぁ。この調子だと、絶対にまた呼ばれるな。