それから僕は毎日五時間以上玲央に勉強を教えた。
その成果は少しずつで初めて、最初は二点だった漢字テストも、十点以上を取ることが増えるようになった。
まぁ僕が学期末の範囲からランダムに漢字を選んで作っているテストだから、実際のテストよりは簡単だろうけど。
実際のテストは範囲の中でも難しい漢字の読み方や書き方が問題に出るだろうから、もっと大変なはずだ。
「はぁ……なぁ、羽叶、どっか行かね? 勉強飽きた!」
勉強をするようになってから三日が経った日、ついに玲央はそう言った。
「今日はもうしたくない?」
「はい! どうしても嫌です!」
ピーンと玲央は手を上げる。どれだけしたくないんだ。
まぁ最終下校時刻の六時は過ぎてるし、やめるにはちょうどいい時間か。
「んーゲーセン、カラオケ、ファミレス、甘いもの系の店の四択」
「ゲーセンとカラオケで! 羽叶UFOキャッチャーしたことある? ない?」
玲央は教科書とワークを片付け始める。
「ない」
「じゃあ俺がなんでも取ってやるよ」
鞄を肩にかけて玲央は歩き出す。僕、勉強終わりって言ってないんだけどなぁ。まぁいいか。こうなったらもうしないと思うし。
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「あー落ち着く! 久しぶりのゲーセン最高!」
ゲーセンに着くと、玲央は深呼吸をした。
「お前そんなゲーセン好きなの?」
「あぁ。だってここ、なんでも手に入るじゃん? フィギュアに菓子に、ぬいぐるみに! 余計なものはプリクラだけ!」
プリクラは興味ないのか。まぁ男はみんなそうか。
玲央が腕を組んでくる。
「羽叶何欲しい?」
「んーまずは回らせて」
玲央は勢いよく頷く。
入り口の近くはお菓子のあるスウィートランドがあって、その奥にはフィギュアやぬいぐるみのUFOキャッチャーがあった。
三階建てだから、二階はプリクラで、三階はパチンコらしい。
じゃあ上は行かなくていいな。
「んーお菓子」
「えー、そこは抱き枕とか言えよ。あそこにあるじゃん、でっかいの」
ゲーセンの奥にあるいるかの抱き枕を指差して、玲央は不満を漏らす。
「……そんなの取れるのか? 取れるなら欲しいけど。夜眠れそうだし」
「じゃあ取ってやるよ」
親指を立てて、玲央は得意げに笑う。
「羽叶、これ持ってて」
中にあった財布を取ってから、玲央は僕に鞄を預ける。
ぬいぐるみはよくある、アーム型のUFOキャッチャーの中に入っていた。
ぬいぐるみのタグのところに白い輪っかがついている。あれにアームを通せば、落ちやすいのだろう。でも輪っかの直径は三センチメートルもなかった。
むずいだろ。
「玲央、やっぱり取らなくて……あ」
玲央がボタンを操作すると、アームが動いて輪っかの中に入った。そしてそのまま、ぬいぐるみを連れて行く。
音を立てて、ぬいぐるみは穴の中に落ちた。
「すご! 一発じゃん!」
「まぁな。俺授業中にいつもゲーセン行ってたし」
思わず頭を叩く。
「学校を抜け出すな」
「いって! いるかあげねぇぞ!」
ええ。それは嫌だ。
「ごめん。欲しい」
「アハハ! 素直かよ。嘘だよ。はい、どうぞ」
穴からとったいるかを、玲央は僕に差し出してくれる。
いるかは百センチメートル近くあって、抱きしめると、とてもふわふわしていた。
「寝れそう?」
「うん、ありがとう」
いるかをますますぎゅっと握って笑う。暖かい。玲央の温もりがこもっている気がする。
やった。友達からプレゼントなんてもらったことなかったから、本当に嬉しい。
「羽叶、次は何する? 本当にお菓子欲しいなら、スウィートランドすれば飴やチョコは取れると思うけど」
「ほしい。食べながら玲央と家帰りたい。僕、放課後に寄り道ってしたことないから」
玲央は頬に手を当てる。
「マジ? 俺が初めて寄り道したの小一だぜ?」
「……友達玲央だけだから」
小中学時代は自分が放課後にナンパされているところを誰にも見られたくなかったから、一人でさっさと帰っていたし。
「へーぇ? じゃあ俺は毎日玲央を独り占めだ?」
確かに。言われてみればそうだ。
嬉しそうに玲央は歯を出している。
「独り占めが嬉しいのか?」
「うん。だって羽叶と遊びたいって奴実はたくさんいるかもしれねぇじゃん? それなのに俺が独占しているわけだし」
僕は首をかしげる。
「玲央以外いないと思う」
「いーや? マスクの下覗きたくて、遊びたいって言ってる奴クラスメイトに結構いるぞ? まぁ、遊んでもマスクの下わからないから意味ないけどな?」
マスクの下か。
「人って、どうして見えないものに惹かれるんだ」
「気になるんだよ。隠しているからこそ。メガネだけで十分じゃね? なんでマスクまで」
玲央が僕に近づいて、マスクに手を伸ばす。慌てて一歩後ろに下がる。
「っ、メガネだけだと女かと勘違いされて声かけられるから。メガネとマスクなら陰キャっぽくて声かけられない」
「ふーん? お前の素顔ますます見てみたくなった。やっぱり外していい?」
「しばくぞ」
玲央が一歩後ろに下がる。
「おっかね。冗談だっつーの」
本当にそうか?
「あ、今嘘だと思った? 違えよ? 外す気なんてないって。いつかお前が自分から取ってくれることに期待する」
「そんなこと起きない」
玲央が八重歯を出して無邪気に笑う。
「起こす。なんとしてでも」
そもそもどうやってそんな事態にするんだよ。
でもまた、他人に自分から顔を晒せるようになったら生きやすいだろうな。
そう思って、僕はつい頷いた。
「……いつか見れるといいな、僕の顔」
「絶対見てやるよ!」
自信満々の声を聞いて笑う。だからどうやるんだよ。



