眠れない。

 もう夜中の二十五時なんだけど。

 僕はすぐにスマホを起動して、玲央に電話をかけた。

『お、本当に電話してきた。眠れない?』

 玲央の声の他に、カチャカチャというゲーム音が聞こえる。

「うん。今何のゲームしてんの?」

「ナイトメア。ボスに追われてる」

 ホラーゲームか。

「玲央ってホラー平気なのか?」

『いや基本無理。赤鬼したことねえし。でもナイトメアはほら、主人公が可愛いじゃん? 謎解き要素もあるし』

 一理ある。

「確かに。頭使うゲームは面白いよな」

『だろー? その分死んだ時は悔しいんだけど』

 玲央の笑い声がスマホから聞こえた。

『羽叶、今度通信しねえ? テスト終わったらでいいからさ』

「そうだな、しよう。楽しみにしてる」

『やった! さっすが羽叶!!』

 とても元気の良い返事が聞こえた。ガッツポーズでもしているのかもしれない。

『ナイトメアの上手さだけは羽叶に勝てる気がする!』

 笑いながら首を振る。

「ゲームでしか勝てないって、自信満々に言うなよ。僕、玲央には運動でもかなわないと思うよ?」

『運動は無理だよ、俺も。もう得意じゃなくなった』

 得意じゃなくなった?

「それってどういう意味?」

『そのまま。俺、最近全然運動してねぇもん。だから超運動音痴になってそう』

 バスケしなくなったからか?

「バスケやめたからって、運動音痴にはなってないだろ」

 玲央は何も言わない。

『……そうだと良いんだけど』

 やっと聞こえた返事はとても小さかった。

「自信なすぎだろ。そんな運動してないんだ?」

「あぁ。最近は歩行しかしてない」

確かに。昨日、体育サボってたもんな。 

「たまには走れば?」

「確かに。玲央、今度競争しようぜ」

 なんで僕も一緒なんだよ。

「絶対嫌だよ」

「えー! 一人で走ってもつまんねぇじゃん! じゃあジム! それなら良いだろ? ランニングマシンで走ろうぜ」

それなら勝ち負けもないしマシか。

「わかった」

「よっしゃ!」

 嬉しそうな声が聞こえてくる。ガッツポーズでもしているのかもしれない。

「玲央、赤点回避したら打ち上げしよう」

『ええ、マジ? 羽叶のおごり?』

 大声で食いついて来た。素直すぎるだろ。

「ああ。カラオケくらいでいいならおごってやるよ」

『言質取ったからな? 楽しみー』

 語尾に音符がついているかのような機嫌の良さだ。

「玲央、わかってると思うが、回避しなかったらおごらないからな?」

『ひい。が、頑張る』

 高い声を出して玲央は頷く。

「よろしい。あ、ゲームは一時間でやめろよ? あんまりすると授業中に居眠りするだろ」

『えー! やっぱ羽叶鬼だ! スパルタ!』

 声がでかい。耳元で叫ぶな。

「お前がアホだからだろ。恨むなら僕じゃなくて、授業中に寝た自分を恨め」

 玲央の笑い声が響く。

『はは! 確かに。……でも俺、勉強楽しくないんだよ。羽叶と違って』

 何言ってんだ。

「僕だって楽しくないよ。でも勉強はしたらちゃんと結果が出るのが良いと思ったからしてるだけ」

 本音を吐露すると、玲央は笑った。

『おお、そうなの? 知らなかった!』

 玲央が元気よく声を上げる。

『じゃあ羽叶が楽しいと思うものって何?』

「……料理。親がいない時はよくする」

『じゃあ羽叶、俺の弁当作って!』
 
 ええ。

「気が向いたらな」

『えー俺、そういう確信のない返事嫌い。明日、作って』

 急すぎるだろ。

「国語のワークちゃんと終わらせてくるなら」

『もう終わってる!』

 本当か?

「わかった」

 ため息を吐きながら僕は頷いた。

**

「お弁当ねぇ……」

 卵を割ってといで、チーズと塩胡椒をかける。フライパンにそれを流して、ヘラでいくつかに織る。たまごやきはこれでよし。

 玉ねぎと卵と挽肉を混ぜて、お弁当に入る大きさのハンバーグを二つ作って、ウインナーとシャケも焼く。

 これで四つか。あとはサラダとかトマトとか、冷凍食品でも入れればいいだろう。

「羽叶ちゃん、いい匂いだね? 何作ってるの?」

 二階にいた母さんが階段を降りて、キッチンへ来る。

 薔薇の香水の香りがしたと思ったら、後ろから抱きしめられた。

「っ、母さん、怪我する」

「あは、ごめんね。あまりにも綺麗な顔と身体だから、つい」

 抱きしめるのをやめたと思ったら、今度は頬を触ってくる。赤に黒いストーンがついたネイルに、大きなつけまつげと真っ赤な口紅で装飾された顔が派手で目を惹く。  

「はぁ。明日のお弁当作ってるんだよ。残り物は食べていいから、離れてて」

「そうなの? ありがとう、羽叶ちゃん」

 ちゃんじゃないんですが。

 母さんは僕の頭を撫でて離れていく。僕の顔を綺麗だと思っているから、ずっとちゃん付けなんだよな。
まぁもう慣れたから良いけど。

「一人分じゃないね?」

 からかわれると思ったから、自分から言わなかったのに、気づかれてしまった。


「……友達できたんだ、クラスで。作ってきてって頼まれたんだよ」

 母さんは目を見開く。

「ええ、入学初日から一匹狼だった羽叶ちゃんがついに友達を作ったの? 今度紹介してね!」

 やっぱりからかわれた。

「……気が向いたら」

 肩を落として、浮かない声で返事をする。

 確かに友達はいなかったけど、別に一匹狼じゃねぇよ。話する奴くらいいたよ。
  
「なにこれ! 信じられない美味さなんだけど!」

 翌朝のお昼、お弁当を温めるため、僕と玲央は鍵を借りて家庭科室に行った。

 温め終わったお弁当を食べると、玲央は口を大きく開けてそう言った。 

 瞳をとてもキラキラさせて、よだれを溢している。

「大袈裟だろ」

「いやマジで美味いって! ハンバーグはほどよく焼けて柔らかいし、しゃけも卵焼きも美味い! チーズ伸びる! 料理人並み!」

あまりの褒めようについテンションが上がる。嬉しい。

「ありがとう。また言えば作るから」

「じゃあ毎日頼んでいい?」

 そんなに気に入ったのか?

「いいよ。少なくともテスト勉強期間中は。それで勉強のやる気出るなら」

「あざーす!」

 九十度くらい深く頭を下げられる。

 一体どれだけ気に入ったんだよ。面白すぎるだろ。

「はは、ハハハ! お前本当に素直すぎ」

 思わず声を上げて笑ってしまう。

「だろ? 俺の取り柄」

 玲央を見つめて頷く。良い取り柄だ。