玲央が特別支援学校に転校してから、半年以上が過ぎた。

 今は八月。学校では、放課後や昼休みに三者面談が行われている時期だ。

 僕も先週終えて、この調子なら羽叶くんは東大も余裕ですねと言われた。そんなわけはないと思うけど。

「っ、わかんねぇ」

パジャマを着てベッドの上にいた僕は、ついいるかのぬいぐるみを握りしめた。

 好きって、恋って、愛ってなんだ。どういう気持ちをそう言うんだよ?

「羽叶ちゃーん? 玲央くん、迎えに来ちゃうわよー?」

 母さんが部屋のドアを開けた。

「やだもう。まだパジャマじゃない。あ、またそのいるかと寝てたの?」

クローゼットからワイシャツを取り出して、母さんは僕に渡す。

「玲央がくれたから。母さん……いつ、父さんのこと好きになったの」

 ワイシャツを受け取ってから聞く。

「えぇ、急になんの話? んーお母さんまだ三十六だから、二十歳くらいかなぁ」

 ハンガーにかけてある僕の制服を取りながら、母さんは言う。

「初恋?」

「んーん、初恋は小学生。でも私は初恋したあの人に成人式で再会してまた恋に落ちたかな」

 そんなこともあるのか。

「漫画っぽ」

「だよねー。私もそう思う」

うんうんと母さんは頷く。自覚あるんだ。

「遠距離嫌にならないの? 父さん、単身赴任で全然帰ってこないじゃん」

 鞄の中を見て忘れ物がないかチェックしながら、僕は尋ねる。

「でも毎日電話はしてるでしょ? 羽叶ちゃんだって、毎日話してるじゃない」

「そうだけど、不安にならない? 誰かと良い感じにってないかって」

「ならないわよ、信じてるから。何羽叶ちゃん、ついに好きな人できた?」

 ワイシャツのボタンをとめている僕を見て、母さんは愉快そうに笑う。

「わかんない。でも、いたらいつも楽しくて、ずっとそばにいたいと思う奴はいる」

「それはもうほぼ恋だねぇ。確信するには、その子が他の子と手を繋いでいるのを見ると嫉妬するか、試してみるしかないかも」

 母さんが僕の胸を指さす。

「そんな場面滅多にないだろ」

「あはっ、そうだね。ほらほら、早く着替えて!」

 制服を渡され、それに着替える。

 ピンポーン。

 ヤバっ。玲央来た。

 インターホンの音を聞いて、慌てて僕は鞄を持って玄関へ行った。

「おはよう」

「おはよう、羽叶ちゃん?」

 玲央が僕を見て笑う。

「やめろ、その呼び方」

 睨みつけると軽く流された。

「はいはい。友達できた?」

 玲央の学校に向かって歩いていたら、聞かれた。僕は首を振る。

「まだ」

「あはは! 俺が転校してからもう半年だぜ? いい加減作れば?」

「作り方がわからない。玲央の時は先生からのお願いがあったから、それがきっかけになったけど、そういうのがないと」

 玲央が目を丸くする。

「へーぇ? 不器用だな意外と。教科書をわざと借りたらいいんじゃね? それかお菓子渡してみるとか」

 確かに。それいいな。やり易そう。

「今度してみる」

「おう、してみろ。あ、でも俺とのこの時間に友達連れてくるなよ? それは嫌だ」

「わかってる。僕だってこの時間に玲央以外と会うのは嫌だよ。毎日、一時間早起きして時間作ってるんだから」

 玲央の言葉に頷く。僕は玲央が転校してから、毎日一時間早起きして玲央を学校に送り届けてから、自分の学校へ行っている。少しでも長く玲央といたいから。

「えー、今のもう一回言って! 録音するから!」

 思わず玲央を睨む。

「却下だアホ」

「でっすよねぇ。はぁ……もう俺達カップルで良くね? こんなやりとり、そういう奴らしかしないって」

 玲央が僕の服の裾を握る。

「……でも僕まだ、恋も好きもわかんない」

「そうだった。羽叶、例えば俺が親や兄じゃない男と二人でいたら嫌だと思わない?」

 僕の肩を軽く掴んで、玲央は聞く。

「そう思いそうだけど、それって恋なのか? 嫉妬くらい、親友が誰かに取られたってするだろ」

「そうだよなあ。羽叶は素直だもんなぁ。親友でもしそうだよなぁ」

玲央がうんうんと頷く。

「なんでもわかっているみたいに言うな」

「え、だってなんでも知ってるじゃん?」

 玲央が僕に近づく。

「そうだけど!」

「あっ、玲央待って……んっ、んぅ」

 腕を掴まれたと思ったら路地裏に連れてかれ、キスをされた。そのまま歯を舐められて、舌を触られる。その瞬間、全身が熱くなってしまった。

 手足が震えて、腰がびくびくする。

「はぁ、はぁはぁ」

「かーわい。長いと息上がっちゃうの。慣れてない証拠」

キスが終わり、玲央の胸に顔を預けていたらそんなことを言われた。

「うるさい、バカ。ここ外。誰かに見られたらどうするんだ」

「ああ、そうだった。じゃあ後一回だけな」

 背中をそっと撫でられながら、またキスをされる。

「んっ、んぅ」

 また身体がビクビクする。唇を離すと、玲央は抱きついてくれた。

「あーこのまま学校サボって羽叶とどこか行きたいなぁ」

「そ、それは俺も。でももう終わり。遊ぶのは放課後になってから。じゃないと遅刻する」

「だよなぁ。はぁ……羽叶、またな。どうせあと五分もしないで着くからここでいい。いつも送ってくれてありがと」

 僕から手を離して、玲央は頷く。

「わかった。また放課後に」

「あ、待って羽叶。忘れものしてる」

「えっ、はっ、はぁ??」

 腕を引っ張られて思わず振り向いたら、頰にキスをされた。

 全身が熱くなる。

「ハハ、りんごみたいでかーわい。じゃあな」

 腕を離して玲央は去っていく。
 
「……クソ。ドギマギしてるの僕だけかよ」

 小さくなっていく玲央の後ろ姿を見つめながら呟く。

 なんで玲央はあんなに恋愛慣れしてるんだ。いや単にキスが上手いだけか?

「玲央、彼女いたことある?」

 ラインでそう送ると、電話が来た。

『いや? お前が初めてだよ!』

 大声で叫ばれた。だから外なんだって!

 それにまだ僕らカップルじゃないけど。

『え、渋沢? 何してんの?』

 スマホから知らない人の声が聞こえた。同級生か?

「はぁ……。いちゃついてる、未来の彼氏と」

『マジ?』

 玲央が食いついて、また大きな声で聞いてくる。

「未来のな。まだだから」

『わかった、覚えとく!』

 すごく嬉しそうに言っているのが可笑しくて、つい笑ってしまった。

「はは、またな」

『あぁ、放課後な』

 通話が切れた。

 少し寂しい。学校が違うと、授業中や十分休みはいつも会えないから。

 あ。玲央に三者面談、いつになったか聞き忘れた。もし放課後だったらその日は一緒に帰れなくなるだろうから、先に知っておきたかったのに。

 ついでに進路もどうするのか聞こうと思っていたのに。まぁ放課後に聞けばいいか。

**

「玲央、三者面談いつになった?」

「ん、あー待って。来週の水曜の放課後。四時半からからだから羽叶帰ってていいよ」

 スマホを見ながら玲央は肩を落とす。

「いや……暇だし図書館で勉強してる。終わったら来て」

 やっぱりそうしよう。

「マジ? 嬉しい!」

 玲央が抱きついてくる。だから素直すぎなんだって。

「進路は? どうすることにした?」

「とりあえず体育教師。クラブチームのコーチとかだとバスケに触れ合う機会多過ぎて跳びたくなりそうだし。教師ならバスケ以外もするじゃん?」

 確かに。

「でも体育の先生でもお前跳びそうだけど」

「じゃあ羽叶が止めて」

「ん。僕も国語の教師になる」

 玲央の頭を撫でて笑う。

「おー、マジ? 超嬉しい!」

 手を握ってくれた。

「二人で教師なろうぜ。わんちゃん同じ職場になるかもだし」

「確かに。夫婦じゃないからね」

 それが男同士のメリットかもしれない。

「あでも、あんまりイチャついたらバレるか。気をつけないと」

 確かに。

「空き教室でしようとか考えるなよ?」

「あれ、バレた? なんで?」

 なんでじゃねぇよ!

「わかりやすいんだよ、玲央の考え!」

 声を上げると、ため息を吐かれた。

「はぁ。俺より羽叶の方が、俺のことわかってんじゃね?」

「そりゃあそうだろ。お前が気になってるんだから」

「え、羽叶今のもう一回!」

「っ、言わねぇよ!」

 両手を握られ、上目遣いで見つめられてしまう。

「っ、あーもう! たぶん好きだ!」

 叫ぶと、またキスをされた。だから外なんだって!

(了)