玲央が食べて空になったお弁当箱を公園のゴミ箱に投げ捨てる。
一生懸命教えたのに、玲央も楽しそうにしていたように見えたのに、あんな風に言われたのがものすごくイライラするし、悲しい。
なんで今更、そんなこと言うんだよ。
「途中で投げ出すくらいなら、最初からやろうとすんなよバカ」
おかげでこっちは消化不良だ。
「……庇ったか」
左目のそばを触って呟く。
きっとわざとそうしたんだろうな。バスケができない自分を作るために。
だって、盛岡をわざわざ庇う理由なんてきっと玲央にはない。退部をやめるように言ってくる先生なんてむしろうざくて、庇いたくないと思うだろう。僕なら絶対にそうだ。
「ダンクができない自分が嫌だからって、自分から目が見えなくなるように仕向けるって……漫画かよ」
よくそんなことをする気になれたな。僕なら絶対になれないぞ。
……そこまでしないと、バスケを続けてしまいそうだと思ったのか?
『好きなら続ければいいのに』なんて能天気なことは言えない。そうしていたら、きっと本当に歩けなくなっていただろうから。
でもだからって、バスケと一切関わらないでいる必要はないだろ。
辛いなら。
関わらなくても辛くても苦しくもないなら、言うことはない。でも違うんだろ?
違うから泣いていたのではないのか? それなのになんで、またバスケをしようとしないんだよ。
やっぱり膝と目が原因か?
「はぁ……」
クソ。わかんねぇよ。友達が玲央以外いない僕に励まし方なんて。
「姉ちゃん、何があったんだ?」
「泣いちゃってかわいいなぁ。慰めてあげようか?」
公園のベンチに座っていたら、安い染髪料で染めたような茶髪の髪の男と、黒髪の男と目が合った。
また女と間違われた。涙で視界がぼやけるからってメガネを取っていたせいだ。メガネとマスクをつけていれば、誰にも声をかけられないのに。失敗した。
「っ、結構です」
首を振って立ち上がる。逃げないと。
「あれ? 声が低いなぁ? もしかして男だった?」
肩を掴まれた。気持ち悪い。
「いやいや、この可愛さでそれはないでしょー」
「ひっ?」
服越しに胸を揉まれた。
ガン!
胸を揉んでいた男の後頭部に、バスケットボールが直撃する。気絶した。
え? こんなことをする奴、一人しか知らない。
「玲央?」
助けてくれたのはやっぱり玲央で、僕と目が合うと笑ってくれた。
「俺の可愛い彼女に手、出してんじゃねぇよ」
「なんだよ、男連れかよ!」
もう一人の男が気絶した男を抱え逃げていく。
「玲央、ありがとう」
隣に行くと、頭を撫でてもらえた。
「ん。マジで女と間違われてたな。まぁ、その容姿じゃ当然かぁ」
僕の顔をまじまじと見つめながら、玲央は頷く。
「なんで来てくれたんだ?」
「夜道に一人って危ないじゃん? もう六時過ぎてるし。……ごめん、嘘!」
手を合わせて謝られた。
「え?」
「……俺、特別支援学校行くかもしんない。漢字テストの結果次第でそうしたらって母さんに言われたんだ。それでどうせ離れるなら、嫌われてから離れた方がもう会わなくて済むかなぁと思って、わざとひどい言い方した」
はぁ?
「何だそれ!」
怒りが増して、思わず玲央の胸を叩く。
「本当にごめん。……俺、泣かせたことが辛くて追いかけてきたんだよ。アホだよな」
アホすぎるわ!
「っ、特別支援に行ったら、障害者扱いされちゃうんじゃないのか?」
僕の涙を殴ってから、玲央は頷く。
「そうだよ? でももう健常者のフリは無理かなぁって。テストの点上げられないし。申請しても、なんであいつだけ別室でテスト受けてるんですかって先生に聞く奴いそうだし」
確かにそういう無神経な奴はいるかもしれない。
「そんなの僕や先生がちゃんと説明すれば!」
「その説明すら、信じない奴もいるかもだろ?」
確かにそうだけど!
玲央の服を掴む。
「それで本当にいいのか?」
「うん、俺は大丈夫。ありがとな、羽叶。友達になってくれて」
抱きしめてくれた。
「っ、もっと一緒にいたかったのに」
「いれるよ。また連絡するから」
額にキスをされた。
「えっ、はっ、はぁ??」
全身が熱くなる。
「何してんだよ!」
「キスだけど? もしかして、されたことない?」
顔を覗き込まれる。
「ねぇよ!」
「そっかぁ。羽叶はやっぱり恋愛初心者だったかぁ」
うんうんと頷かれた。すごく馬鹿にされている気がする。
「僕だって別に恋くらい……したことない」
「やっぱり? じゃあゆっくり落としてやるよ」
頬にキスをされてしまった。
「っ、僕はお前のものなんかにならな……んっ、はぁはぁ」
またキスをされる。舌が触れると体が震えた。息ができなくなる。胸を叩いたら、今度はさっきよりも強く抱きしめられた。
「玲央?」
「初めてだったんだ。何も言ってないのに見破られて、心配されてバスケ続けたいんだろって言われたの。すげぇ嬉しかった」
「でもお前、どこまで調べたんだって怒って」
「怒ってるフリしてた。嫌われたくて。本当にごめん!」
それも演技かよ!
「友達じゃなかったら殴り殺してる」
「ひぃ。二度としないから」
怯えたような声を出してから、玲央は首を振る。
「ならいい。僕、嘘は嫌いだから。覚えてて」
「もちろん! 覚えとく!」
小学生みたいに元気よく頷く玲央を見て、つい口元が綻ぶ。
「玲央……いつか僕にバスケ教えて?」
「ああ、必ず! ……俺、バスケを続ける方法やっぱり探してみる。その方がきっと幸せになれるから」
「本当か? じゃあ俺も探すの手伝う」
よかった、そう考え直してくれて。
「ありがとう!」
玲央がとても嬉しそうに笑う。今まで見た中で、一番良い笑顔だ。
また笑ってくれるようになって本当によかった。



