五月生まれの三和は、一歳になる前の四月から保育園の最年少クラスに放り込まれている。最初は当然ギャン泣きしていたようだが、六月になった現在ではすっかり慣れて、人懐っこく保育士の先生に甘えたりもして、初めての小さな社会の中で逞しく生き抜いていた。
 これまでほとんど病気もせずに小さな体で頑張っていた彼女であったが、六月というのはジメジメとした梅雨の空気に、大人ですら心身の健康を損いやすい時期である。この世界にやって来たばかりで、免疫という防備が整っていない彼女が体調を崩すのは当然のことであった。
(にしてもマジでこのタイミングかよ……)
「ごめんね伊近君。土曜日だしお友達との予定とかあったんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。例えあったとしても、三和の安全確保以上に重要な約束なんてありませんから」
「……たまには二葉に頼んでも良かったんだけど」
「二葉には言わないで下さい。あいつ部活休んで三和の面倒見るとか言いかねないんで」
 高校に進学してから、二葉は合気道部に入部した。俺もすぐに入部届を持って道場に向かったのだが、外部顧問が頭の固いババアで一年生からの入部しか受け付けていないのだと突っぱねられた。ここでごねて無理矢理居座れば二葉の印象が悪くなるため、俺は仕方なく撤退するより他なかった。まあ部員のほとんどが女子で顧問も女だし、せっかく二葉が踏み出した新しい道を閉ざすような真似はしたくなかったため、俺は断腸の思いで合気道部に関与することはやめた。
 ただ、土曜稽古の送迎を拒否されたのだけはいまだに納得いかない。なんでも一緒に行きたい友達がいるのだとかなんとか。まあ、初嵐以外にも友達ができたのなら、それはそれで喜ばしいことではあった。
「……分かったわ。熱はあるけど元気そうだし、今日は一日様子見しておいてくれる? レトルトのベビーフードと、お菓子も置いてるから。月曜日だったら何とか有給取れそうだし、熱が下がらないようだったら私が病院連れて行くから」
「俺が今から連れて行きましょうか?」
「う~ん、あんまり早く受診しすぎるとウイルスに反応しなくて原因が分からなかったりするからねぇ。それに伊近君にそこまで頼むのはさすがに悪いから……」
「あれ、母さんまだいたんだ。兄さんと何話してるの?」
 ジャージ姿で合気道着の入った袋を担いだ二葉が二階から不思議そうな表情で下りて来たため、俺は慌てて二葉の背中を押しながら玄関の方へと追いやった。
「ほら、義母さんと一緒に行けよ。お前も早く出ないと待ち合わせに遅れるぞ」
「あ、うん」
 二葉は慌てた様子で玄関に下りると、母親と並んで扉を押して外に出て行った。相変わらず華奢な背中だったが、母親と並ぶと何となく以前より背が高くなっているように見えた。
(やれやれ、問題はこれからだな)
 リビングの床に敷かれたベビー布団の上ですやすやと眠っている三和の枕元に腰掛けると、俺は憂鬱な気分でポケットからスマホを取り出した。メッセージアプリで初嵐とのやり取りを開くと、毎日割と決まった時間に律儀に送られて来ているメッセージの履歴が目に入った。必ず朝と夜に一通ずつ、決して長い文章ではないが、デートの約束をした日から毎日欠かさず送られて来ている。
『おはようございます』
『お休みなさい。3』
『今日はいい天気ですね』
『お休みなさい。2』
『今日は雨みたいです』
『いよいよ明日ですね。楽しみにしてます! お休みなさい。1』
(この『お休みなさい』の後ろの数字はカウントダウンなんだろうな。なんだかメンヘラ彼女みたいなんだが。まあでも俺に即レスを強要する感じではないし、未読スルーでも怒らないし、メンヘラとは違うか)
 俺は小さくため息をつくと、『楽しみにしてます!』と書かれたメッセージの下に残念なお知らせを書き込んで送信した。
『三和が熱で保育園に行けなくなった。ごめん』
 これで彼氏力マイナス百点だ。
(参ったな……)
 罰則はもちろん困る。だけどそれよりも、毎日送って来るメッセージにカウントダウンを付けるほど初嵐が今日のデートを楽しみにしていたのかと考えると、罪悪感に胸がチクリと痛んだ。
(あいつ、クールな見た目の割に妙にロマンチストで情緒不安定なんだよな。月曜会った時に機嫌悪かったらどうしよう……)
 ピンポーン! と、突然玄関の呼び鈴が鋭い音で来客を告げたため、不意を食らった俺は座ったままその場でビクッと飛び上がった。
(えっ! なんだ? 宅配便? まだ八時過ぎなんだけど……)
「お兄さん、おはようございます!」
 満面の笑顔を浮かべながらインターホンのカメラに写っているイケメンを見て、俺はその場でズッコケそうになった。
「初嵐? お前どうしてここに?」
 慌てて玄関の扉を開けると、彼は全く悪びれる様子もなく、あたかも予定通りであると言わんばかりに自然にうちの中へと入って来た。
「三和ちゃんが保育園に行けなくなったって連絡もらったんで、それじゃあ今日はお家デートしかできないなって思って」
(……メッセージの語尾の『ごめん』ってそういう意味じゃなかったんだけど)
「てかお前来るの早くね?」
「今日が楽しみ過ぎて早く目が覚めちゃったんで、一時間くらい前からこの辺ウロウロしてたんです。ほら、ちゃんとデートのために服装にも気を付けて来たんですよ」
(怖っ!)
 そこで初嵐は急に笑顔をスンっとおさめて、真剣な表情で俺の方へと一歩詰め寄った。
「それにうかうかしてると、デートキャンセルしたいって二通目のメッセージが届くかと思って、メッセージ受け取った瞬間間発入れずにインターホンを押しました」
(ひえええええ~)
「うえ~ん!」
 ボーダーコリーに詰め寄られて冷や汗をかきながら後退していた俺は、リビングから聞こえて来た子供の泣き声にはっと我に返った。
「三和」
「あ、すみません。起こしちゃいましたか?」
 初嵐もしまったという表情で少しうろたえた様子だ。
「いや、そろそろ起きる時間だったんだ」
 俺は取りなすように初嵐にそう告げると、慌ててリビングに戻った。三和はちょうど今目が覚めたばかりらしく、布団の上に仰向けに転がったまま顔をくしゃくしゃにして力なく泣いていた。
「よしよし、おはよう」
 縦抱きに抱き上げてゆらゆらと揺らしてやると、三和はまだ眠たいのか俺の肩に顔を持たせかけてクタッとしている。こうやって安心し切って全てを俺にゆだねている感じが可愛い。
 初嵐はきちんと洗面所で手を洗ってからリビングに入って来た。三和を抱いた俺を見た瞬間、ほろりと表情が緩んだのが分かった。
「可愛いですね」
「だろ? 小さい子ってみんなミニチュア人間みたいで可愛いけど、やっぱうちの子が一番だわ~っていっつも思う」
「お母さんじゃないですか」
 聞き慣れない人間の声を敏感に聞き取ったのか、俺の肩に頭をもたせかけていた三和がぱっと顔を上げた。小さな黒い瞳に初嵐の顔を捉えると、短い腕を伸ばして初嵐を指差す。
「おっ、おっ」
「あ、赤ちゃんに認識されました。『抱っこして』って言ってるみたいですけど」
 それはあながち間違ってはいなかった。齢一歳にして、三和は若いイケメン好きなのだ。
「抱っこしてみてもいいですか?」
「いいけど、こいつ熱あるけど大丈夫?」
「大丈夫ですよ。赤ちゃんの風邪なんて俺らからすれば小さいもんでしょう?」
「いや、小さいとかそういう問題じゃない。あまりこいつらのウイルスを侮らない方が……」
 しかし初嵐は俺の話を最後まで聞かずに、俺の腕からひょいっと三和を受け取って抱き上げた。三和は抱っこされながらじーっと初嵐の顔を凝視していたが、やがてにこっと笑うと嬉しそうに手足をバタつかせた。
「可愛いですね」
「お前子供好きなのか? 子供ってそういうの敏感に察知するっていうけど」
「いえ、どちらかというと嫌いです」
(顔だけだった!)
 しかし嫌いだと言いながら、初嵐が三和を抱く手つきは愛しいものを抱いているかのように優しかった。
「……嫌いって感じには見えないけど」
「三和ちゃんは特別ですよ。恋人が大切にしているものは俺にとっても大事なんで」
 一瞬ドキッとした。ほんの一瞬だけ。しかしその一瞬に初嵐は目ざとく気がついたらしく、ニヤニヤしながら俺の方へと一歩近づいて来た。
「今一瞬ドキッとしたでしょ?」
「えっ? あっ、いやその……」
「彼氏力何点くらいですか?」
 彼氏力? それお前もポイント制なの?
「……さ、三点?」
「酷っ! 三点はさすがに低過ぎでしょ~」
 それより気になることがあって、俺は視線を明後日の方向に泳がせながら小さな声で質問した。
「てかさ、今日ってその、あるの?」
「え、何がですか?」
「その、罰則?」
 ああ、と初嵐は綺麗な顔に満足げな笑みを浮かべた。
「さすがにこの状況で彼氏力マイナス百点だなんて言いませんよ。俺だってそこまで鬼じゃありませんから」
「そ、そっか」
 なんだ、良かった。心配して損した。
「今の器の大きな発言、彼氏力何点ですか?」
「自分で器が大きいとか言っちゃってるから、二点」
「お兄さんの評価厳しすぎですよ。この調子じゃあ俺、一生次の学年に上がれないじゃないですか」
「マンマ」
 わざとらしく口を尖らせていた初嵐は、可愛らしい子供の声に再び表情を綻ばせた。
「かーわいい」
「お前、本当に子供嫌いなの?」
「いくら嫌いでも、さすがにこの状況で嫌な気分になる人間はいないでしょ」
 そう言いながら、初嵐はぷくっとした三和のほっぺたを指先でチョンチョンとつついた。
「マンマって、ママって言ってるんですか?」
「いや、多分今はお腹が空いてるんだと思う」
「ごはんって意味なんですか?」
「まあご飯くれるのがママだから、どっちの意味合いもあると思うけど」
「朝ご飯まだなんですか?」
「いや、六時に起きて食べてたよ。そんで七時くらいから今まで寝てて」
「食いしん坊さんですね」
「さすがにご飯をやるわけにはいかないから、おやつでも出すか。いつものやつ取ってきてやるよ」
 台所に義母が置いていた三和のおやつとペットボトルの麦茶を持ってリビングに戻ると、「ウキャキャキャ!」と笑う三和の前で初嵐が必死に変顔を作っていた。
「ぶふっ! 何やってんだお前」
「どの顔が一番ウケるか試してるんですよ」
 初嵐は至極真面目な様子で、下顎を突き出したり目をぎょろっと見開いたり、学校の女子たちが見たら卒倒するような酷い形に秀麗な顔を歪めている。
「普段使わない筋肉使ったら顔が攣るぞ。はいこれ麦茶」
「あ、ありがとうございます」
 俺はコロコロと丸いお菓子を三和の口に入れてやりながら、先ほどの醜悪な初嵐の顔を思い出してもう一度一人で吹き出した。
「ふふっ……お前やっぱり子供好きなんじゃね?」
「子供を笑わせたくなるのって、多分人間の本能なんだと思います」
 そう言いながら、初嵐は薄い唇で綺麗な三日月を作った。
「お兄さんの笑顔ももらいました」
 初嵐は一見クールな見た目をしているが、笑うと人懐っこい雰囲気が出てなんだか可愛く見えた。
「あ、今ドキッとしたでしょ」
「し、してない」
「今の彼氏力いくらくらいですか?」
「じゃあ一点」
「厳しすぎる~! じゃあ百点貯まったらご褒美下さい」
「なんで俺は毎回一発勝負なのに、お前は累計なんだよ。てか俺は罰則なのにお前はご褒美っておかしくない?」
「だってお兄さんの評価厳しすぎ……えっ! お兄さん!?」
 ニヤニヤしながらふざけた調子で喋っていた初嵐が突然表情を一変させたため、俺はハッとして彼が見ている視線の先を振り返った。お菓子をもらって満足した三和はぎこちない動きでてとてととその辺を歩き回っていたのだが、振り返った俺の目に飛び込んできたのは不穏な様子でピタッと立ち止まってこちらを向いている赤ちゃんの姿だった。
(あっ、やばい……)
 プシャーッ! とマーライオンのような勢いで三和が口から吐瀉物を吐き出し、正面にいた俺はそれを全身でまともに受け止める羽目になった。
「ぎゃーっ! 吐いた!」
「うろたえるな瑛二!」
「いや、お兄さんが大丈夫ですか?」
「子供ってのはよく吐くものなんだ。こんなのは日常茶飯事だ」
 タオルの場所が分からなくてオロオロしながらも、初嵐は何となく期待のこもっているような目でチラッと俺の方を見てきた。
「ていうか今、瑛二って俺の名前……」
「初嵐ってとっさに言いにくいんだよ! 舌噛みそうだわ!」
「いいですよ。全然名前で呼んでくれて」
「それより風呂だ! ちょっと手伝ってくれるか?」
 俺はなるべく三和が吐いたものを床に落とさないよう細心の注意を払いながら、吐いてスッキリしたのか全身ドロドロにも関わらずなぜかご機嫌な赤ちゃんを抱えて浴室へと向かった。服を着たまま洗い場に入ると、三和のオムツを脱がせて外にポイッと放り、服はとりあえず空っぽの湯船の中に投げ込む。俺も吐瀉物だらけの服を苦心しながら脱いで湯船に放り込むと、頭から三和にシャワーをぶっかけた。
「あぶあー」
 これぐらい小さいと、シャワーを頭からかけられても子供は意外と平気だ。俺もTシャツを脱ぐ際に少し汚れた頭に同じようにシャワーをかぶると、湯気で曇ったプラスチックの扉を開けて瑛二を呼んだ。
「悪い! 外で三和受け取ってくれないか? タオルは右の棚に入ってるから」
「あ、はい!」
 瑛二はすぐに洗面所に入って来たが、俺たちのいる浴室を覗き込んだ瞬間ピタリと動きを止めた。
「……え、何?」
「あ、いや……」
 バスタオルを構えたまま、瑛二が俺から視線を逸らす。浴室の熱気のせいなのか、彼の頬にじわじわと赤みがさしていくのが見えた。
「何、暑いの?」
「いや、だって……腹筋綺麗だなって思って」
「おい! こんなタイミングで照れてんじゃねえぞ! こっちまで恥ずかしくなってくるだろうが!」
「そんなこと言われたって……」
「いいから三和受け取って!」
 バスマットの上で瑛二に三和を受け取ってもらってから、俺は浴室内で素早く自分の体を拭いた。一応腰にバスタオルを巻き付けてから、瑛二に拭いてもらった三和を受け取ってオムツと服を着せる。
「手慣れてますね」
「だから日常茶飯事だって言っただろ。汚物片付けるから、ちょっと三和抱っこしといてくれる?」
 俺もTシャツとジャージの短パンをさっと身につけると、ボロ雑巾を数枚使ってリビングの床を掃除した。
「やっぱり手慣れてる。マジでお母さんですね」
「これくらいお母さんじゃなくてもできるわ。よし、終わった!」
 ボロ雑巾はそのままビニール袋に入れてゴミ箱に放り込む。額の汗を拭いながら振り返った俺は、再び不穏な表情の三和とぱちりと目が合った。
「瑛二! やば……」
 プシャーッ!
(第二波……)
「うわっ! また吐いた!」
 幸い三和は俺の方を向いていたため、瑛二は三和のマーライオン攻撃を被ることはなかった。
「落ち着け瑛二! そのままゆっくりとこっちに三和を渡せ」
「いや、それだとお兄さんがまた汚れちゃいますよ。俺がこのままお風呂まで……」
「いや、それだとまずい……ああっ!」
 俺の嫌な予感通り、三和は汚物に塗れた顔を瑛二のカッターシャツの胸にぽすっと埋め、スリスリと擦り付けた。
「わ、悪い瑛二。それお洒落着だって……」
「いや、別に子供のゲロが付いたくらいで大騒ぎなんかしませんよ」
 それより、と瑛二はスリスリと顔を擦り続ける三和を不審げな表情で見下ろした。
「顔、こんなに擦って大丈夫ですかね?」
「ああ、それもまあよくあること……ん?」
 薄い青のカッターシャツに擦り付けている三和の口元が、なんだかブツブツと赤くなっているように見える。
(布の摩擦で荒れちゃったのかな……?)
「お兄さん!」
 瑛二が突然鋭い声を上げて、三和の顔が俺によく見えるように抱いている角度を変えた。
「えっ! なんだこれ?」
 口の周りに、まるで蚊に刺されたような大きな湿疹がボツボツと浮き上がっている。三和とは一年ちょっとの付き合いだが、こんな症状を見るのは初めてだった。
「三和! 大丈夫か?」
「ふぎゃーっ!」
 背中をのけ反らせて泣く一歳児を、俺は震える両腕で瑛二から受け取った。俺の腕におさまってからも、三和はものすごい勢いでズリズリと俺のTシャツに顔を擦り付けている。
「だ、大丈夫か? 痒いのか?」
 どうしよう。一体何が原因でこんなことに? 朝ご飯もおやつもいつも食べているのと同じものだったはずだ。でもこのタイミングで発症したってことは、おやつが原因なんだろうか?
(えっと、アレルギーだったら気を付けないと、アナフィラキシーショックが起こったら大変だ。でもアナフィラキシーって一体どんな症状なんだ? 救急車って呼んだ方がいいのか? ああでも救急車の適正使用……)
「あ、もしもし。一歳児がおやつを食べた後にアレルギーのような症状が出たのですが……」
 落ち着いた声にはっと顔を上げると、瑛二がおやつの袋を手にとってスマホで通話しているところだった。
「……はい、いつも食べているものみたいなんですけど、確かに卵が入っています。はい、症状は……」
 瑛二は三和を抱いて呆然としている俺の目の前で電話相手の指示に頷くと、電話を切ってから俺の方を振り返った。
「呼吸障害が出ているわけではないので、救急車を呼ぶ必要はないそうです。ただ小児科の受診は必要なので、親御さんに連絡取ってもらってもいいですか? ここはやはり実の母親に行ってもらうべきだと思います」
「あ、ああ……」
 俺の連絡を受けた義母はすぐに仕事を早退して帰ってくると言ってくれた。免疫の異常反応にやられて疲れたのか、三和は俺の腕の中でぐったりと目をつぶっている。
「三和、ごめんな。俺のせいで……」
 固くて温かい腕が、まるで俺を保護するかのようにそっと俺の肩を抱き寄せた。小さく震えながら三和を抱いている俺を、瑛二は俺の腕の中のか弱い存在ごと包み込むように抱きしめていた。
「大丈夫ですよ。医療のプロがそう言ってたんですから」
「……お前、よくどこに電話したらいいか分かったな」
「調べたらすぐに出てきましたよ。こういうのは当事者より外部の人間の方が落ち着いて対処できるもんでしょ」
 瑛二は俺の肩を抱いていた腕をそっと上げると、大きな手でよしよしと俺の頭を撫でた。
「これは彼氏力結構高かったんじゃないですか? 百点貯まったらご褒美下さいね。えっちなやつ」
「……ばか」
 からかうような口調でそう言った瑛二の胸を肘で軽く小突きながら、俺はやっとのことで平仮名二文字分の返事を返した。
 なんでこんなタイミングでそういうこと言うんだ? 間違ってうっかり受け入れてしまいそうになるじゃないか。