「今日も頑張ろう」
プロダクションのビルに入ると、今日はいつもと違い、内設されているレッスンスタジオへとまっすぐ向かう。
今日から新曲のレッスンが始まる。チクサは張り切っていた。気合いを入れて臨まなくては!
ただ、レッスンの後には雑誌の取材とCM撮影も控えている。張り切り過ぎてヘタバった情けない姿を晒してしまった、なんてならないように気をつけなくては。
……と、廊下の向こうから騎条ナツメと黒澤めぐみが足早に走って来るのが見えた。狼狽えきった顔をしている。
「ナツメ、サワメグ、一体どうし……」
言い終わらないうちに腕を掴まれた。
「チクサ、最上階の会議室に来て。プロデューサーがマネージャーと私達全員を大至急集めろって……」
「今すぐ来いって。取り敢えず一緒に行こう」
二人とも顔が引き攣っている。プロデューサーと聞いただけで、チクサの心臓もキュッと音を立てて縮まった。
藤元公。
このプロダクションのみならず、芸能界に絶大な影響力を持つ男。己の事業を大成させた敏腕経営者として知られていたが、その冷酷な為人は特に有名だった。己の意のままに物事が進まないことを少しも許さない。
そして侮辱されることも。
一年前のラ・クロワのスキャンダル事件の際、彼は莉莉亞をグループから容赦なく切り捨てて事態の鎮静化を図ったが、数社のマスコミがなおも「プロデューサーとしての責任は取らないのか」と批判した。そして一年も経たないうちに閉業に追い込まれた。激怒した彼が芸能系のプレスリリースから彼等をすべて締め出し、銀行にも働きかけて融資を止めさせたのだ。
そんな彼が「今すぐ来い」というのである。恐ろしい予感しかしなかった。
エレベーターの中でチクサは「何の話か聞いてる?」と尋ねたが、二人は強張った顔を横に振るばかり。
会議室に入ると、茱萸木るうなとマネージャーの成河冬子が真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「全員揃ったか」
その苛立った声だけで、チクサの心臓は止まりそうになった。
「先月ブルーローズプロダクションの『ネクロノミコン・エンジェルズ』がデビュー後の最短期間でオリコン一位を達成したそうだ。ラ・クロワの記録を破ってな。誰か知ってたか?」
「……」
応えはない。恐ろしくて、誰も何も言い出せないのだ。
突如テーブルに拳を叩きつけ、藤元プロデューサーは「成河!」と怒号した。
「も、申し訳ありません。存じませんでした……」
「存じませんでした、だと? お前オラトリオ・アソシエイツが不渡りを出しても気がつかなそうだな、ええ?」
「そ、そんなことは……」
「だからこんな企画を寄越してきたのか」
出し抜けに「被災地復興チャリティイベント」の企画書がテーブルの上に放り出された。
「ライバルが記録を塗り替えるほどのヒットを飛ばしている。そんな時にラ・クロワは一銭の収益にもならないボランティアで歌うのか。いいご身分だな」
「……」
チクサには、言いがかりとしか思えなかった。
この企画は脳天気 に考えられた訳ではない。無償の善意で歌いたいと言い出したメンバーに皆が賛成したのだ。
だが「危機感の欠如」となじられたマネージャーはプロデューサーの余りの剣幕に抗弁出来ず、蒼白な顔で立ち尽くしている。反論すれば火に油を注ぐだけなのだ。
それでも発起人のナツメは責任を感じたらしく、意を決して「違うんです」と進み出た。プロデューサーは黙ったまま、余計な口を挟むなとばかりに鋭く睨む。
ナツメはなけなしの勇気を振り絞って、懸命にマネージャーを弁護した。
「この企画をやりたいって言い出したのは私です」
「……なに?」
「世間ではラ・クロワを推すのは凄くお金が掛かるって言われています。でも私達は金の亡者みたいに思われたくない。だから震災で辛い思いをしている人達に、お金なんか取らずに歌で励ましてあげたいって思って。みんなも賛成してくれました」
「……」
「マネージャーは私達の意向を酌んで下さっただけでなんです。だから……」
彼女はそれ以上続けることが出来なかった。カッとなった藤元がいきなりテーブルを蹴り倒したのだ。
ナツメは思わず小さな悲鳴をあげる。激しい衝撃音に空気が凍りついた。
それには目もくれず、藤元は壁に掛かった電話を引っ掴むと「都賀崎を会議室まで呼べ!」と怒鳴った。
都賀崎友信。オラトリオ・アソシエイツのサブプロデューサーである。まだ三十代だが肩書き通り藤元の腹心だった。
彼が「参りました」と会議室に現れると、藤元は怒らせていた肩をようやく落とし「忙しいところをすまんな」と、声をやわらげた。
都賀崎は倒れたテーブルと真っ青になって立ち尽くすラ・クロワのマネージャーをチラリと見て大方の事情を察したようだったが、何も言わなかった。
藤元もしばらく沈黙する。
ラ・クロワの四人とマネージャーは、ただ震えて立っていた。蛇に睨まれたカエル同然で、この後一体どうなるのか見当もつかない。
そして……
「成河」
「はい……」
「お前、今日限りでクビだ」
「!」
「ラ・クロワをろくに管理せず、勝手な真似を平気でさせる奴は要らん。今すぐ出て行け!」
突然の宣告だった。
「そんな……」と絶句したマネージャーを横目に藤元は「自己都合なり会社都合なり、理由は好きにしろ」と吐き捨てた。
「なんなら労基に訴えても構わんぞ……その覚悟があるならな」
「……いえ」
「ま、待って! ちょっと待って……」
あまりといえばあまりな展開に、ナツメが思わず口を挟んだ。まさか自分が刃向かったせいでマネージャーがクビになるなんて!
しかし、それはステージで万の観客を魅了した歌声の持ち主とは思えない、蚊の鳴くような声だった。怒りの矛先を自分へ向けられるのが恐ろしくて……
ナツメの抗議を無視して藤元は「都賀崎、しばらくはお前がラ・クロワの面倒を見てやってくれ」と命じた。
「分かりました。じゃあ成河さん、引継ぎの打ち合わせをしましょう。こちらへ」
「……」
抗議を無視されナツメは唇を震わせたが、それ以上何も言えなかった。
マネージャーはうなだれたまま一礼すると、まるで屠殺場へ曳かれてゆくように別室へと連れてゆかれる。
互いにさよならを言い交わすこともなく……それがラ・クロワの四人と苦楽を共にしたマネージャーとのあっけないお別れだった。
扉が閉まると、その場にはラ・クロワの四人と藤元プロデューサーだけが残された。
重苦しい沈黙が立ちこめる。
「君達にも言っておくことがある」
「……」
怯えきった四人は思わず身体を寄せ合った。
「でしゃばるな……分かったか!」
叩きつけられた怒号に空気が震え、その圧でチクサは思わず気を失いそうになった。
「歌う以外に目を向けるヒマがあるなら、人気を高める為に自分を磨くことを怠るな!」
「は、はい!」
「君達を超えようと血道をあげている他のグループの活動に遅れをとるつもりか? 引きずり落そうと狙っているマスコミに隙を見せるつもりか? 勝手な真似をするなというのはそういう意味だ!」
「はい……」
力づくでうなずかされた四人を見回すと、藤元はそこで怒号を収めた。
怯えきった彼女達は次に何を言われるのか固唾を呑む。
だが……一転した静かな口調で、彼は語り始めた。
「僕はね、ラ・クロワに君たちを迎え入れたとき確信していたよ。このグループは神秘的だ、必ず世界を席巻するようになるとね」
「……」
「だからイベントにも、新曲にも、宣伝にも、僕は少しも金は惜しまなかった」
鬼のようなだった形相が、おだやかな表情に変わっている。怒号に震えていた四人の顔に、戸惑いの表情が浮かんだ。
「それを悔いたことは一度もない。何故って? いつも、それ以上のものを君たちが見せてくれたからだ。僕がプロデュース業を始めて今まで、ラ・クロワ以上のグループに出会ったことはない」
それは芸能界に君臨する男からの、紛れもない最高の讃辞だった。
投資に数倍する巨額の収益を得ていることを巧妙にすり替えた美辞麗句。藤元はラ・クロワの品格を利用して彼女たちの気持ちをくすぐる。
「ラ・クロワ。フランス語で言う『十字架』。カリスマである為に高貴な宿命を背負わされた歌姫達。世の中にテコ入れで名前を変えるアイドルなら掃いて捨てるほどいるが、僕は君達のこの名前を終わりまで変えるつもりはない」
「……」
「ラ・クロワは、人々に優しく希望の光を投げかけて……だけど決して人々の手には触れられない存在でなくてはいけないんだ」
異を唱えてこの空気を壊したくない四人は揃ってうなずく。
「夜空の一番高い場所でいつまでも輝いて欲しい。憧れの目で見上げられる星みたいに」
「……」
「君たちは地上に降りて気安く笑顔を振りまく存在であっちゃいけないんだよ。震災で辛い思いをしている人達を笑顔にするのは、現地で汗を流して頑張ってるボランティアの人達に任せておこう」
「はい」
「分かってくれたかな。ありがとう」
親身に語った自身に気づいて「柄にもないことを言ったかな、はは……」と藤元は照れた。さっきとは別人のようだった。
「何か力になりたいなら君達のギャラから出し合って寄付したらどうだろう。お金なら必ず何かしら被災地の役に立つだろ?」
四人は、それが震え上がらせた後に親近感を見せることで隷従させる彼の手口などと知るはずもない。
ホッとして「はい!」と応えた。
「さっきは怒鳴ってすまなかったね。都賀崎君が戻ってきたら彼を臨時マネージャーとしてこれからの指示を仰いでくれ」
「はい」
藤元は「よし!」と笑顔でうなずくと、四人も微笑んで応えた。
それが「大人しく従っていれば怒られないのだ」という卑屈な服従の笑みとも知らずに。
藤元は「じゃあここで待っていてくれ」と、退出した。
会議室に残された四人はしばらくの間、黙っていたが……
「……がんばろう」
「そうだね。まさかプロデューサーが私たちにここまで期待してくれてたなんて」
「うん、がんばろう!」
「がんばろう!」
はりぼてのような笑顔を重ね合い、彼女達は「がんばろう」と芝居じみた声を掛け合う。
それは、「自分達が言われるがまま歌う以外許されない奴隷なのだ」という現実から目を背けているようにしか見えなかった。
いなくなったマネージャーのことは、もう誰も口にしない……
一方、自分のオフィスへ戻ろうとしていた藤元は、廊下の向こうから戻って来る都賀崎に気が付くと招き寄せた。
「都賀崎、マネージャーの引継ぎは出来たか?」
「はい、成河さんは自己都合で退職されます。本人の意思だという念書も書かせました」
「よくやった。あとは……」
屠殺人と言われる由縁、冷酷な表情を浮かべて藤元は命じた。
「ラ・クロワが金と人気に繋がること以外やらないよう、常に目を光らせておけ」
プロダクションのビルに入ると、今日はいつもと違い、内設されているレッスンスタジオへとまっすぐ向かう。
今日から新曲のレッスンが始まる。チクサは張り切っていた。気合いを入れて臨まなくては!
ただ、レッスンの後には雑誌の取材とCM撮影も控えている。張り切り過ぎてヘタバった情けない姿を晒してしまった、なんてならないように気をつけなくては。
……と、廊下の向こうから騎条ナツメと黒澤めぐみが足早に走って来るのが見えた。狼狽えきった顔をしている。
「ナツメ、サワメグ、一体どうし……」
言い終わらないうちに腕を掴まれた。
「チクサ、最上階の会議室に来て。プロデューサーがマネージャーと私達全員を大至急集めろって……」
「今すぐ来いって。取り敢えず一緒に行こう」
二人とも顔が引き攣っている。プロデューサーと聞いただけで、チクサの心臓もキュッと音を立てて縮まった。
藤元公。
このプロダクションのみならず、芸能界に絶大な影響力を持つ男。己の事業を大成させた敏腕経営者として知られていたが、その冷酷な為人は特に有名だった。己の意のままに物事が進まないことを少しも許さない。
そして侮辱されることも。
一年前のラ・クロワのスキャンダル事件の際、彼は莉莉亞をグループから容赦なく切り捨てて事態の鎮静化を図ったが、数社のマスコミがなおも「プロデューサーとしての責任は取らないのか」と批判した。そして一年も経たないうちに閉業に追い込まれた。激怒した彼が芸能系のプレスリリースから彼等をすべて締め出し、銀行にも働きかけて融資を止めさせたのだ。
そんな彼が「今すぐ来い」というのである。恐ろしい予感しかしなかった。
エレベーターの中でチクサは「何の話か聞いてる?」と尋ねたが、二人は強張った顔を横に振るばかり。
会議室に入ると、茱萸木るうなとマネージャーの成河冬子が真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「全員揃ったか」
その苛立った声だけで、チクサの心臓は止まりそうになった。
「先月ブルーローズプロダクションの『ネクロノミコン・エンジェルズ』がデビュー後の最短期間でオリコン一位を達成したそうだ。ラ・クロワの記録を破ってな。誰か知ってたか?」
「……」
応えはない。恐ろしくて、誰も何も言い出せないのだ。
突如テーブルに拳を叩きつけ、藤元プロデューサーは「成河!」と怒号した。
「も、申し訳ありません。存じませんでした……」
「存じませんでした、だと? お前オラトリオ・アソシエイツが不渡りを出しても気がつかなそうだな、ええ?」
「そ、そんなことは……」
「だからこんな企画を寄越してきたのか」
出し抜けに「被災地復興チャリティイベント」の企画書がテーブルの上に放り出された。
「ライバルが記録を塗り替えるほどのヒットを飛ばしている。そんな時にラ・クロワは一銭の収益にもならないボランティアで歌うのか。いいご身分だな」
「……」
チクサには、言いがかりとしか思えなかった。
この企画は脳天気 に考えられた訳ではない。無償の善意で歌いたいと言い出したメンバーに皆が賛成したのだ。
だが「危機感の欠如」となじられたマネージャーはプロデューサーの余りの剣幕に抗弁出来ず、蒼白な顔で立ち尽くしている。反論すれば火に油を注ぐだけなのだ。
それでも発起人のナツメは責任を感じたらしく、意を決して「違うんです」と進み出た。プロデューサーは黙ったまま、余計な口を挟むなとばかりに鋭く睨む。
ナツメはなけなしの勇気を振り絞って、懸命にマネージャーを弁護した。
「この企画をやりたいって言い出したのは私です」
「……なに?」
「世間ではラ・クロワを推すのは凄くお金が掛かるって言われています。でも私達は金の亡者みたいに思われたくない。だから震災で辛い思いをしている人達に、お金なんか取らずに歌で励ましてあげたいって思って。みんなも賛成してくれました」
「……」
「マネージャーは私達の意向を酌んで下さっただけでなんです。だから……」
彼女はそれ以上続けることが出来なかった。カッとなった藤元がいきなりテーブルを蹴り倒したのだ。
ナツメは思わず小さな悲鳴をあげる。激しい衝撃音に空気が凍りついた。
それには目もくれず、藤元は壁に掛かった電話を引っ掴むと「都賀崎を会議室まで呼べ!」と怒鳴った。
都賀崎友信。オラトリオ・アソシエイツのサブプロデューサーである。まだ三十代だが肩書き通り藤元の腹心だった。
彼が「参りました」と会議室に現れると、藤元は怒らせていた肩をようやく落とし「忙しいところをすまんな」と、声をやわらげた。
都賀崎は倒れたテーブルと真っ青になって立ち尽くすラ・クロワのマネージャーをチラリと見て大方の事情を察したようだったが、何も言わなかった。
藤元もしばらく沈黙する。
ラ・クロワの四人とマネージャーは、ただ震えて立っていた。蛇に睨まれたカエル同然で、この後一体どうなるのか見当もつかない。
そして……
「成河」
「はい……」
「お前、今日限りでクビだ」
「!」
「ラ・クロワをろくに管理せず、勝手な真似を平気でさせる奴は要らん。今すぐ出て行け!」
突然の宣告だった。
「そんな……」と絶句したマネージャーを横目に藤元は「自己都合なり会社都合なり、理由は好きにしろ」と吐き捨てた。
「なんなら労基に訴えても構わんぞ……その覚悟があるならな」
「……いえ」
「ま、待って! ちょっと待って……」
あまりといえばあまりな展開に、ナツメが思わず口を挟んだ。まさか自分が刃向かったせいでマネージャーがクビになるなんて!
しかし、それはステージで万の観客を魅了した歌声の持ち主とは思えない、蚊の鳴くような声だった。怒りの矛先を自分へ向けられるのが恐ろしくて……
ナツメの抗議を無視して藤元は「都賀崎、しばらくはお前がラ・クロワの面倒を見てやってくれ」と命じた。
「分かりました。じゃあ成河さん、引継ぎの打ち合わせをしましょう。こちらへ」
「……」
抗議を無視されナツメは唇を震わせたが、それ以上何も言えなかった。
マネージャーはうなだれたまま一礼すると、まるで屠殺場へ曳かれてゆくように別室へと連れてゆかれる。
互いにさよならを言い交わすこともなく……それがラ・クロワの四人と苦楽を共にしたマネージャーとのあっけないお別れだった。
扉が閉まると、その場にはラ・クロワの四人と藤元プロデューサーだけが残された。
重苦しい沈黙が立ちこめる。
「君達にも言っておくことがある」
「……」
怯えきった四人は思わず身体を寄せ合った。
「でしゃばるな……分かったか!」
叩きつけられた怒号に空気が震え、その圧でチクサは思わず気を失いそうになった。
「歌う以外に目を向けるヒマがあるなら、人気を高める為に自分を磨くことを怠るな!」
「は、はい!」
「君達を超えようと血道をあげている他のグループの活動に遅れをとるつもりか? 引きずり落そうと狙っているマスコミに隙を見せるつもりか? 勝手な真似をするなというのはそういう意味だ!」
「はい……」
力づくでうなずかされた四人を見回すと、藤元はそこで怒号を収めた。
怯えきった彼女達は次に何を言われるのか固唾を呑む。
だが……一転した静かな口調で、彼は語り始めた。
「僕はね、ラ・クロワに君たちを迎え入れたとき確信していたよ。このグループは神秘的だ、必ず世界を席巻するようになるとね」
「……」
「だからイベントにも、新曲にも、宣伝にも、僕は少しも金は惜しまなかった」
鬼のようなだった形相が、おだやかな表情に変わっている。怒号に震えていた四人の顔に、戸惑いの表情が浮かんだ。
「それを悔いたことは一度もない。何故って? いつも、それ以上のものを君たちが見せてくれたからだ。僕がプロデュース業を始めて今まで、ラ・クロワ以上のグループに出会ったことはない」
それは芸能界に君臨する男からの、紛れもない最高の讃辞だった。
投資に数倍する巨額の収益を得ていることを巧妙にすり替えた美辞麗句。藤元はラ・クロワの品格を利用して彼女たちの気持ちをくすぐる。
「ラ・クロワ。フランス語で言う『十字架』。カリスマである為に高貴な宿命を背負わされた歌姫達。世の中にテコ入れで名前を変えるアイドルなら掃いて捨てるほどいるが、僕は君達のこの名前を終わりまで変えるつもりはない」
「……」
「ラ・クロワは、人々に優しく希望の光を投げかけて……だけど決して人々の手には触れられない存在でなくてはいけないんだ」
異を唱えてこの空気を壊したくない四人は揃ってうなずく。
「夜空の一番高い場所でいつまでも輝いて欲しい。憧れの目で見上げられる星みたいに」
「……」
「君たちは地上に降りて気安く笑顔を振りまく存在であっちゃいけないんだよ。震災で辛い思いをしている人達を笑顔にするのは、現地で汗を流して頑張ってるボランティアの人達に任せておこう」
「はい」
「分かってくれたかな。ありがとう」
親身に語った自身に気づいて「柄にもないことを言ったかな、はは……」と藤元は照れた。さっきとは別人のようだった。
「何か力になりたいなら君達のギャラから出し合って寄付したらどうだろう。お金なら必ず何かしら被災地の役に立つだろ?」
四人は、それが震え上がらせた後に親近感を見せることで隷従させる彼の手口などと知るはずもない。
ホッとして「はい!」と応えた。
「さっきは怒鳴ってすまなかったね。都賀崎君が戻ってきたら彼を臨時マネージャーとしてこれからの指示を仰いでくれ」
「はい」
藤元は「よし!」と笑顔でうなずくと、四人も微笑んで応えた。
それが「大人しく従っていれば怒られないのだ」という卑屈な服従の笑みとも知らずに。
藤元は「じゃあここで待っていてくれ」と、退出した。
会議室に残された四人はしばらくの間、黙っていたが……
「……がんばろう」
「そうだね。まさかプロデューサーが私たちにここまで期待してくれてたなんて」
「うん、がんばろう!」
「がんばろう!」
はりぼてのような笑顔を重ね合い、彼女達は「がんばろう」と芝居じみた声を掛け合う。
それは、「自分達が言われるがまま歌う以外許されない奴隷なのだ」という現実から目を背けているようにしか見えなかった。
いなくなったマネージャーのことは、もう誰も口にしない……
一方、自分のオフィスへ戻ろうとしていた藤元は、廊下の向こうから戻って来る都賀崎に気が付くと招き寄せた。
「都賀崎、マネージャーの引継ぎは出来たか?」
「はい、成河さんは自己都合で退職されます。本人の意思だという念書も書かせました」
「よくやった。あとは……」
屠殺人と言われる由縁、冷酷な表情を浮かべて藤元は命じた。
「ラ・クロワが金と人気に繋がること以外やらないよう、常に目を光らせておけ」


