「……あ?」
オレの言葉に反応したブルーブラックの髪を揺らすそいつは、アンバーの澄んだ瞳でこちらを睨みつけていた。
つい怯んで肩を揺らすとそいつはすぐ興味をなくしたようで椅子に座りながら視線を落として、メニュー表をじっと眺めている。
「…………」
「……えっと、ご注文は」
「今する」
あからさまなくらい不機嫌そうな態度で言葉を落としたそいつは、しばらく悩んだ後でメニュー表の一番上を指さした。
「アイスコーヒー」
「かしこまりました、少々お待ちください」
居心地が悪かったのかは自分でもわからない、けど今のこいつは近づくなって空気を纏っているようで、自然と足がカウンター奥に向いている。そのはずなのに視線はずっといつから離せなくて、心と身体がちぐはぐになったみたいだ。
「マスター、アイスコーヒー一つ」
「はいよ」
グラスに注がれるそれを、じっと静かに眺める。
不思議な気分だった。揺れるコーヒーはいつもと同じなのにあいつがいるだけで違う場所にいるみたいで、ソワソワしてしまう。テーブルの向こうにいるそいつが気になって目だけをそちらに向けていると、コト、とグラスを置く音が聞こえてくる。
「久音くん?」
「あ、え、はい!」
「アイスコーヒー、できたよ」
なみなみと注がれたコーヒーが目の前にあり、弾かれたように顔を上げる。
「あの子の席、持って行ってくれるかい?」
「はい、了解です!」
トレーの上に置いて、そっと零さないように運んでいく。空席だらけの店内を抜けた窓際の席、そいつの座っている席に近づくと、ペラと紙を捲る音が聞こえてきた。
「お待たせしました、アイスコーヒー、です……?」
覗くつもりはなかったが見えてしまったそれは、オレも買っている音楽情報誌のムジカだ。パラパラとめくったページは新作のギターやベースが並んでいて、そいつは楽しそうに眺めている。真剣で周りが目に入っていないみたいで、それはなにも知らなければ音楽好きにしか思えなくて。
「……やっぱり、楽器やってんじゃん」
***
「ご馳走様でした」
レジに伝票を持ってきたそいつから伝票を受け取ると、呼吸をするのすら忘れてしまいそうだった。
だって、目に入ってしまったから。
だって、指先が触れてしまったから。
その手が豆だらけなのもその手が弦楽器をする人特有の固くなった指先である事も、気づいてしまったから。
気づいたらその手を取っていて、じっと静かに凝視してしまう。
「おい、なんだよいきなり」
「やっぱりやってるよな……この手、オレと同じだ」
ついそんな、考えている事を言葉として発してしまう。
「弦ってさ、最初の方すげえ痛いよな……痛くて、けど練習したら慣れてさ。それでできなかったコードがやれるようになったら、嬉しくて」
自分の手と見比べて、つい頬を緩めた。
ギターの弦を弾くだけなら簡単な話だ、けどそれを形にするのは痛いと思う。指先も手のポジションも、すべてが痛い。弾けなかった時の悔しさも上手くなれない自分もなにもかもが痛い。それでもまた一つと形にするのはいつだって心が踊って、それを楽しいと思える。
「俺は……」
少し、ほんの少しだけそいつの瞳が揺れた。
それは動揺だったのか、迷いだったのかは正直わからない。それでも確かに揺れたのは一瞬で、すぐそれを隠すよう目を伏せられてしまう。
「それに、この前お前がきた時に落としたピックも」
「っ……」
そいつの顔色が変わった。
「……ピックが、なんだよ」
「いや、すごく大切にされてるなって伝わってきたから」
「大切?」
「あぁ、どれだけ薄くなっても、弦の跡が傷として残っても大切にされてて……飾りのピックじゃない、それだけ練習してきたんだって事がちゃんと伝わってきたから」
「っ……」
苦しそうだった。
褒めたはずなのにその表情は苦痛そのもので、まるでなにかを押し殺しているみたいだ。押し殺して、まるでなにかを呪っているかのように顔をしかめる。
「……あれは、そんなんじゃねえ」
力強く首を横に振ったそいつは、違う、とうわ言のように言葉を落とす。
「もうやめたんだ、バンドは」
自分自身に言い聞かせているようだ。
戒めるように呟いた言葉にそれ以上の意味はないらしく、ふとさっきまでの表情とは違う不機嫌そうな顔を貼り付けている。
「それと、お前じゃなくて伏見結弦だ」
「ゆずる……ユズは、こんなに練習したのにやめちゃうのか? よければ一緒に」
「やらない、お前一人で勝手にやってろ」
結弦と名乗ったそいつは、被せるように言葉をぶつけてくる。
「俺はもう、誰ともセッションしないって決めたんだ」
オレの言葉に反応したブルーブラックの髪を揺らすそいつは、アンバーの澄んだ瞳でこちらを睨みつけていた。
つい怯んで肩を揺らすとそいつはすぐ興味をなくしたようで椅子に座りながら視線を落として、メニュー表をじっと眺めている。
「…………」
「……えっと、ご注文は」
「今する」
あからさまなくらい不機嫌そうな態度で言葉を落としたそいつは、しばらく悩んだ後でメニュー表の一番上を指さした。
「アイスコーヒー」
「かしこまりました、少々お待ちください」
居心地が悪かったのかは自分でもわからない、けど今のこいつは近づくなって空気を纏っているようで、自然と足がカウンター奥に向いている。そのはずなのに視線はずっといつから離せなくて、心と身体がちぐはぐになったみたいだ。
「マスター、アイスコーヒー一つ」
「はいよ」
グラスに注がれるそれを、じっと静かに眺める。
不思議な気分だった。揺れるコーヒーはいつもと同じなのにあいつがいるだけで違う場所にいるみたいで、ソワソワしてしまう。テーブルの向こうにいるそいつが気になって目だけをそちらに向けていると、コト、とグラスを置く音が聞こえてくる。
「久音くん?」
「あ、え、はい!」
「アイスコーヒー、できたよ」
なみなみと注がれたコーヒーが目の前にあり、弾かれたように顔を上げる。
「あの子の席、持って行ってくれるかい?」
「はい、了解です!」
トレーの上に置いて、そっと零さないように運んでいく。空席だらけの店内を抜けた窓際の席、そいつの座っている席に近づくと、ペラと紙を捲る音が聞こえてきた。
「お待たせしました、アイスコーヒー、です……?」
覗くつもりはなかったが見えてしまったそれは、オレも買っている音楽情報誌のムジカだ。パラパラとめくったページは新作のギターやベースが並んでいて、そいつは楽しそうに眺めている。真剣で周りが目に入っていないみたいで、それはなにも知らなければ音楽好きにしか思えなくて。
「……やっぱり、楽器やってんじゃん」
***
「ご馳走様でした」
レジに伝票を持ってきたそいつから伝票を受け取ると、呼吸をするのすら忘れてしまいそうだった。
だって、目に入ってしまったから。
だって、指先が触れてしまったから。
その手が豆だらけなのもその手が弦楽器をする人特有の固くなった指先である事も、気づいてしまったから。
気づいたらその手を取っていて、じっと静かに凝視してしまう。
「おい、なんだよいきなり」
「やっぱりやってるよな……この手、オレと同じだ」
ついそんな、考えている事を言葉として発してしまう。
「弦ってさ、最初の方すげえ痛いよな……痛くて、けど練習したら慣れてさ。それでできなかったコードがやれるようになったら、嬉しくて」
自分の手と見比べて、つい頬を緩めた。
ギターの弦を弾くだけなら簡単な話だ、けどそれを形にするのは痛いと思う。指先も手のポジションも、すべてが痛い。弾けなかった時の悔しさも上手くなれない自分もなにもかもが痛い。それでもまた一つと形にするのはいつだって心が踊って、それを楽しいと思える。
「俺は……」
少し、ほんの少しだけそいつの瞳が揺れた。
それは動揺だったのか、迷いだったのかは正直わからない。それでも確かに揺れたのは一瞬で、すぐそれを隠すよう目を伏せられてしまう。
「それに、この前お前がきた時に落としたピックも」
「っ……」
そいつの顔色が変わった。
「……ピックが、なんだよ」
「いや、すごく大切にされてるなって伝わってきたから」
「大切?」
「あぁ、どれだけ薄くなっても、弦の跡が傷として残っても大切にされてて……飾りのピックじゃない、それだけ練習してきたんだって事がちゃんと伝わってきたから」
「っ……」
苦しそうだった。
褒めたはずなのにその表情は苦痛そのもので、まるでなにかを押し殺しているみたいだ。押し殺して、まるでなにかを呪っているかのように顔をしかめる。
「……あれは、そんなんじゃねえ」
力強く首を横に振ったそいつは、違う、とうわ言のように言葉を落とす。
「もうやめたんだ、バンドは」
自分自身に言い聞かせているようだ。
戒めるように呟いた言葉にそれ以上の意味はないらしく、ふとさっきまでの表情とは違う不機嫌そうな顔を貼り付けている。
「それと、お前じゃなくて伏見結弦だ」
「ゆずる……ユズは、こんなに練習したのにやめちゃうのか? よければ一緒に」
「やらない、お前一人で勝手にやってろ」
結弦と名乗ったそいつは、被せるように言葉をぶつけてくる。
「俺はもう、誰ともセッションしないって決めたんだ」



