「ヒビも大変だよな」
「ん?」
授業も終わった、静かな教室。
突然言われた言葉に首をかしげる。
なにかと思えば同じクラスの奴で、へらりと笑いながらオレに話しかけてきた。
「なにがだ?」
同じクラスだし名前と顔は知っているけど、正直他の奴みたいに仲がいいわけでもなくどんな奴かはあまり知らない。だからと目を細めながら聞いてやると、あいつだよ、と主語のない言葉を続けてきた。
「八組の野並、この前ヒビが絡みにやってた奴だよ。話してて気難しいというか、面倒だろ?」
「……と、言うと?」
「俺あいつと軽音楽部で一緒だったんだけど」
ピクリと、指先が跳ねた。
軽音楽部、大譜高校の軽音楽部はよくも悪くも緩さがある。それはオレも体験入部をしたからわかっていたけど、その言葉にはつい反応してしまう。
「なんか一人でガチっちゃっててちょっと浮いてるって言うか面倒って言うか……ワンコーラス合わせて上手くいったとか話してもすぐ反省会してどこがあってないとか指摘するから、だるかったんだよな」
そいつの話はオレが聞いたわけじゃないのに、勝手に進んでいく。
「デビューできるわけじゃないのにマジになって、もっと上手くなりたいとかさ。部活のくせにちょっと見てる方向性が違うんだよなあいつって」
なんだか胸の奥がザワザワする。
きっとこの言葉は全部オレに向けられていないのに、それなのに柔らかいところを突き刺されているような感覚。逃げ出してしまいたい、それなのに喉元まで出かけた言葉を止める事はできなくて息を吐き出しながらその言葉がこぼれ落ちてしまう。
「けどこれ――ソウは悪くないだろ?」
「は……?」
静かに、ゆっくりと。そいつの瞳をじっと見つめる。
「マジになってなにが悪いんだよ、部活で上手くなりたいって思っちゃだめなのかよ。少なくともオレは、そうやって練習してきたソウがかっこいいと思う」
わかっている、こいつもソウも悪くないって。
けどそれでも、このままでいいとは思えなかった。
「ソウはドラムが好きで、だから真剣なんだ。それを気難しいなんて言っていい理由にはならない」
だってソウの手、豆だらけだったから。
あんなにもドラムに真剣で、大事にしていたから。
それに後ろ指をさしていい理由なんて、世界のどこにも存在しない。
「ソウの事をバカにできるくらい、ちゃんと練習したか?」
なんだか、腹の底が熱かった。
努力もなにもしていないのにソウの事をわかったようにいうそいつが、なんだか許せなかった。
「それ、は」
「ソウみたいに手に豆を作って、他の事を沢山犠牲にしてちゃんと打ち込んだのか?」
じっと睨みつけるには弱くて、見つめるには刺々しい。そんな視線を送るとそいつは押し負けたようで不機嫌そうな顔を貼り付けながら、ゆっくりと後退りをする。
「なんだよ、あいつが変ってわかる奴かと思ったのに。変な奴は変な奴を呼ぶんだな」
「オレのどこが変な奴、ってちょっと待て!」
逃げるように教室を飛び出したそいつを追いかけようとしたがすでにどこにもいなくて、オレの声が響くだけだ。
「なんだあいつ、話を吹っかけてきたのは自分だろ」
だからって、自分に賛同がもらえなかったら逃げるなんて。
諦めて目を伏せると、そいつの出ていったのとは逆の後ろの方からギッ、とドアの開く音が聞こえた。目を向けると、見慣れたブルーブラックの髪とアンバーの瞳をオレに向けながらドアに寄りかかっている姿が見える。
「……お前、かなり言うんだな」
「あ、ユズ。先生の呼び出し終わったのか?」
「俺が悪い事をやったみたいに言うな、転校の書類で確認があったから行ってきただけだ」
あからさまに顔をしかめたユズは腕を組んだまま、オレの顔をじっと見ている。
「最後はオーバーキルだったしお前が変な奴なのは俺も同感だが、まぁおおむね俺が言いたい事と一緒だったな」
「ちょっと待て、変な奴は否定しろよ」
聞き捨てならない部分を拾ってもユズは知らぬ顔で、なんだか居心地が悪くて目を逸らす。今の話からすると、多分。
「……見てたのか?」
「あぁ、なにがだって辺りから」
「それ最初からって言うんだよ」
それなら話が早いと、深くは言わなかった。
その代わりに深く溜息をついて、力なく首を横に振る。
「オレだって、言う時は言う」
「誰にだってヘラヘラしてるだけだと思った」
「あ、今の絶対悪口だろ」
ユズもユズで言い返してこないからわざとらしくムッとした顔を向けてみたが、どうやら興味はすでに他の方へ移っているらしい。
「どっちも厄介なトラウマがあるようだな」
どっちも、というのは誰を指しているのか。それは聞かなくてもわかる。
「一人は真面目すぎるから、一人はまだ推測だが周りの目……この街だからこそ、面倒だな」
「面倒?」
「お前にはわかんねえだろうな」
ユズが廊下へ目をやると、ちょうど楽器の音が聴こえてくる。トランペットの音だろうそれはどこまでも澄んでいて、校内に響き渡っていく。
「この街はあまりにも音楽に近すぎる。どれだけ音楽を嫌いになろうとしたってそれを街が許してくれないなら……あいつらはきっと、生きづらいと思う。音楽は救いなんてロックンロールは言うけど、今のあいつらにとってはきっと救いじゃない。どちらかと言えば拷問だろう」
まるで自分の事を話しているみたいで、じっとユズの顔を見てしまう。
栄音にきたばかりのユズみたいで、ついけどさ、なんて言葉を続ける。
「それって、ユズと同じだろ」
「なにがだよ」
ユズは話がわかっていないようで、顔をしかめながら首をかしげてくる。
「だって、本当にやめたならオレだったらレッスンルームなんかに行かない……本当に嫌いになったなら、未練がましく配信なんてしない」
誰も周りで対等にできる人がいないから、きっとあいつはレッスンルームに閉じこもった。
「あの時のユズと一緒だよ、やめたって言いながらユウジさんのピックを持っていたユズと、ヘビーピックを持ち歩いていたユズと同じ」
大切な事は、心の底で捨てきれない事はずっとその手の中で後悔として残り続ける。小さなピックも顔の出さない動画も、ひとりぼっちのレッスンルームも。それから、隣に誰も居ない噴水広場の弾き語りだって。
「二人ともどうしようもないくらい、ピアノとドラムが嫌いになれないって事。音楽が好きで、どれだけ傷ついても手放せないって事」
それは多分、ユズだって同じだから。
そう言葉にはせずとも笑ってやると、さすがのユズも察したように目を細めて笑っていた。
「そうかもしれないな」
「だろ?」
へらりと笑い返すと、呆れたように肩を落としながらもあぁ、と否定ではない言葉が返ってくる。
「だから、だからこそ……オレは、二人に夢を捨ててほしくない」
言葉を選んだ。
これがユズに向けたのと同じエゴだって事はわかっていた。わかっていても、少しでも手を出してくれるなら。オレはそれを掴みたい。
「一度でいい、一回だけでいいから音楽に素直であってほしいって……そうオレは思ったんだ」
自分勝手だと思う。人の柔らかいところに土足で入り込んで、勝手に手を掴んで。
けど、見て見ぬふりをそこでするのは違うと思うから。
マスターにはこれをお人好しだと呼ぶんだと言われた事だってあるけど、それならオレは一生お人好しでいい。
「……なぁヒビ、お前の原動力はどこからくるんだ」
「げんどー、りょく?」
首をかしげるとユズは少しだけ呆れたように目を細めて、それだよ、とオレを指さしてくる。
「俺の時もそうだった、どれだけ断ったところでウザイくらいに引っ付いてくるし引き下がらなかった……その癖今回のバンド、本当ならもっとカフェの客を探せば居そうだし、断られても俺の時みたいにはせずすぐ引き下がっている……なにがお前をそれだけ動かす、なにがこの人ならって判断をさせているんだ」
「なにって言われても」
考えた事がなかった。いや、考えるきっかけがなかったのかもしれない。
少しだけ視線を落として、喉を鳴らす。オレを動かすもの。オレを、この人ならって判断させている事。
多分、ユズが思っている以上に単純な話だとは思う。
そいつの目がまだ希望を捨てていなかったから。そいつの音が楽しそうだったから。その指先が、まだなにかを紡ぎたいと言っているように見えたから。
「……諦めてほしくないって、ただそう思うのかも」
呼吸をするように、一弦だけを弾くように静かに言葉を落とす。
「オレだって、失敗は沢山してきた。噴水広場で初めて弾いた時はあまりに酷くて聴かせられるものじゃなかったし、そもそもマスターがいなかったらギターのいろはもわかってなかった。それでもオレが弾きたいと思ったのは、諦めたくないと思ったのは音に正直にいたかったからだ」
見えないピックをそっと右手で掴んだ。
最初は握りしめると言った方がお似合いだったフォームも、今なら少しはマシになった気がする。
「正直にいたから、どんな結末だろうと答えはついてくる。それを自分でわかっているからこそ、少しでも希望があるならそれを捨ててほしくないんだ」
エゴだろと笑ってやると、ユズが頬を緩める。
「それは正直であってもちょっと違うだろ。お前が馬鹿みてえに音楽バカで、努力をしたからだ」
「ユズに褒められると、なんかこそばゆいかも」
「お前都合のいいとこだけ聞いてるだろ」
また呆れたように笑ったユズは、小さく欠伸をする。
「じゃあ、今回もヒビがなんとかするんだろ」
「オレ?」
「あぁ、俺よりもお前のが適任だろ。多分だけど、俺がお前の立ち回りをしようとすれば初手からぶん殴りそうだ」
「それか自分の事棚に上げそう」
「おう、喧嘩売ってるだろお前」
あからさまに機嫌を悪くしたから目線を逸らしてごまかすと、ふと少しだけユズは笑っていた。
「そいつら、首根っこでも掴んでやるんだろどうせ」
「首根っこは言い過ぎだって」
適当にはぐらかしたけど、確かにそうかもしれない。
手を掴んでそれでも勇気がないなら、背中を押してやる。
エゴだってお人好しだって言われても、目の前で夢を捨てるのは見たくないから。
「その時は、ユズの時みたいに喧嘩でもするよ」
もちろん、そうならないように願っているけど。
「ん?」
授業も終わった、静かな教室。
突然言われた言葉に首をかしげる。
なにかと思えば同じクラスの奴で、へらりと笑いながらオレに話しかけてきた。
「なにがだ?」
同じクラスだし名前と顔は知っているけど、正直他の奴みたいに仲がいいわけでもなくどんな奴かはあまり知らない。だからと目を細めながら聞いてやると、あいつだよ、と主語のない言葉を続けてきた。
「八組の野並、この前ヒビが絡みにやってた奴だよ。話してて気難しいというか、面倒だろ?」
「……と、言うと?」
「俺あいつと軽音楽部で一緒だったんだけど」
ピクリと、指先が跳ねた。
軽音楽部、大譜高校の軽音楽部はよくも悪くも緩さがある。それはオレも体験入部をしたからわかっていたけど、その言葉にはつい反応してしまう。
「なんか一人でガチっちゃっててちょっと浮いてるって言うか面倒って言うか……ワンコーラス合わせて上手くいったとか話してもすぐ反省会してどこがあってないとか指摘するから、だるかったんだよな」
そいつの話はオレが聞いたわけじゃないのに、勝手に進んでいく。
「デビューできるわけじゃないのにマジになって、もっと上手くなりたいとかさ。部活のくせにちょっと見てる方向性が違うんだよなあいつって」
なんだか胸の奥がザワザワする。
きっとこの言葉は全部オレに向けられていないのに、それなのに柔らかいところを突き刺されているような感覚。逃げ出してしまいたい、それなのに喉元まで出かけた言葉を止める事はできなくて息を吐き出しながらその言葉がこぼれ落ちてしまう。
「けどこれ――ソウは悪くないだろ?」
「は……?」
静かに、ゆっくりと。そいつの瞳をじっと見つめる。
「マジになってなにが悪いんだよ、部活で上手くなりたいって思っちゃだめなのかよ。少なくともオレは、そうやって練習してきたソウがかっこいいと思う」
わかっている、こいつもソウも悪くないって。
けどそれでも、このままでいいとは思えなかった。
「ソウはドラムが好きで、だから真剣なんだ。それを気難しいなんて言っていい理由にはならない」
だってソウの手、豆だらけだったから。
あんなにもドラムに真剣で、大事にしていたから。
それに後ろ指をさしていい理由なんて、世界のどこにも存在しない。
「ソウの事をバカにできるくらい、ちゃんと練習したか?」
なんだか、腹の底が熱かった。
努力もなにもしていないのにソウの事をわかったようにいうそいつが、なんだか許せなかった。
「それ、は」
「ソウみたいに手に豆を作って、他の事を沢山犠牲にしてちゃんと打ち込んだのか?」
じっと睨みつけるには弱くて、見つめるには刺々しい。そんな視線を送るとそいつは押し負けたようで不機嫌そうな顔を貼り付けながら、ゆっくりと後退りをする。
「なんだよ、あいつが変ってわかる奴かと思ったのに。変な奴は変な奴を呼ぶんだな」
「オレのどこが変な奴、ってちょっと待て!」
逃げるように教室を飛び出したそいつを追いかけようとしたがすでにどこにもいなくて、オレの声が響くだけだ。
「なんだあいつ、話を吹っかけてきたのは自分だろ」
だからって、自分に賛同がもらえなかったら逃げるなんて。
諦めて目を伏せると、そいつの出ていったのとは逆の後ろの方からギッ、とドアの開く音が聞こえた。目を向けると、見慣れたブルーブラックの髪とアンバーの瞳をオレに向けながらドアに寄りかかっている姿が見える。
「……お前、かなり言うんだな」
「あ、ユズ。先生の呼び出し終わったのか?」
「俺が悪い事をやったみたいに言うな、転校の書類で確認があったから行ってきただけだ」
あからさまに顔をしかめたユズは腕を組んだまま、オレの顔をじっと見ている。
「最後はオーバーキルだったしお前が変な奴なのは俺も同感だが、まぁおおむね俺が言いたい事と一緒だったな」
「ちょっと待て、変な奴は否定しろよ」
聞き捨てならない部分を拾ってもユズは知らぬ顔で、なんだか居心地が悪くて目を逸らす。今の話からすると、多分。
「……見てたのか?」
「あぁ、なにがだって辺りから」
「それ最初からって言うんだよ」
それなら話が早いと、深くは言わなかった。
その代わりに深く溜息をついて、力なく首を横に振る。
「オレだって、言う時は言う」
「誰にだってヘラヘラしてるだけだと思った」
「あ、今の絶対悪口だろ」
ユズもユズで言い返してこないからわざとらしくムッとした顔を向けてみたが、どうやら興味はすでに他の方へ移っているらしい。
「どっちも厄介なトラウマがあるようだな」
どっちも、というのは誰を指しているのか。それは聞かなくてもわかる。
「一人は真面目すぎるから、一人はまだ推測だが周りの目……この街だからこそ、面倒だな」
「面倒?」
「お前にはわかんねえだろうな」
ユズが廊下へ目をやると、ちょうど楽器の音が聴こえてくる。トランペットの音だろうそれはどこまでも澄んでいて、校内に響き渡っていく。
「この街はあまりにも音楽に近すぎる。どれだけ音楽を嫌いになろうとしたってそれを街が許してくれないなら……あいつらはきっと、生きづらいと思う。音楽は救いなんてロックンロールは言うけど、今のあいつらにとってはきっと救いじゃない。どちらかと言えば拷問だろう」
まるで自分の事を話しているみたいで、じっとユズの顔を見てしまう。
栄音にきたばかりのユズみたいで、ついけどさ、なんて言葉を続ける。
「それって、ユズと同じだろ」
「なにがだよ」
ユズは話がわかっていないようで、顔をしかめながら首をかしげてくる。
「だって、本当にやめたならオレだったらレッスンルームなんかに行かない……本当に嫌いになったなら、未練がましく配信なんてしない」
誰も周りで対等にできる人がいないから、きっとあいつはレッスンルームに閉じこもった。
「あの時のユズと一緒だよ、やめたって言いながらユウジさんのピックを持っていたユズと、ヘビーピックを持ち歩いていたユズと同じ」
大切な事は、心の底で捨てきれない事はずっとその手の中で後悔として残り続ける。小さなピックも顔の出さない動画も、ひとりぼっちのレッスンルームも。それから、隣に誰も居ない噴水広場の弾き語りだって。
「二人ともどうしようもないくらい、ピアノとドラムが嫌いになれないって事。音楽が好きで、どれだけ傷ついても手放せないって事」
それは多分、ユズだって同じだから。
そう言葉にはせずとも笑ってやると、さすがのユズも察したように目を細めて笑っていた。
「そうかもしれないな」
「だろ?」
へらりと笑い返すと、呆れたように肩を落としながらもあぁ、と否定ではない言葉が返ってくる。
「だから、だからこそ……オレは、二人に夢を捨ててほしくない」
言葉を選んだ。
これがユズに向けたのと同じエゴだって事はわかっていた。わかっていても、少しでも手を出してくれるなら。オレはそれを掴みたい。
「一度でいい、一回だけでいいから音楽に素直であってほしいって……そうオレは思ったんだ」
自分勝手だと思う。人の柔らかいところに土足で入り込んで、勝手に手を掴んで。
けど、見て見ぬふりをそこでするのは違うと思うから。
マスターにはこれをお人好しだと呼ぶんだと言われた事だってあるけど、それならオレは一生お人好しでいい。
「……なぁヒビ、お前の原動力はどこからくるんだ」
「げんどー、りょく?」
首をかしげるとユズは少しだけ呆れたように目を細めて、それだよ、とオレを指さしてくる。
「俺の時もそうだった、どれだけ断ったところでウザイくらいに引っ付いてくるし引き下がらなかった……その癖今回のバンド、本当ならもっとカフェの客を探せば居そうだし、断られても俺の時みたいにはせずすぐ引き下がっている……なにがお前をそれだけ動かす、なにがこの人ならって判断をさせているんだ」
「なにって言われても」
考えた事がなかった。いや、考えるきっかけがなかったのかもしれない。
少しだけ視線を落として、喉を鳴らす。オレを動かすもの。オレを、この人ならって判断させている事。
多分、ユズが思っている以上に単純な話だとは思う。
そいつの目がまだ希望を捨てていなかったから。そいつの音が楽しそうだったから。その指先が、まだなにかを紡ぎたいと言っているように見えたから。
「……諦めてほしくないって、ただそう思うのかも」
呼吸をするように、一弦だけを弾くように静かに言葉を落とす。
「オレだって、失敗は沢山してきた。噴水広場で初めて弾いた時はあまりに酷くて聴かせられるものじゃなかったし、そもそもマスターがいなかったらギターのいろはもわかってなかった。それでもオレが弾きたいと思ったのは、諦めたくないと思ったのは音に正直にいたかったからだ」
見えないピックをそっと右手で掴んだ。
最初は握りしめると言った方がお似合いだったフォームも、今なら少しはマシになった気がする。
「正直にいたから、どんな結末だろうと答えはついてくる。それを自分でわかっているからこそ、少しでも希望があるならそれを捨ててほしくないんだ」
エゴだろと笑ってやると、ユズが頬を緩める。
「それは正直であってもちょっと違うだろ。お前が馬鹿みてえに音楽バカで、努力をしたからだ」
「ユズに褒められると、なんかこそばゆいかも」
「お前都合のいいとこだけ聞いてるだろ」
また呆れたように笑ったユズは、小さく欠伸をする。
「じゃあ、今回もヒビがなんとかするんだろ」
「オレ?」
「あぁ、俺よりもお前のが適任だろ。多分だけど、俺がお前の立ち回りをしようとすれば初手からぶん殴りそうだ」
「それか自分の事棚に上げそう」
「おう、喧嘩売ってるだろお前」
あからさまに機嫌を悪くしたから目線を逸らしてごまかすと、ふと少しだけユズは笑っていた。
「そいつら、首根っこでも掴んでやるんだろどうせ」
「首根っこは言い過ぎだって」
適当にはぐらかしたけど、確かにそうかもしれない。
手を掴んでそれでも勇気がないなら、背中を押してやる。
エゴだってお人好しだって言われても、目の前で夢を捨てるのは見たくないから。
「その時は、ユズの時みたいに喧嘩でもするよ」
もちろん、そうならないように願っているけど。



