大譜高校は一学年大体十五クラス、私立の高校でも俗に言うマンモス校の部類になる。
文系二つ理系二つ、一科と二科に分かれているのと進学特化の特進文武両道と選抜、商業科と福祉科も設立されている公立の総合学科に近いクラス分けだ。
オレとユズの所属する文系二科の十組から見て斜め向かい側、八組と書かれたそこはいわゆる文系一科というオレ達二科よりも授業時間や密度が多いクラスだった。
別に出入りを咎められるわけでもないからと遠慮なく教室を覗き込んで、お目当ての存在をキョロキョロと探した。
「おいヒビ、誰だよ心当たりって」
「それを今探してて……あっ、いた」
教室の隅、なにかから隠れるように座る姿を見つけるとスタスタと近づいていく。
「なぁ、野並奏志郎くん、だよな?」
「え?」
最低限整えられたマッシュルームカットと深い黒の瞳。それはガラス玉のようにオレとユズを見つめていて、首をかしげていた。昨日と同じ楽器屋で見かけたのと同じ顔だ。
「えっと、君達は」
「オレ、十組の日比野久音」
「伏見結弦だ」
「は、初めまして……僕にどんな用で」
「なぁ、もしかしてだけどドラムやってないか?」
「えっ」
「この前、君が楽器屋でスティックを持っているのを見かけたんだ。オレもギターやっててさ、後ろのユズはベース」
その言葉にオレとユズの顔を何度も見たマッシュルームカットの彼、ソウはまだ状況が読めないのかまた首をかしげながらはぁ、と曖昧な返事をしてくる。
「その、僕はただの趣味だよ。一人でドラムを叩いて、一人で満足しているだけ」
「じゃあ、よかったらオレ達とやらないか。バンドってやつ。今度あるフェスに出たくてドラムを探してたんだ」
「それは……」
少しだけ、深い黒の瞳が揺れた。それは歓喜ではなく、どちらかと言えば困惑の色のが近くて。その奥にあるのは悲しみと諦めで、ソウの表情が一瞬で変わる。
影を差した表情は苦しそうで、悲しそうで。
「やらないよ、僕はバンド」
そしてそれはなによりも低い、冷たい声だった。
「え、な、なんで」
「なんでって、誰かとやりたいなんて思わないから」
やけにシンプルでそれなのに中身のないような言葉に、反論する事もできない。それはユズも同じだったのか最初こそ顔をしかめていたが、間に入るようにおい、と低い声と共に口を開いた。
「理由を聞いてもいいか、少なくともお前が楽器屋にいたのをこいつは見ている……なら、お前も努力をしてきたって事だろ」
「だからだよ、どうせ誰かと頑張ったところで終わりは一緒なんだ。真面目にやってもダサいよ」
「ダサいなんて、そんな!」
「ごめん、僕図書委員の当番があるから行くね」
「待て」
席を立ち上がったソウの前に、ユズが立ちはだかる。
なにも言わずただじっと見ているだけだからソウも少し怯えたような表情を貼り付けると、対するユズはスウと目を細めていた。
「おい、お前も無理やり自分の中で整理をつけてやめた口だろ」
「お前、も?」
「どうなんだよ」
「っ…………」
ソウは視線を逸らすだけで、それ以上なにも言わない。けどその反応でユズもじゅうぶんだったのか、乾いた笑みを貼り付けている。
「まぁ、確かにそうだな。俺達には関係ない話だ……関係ないけど、お前も相手が悪かった」
「は?」
右手でオレの方を指さしたユズは、こいつだよ、と言葉を続ける。
「残念だがあの男はスッポンだ、一度噛みつかれたら首を縦に振るまで離れないからな」
「こーらユズ! 自分が吹っ切れたからって他の奴に突っかかるな!」
「スッポンって」
一瞬、ソウの口元が緩む。
緩んだけどそれは本当に少しの間で、すぐなにかに気づいたように悲しそうに、寂しそうに目を細めた。
「――君達が、羨ましいよ」
「え?」
「……ごめん、僕にはやっぱり無理。そもそも向いていないんだ、他を当たって。僕に君達は、眩しすぎる」
逃げるように飛び出したその背中を、ただ見送る事しかできない。伸ばした手はなにも掴めなくて、ただ虚しく行き場をなくしただけだった。
「……なん、で」
どうしてみんな、最初から諦めちゃうのさ。
「まぁ、突然知らねえ奴がきたら俺も同じ反応をするだろうけど」
「それは、そうだけど……」
確かにオレの声のかけ方も悪かったかもしれない。
けどどうしてもあの瞬間が、バンドと聞いた瞬間その表情に影が差した瞬間が忘れられなかった。
まるで、この前までのユズを見ているような気分だ。
なにかを押し殺しているようで、それを見るのはやっぱり息苦しい。
けど、それも大事だが目下の悩みは。
「どうしようドラム、幸先が悪すぎる……このままじゃキーボードも見つからないし」
「お前、キーボードは候補いないのか」
「いないよ、テレキャスターもキーボードも……ソウは校内で見た事ある顔だったし楽しそうにスティック持ってたから大丈夫じゃないかって思ったんだけど」
「……なるほどな、つまり俺があの時落としたユウジのピックを見た時と同じで、生半可じゃなさそうな奴だったらヒビのお眼鏡にかなうってわけだな」
「……え?」
やけに含みのある、心当たりがあると言いたげなユズの言葉に顔を上げる。
「それなら俺も一人、キーボードで心当たりがある……今の野並以上に面倒くさそうだけどな」
***
「お前、楽器やってるだろ」
「……へ?」
ユズが教室に戻るなり声をかけたのはクラスの真ん中で取り留めのない話をしていた数人で、その中の一人をまっすぐに見つめていた。少しでも自前の黒髪が見えると染めてしまうと話していたミルクティーの髪は相変わらず綺麗にセットされていて、その向こうから覗く明るいアンバーの大きな瞳がその髪色を際立たせている。
「ゆ、ユズちょっともう少し言葉を、そもそもリツが楽器やってるなんて聞いた事ないし」
「りつ? りつって誰だ」
「おまっ、まさかクラスメイトの名前まだちゃんと覚えてないのか……?」
ユズが大譜高校にきてからそれなりに経っていると思う。未だにクラスメイトの名前を覚えていない事が信じられなくて後退りをすると、別にいいだろ、なんてぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「俺は、俺の興味がある奴以外の名前は覚えない」
「はは、転校生ちゃん潔がいいね」
ケラケラと楽しそうに笑ったリツはよいしょ、なんてわざとらしく言いながらその場に立ち上がる。
「あ、えっと……ユズ、彼は同じクラスの」
「いいよくうちゃん、自分で自己紹介する」
オレの言葉を遮ったリツは、軽く決めポーズみたいなのをしながら誇らしげに笑っていた。
「八田律樹、君が転入してきた十組のムードメーカーで」
「そういうのはどうでもいい、巻け」
「くうちゃんよくこんな奴と仲良くやってるね……?」
この二人、最初の印象がお互いに最悪だ。
信じられないようなものを見る目を向けてきたリツにはお構いなしに、ユズは無防備だったリツの手を掴んだ。
「楽器、やってんだろ」
「そんな、オレなんかが」
「じゃあこの手はなんだ」
「っ……」
「手……?」
少しだけ、リツの指先が跳ねた。
「この手は生半可な手じゃない……ピアニストの指先だ」
まっすぐなユズの言葉にリツの瞳が揺れた。けどそこにあるのはなぜか恐怖の色のが濃く、それはオレには理解できなかった。
「こいつとフルバンドをするためのメンバーを探している、これだけの指先ならキーボードを任せてもいいと俺は思っている」
「オレ、は……」
なにかを悩んでいるようだった。
恐怖に対して一滴の不安を垂らしたような、そんな表情。
けどそれも一瞬の話で、廊下の方から降ってきた声に遮られてしまう。
「律樹ー、サッカーやろうぜ」
「あ、おう、今行く! ……ごめん、オレ呼ばれたから」
弾かれたように顔を上げて、ユズの手からするりと抜けていく。
「ユズちゃん、だったよね」
「あ?」
呼び方が気に入らなかったのか、いつもの倍は不機嫌そうな顔を作るユズにはお構いなしにリツはひらひらと手を振っていた。
「さっきの、悪いけどオレはピアノなんかやってないから期待に添えないよ。ごめんね……ピアノなんて、お利口なお嬢ちゃんの習い事だって」
どこか悲しそうに笑ったリツは、ユズが呼び止めるよりも先に逃げるように廊下へ出て行ってしまった。
「……なんだあいつ」
「リツ、普段はあんな付き合い悪い奴じゃないんだけどな」
去年も同じクラスだったからこそ、リツの事はそれなりに知っている方だと思う。
自分が嫌な事は嫌って言うし、ごまかす事だってそこまでしない。はっきりと理由を言う性格だったからこそ、さっきの態度はリツらしくないというのが正直な感想だった。
けどそれよりも、今は気になった事がもう一つ。
「……なぁ、なんでリツが楽器やってるってわかったんだ?」
おそるおそる顔を覗き込みながら聞くと、ユズは自分の硬くなった指先を見せてきた。
「あいつの指先、見てなにも思わなかったのか」
「指先……あー、ごめん。綺麗に爪が切りそろえられてるなぁって思ったくらいしか」
「それもだ」
「それも?」
指摘された事がいまいち理解できず首をかしげると、ユズから呆れたような溜息が零れた。
「鍵盤を押す時はかなり力がかかるから、よく漫画やドラマであるように長い爪のままで演奏をするのは難しい。指の先は通常よりも少し平らになりやすく、第二関節も幼い頃の癖とかによっては太くなりやすい傾向にある」
「それが、リツの手に出ていた?」
「あぁ、少し前あいつが日直の時プリントを渡されて気がついた。こいつはピアノをやっていて……しかもそれが、生半可な練習量ではないってな」
「じゃあ、なおさらどうして」
なんでリツは、ピアノをやっていないだなんて、お利口なお嬢ちゃんの習い事だなんて揶揄したのだろう。
「お前が音に正直なのはいい事だが、音に嫌われてる奴もいるんだよ」
ユズの言葉はやけに重たかった。
そんな事わかっていた、わかっているはずだった。
わかっているのに、腹の底はずっと鉛を飲んだように重たいままだ。
文系二つ理系二つ、一科と二科に分かれているのと進学特化の特進文武両道と選抜、商業科と福祉科も設立されている公立の総合学科に近いクラス分けだ。
オレとユズの所属する文系二科の十組から見て斜め向かい側、八組と書かれたそこはいわゆる文系一科というオレ達二科よりも授業時間や密度が多いクラスだった。
別に出入りを咎められるわけでもないからと遠慮なく教室を覗き込んで、お目当ての存在をキョロキョロと探した。
「おいヒビ、誰だよ心当たりって」
「それを今探してて……あっ、いた」
教室の隅、なにかから隠れるように座る姿を見つけるとスタスタと近づいていく。
「なぁ、野並奏志郎くん、だよな?」
「え?」
最低限整えられたマッシュルームカットと深い黒の瞳。それはガラス玉のようにオレとユズを見つめていて、首をかしげていた。昨日と同じ楽器屋で見かけたのと同じ顔だ。
「えっと、君達は」
「オレ、十組の日比野久音」
「伏見結弦だ」
「は、初めまして……僕にどんな用で」
「なぁ、もしかしてだけどドラムやってないか?」
「えっ」
「この前、君が楽器屋でスティックを持っているのを見かけたんだ。オレもギターやっててさ、後ろのユズはベース」
その言葉にオレとユズの顔を何度も見たマッシュルームカットの彼、ソウはまだ状況が読めないのかまた首をかしげながらはぁ、と曖昧な返事をしてくる。
「その、僕はただの趣味だよ。一人でドラムを叩いて、一人で満足しているだけ」
「じゃあ、よかったらオレ達とやらないか。バンドってやつ。今度あるフェスに出たくてドラムを探してたんだ」
「それは……」
少しだけ、深い黒の瞳が揺れた。それは歓喜ではなく、どちらかと言えば困惑の色のが近くて。その奥にあるのは悲しみと諦めで、ソウの表情が一瞬で変わる。
影を差した表情は苦しそうで、悲しそうで。
「やらないよ、僕はバンド」
そしてそれはなによりも低い、冷たい声だった。
「え、な、なんで」
「なんでって、誰かとやりたいなんて思わないから」
やけにシンプルでそれなのに中身のないような言葉に、反論する事もできない。それはユズも同じだったのか最初こそ顔をしかめていたが、間に入るようにおい、と低い声と共に口を開いた。
「理由を聞いてもいいか、少なくともお前が楽器屋にいたのをこいつは見ている……なら、お前も努力をしてきたって事だろ」
「だからだよ、どうせ誰かと頑張ったところで終わりは一緒なんだ。真面目にやってもダサいよ」
「ダサいなんて、そんな!」
「ごめん、僕図書委員の当番があるから行くね」
「待て」
席を立ち上がったソウの前に、ユズが立ちはだかる。
なにも言わずただじっと見ているだけだからソウも少し怯えたような表情を貼り付けると、対するユズはスウと目を細めていた。
「おい、お前も無理やり自分の中で整理をつけてやめた口だろ」
「お前、も?」
「どうなんだよ」
「っ…………」
ソウは視線を逸らすだけで、それ以上なにも言わない。けどその反応でユズもじゅうぶんだったのか、乾いた笑みを貼り付けている。
「まぁ、確かにそうだな。俺達には関係ない話だ……関係ないけど、お前も相手が悪かった」
「は?」
右手でオレの方を指さしたユズは、こいつだよ、と言葉を続ける。
「残念だがあの男はスッポンだ、一度噛みつかれたら首を縦に振るまで離れないからな」
「こーらユズ! 自分が吹っ切れたからって他の奴に突っかかるな!」
「スッポンって」
一瞬、ソウの口元が緩む。
緩んだけどそれは本当に少しの間で、すぐなにかに気づいたように悲しそうに、寂しそうに目を細めた。
「――君達が、羨ましいよ」
「え?」
「……ごめん、僕にはやっぱり無理。そもそも向いていないんだ、他を当たって。僕に君達は、眩しすぎる」
逃げるように飛び出したその背中を、ただ見送る事しかできない。伸ばした手はなにも掴めなくて、ただ虚しく行き場をなくしただけだった。
「……なん、で」
どうしてみんな、最初から諦めちゃうのさ。
「まぁ、突然知らねえ奴がきたら俺も同じ反応をするだろうけど」
「それは、そうだけど……」
確かにオレの声のかけ方も悪かったかもしれない。
けどどうしてもあの瞬間が、バンドと聞いた瞬間その表情に影が差した瞬間が忘れられなかった。
まるで、この前までのユズを見ているような気分だ。
なにかを押し殺しているようで、それを見るのはやっぱり息苦しい。
けど、それも大事だが目下の悩みは。
「どうしようドラム、幸先が悪すぎる……このままじゃキーボードも見つからないし」
「お前、キーボードは候補いないのか」
「いないよ、テレキャスターもキーボードも……ソウは校内で見た事ある顔だったし楽しそうにスティック持ってたから大丈夫じゃないかって思ったんだけど」
「……なるほどな、つまり俺があの時落としたユウジのピックを見た時と同じで、生半可じゃなさそうな奴だったらヒビのお眼鏡にかなうってわけだな」
「……え?」
やけに含みのある、心当たりがあると言いたげなユズの言葉に顔を上げる。
「それなら俺も一人、キーボードで心当たりがある……今の野並以上に面倒くさそうだけどな」
***
「お前、楽器やってるだろ」
「……へ?」
ユズが教室に戻るなり声をかけたのはクラスの真ん中で取り留めのない話をしていた数人で、その中の一人をまっすぐに見つめていた。少しでも自前の黒髪が見えると染めてしまうと話していたミルクティーの髪は相変わらず綺麗にセットされていて、その向こうから覗く明るいアンバーの大きな瞳がその髪色を際立たせている。
「ゆ、ユズちょっともう少し言葉を、そもそもリツが楽器やってるなんて聞いた事ないし」
「りつ? りつって誰だ」
「おまっ、まさかクラスメイトの名前まだちゃんと覚えてないのか……?」
ユズが大譜高校にきてからそれなりに経っていると思う。未だにクラスメイトの名前を覚えていない事が信じられなくて後退りをすると、別にいいだろ、なんてぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「俺は、俺の興味がある奴以外の名前は覚えない」
「はは、転校生ちゃん潔がいいね」
ケラケラと楽しそうに笑ったリツはよいしょ、なんてわざとらしく言いながらその場に立ち上がる。
「あ、えっと……ユズ、彼は同じクラスの」
「いいよくうちゃん、自分で自己紹介する」
オレの言葉を遮ったリツは、軽く決めポーズみたいなのをしながら誇らしげに笑っていた。
「八田律樹、君が転入してきた十組のムードメーカーで」
「そういうのはどうでもいい、巻け」
「くうちゃんよくこんな奴と仲良くやってるね……?」
この二人、最初の印象がお互いに最悪だ。
信じられないようなものを見る目を向けてきたリツにはお構いなしに、ユズは無防備だったリツの手を掴んだ。
「楽器、やってんだろ」
「そんな、オレなんかが」
「じゃあこの手はなんだ」
「っ……」
「手……?」
少しだけ、リツの指先が跳ねた。
「この手は生半可な手じゃない……ピアニストの指先だ」
まっすぐなユズの言葉にリツの瞳が揺れた。けどそこにあるのはなぜか恐怖の色のが濃く、それはオレには理解できなかった。
「こいつとフルバンドをするためのメンバーを探している、これだけの指先ならキーボードを任せてもいいと俺は思っている」
「オレ、は……」
なにかを悩んでいるようだった。
恐怖に対して一滴の不安を垂らしたような、そんな表情。
けどそれも一瞬の話で、廊下の方から降ってきた声に遮られてしまう。
「律樹ー、サッカーやろうぜ」
「あ、おう、今行く! ……ごめん、オレ呼ばれたから」
弾かれたように顔を上げて、ユズの手からするりと抜けていく。
「ユズちゃん、だったよね」
「あ?」
呼び方が気に入らなかったのか、いつもの倍は不機嫌そうな顔を作るユズにはお構いなしにリツはひらひらと手を振っていた。
「さっきの、悪いけどオレはピアノなんかやってないから期待に添えないよ。ごめんね……ピアノなんて、お利口なお嬢ちゃんの習い事だって」
どこか悲しそうに笑ったリツは、ユズが呼び止めるよりも先に逃げるように廊下へ出て行ってしまった。
「……なんだあいつ」
「リツ、普段はあんな付き合い悪い奴じゃないんだけどな」
去年も同じクラスだったからこそ、リツの事はそれなりに知っている方だと思う。
自分が嫌な事は嫌って言うし、ごまかす事だってそこまでしない。はっきりと理由を言う性格だったからこそ、さっきの態度はリツらしくないというのが正直な感想だった。
けどそれよりも、今は気になった事がもう一つ。
「……なぁ、なんでリツが楽器やってるってわかったんだ?」
おそるおそる顔を覗き込みながら聞くと、ユズは自分の硬くなった指先を見せてきた。
「あいつの指先、見てなにも思わなかったのか」
「指先……あー、ごめん。綺麗に爪が切りそろえられてるなぁって思ったくらいしか」
「それもだ」
「それも?」
指摘された事がいまいち理解できず首をかしげると、ユズから呆れたような溜息が零れた。
「鍵盤を押す時はかなり力がかかるから、よく漫画やドラマであるように長い爪のままで演奏をするのは難しい。指の先は通常よりも少し平らになりやすく、第二関節も幼い頃の癖とかによっては太くなりやすい傾向にある」
「それが、リツの手に出ていた?」
「あぁ、少し前あいつが日直の時プリントを渡されて気がついた。こいつはピアノをやっていて……しかもそれが、生半可な練習量ではないってな」
「じゃあ、なおさらどうして」
なんでリツは、ピアノをやっていないだなんて、お利口なお嬢ちゃんの習い事だなんて揶揄したのだろう。
「お前が音に正直なのはいい事だが、音に嫌われてる奴もいるんだよ」
ユズの言葉はやけに重たかった。
そんな事わかっていた、わかっているはずだった。
わかっているのに、腹の底はずっと鉛を飲んだように重たいままだ。



