「ごめんね」からの大逆転


 「また今日もらぶちゃんと約束してんの?」
 「うん、よっちゃんもやる?」
 「どうしよっかなぁ」

 体育が始まる前、更衣室へ移動している最中によっちゃんから尋ねられて頷く。そのまま流れで誘ってみれば、うーんと悩んでいる。

 「檜山は? やる?」
 「俺は今日家庭教師の日だからパスで」
 「あっ、俺も塾あるんだった。ごめーん、れんちゃん。らぶちゃんと楽しんで」
 「う、なんか俺も勉強しないといけない気分になってきた……」

 あー、ヤダヤダ。進学組はこれだから。
 勉強の話なんて、蕁麻疹が出そうになる。

 「れんちゃん、別に勉強できないわけでもないのにね」
 「赤点は取ったことないんだろう?」
 「それはそうなんだけど、俺のは一夜漬けの付け焼き刃だから。未来には全然生かせないのよ」
 「まぁまぁ、今回はらぶちゃんと約束しちゃってるんだし、トラアンを楽しみなよ」
 「勉強ならいくらでも付き合うぞ」
 「その誘いはちょっと……」

 うげぇ……と吐きそうな顔をして嫌悪感を滲ませていれば、「待って」と突然背後から肩を掴まれた。

 何だと振り返れば、焦った様子の青山だった。いつもクールぶってるのに、こんなに余裕がないのも珍しい。忘れ物でもしたのか?

 「女の子と約束してるの?」
 「は?」
 「……俺じゃ、だめ?」
 「な、に言ってんだ、お前……?」

 青山があまりにも真剣に言葉を紡ぐものだから、笑い飛ばすことすらできなくて。ただただ困惑する俺を見かねて、よっちゃんたちから助け舟。

 「らぶちゃんっていうね、ゲーム仲間がいるんだよ」
 「名前がややこしいけど、れっきとした男だから」
 「……あぁ、そっか」

 らぶちゃんの正体が男だと分かって、青山の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。こんなに照れた顔、初めて見るかも。俺ばかり乱されているから、なんだか優越館。ニヤニヤしながらその顔を見ていれば、「見ないで」とそっぽを向かれた。

 「ふふん、青山くんも俺と遊びたいんだなぁ。この、かわいいやつめ」
 「……その顔やめて」
 「トラアン一緒にやってもいいんだぜ?」
 「それはまた今度ね」
 「またそれかよ」

 何度か一緒にトラアンやらない? って誘っているのに、青山からの返答は決まって「また今度」だ。今度っていつだよ。あと何回、同じ言葉を繰り返せばいいんだよ。

 「今はまだ一緒にできないから」
 「ふーん、まぁ今は誤魔化されてやるよ」

 いつか、青山と一緒にゲームできる日が来るのかな。敵を見つけて騒ぐ姿は想像できていないけれど、近い将来、一緒に遊べたらいいなぁ。

 ◇◇

 「ふんふんふーん♪」

 最近流行りのJPOPを口ずさみながら、俺はすっかり人気のなくなった中庭を歩いていた。宿題を出されたのに、数学の教科書もノートも忘れてきちゃったことに校門を出てから五分ぐらい歩いて気づいたから。もう明日の朝にするかな〜って思ったけど、間に合わなかったら厳格な数学教師に叱られる。想像だけで、うげーと嫌な気持ちになって、しかたなく引き返すことに決めた。

 しーんと静まり返った校舎内は少しこわい。オバケとかそういうのを信じてるわけじゃないけど、なんだか不気味だ。

 さっきまでの鼻歌気分はすっかり消え失せて、できるだけ物音を立てないようにしつつ、足早に歩みを進める。早く帰って、課題終わらせて、螺良とトラアンやりてぇし。教室が近づいて、よしと思ったら、話し声が聞こえてきた。

 「で、最近志水くんとはどうなの?」
 「……うん」
 (……俺?)

 こっそりとドアの窓から盗み見ると青山と久野だった。まさか自分の名前が出てくるとは思わず、動揺して声を漏らしそうになって慌てて手で口を覆う。盗み聞きするなんて悪いとわかっているのに、真剣な会話をしているところに名乗り出る勇気はなかった。悪口言うところだったら、めっちゃ気まずいし。そんなことを考えていたら、青山の返事を聞いた久野が、はぁ……とわざとらしくため息を吐いた。
 
 「何その煮え切らない返事。傍から見てるかんじ、友だちにはなれたんじゃないの?」
 「……俺は友だちだと思ってないから」
 (え……)

 思わず息を飲んだ。思考が固まる。
 青山もトラアンを好きだと知ったあの一件以来、俺からも話しかけるようになって、仲良くなれたと思っていたのに。喜んでいたのは、俺だけだったっていうのかよ。人気者に群がるその他大勢と、所詮俺も同類だとか思ってたのかよ。

 ずっと俺からの誘いを断ってた理由って、これ?
 友だちじゃないから一緒にゲームできないってこと?
 なんだよ、そんな残酷な理由なら知りたくなかったよ。

 悔しい? 悲しい? そんな答えのないモヤモヤが心の中で渦巻いて、自分が思っている以上にショックを受けている事実にも動揺する。

 「誰かいる……?」

 一歩後ろに退いたらその足音が思いの外大きくて、それに気づいた青山の声を聞いた俺は弾かれたように駆け出した。

 「どうした?」
 「ううん、なんでもない」
 「はぁ、お前の方は友だちだと思ってなくても、志水くんはそう思ってんじゃねぇの?」
 「それでも、友だち止まりは嫌だ」
 「そんなことはわかってるよ。だったらさ、もっとお前からもアピールしろよ。類の顔で迫られたら誰だってコロッと落ちるんだから、本気で好きなら頑張れよ」
 「……れんたろーはそんな軽い男じゃない」
 「ハイハイ、とにかく友だち以上になりたいなら、それなりに努力しろよ」
 「……うん」

 そんな会話が繰り広げられているなんて、露知らず……。俺はがむしゃらに走り続けた。

 宿題なんて、もうどうだっていい。最近ようやく失恋の傷も癒えてきたのに、また心臓がズキズキと痛む。「るい」さんを忘れられたと思ったのに、今度は青山類かよ。気づけば、“るい”という名前に狂わされてばかりだ。

 何だよ、俺とは友だちじゃなかったってことかよ。
 俺の中ではどんどん存在感を増していたっていうのに、青山はそうじゃなかったのがショックで。

 『れんたろー、明日お昼一緒に食べない?』

 帰ってきてから気づいたそんなメッセージも返信する気力がなくて、未読無視。こんな誘い、どの口が言ってんだ。お前は友だちじゃないやつとお昼を一緒に食べんのかよって、嫌味を言ってしまいそう。

 久しぶりにふて寝を決め込んで、翌朝アラームに起こされてからもどよんと気分は沈んだまま。俺、嫌なことから逃げてばかりだな。「るい」さんのことも返信が来なくなったからってすぐに諦めて疎遠になって、簡単に手放さずにまたゲームに誘えばよかったのに。もう、あんな後悔したくない。あの時こうすればよかったなんて、気づいたところでもう遅いのだから、だったら自分のやりたいようにやる方がいい。

 そんなことをぼーっとベッドの上で考えていたら、部屋を覗いた侑里の「お兄ちゃん、時間平気?」という言葉に我に返って、俺は慌てて仕度を始めた。

 つーか、なんだよアイツ。
 「過去の恋なんて、全部忘れてよ」とか「“俺”のことを見ていてよ」とか、散々思わせぶりなこと言ってきたくせに。青山だけは味方だって宣言したくせに。俺が心を開いたら、全部なかったことにする気かよ。

 なんかだんだん腹立ってきた。
 言ってやる、俺の中ではお前はもう友だちなんだって。わかってないなら、こういうのを友だちっていうんだぞって俺が教えてやる。まぁ、たしかに青山って久野しか友だちいなさそうだもんな。それならしゃあない、許してやる。

 ふんふんと鼻息荒く意気込んで、教室に入る。青山は先に来ていて、かばんを机に置いた俺に挨拶しようと口を開くから、それを遮ってやる。

 「おは、」
 「おはよう!!」
 「お、おはよう……」

 教室中に響く大声に一瞬しーんと静まり返った。

 「蓮太郎、声でかすぎ」
 「ふっ、めっちゃ気合い入れて挨拶するじゃん」

 そんな風にクラスメイトからからかわれるけれど、気にしない。少し引いた様子の青山も無視。

 「お昼、話したいことあるから」
 「え、あ、うん」
 「それだけ」

 ふう……と大きく息を吐き出して、ガタンと音を立てて椅子に座る。青山に近づきたい。その思いをぶつけてやる。

 ◇◇

 「いくぞ」
 「うん」

 お弁当の入った保冷バッグを引っ掴んで教室を出た俺の後を、コンビニ袋を手に持った青山が追いかけてくる。返事しなかったくせに、とか思ってんのかな。けど、ちょっと目キラキラさせて嬉しそうに見えるんだよな。

 「隣、座っても?」
 「あ、ああ」

 屋上にあるベンチに並んで腰掛ける。見上げたって、太陽は分厚い雲に覆われているせいで眩しさに顔を顰めることもない。話の切り出し方がわからない。少しの気まずさを感じながら、もそもそとお昼ごはんを食べ始めた。

 「れんたろー、」
 「ん?」
 「話したいことって?」

 サンドイッチのゴミをコンビニ袋にしまいながら、静かに青山が問いかける。向こうから切り出されると、ぐと言葉に詰まってしまう。少し悩んだ後、俺は口を開いた。

 「まず、未読無視しててごめん」
 「……うん」
 「通知来てすぐに気づいたんだけど、どう返事していいかわかんなくて、ずっと放置してた」
 「俺、れんたろーのこと困らせてる?」
 「ちが、これは俺の問題なんだ……。そう、俺がひとりで抱え込んで、勝手にモヤモヤしてただけ」

 青山は何も悪くない。
 自己嫌悪に塗れた嫌な自分が顔を出そうとする。くそっと拳を握り締めれば、白い手が重なった。

 「聞かせて? れんたろーのことなら何でも知りたい」
 「……っ、もうお前がよくわかんねぇよ」

 友だちだと思ってないって言ったのは、お前の方だろ。そんな風にいうなら、これ以上俺に寄り添ってくんな。涙を堪えながらキッと睨みつけたって、青山は穏やかな表情を浮かべたまま。まただ。俺ばかり乱されて、俺ばかりこいつに狂わされる。

 「そうやって思わせぶりなことばっか言うの、やめろよ」
 「え?」
 「なに? 久野と一緒に俺で遊んでた?」
 「れんたろー? 何言って、」
 「全部知ってんだよ、俺。昨日、お前らが放課後に話してたこと、聞いちゃったんだ……」
 「っ」

 そこで初めて青山の顔に動揺が浮かんだ。
 ふん、いい気味だ。俺ばっかりみっともないところを見せていたから少しだけ気分がスッキリする。

 「ほんとに昨日聞いてたの?」
 「ああ、俺のこと、『友だちだと思ってない』とか言ってたよな」
 「それは、その……」
 「……弁解もしねぇのかよ」

 違うって、一言でいいからすぐに言ってくれたなら、その言葉を信じてみようという気にもなれたのに。バツが悪そうに視線を逸らしている青山は、口を噤んだまま。

 「ふっ、もういいよ。友だちだと思ってた俺が悪かった」
 「れんたろー、」

 立ち上がりかけた俺の腕を青山が掴む。それと同時に、予鈴を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 「もういいだろ。タイムアップだって」
 「だめ、まだ決着はついてない」
 「これ以上、何を話すっていうんだよ」
 「全部話すから、俺が思ってること全部。だから、放課後、俺に時間をください」

 あまりにも必死な姿。掴まれた腕が痛む。
 俺だって、ここで終わりにしたくない。
 だけど、本当に俺をからかって遊んでいたとしたら?

 どうしよう。どうする?
 何も言葉を返せない。
 もういいって逃げたら楽だと知っているけれど、そんなの今までの自分と何も変わらない。

 「お願い、れんたろー」
 「……」
 「君に嫌われるのは、何よりつらい」
 「……しゃあねぇな」
 「れんたろー……」
 「納得いかなかったら、すぐ帰るから」
 「うん、それでいいよ。ありがとう」

 学年一のイケメン、女子から絶大な人気を誇る男が、俺みたいな平凡な男にすがりついている。

 意味わかんねぇ。何だ、この状況。
 当事者のはずなのに、理解が追いついていない。

 あまりに綺麗な微笑みを向けられれば、それに絆されそうになるけれど、こういうところがちょろいと言われる所以だと気を持ち直す。

 青山、俺だってお前に嫌われたくないって思ってるよ。勝手に仲良くなれたと思ってたから、味方になってくれてすごく嬉しかったから。それが偽りなんだとしたら、めちゃくちゃ悲しいよ。

 顔を伏せて、俺の手を離した青山を残して教室に戻る俺の胸中にはそんなことが浮かんでいた。