【書籍化】月の神の花嫁〜魂の半身に狂おしく求められて【スターツ出版文庫・26年2月28日発売】


『あの方の瞳に映る私は、生まれて初めて輝いていた』


 満月が、帝都月華の夜空に浮かんでいる。
 銀の光が石畳をぬらし、祭囃子(まつりばやし)の音が夜風に乗ってながれていく。月見祭りの宵。ガス灯とちょうちんが織りなす光の帯の中、着飾った人々が行きつどう。

 ひとりの少女が人波に押し流されるように、石段のわきに立っていた。
 誰も彼女に気づかない。薄汚れた着物を来たみすぼらしい娘など、誰も気にかける者はいない。

 藤里花凜(ふじさとかりん)は、継母に言いつけられた使いを終え、急いで屋敷に戻らねばならない。けれど――満月の美しさに、足が止まってしまったのだ。
 銀色の光がほおを撫でていく。母が生きていた頃、こんな夜にはいつも一緒に月を見上げたものだった。

「きれい……」

 そうつぶやいた時だった。
 突然、空気が変わった。群衆がざわめき始める。人々が振り返り、息をのむ声が次々と上がった。

「『月宮さま』だ……」

「月宮さまがいらしてる」

 花凜も振り返る。人波が左右に分かれていく。向こうから、一人の男が歩いてくる。

 月光を受けて、透き通るように煌めく銀の髪。漆黒の着物に身を包み、腰に()いた刀が月光をはじく。
 彫刻のようにととった顔立ち。長い睫毛が影を落とし、深い蒼色の瞳が夜を見透かしている。歩く度に銀髪が風に舞い、まるで月の化身が地上に降り立ったかのようだ。

 人々は皆、畏敬(いけい)の念を込めて頭を下げている。
「『月宮さま』……」誰かがふるえ声でつぶやいた。

 月宮清真(つきみやきよまさ)――帝都最強の『月詠みの陰陽剣士(おんみょうけんし)
 都を守る異能種の血を引く貴公子。その名を知らぬ者はいない。

 清真の足が止まる。石段の下で、花凜の前に立った。低く響く声が、花凜の魂をふるわせる。

「君を探していた」
 
 そして――。
 美しい人は、私の前にひざまずいた。群衆がどよめく。女性たちの悲鳴にも似た声が囁く。
 清真は花凜の手をそっと取った。指先は氷のように冷たく、同時に燃えるように熱い。

「君の瞳に映る月の光……それは本物の『月詠(つきよ)みの力』だ」

 世界が止まったかのような静寂(せいじゃく)
 清真の瞳が、花凜を見つめ続けている。月光が銀髪に踊り、ほおに影を落とす。美しすぎて、現実のものとは思えない。

 花凜の心臓が激しく跳ねる。
 なぜ、こんな場所に? なぜ、自分のような者の前に?

「俺は長い間、君を探し続けていた。この孤独な魂を救ってくれる、真の光を」

 声に込められた切なさが、花凜の胸を締め付ける。最強と(うた)われる男性が、なぜこんなにも儚げな表情を浮かべるのだろう。

 花凜の唇が震える。
「私は……私なんて……」

「いや」
 清真が首を振る。動作さえも、舞うように優雅だ。

「君こそが、俺が探し求めていた光だ」
 清真の蒼い宝玉の瞳が、優しく細められる。

「君は美しい。その清らかな魂も、秘められた力も」

 清真が立ち上がり、花凜のほおに手を添えた。指先は絹のように滑らかで、あたたかかった。

「どうか、俺の花嫁になって欲しい」

 月光が二人を包み込む。祭りの夜が、始まりの時を告げていた。
 帝都に、新しい恋唄(こいうた)が生まれようとしている。月の神が織りなした、美しくはかない定めの糸で――。



受賞記念描き下ろし 表紙 挿絵