警察の規制線の中は昨夜の様子が生々しく残されていた。さすがに遺体は取り除かれていたが周囲に飛び散った血液が転落の様子を想像させる。思わずえずきそうになる譲の横で磐田は女子寮の屋上を見上げた。
「あそこからか?」
「ああ、遺体は頭部が激しく損傷していた。真っ逆さまに落ちてそのしるしをつけているあたりに落下した。そのまま衝撃で体を回転させて横たわったと見られる」
磐田も神崎も表情を変えない。譲一人が屋上と血液の付着したタイルを交互に眺めて悲痛な顔をした。すぐ近くの植え込みに咲いている紫の花がやけに鮮やかに感じる。寮の屋上を見上げていた磐田がその植え込みの近くに一度しゃがみ込んで、その後また立ち上がった。
大学の女子寮は六階建てになっている。屋上からの高さは約二十メートルだ。屋上は普段から開放されていて、そこでバーベキューなどを行うこともあるらしい。当然、転落防止用の柵も設けられており、何らかの方法で南はそれを乗り越えたことになる。
磐田は腕を組みながら屋上を見上げたままだ。神崎が「何か気になることはあるか?」と聞くが、黙ったままだ。
休校の影響で学生の数が少ないことと警察の規制が入っていることもあるがこのあたりは静かだ。神崎が用意してくれた見取り図によると現場は女子寮の東側にあたる。
女子寮の玄関があり、二階からは上の階にはベランダの設置されている南側は学生課や図書館への続く学内のメインストリートになっていて人通りも多い。逆に現場のある西側の通路は女子寮裏にある駐車場へ抜けるための通路となっていて使用頻度は低い。電車を使って通学する大部分の生徒は普通西側の正門を通って歩いてくる。一般教養で主に使う一号棟、専門教科やゼミ室の入る二号棟、そして学生課や食堂、購買のはいる三号棟、図書館等を抜けて一番奥に位置するのが大学寮だ。
土地の安い大阪と奈良の境目の小高い丘に大学が建てられたので駅を降りてから正門に入るまでかなりの高低差がある。毎日この上り下りだけでもなかなかの運動だ。敷地の広さは十分にあるので駐車場もかなり余裕を持って作られた。車で来た場合にはぐるっと奥の門から入り学生寮裏の駐車場に車を停めることになる。
磐田に話しかけても何やら考え込んで黙ったままなので、神崎は女子寮の見取り図を見ていた譲の方に歩いてきた。
「大丈夫か? 柳瀬くんも何か気づいたら言ってくれ」
「ありがとうございます」
遺体はなくなっているとはいえ凄惨な現場に本職の警官でも気分が悪くなる者もいる。素人の譲ならなおさらだ。神崎の気遣いはありがたいが、こうなったからは譲も少しぐらいは役にたちたいと心を奮い立たせる。
「神崎さんも大学のことで何かあれば聞いてください。少しでも役にたてるようにがんばります」
譲の言葉に神崎がうなずく。
「神崎、ここはもういい」
さっきまで屋上を眺めていた磐田が二人の所に歩いてきた。
「屋上の様子を見たい」
「もういいのか?」
神崎は何かわかったのかと期待していたが、磐田の顔を見る限りそれはなさそうだ。
「ああ。屋上に入るのも許可がいるのか?」
「そうだな、屋上も現場保全のために規制をかけている。南の部屋も同じだ」
「それ以外の人はどうなっているんですか? さすがに自分の部屋に入るなって訳にはいかないですよね?」
「寮生については、午前中は自室で待機をしてもらい、そのうち何人かには事情聴取を行った。現在は立ち入り禁止の部分を除いて自由に行動できる。まあ寮内に警察もいるし、ショックで部屋に閉じこもっている子がほとんどみたいだけど」
譲は荒川のことが心配になった。可愛がっていた後輩が亡くなった。しかも第一発見者が自分だ。あの優しい先輩なら南のことを自分のせいのように悲しんでいるかもしれない。
譲は女子寮を見上げた。窓から現場が見えたということは西側の角部屋のどれかが荒川の部屋ということだ。せめて部屋が別の位置なら後輩の凄惨な姿を見ずに済んだのかもしれない。
午後になって気温はずいぶんと上昇してきた。雲一つないあまりにも青すぎる空がかえって譲の心に陰を落とす。
「柳瀬くん、本当に大丈夫か? もし気分がすぐれないようならここで抜けてもらってもかまわないよ」
ぼんやりとしている譲に神崎が心配そうに声をかけた。磐田はそんな譲に目もくれずに女子寮の入口の方に歩き出している。神崎に「大丈夫、いけます」と伝えて、早歩きで岩田に追いついた。
前を歩く磐田の様子を斜め後ろからうかがう。相変わらずの丸まった猫背にジャケットのポケットに両手をつっこみながら大股で歩いている。後からは神崎が電話している声が聞こえる。どうやら屋上に入る許可を取っているようだ。神崎は磐田の能力をずいぶんと買っているようだが本当にそれだけの力があるのか疑問だ。
女子寮の入口で一度止められたが、神崎が後ろから小走りでやってきて事情を話すと中に入れてもらえた。
女子寮ということでもう少し華やかな世界を想像していたが思っていたより地味な内装だ。廊下もきれいに整理整頓されているがそれがかえって病院の廊下のような無機質な印象を与える。ほとんどの者が息をひそめるように部屋に閉じこもっていているのでなおさらだ。
エレベーターで一番上の階まであがり、屋上へと続く階段を上がる。途中、立ち入り禁止のテープの前にいる警官に神崎があいさつをする。すでに話が通っているのか右手を額の前にして敬礼で見送られた。
屋上は思っていたよりかなり広いスペースでテーブルやベンチ、物干し台まで並んでいる。さすがに今日は洗濯物が干されてはいないが、陽を遮るもののないこの場所ならよく洗濯物が乾きそうだ。
大学自体を小高い丘の上につくっただけあって屋上からの見晴らしもいい。ここからならふもとの道路を走る車がミニカーのように小さく見える。少し離れると高速道路も走っているのが見えた。
雲一つない青空の日差しは先ほどよりも強く降りかかっているが、風が通り抜けるので先ほどより暑さを感じない。自分がここに住んでいたなら風呂上りなどに涼みに来たいと思った。
「このあたりからだな」
磐田の言葉は譲をつかの間の現実逃避から舞い戻す。磐田の言う「このあたり」の意味を頭に思い浮かべてしまった。
「そうだな。手袋していてもあんまり寄りかかるなよ。余計な繊維とか付着するとあとが面倒だから」
神崎は磐田に対して言ったのだが、同じように柵に寄りかかって下を見ようとした譲は手前でびくっとなる。慌てて柵に体が触れないように気をつけながらさっきまでいた場所をのぞき込もうとするが角度的にうまく見えない。
「ここからじゃ、うまく下が見えないですね」
「ああ、柵から屋上の縁までは約二メートルある。普通に考えるといったん柵を乗り越えないと転落することはない」
「確かにこれなら少しぐらい身を乗り出していても、後ろから当たられたぐらいなら下まで落ちることはないかも」
「それはどうかな? ちゃんと実証してみる必要はあるんじゃないか?」
二人の会話に横から磐田が入ってくる。柵のてすり部分を指でトントンとつつきながら不敵な笑みを見せる。
「神崎、外を向いてここに寄りかかってみろ。一度、後ろから思い切り蹴飛ばしてみる」
「あほか! 万が一、本当に落ちたら殺人事件の発生だ」
ちゃんとつっこむ神崎に「冗談だ」と返す磐田の目がちょっと本気だったのが恐ろしい。
普段の磐田の狂気を見ていると真実を求めるためならやりかねない。
「……ただ、これはありえないという先入観は捨てておくべきだ」
それらしいことを言っているがさっきのは完全に悪ふざけだ。
「それで警察が事故として処理しようとしているのはこのバッテンと何か関係があるのか?」
手すりを乗り越えた奥の地面に着けられているバツ印を磐田が指さした。警察が何かの記録を残そうとしたのかチョークなようなもので印がつけられている。
「さすがにめざといな。これは南朋子のスマホが落ちていた場所だ」
「スマホ? 南さんの?」
磐田に変わって譲が聞き返す。それに神崎が答えるより先に、その印を一点に見ていた磐田が口を開いた。
「……なるほどな。筋としては通っている。南からアルコール反応は出たのか?」
磐田の言葉に驚いた顔をした神崎は首を振る。
「いや、まだだ。ただその可能性はかなり高いと思う。直前まで電話で話をしていた荒川からはそういった話が出ている」
「そうか、彼女と話した印象は?」
「話には一貫性があるし特に疑う箇所はない。ただ……」
「さっきと同じ可能性の高い推測という訳か……それが本当に真実という証拠はどこにもない。お前がこだわるわけだ」
神崎は静かに口元だけ微笑を浮かべている。譲には全く二人の会話の意味が分からなかった。磐田の方を見て説明を求める顔をするが相手にしてもらえそうにない。しかたなく神崎の方に聞いてみる。
「すみません、どういうことか教えてもらっていいですか?」
神崎が「ああ、ええっと……」と説明しようとするのを磐田が手を差し出して制する。
「何でもすぐ答えを知りたがるのは最近の学生の悪いところだ。自分の頭を使って考えなくてはな。ちょっとスマホを出してみろ」
磐田は譲の前で手を差し出す。勝手に連れてこられてこの言い様に軽い反発を覚えたが、逆らっても話が進まない。結局、素直に自分のスマホを差し出した。
譲からスマホを受け取った磐田はぐるっと一周そのスマホを眺める。スマホにはカードケースタイプの折り畳み式のカバーがされている。薄いブラウンのシックなものだ。
「最近はこういうタイプのスマホケースが多いな。南さんのケースもこれだったか?」
「どうだったかな? 鑑識に問い合わせてみないと……あ、その前に現場で撮った画像があったかも」
神崎が自分のスマホを取り出して、調べようとする。
「確か同じタイプだったと思います! 土曜の懇親会の時に南さんがスマホを触っているところを見ました」
懇親会の前半、南が自分の前の席に座っている時の場面を思い出した譲が二人に伝えた。
「なるほど……好都合だ」
磐田が薄っすらと笑みを見せて、つまむように譲のスマホを目の高さまで持ち上げる。次の瞬間、磐田の手からすり抜けたスマホが柵の向こうに落下して、先ほどのバツ印のあたりに転げていった。
「⁉ 何するんですか!」
譲が磐田に向かって叫ぶ。慌てて譲はスマホを取ろうと柵の間から手を伸ばすが届かない。何か棒のようなものがあれば引き寄せることができるかもしれないと思い。周囲を探すがそんなものは見当たらない。柵を乗り越えて取りに行くしか仕方がなさそうだ……そこまで思考が巡って譲は合点がいった。
「そうか……南さんもスマホを落として」
「ああ、南朋子はあの夜このあたりで電話をかけていた。相手は荒川綾菜。最初に説明した通り南の方から荒川に電話をかけた通信記録が残っている」
「確か荒川さんの話によると、南さんと電話で話していたら途中で通話が切れて、荒川さんの方からかけ直したんだったな?」
「そうだ。荒川からの事情聴取によると南は酔っぱらっている様子だったという」
ここまでの情報を得てやっと譲の思考が磐田たちに追いついた。なるほど、確かにつじつまはあっている。
「屋上に涼みに来ていた、あるいは酔い覚ましのつもりがあったかもしれないが、南さんは荒川さんとの通話の途中にスマホを柵の外に落としてしまった。その際に通話が一度切れてしまったが、再度荒川さんから着信が入る。電話がなっているので慌ててスマホを取ろうと思った南さんは自ら柵を乗り越えてスマホを取りに行ったが、酔っぱらっていることもありバランスを崩して転落してしまった。つじつまはあってますよね? 地面に落ちているスマホを拾おうとしたなら体勢的に頭から突っ込むような形で落下したことも納得がいく」
よくできましたとでもいうように軽く磐田が拍手をする。その態度がかえって馬鹿にされているようで譲をいらっとさせた。
「警察が考えているストーリーもほぼ同じだ。南の司法解剖でアルコールが検出されて、死因に転落によるもの以外の原因が出てこない限り事故として処理されるだろう。そうなれば、捜査は一気に制限されてしまう。できれば今日中にある程度の目星はつけておきたいところだな」
「そんなものあるんですか?」
譲の質問に神崎は困った顔を見せる。さらに両手を広げて首をひねってみせた。
「そんなものがあるんだったらこっちが知りたいよ。正直、俺もさすがにこれはただの事故かなって思っている」
譲にとっては複雑な気持ちだった。南が亡くなったと話を聞いたときにはどうしてという気持ちだった。そこに訳があるなら知りたいと思い捜査に協力してきたが、今はできればこのまま有力な他の情報が出てこないでくれという気持ちも芽生えてきた。不慮の事故も残念なことだが自殺や他殺よりはずっといい。
譲と神崎の会話など微塵も気にせず磐田は先ほど落とした譲のスマホを見つめている。顎のあたりに左手をあててしばらく何やら考えていたが、突然柵に両手をかけて勢いよくそれを跳び越えた。
そのあまりにも軽やかな身のこなしに「危ない!」と叫ぶ暇もなかった。この人こんな動きができたのかと驚く。よく考えたら普段は研究室で数学の定理相手にぶつぶつ言っているところしかみていない。
磐田は譲のスマホを拾い、親指と人差し指で挟むようにして持ちながらそのスマホを眺める。折り畳みのスマホカバーを開けた時、スマホの画面に陽の光が反射する。
「おい、危ないからさっさと戻ってこい」
神崎が磐田に向かって言う。これで事故が起こったらたまったものではない。
譲も早く自分のスマホを返してもらいたいと思っていた。そんなこともお構いなしに磐田がスマホの画面の上に指を滑らせる。
再び柵を軽やかに乗り越えた磐田が譲に向かってスマホをトスした。それを受け取った譲が「何で⁉」と驚く。スマホにかかっているはずの画面ロックがいつの間にか外されている。しつこく何でわかったのか問いただす譲を無視して磐田は神崎に声をかける。
「南さんのスマホが落ちていた時どういう状況だったかわかるか? できれば写真とかの記録があるといい」
磐田の質問に「ああ、それなら」と言いながら、神崎は自分のスマホを操作する。写真を順にフリックして目当ての画像を見つけると、二人の方に画面を示した。
「鑑識の方に回す前に現場を保存した画像だ。これで何かわかるのか?」
そこにはバツ印の場所に横たわる薄いピンクのスマホカバーに包まれたスマートフォンが映っていた。落とした時に着いたものか所々に擦り傷のようなものがあるが、先日の懇親会のときに譲が見たものと同じものだ。自分の記憶が間違っていなかったことに安心する。
神崎は「他にも何枚か写真がある。少し引きで撮ったやつとかも」と言いながらスマホをフリックして数枚の写真を見せる。
「……なるほどな」
磐田がつぶやいてから「もう大丈夫だ」と声をかける。
「何かわかったのか?」
「いや、あくまでまだ仮説をたてるための材料だ」
「何だよ。もったいぶらずに教えろよ!」
思わせぶりな磐田の態度に神崎はやきもきしている。早く手がかりを見つけなければならない焦りもあるのだろう。
「だからまだ仮説をたてるための材料の段階だと言っただろう。そのレベルで人に伝えるほど愚かではない」
神崎は「手がかりのヒントぐらい教えろよ」と食い下がるが磐田は相手にしない。譲も同じ画像を見たが特に気になるところはなかった。
粘ってみたが磐田から何のヒントももらえそうにないので神崎は少しふてくされたような態度になる。いつも磐田に振り回されている譲もその気持ちはわからないではない。
そう言えば振り回されているで由香のことを思い出した。朝にラインをしようかと迷ってやめておいたが情報の早い由香のことだ、もう何かしらの連絡が来ているかもしれない。素早くスマホのロックを外し、確認してみるが特に何の連絡も入っていない。あとで一応連絡ぐらいしてみるかと譲はスマホの画面を切った。
「それで次はどこを見たいんだ? 南朋子の部屋にでも行くか?」
拗ねたような他人行儀な言い方で神崎が尋ねるが磐田は意にも介していない。
「そうだな。先に荒川さんに話を聞きたい」
磐田の返事が意外だったのか神崎が驚いた表情を見せる。いつの間にやら拗ねたような反応も元に戻っている。
「先に南の部屋じゃなくていいのか?」
「それも後には必要かもしれないが、前にも言っただろう状況や証拠からの捜査は警察の仕事だと。人の心の動きを探るのが哲学者の領域だ」
神崎も納得したようにうなずく。譲は先に荒川への聞き込みをすることが少し不満だった。何かをつかんだかのような磐田が荒川の聞き込みを優先させるということは考えすぎかもしれないが多少なりとも荒川を疑っているということではないか?
「先生は荒川さんを疑っているんですか?」
譲は磐田にストレートに疑問をぶつけた。譲の言葉に磐田は嬉しそうな顔をする。
「ああ、疑っているよ」
「……えっ⁉」
はぐらかされると思っていた返事があまりにも核心をついて返ってきたことに驚く。譲の反応を見て磐田は満足そうだ。
「それはここにいる神崎も同じだと思うよ」
「……」
神崎は黙っている。
「ただし、いろんな可能性を消去していないという意味でだがね」
「……どういうことですか?」
「荒川さんは第一発見者なんだ。しかも今回の直前まで南さんと電話とはいえつながりを持っていたことは間違いない。疑われるのは当たり前の話だ。やろうと思えば電話なんて自分の部屋じゃなくてもできる。誰にも見られていなければ屋上に荒川さんが行ってないという証明なんてできない。だが、これはあくまで可能性の話なんだ。あらゆる可能性をまず考えてそれを振り分けていく。まさに警察のやり口だな」
磐田が言わんとすることはわかる。第一発見者が実は犯人だったなんてことはよくあることだ。疑ってかかることに損はない。まずは全員を疑ってかかるというのが警察のスタンスだということは譲にも理解できる。
「だが俺が荒川さんの話を聞きたいと言った別の観点からだ」
「別の観点?」
「ああ、言っただろ? 哲学者の仕事は人の心と真実と向き合うことだと。南朋子が何を考え、どういった人間だったか……そこに向き合いたい。周りにいた人間を含めてね。そして、そんな大学生活での南さんを一番よく知っているのは荒川さん。だから一番に話を聞きたいと思った……どこかに矛盾はあるかね?」
「……いえ、すみませんでした」
うまく磐田に煙にまかれた気はしないではなかったが、南自身のことを知ることが大切だということに異論はないし、そのうえで荒川に話を聞くことが必要だと言うことも理解はできた。
「とりあえず荒川に話が聞けるように許可とっておくよ。それにしても何かすげえ遠回りなやり方だな」
荒川を容疑者だと絞ったうえで話を聞きたがったのではないと知って、神崎は少しがっかりとした様子だった。何しろ神崎の立場からすると時間がない。そんな神崎を馬鹿にするように磐田はやれやれとため息をついた。
「多角形の成立条件を知らないのか? 一直線上にない点の線分からしか多角形は作れない。いつも一直線に物事を進めるのが正しいとは限らない」
真顔で言う磐田の言葉を神崎は「はいはい」と受け流した。
「あそこからか?」
「ああ、遺体は頭部が激しく損傷していた。真っ逆さまに落ちてそのしるしをつけているあたりに落下した。そのまま衝撃で体を回転させて横たわったと見られる」
磐田も神崎も表情を変えない。譲一人が屋上と血液の付着したタイルを交互に眺めて悲痛な顔をした。すぐ近くの植え込みに咲いている紫の花がやけに鮮やかに感じる。寮の屋上を見上げていた磐田がその植え込みの近くに一度しゃがみ込んで、その後また立ち上がった。
大学の女子寮は六階建てになっている。屋上からの高さは約二十メートルだ。屋上は普段から開放されていて、そこでバーベキューなどを行うこともあるらしい。当然、転落防止用の柵も設けられており、何らかの方法で南はそれを乗り越えたことになる。
磐田は腕を組みながら屋上を見上げたままだ。神崎が「何か気になることはあるか?」と聞くが、黙ったままだ。
休校の影響で学生の数が少ないことと警察の規制が入っていることもあるがこのあたりは静かだ。神崎が用意してくれた見取り図によると現場は女子寮の東側にあたる。
女子寮の玄関があり、二階からは上の階にはベランダの設置されている南側は学生課や図書館への続く学内のメインストリートになっていて人通りも多い。逆に現場のある西側の通路は女子寮裏にある駐車場へ抜けるための通路となっていて使用頻度は低い。電車を使って通学する大部分の生徒は普通西側の正門を通って歩いてくる。一般教養で主に使う一号棟、専門教科やゼミ室の入る二号棟、そして学生課や食堂、購買のはいる三号棟、図書館等を抜けて一番奥に位置するのが大学寮だ。
土地の安い大阪と奈良の境目の小高い丘に大学が建てられたので駅を降りてから正門に入るまでかなりの高低差がある。毎日この上り下りだけでもなかなかの運動だ。敷地の広さは十分にあるので駐車場もかなり余裕を持って作られた。車で来た場合にはぐるっと奥の門から入り学生寮裏の駐車場に車を停めることになる。
磐田に話しかけても何やら考え込んで黙ったままなので、神崎は女子寮の見取り図を見ていた譲の方に歩いてきた。
「大丈夫か? 柳瀬くんも何か気づいたら言ってくれ」
「ありがとうございます」
遺体はなくなっているとはいえ凄惨な現場に本職の警官でも気分が悪くなる者もいる。素人の譲ならなおさらだ。神崎の気遣いはありがたいが、こうなったからは譲も少しぐらいは役にたちたいと心を奮い立たせる。
「神崎さんも大学のことで何かあれば聞いてください。少しでも役にたてるようにがんばります」
譲の言葉に神崎がうなずく。
「神崎、ここはもういい」
さっきまで屋上を眺めていた磐田が二人の所に歩いてきた。
「屋上の様子を見たい」
「もういいのか?」
神崎は何かわかったのかと期待していたが、磐田の顔を見る限りそれはなさそうだ。
「ああ。屋上に入るのも許可がいるのか?」
「そうだな、屋上も現場保全のために規制をかけている。南の部屋も同じだ」
「それ以外の人はどうなっているんですか? さすがに自分の部屋に入るなって訳にはいかないですよね?」
「寮生については、午前中は自室で待機をしてもらい、そのうち何人かには事情聴取を行った。現在は立ち入り禁止の部分を除いて自由に行動できる。まあ寮内に警察もいるし、ショックで部屋に閉じこもっている子がほとんどみたいだけど」
譲は荒川のことが心配になった。可愛がっていた後輩が亡くなった。しかも第一発見者が自分だ。あの優しい先輩なら南のことを自分のせいのように悲しんでいるかもしれない。
譲は女子寮を見上げた。窓から現場が見えたということは西側の角部屋のどれかが荒川の部屋ということだ。せめて部屋が別の位置なら後輩の凄惨な姿を見ずに済んだのかもしれない。
午後になって気温はずいぶんと上昇してきた。雲一つないあまりにも青すぎる空がかえって譲の心に陰を落とす。
「柳瀬くん、本当に大丈夫か? もし気分がすぐれないようならここで抜けてもらってもかまわないよ」
ぼんやりとしている譲に神崎が心配そうに声をかけた。磐田はそんな譲に目もくれずに女子寮の入口の方に歩き出している。神崎に「大丈夫、いけます」と伝えて、早歩きで岩田に追いついた。
前を歩く磐田の様子を斜め後ろからうかがう。相変わらずの丸まった猫背にジャケットのポケットに両手をつっこみながら大股で歩いている。後からは神崎が電話している声が聞こえる。どうやら屋上に入る許可を取っているようだ。神崎は磐田の能力をずいぶんと買っているようだが本当にそれだけの力があるのか疑問だ。
女子寮の入口で一度止められたが、神崎が後ろから小走りでやってきて事情を話すと中に入れてもらえた。
女子寮ということでもう少し華やかな世界を想像していたが思っていたより地味な内装だ。廊下もきれいに整理整頓されているがそれがかえって病院の廊下のような無機質な印象を与える。ほとんどの者が息をひそめるように部屋に閉じこもっていているのでなおさらだ。
エレベーターで一番上の階まであがり、屋上へと続く階段を上がる。途中、立ち入り禁止のテープの前にいる警官に神崎があいさつをする。すでに話が通っているのか右手を額の前にして敬礼で見送られた。
屋上は思っていたよりかなり広いスペースでテーブルやベンチ、物干し台まで並んでいる。さすがに今日は洗濯物が干されてはいないが、陽を遮るもののないこの場所ならよく洗濯物が乾きそうだ。
大学自体を小高い丘の上につくっただけあって屋上からの見晴らしもいい。ここからならふもとの道路を走る車がミニカーのように小さく見える。少し離れると高速道路も走っているのが見えた。
雲一つない青空の日差しは先ほどよりも強く降りかかっているが、風が通り抜けるので先ほどより暑さを感じない。自分がここに住んでいたなら風呂上りなどに涼みに来たいと思った。
「このあたりからだな」
磐田の言葉は譲をつかの間の現実逃避から舞い戻す。磐田の言う「このあたり」の意味を頭に思い浮かべてしまった。
「そうだな。手袋していてもあんまり寄りかかるなよ。余計な繊維とか付着するとあとが面倒だから」
神崎は磐田に対して言ったのだが、同じように柵に寄りかかって下を見ようとした譲は手前でびくっとなる。慌てて柵に体が触れないように気をつけながらさっきまでいた場所をのぞき込もうとするが角度的にうまく見えない。
「ここからじゃ、うまく下が見えないですね」
「ああ、柵から屋上の縁までは約二メートルある。普通に考えるといったん柵を乗り越えないと転落することはない」
「確かにこれなら少しぐらい身を乗り出していても、後ろから当たられたぐらいなら下まで落ちることはないかも」
「それはどうかな? ちゃんと実証してみる必要はあるんじゃないか?」
二人の会話に横から磐田が入ってくる。柵のてすり部分を指でトントンとつつきながら不敵な笑みを見せる。
「神崎、外を向いてここに寄りかかってみろ。一度、後ろから思い切り蹴飛ばしてみる」
「あほか! 万が一、本当に落ちたら殺人事件の発生だ」
ちゃんとつっこむ神崎に「冗談だ」と返す磐田の目がちょっと本気だったのが恐ろしい。
普段の磐田の狂気を見ていると真実を求めるためならやりかねない。
「……ただ、これはありえないという先入観は捨てておくべきだ」
それらしいことを言っているがさっきのは完全に悪ふざけだ。
「それで警察が事故として処理しようとしているのはこのバッテンと何か関係があるのか?」
手すりを乗り越えた奥の地面に着けられているバツ印を磐田が指さした。警察が何かの記録を残そうとしたのかチョークなようなもので印がつけられている。
「さすがにめざといな。これは南朋子のスマホが落ちていた場所だ」
「スマホ? 南さんの?」
磐田に変わって譲が聞き返す。それに神崎が答えるより先に、その印を一点に見ていた磐田が口を開いた。
「……なるほどな。筋としては通っている。南からアルコール反応は出たのか?」
磐田の言葉に驚いた顔をした神崎は首を振る。
「いや、まだだ。ただその可能性はかなり高いと思う。直前まで電話で話をしていた荒川からはそういった話が出ている」
「そうか、彼女と話した印象は?」
「話には一貫性があるし特に疑う箇所はない。ただ……」
「さっきと同じ可能性の高い推測という訳か……それが本当に真実という証拠はどこにもない。お前がこだわるわけだ」
神崎は静かに口元だけ微笑を浮かべている。譲には全く二人の会話の意味が分からなかった。磐田の方を見て説明を求める顔をするが相手にしてもらえそうにない。しかたなく神崎の方に聞いてみる。
「すみません、どういうことか教えてもらっていいですか?」
神崎が「ああ、ええっと……」と説明しようとするのを磐田が手を差し出して制する。
「何でもすぐ答えを知りたがるのは最近の学生の悪いところだ。自分の頭を使って考えなくてはな。ちょっとスマホを出してみろ」
磐田は譲の前で手を差し出す。勝手に連れてこられてこの言い様に軽い反発を覚えたが、逆らっても話が進まない。結局、素直に自分のスマホを差し出した。
譲からスマホを受け取った磐田はぐるっと一周そのスマホを眺める。スマホにはカードケースタイプの折り畳み式のカバーがされている。薄いブラウンのシックなものだ。
「最近はこういうタイプのスマホケースが多いな。南さんのケースもこれだったか?」
「どうだったかな? 鑑識に問い合わせてみないと……あ、その前に現場で撮った画像があったかも」
神崎が自分のスマホを取り出して、調べようとする。
「確か同じタイプだったと思います! 土曜の懇親会の時に南さんがスマホを触っているところを見ました」
懇親会の前半、南が自分の前の席に座っている時の場面を思い出した譲が二人に伝えた。
「なるほど……好都合だ」
磐田が薄っすらと笑みを見せて、つまむように譲のスマホを目の高さまで持ち上げる。次の瞬間、磐田の手からすり抜けたスマホが柵の向こうに落下して、先ほどのバツ印のあたりに転げていった。
「⁉ 何するんですか!」
譲が磐田に向かって叫ぶ。慌てて譲はスマホを取ろうと柵の間から手を伸ばすが届かない。何か棒のようなものがあれば引き寄せることができるかもしれないと思い。周囲を探すがそんなものは見当たらない。柵を乗り越えて取りに行くしか仕方がなさそうだ……そこまで思考が巡って譲は合点がいった。
「そうか……南さんもスマホを落として」
「ああ、南朋子はあの夜このあたりで電話をかけていた。相手は荒川綾菜。最初に説明した通り南の方から荒川に電話をかけた通信記録が残っている」
「確か荒川さんの話によると、南さんと電話で話していたら途中で通話が切れて、荒川さんの方からかけ直したんだったな?」
「そうだ。荒川からの事情聴取によると南は酔っぱらっている様子だったという」
ここまでの情報を得てやっと譲の思考が磐田たちに追いついた。なるほど、確かにつじつまはあっている。
「屋上に涼みに来ていた、あるいは酔い覚ましのつもりがあったかもしれないが、南さんは荒川さんとの通話の途中にスマホを柵の外に落としてしまった。その際に通話が一度切れてしまったが、再度荒川さんから着信が入る。電話がなっているので慌ててスマホを取ろうと思った南さんは自ら柵を乗り越えてスマホを取りに行ったが、酔っぱらっていることもありバランスを崩して転落してしまった。つじつまはあってますよね? 地面に落ちているスマホを拾おうとしたなら体勢的に頭から突っ込むような形で落下したことも納得がいく」
よくできましたとでもいうように軽く磐田が拍手をする。その態度がかえって馬鹿にされているようで譲をいらっとさせた。
「警察が考えているストーリーもほぼ同じだ。南の司法解剖でアルコールが検出されて、死因に転落によるもの以外の原因が出てこない限り事故として処理されるだろう。そうなれば、捜査は一気に制限されてしまう。できれば今日中にある程度の目星はつけておきたいところだな」
「そんなものあるんですか?」
譲の質問に神崎は困った顔を見せる。さらに両手を広げて首をひねってみせた。
「そんなものがあるんだったらこっちが知りたいよ。正直、俺もさすがにこれはただの事故かなって思っている」
譲にとっては複雑な気持ちだった。南が亡くなったと話を聞いたときにはどうしてという気持ちだった。そこに訳があるなら知りたいと思い捜査に協力してきたが、今はできればこのまま有力な他の情報が出てこないでくれという気持ちも芽生えてきた。不慮の事故も残念なことだが自殺や他殺よりはずっといい。
譲と神崎の会話など微塵も気にせず磐田は先ほど落とした譲のスマホを見つめている。顎のあたりに左手をあててしばらく何やら考えていたが、突然柵に両手をかけて勢いよくそれを跳び越えた。
そのあまりにも軽やかな身のこなしに「危ない!」と叫ぶ暇もなかった。この人こんな動きができたのかと驚く。よく考えたら普段は研究室で数学の定理相手にぶつぶつ言っているところしかみていない。
磐田は譲のスマホを拾い、親指と人差し指で挟むようにして持ちながらそのスマホを眺める。折り畳みのスマホカバーを開けた時、スマホの画面に陽の光が反射する。
「おい、危ないからさっさと戻ってこい」
神崎が磐田に向かって言う。これで事故が起こったらたまったものではない。
譲も早く自分のスマホを返してもらいたいと思っていた。そんなこともお構いなしに磐田がスマホの画面の上に指を滑らせる。
再び柵を軽やかに乗り越えた磐田が譲に向かってスマホをトスした。それを受け取った譲が「何で⁉」と驚く。スマホにかかっているはずの画面ロックがいつの間にか外されている。しつこく何でわかったのか問いただす譲を無視して磐田は神崎に声をかける。
「南さんのスマホが落ちていた時どういう状況だったかわかるか? できれば写真とかの記録があるといい」
磐田の質問に「ああ、それなら」と言いながら、神崎は自分のスマホを操作する。写真を順にフリックして目当ての画像を見つけると、二人の方に画面を示した。
「鑑識の方に回す前に現場を保存した画像だ。これで何かわかるのか?」
そこにはバツ印の場所に横たわる薄いピンクのスマホカバーに包まれたスマートフォンが映っていた。落とした時に着いたものか所々に擦り傷のようなものがあるが、先日の懇親会のときに譲が見たものと同じものだ。自分の記憶が間違っていなかったことに安心する。
神崎は「他にも何枚か写真がある。少し引きで撮ったやつとかも」と言いながらスマホをフリックして数枚の写真を見せる。
「……なるほどな」
磐田がつぶやいてから「もう大丈夫だ」と声をかける。
「何かわかったのか?」
「いや、あくまでまだ仮説をたてるための材料だ」
「何だよ。もったいぶらずに教えろよ!」
思わせぶりな磐田の態度に神崎はやきもきしている。早く手がかりを見つけなければならない焦りもあるのだろう。
「だからまだ仮説をたてるための材料の段階だと言っただろう。そのレベルで人に伝えるほど愚かではない」
神崎は「手がかりのヒントぐらい教えろよ」と食い下がるが磐田は相手にしない。譲も同じ画像を見たが特に気になるところはなかった。
粘ってみたが磐田から何のヒントももらえそうにないので神崎は少しふてくされたような態度になる。いつも磐田に振り回されている譲もその気持ちはわからないではない。
そう言えば振り回されているで由香のことを思い出した。朝にラインをしようかと迷ってやめておいたが情報の早い由香のことだ、もう何かしらの連絡が来ているかもしれない。素早くスマホのロックを外し、確認してみるが特に何の連絡も入っていない。あとで一応連絡ぐらいしてみるかと譲はスマホの画面を切った。
「それで次はどこを見たいんだ? 南朋子の部屋にでも行くか?」
拗ねたような他人行儀な言い方で神崎が尋ねるが磐田は意にも介していない。
「そうだな。先に荒川さんに話を聞きたい」
磐田の返事が意外だったのか神崎が驚いた表情を見せる。いつの間にやら拗ねたような反応も元に戻っている。
「先に南の部屋じゃなくていいのか?」
「それも後には必要かもしれないが、前にも言っただろう状況や証拠からの捜査は警察の仕事だと。人の心の動きを探るのが哲学者の領域だ」
神崎も納得したようにうなずく。譲は先に荒川への聞き込みをすることが少し不満だった。何かをつかんだかのような磐田が荒川の聞き込みを優先させるということは考えすぎかもしれないが多少なりとも荒川を疑っているということではないか?
「先生は荒川さんを疑っているんですか?」
譲は磐田にストレートに疑問をぶつけた。譲の言葉に磐田は嬉しそうな顔をする。
「ああ、疑っているよ」
「……えっ⁉」
はぐらかされると思っていた返事があまりにも核心をついて返ってきたことに驚く。譲の反応を見て磐田は満足そうだ。
「それはここにいる神崎も同じだと思うよ」
「……」
神崎は黙っている。
「ただし、いろんな可能性を消去していないという意味でだがね」
「……どういうことですか?」
「荒川さんは第一発見者なんだ。しかも今回の直前まで南さんと電話とはいえつながりを持っていたことは間違いない。疑われるのは当たり前の話だ。やろうと思えば電話なんて自分の部屋じゃなくてもできる。誰にも見られていなければ屋上に荒川さんが行ってないという証明なんてできない。だが、これはあくまで可能性の話なんだ。あらゆる可能性をまず考えてそれを振り分けていく。まさに警察のやり口だな」
磐田が言わんとすることはわかる。第一発見者が実は犯人だったなんてことはよくあることだ。疑ってかかることに損はない。まずは全員を疑ってかかるというのが警察のスタンスだということは譲にも理解できる。
「だが俺が荒川さんの話を聞きたいと言った別の観点からだ」
「別の観点?」
「ああ、言っただろ? 哲学者の仕事は人の心と真実と向き合うことだと。南朋子が何を考え、どういった人間だったか……そこに向き合いたい。周りにいた人間を含めてね。そして、そんな大学生活での南さんを一番よく知っているのは荒川さん。だから一番に話を聞きたいと思った……どこかに矛盾はあるかね?」
「……いえ、すみませんでした」
うまく磐田に煙にまかれた気はしないではなかったが、南自身のことを知ることが大切だということに異論はないし、そのうえで荒川に話を聞くことが必要だと言うことも理解はできた。
「とりあえず荒川に話が聞けるように許可とっておくよ。それにしても何かすげえ遠回りなやり方だな」
荒川を容疑者だと絞ったうえで話を聞きたがったのではないと知って、神崎は少しがっかりとした様子だった。何しろ神崎の立場からすると時間がない。そんな神崎を馬鹿にするように磐田はやれやれとため息をついた。
「多角形の成立条件を知らないのか? 一直線上にない点の線分からしか多角形は作れない。いつも一直線に物事を進めるのが正しいとは限らない」
真顔で言う磐田の言葉を神崎は「はいはい」と受け流した。



