屋上の扉が開く金属音がした。
頬にあたる涼やかな風が蒸し暑さを消してくれているのに譲の手はやけに汗ばんでいた。手すりにもたれかかり、外に広がる風景を磐田は無言で眺めている。この角度からでは落下現場は見えないが、山の上に建てられた大学だけあってふもとの街並みと緑広がる風景は一級品だ。
屋上のやや黒ずんだタイルに二つの足音が近づいてくる。直視できずに譲はやや足元に視線を落とす。
「松本先生は来なかったのか……」
「ああ、後は任せるそうだ」
振り返った磐田の独り言のようなつぶやきを神崎が拾った。
「……あの人らしい」
磐田がわずかに微笑を浮かべる。正しくあろうとすると同時に情が厚すぎる人だ。そのあたりの松本の気持ちは神崎も十分すぎるほどわかっていたので無理強いはしなかった。神崎の見立ててでも荒川が犯人だと思っていなかった。それでも荒川が今回の事件に深く関わっていることは間違いないし、これから磐田が話す内容も気持ちがよいものではないだろう。
荒川自身も視線を足元に落としたままだ。神崎に連れてこられてから磐田や譲と目を合わせようとしない。犯行時の内容で最終的に確認したいことがあると神崎に女子寮の屋上に連れてこられたが、それが方便であることは女子寮に到着する前から荒川は気づいていた。
「……確認したいことって何ですか。すでにお話しするべきことはお話しさせていただきました」
荒川が神崎に主張した内容は以下のようなものだった。
安岡が拾ってくれた南のスマホを渡そうと卒論の発表会の次の日、荒川は何度も南の部屋を訪ねていった。しかし、ずっと留守で最終的に南にスマホを返すことができたのは夜十一時前のことだった。南が遅くまで出歩くことは珍しかったし、スマホを受け取る南の様子がおかしかったので、何があったのか問い詰めると南は泣きながら久保田と関係を持ったことを告白した。
荒川はショックのあまりその場では泣きじゃくる南を責め立てるようなことはしなかったが、部屋に戻って独りで考えている間に南に対しての憎悪の炎が燃え上がった。
しばらく経って南から改めて直接会って話がしたいと電話がかかってきた。荒川はそれに応じるふりをして屋上に南を呼びだした。南より先に屋上についた荒川は柵を乗り越え、そこから飛び降りをしようとしているように見せかけた。慌ててそれを止めに柵を乗り越えてきた南を逆に突き落とした。
ここまでのあらましは磐田と譲もここに来るまでに神崎から聞いていた。話の流れとしては恋人を取られた形の荒川が逆上して南に手をかけたというのはわからなくはない。ただ普段の荒川と南の関係性を知っているものにとってはにわかに信じがたいものだ。
荒川の問いかけに対して誰も口を開こうとしなかった。向かいあった荒川と譲たちの間にしばらく静寂が流れる。荒川が一度深くため息をついた。
「磐田先生は何のために……どうしたくてこんなことをしているんですか? 朋子の死が事故でないのなら朋子を殺せるのは私しかいない。そして、私が犯人だと言っている。それでいいじゃないですか」
荒川の声はかすれ、何かを懇願するかのような表情になっている。すでに荒川も磐田たちが真実にたどり着いたことに気づいているのかもしれない。
「いや、よくないな」
荒川の言葉を磐田は真っ向から否定する。
「世界は本来、数学の定理のように美しくなくてはいけない。真実を人間の手でゆがめることは許されない行為だよ。俺はただその美しい世界を取り戻したいだけだ」
「世界の真理そのものと人間の見えている世界は違うんですよ、先生。世界そのものの側の問題は人間がかかわることのできない問題です」
荒川の返答に磐田は笑みを浮かべた。
「純粋理性批判……そういえばカントは君の研究対象だったな。あの卒論の中間報告は非常によくできていた。できれば違う場所でコーヒーでも飲みながら哲学の話をしていたかったよ」
「哲倫ゼミのアルキメデスにそういってもらえるなんて光栄です。私もできれば磐田先生と別の形でゆっくりと話してみたかった」
そこで初めて足元から視線を上げた荒川は悲しそうな笑みを見せた。その表情は触れれば消えてしまいそうなほど儚いものものだった。
……どうして荒川さんが? という思いを譲はぬぐい切れない。言葉にすれば余計に荒川を傷つける、そんなことは百も承知の上で譲は聞かずにはいられなかった。
「他の道はなかったんですか……こんなこと南さんも決して望んではいない!」
譲の言葉に荒川は困ったような、やりきれないような顔をする。
譲にとって荒川や南は普段から特別親しい間柄ではなかった。それでも大切な哲倫ゼミの先輩であり、仲間であった。卒論の中間発表会で聞いた荒川の発表に感嘆し、あこがれたし、同期の南からは力をもらった。
そんな譲の想いも伝わっているからこそ荒川はいっそうやりきれない。人の気持ちに対する感受性は高いくせに、自分のことになると真っ直ぐで周りが見えなくなることが荒川の最大の欠点だった。
「どうしてあんな人のために!」
思わず口にしてしまった後にしまったという後悔が譲を襲う。譲も人の好き嫌いはあるし、わりと態度や表情にも出やすい方だが、言葉に出すことはできる限り控えている。陰口が何の生産性も持たず、トラブルの元となることもわかっているし、普段から気をつけている。苦手な人とはうまく距離感を調整する程度の分別を譲は持っている。
「……あれはあれでいいところもあるのよ。もちろん、だらしないところの方が多いかもしれないけど」
一般的な感覚として譲の言い分もわかるだけに荒川は苦笑するしかなかった。そこを珍しく磐田がフォローに回る。
「人の魅力というのはそれぞれの取りようだ。誰かにとっての欠点が誰かにとっては魅力的に映ることもある」
「それはわかります……でも」
さらに続けようとする譲を磐田が遮った。
「君は荒川さんではない。君の常識がいつも正しいと思うな!」
語気を強められて、譲は憮然とした表情を見せる。
「……ごめんなさい、磐田先生、柳瀬くん」
再び屋上に沈黙が訪れ、気まずい空気が流れる。
ある意味、荒川もあきらめがついた様子だが唯一、この場で神崎のみは状況を理解していない。話に出た「あんな人」が久保田のことだということはわかるが、結局が犯人なのかどうかまでは話が進んでいない。
あくまで磐田や譲は警察に協力している立場で最終的には警察の方で事件の真相を報告書にまとめなければいけない。この沈黙を破ることは億劫だが、神崎は状況の説明を求めることにした。
「ちょっと待ってくれ、どうやら俺だけ話についていけてないみたいだから説明してくれるか? 結局、南朋子を殺したのは久保田ってことなのか?」
頭をかきながら神崎が尋ねた。今の話の流れから推測すると犯人は久保田で、それを荒川がかばったものだと神崎は考えた。だが、そうだとすると久保田がどうやって女子寮までやってきたのか謎が残る。駅の防犯カメラにも久保田は映っていなかったし、仮にタクシーなどで大学に戻ったとしても誰にも見つからず女子寮の屋上まで上り、そして犯行を終えた後、無事に出てくることは至難の業だ。
神崎の質問に対して磐田はこれ見よがしに大きなため息をついた。神埼も自分の質問が的外れなことはわかっているが、こうでもしないと磐田から答えは引き出せない。
「神崎……本当にセンスがないな。どう考えても久保田くんと答えはないだろう」
「わかってるよ! 完全なアリバイはなかったけど俺だって一緒に久保田の聞きこみに行ったんだ。あいつの話を総合すると久保田が南朋子の殺害を行うことは限りなく不可能だってことはわかっている。それにそもそも南を殺すつもりがあったなら女子寮に戻るまでにいくらでも方法があったはずだ」
スマホを失くし誰とも連絡が取れない状況で、しかも自分の部屋まで来た南をわざわざ女子寮で殺害する意味はない。
「だから久保田はないと思ったんだ……だけど徹たちが久保田の話をするから」
「誰も久保田くんが犯人だなんて言ってないだろ」
「だったらいったい誰が? 事故でもない、荒川さんでもない。結局、南朋子を殺害したのは誰だって言うんだよ?」
ストレートな神崎の問いかけに荒川がうつむく。譲も思わず目をそらした。その事実を突きつけることがさらに荒川を傷つけることがわかっている。
「……俺も初めは荒川さんを疑った。現場が深夜の女子寮である以上、犯行が可能な人物は限られている。その中で南さんを殺害する動機のあるものと考えるとさらに犯人像は限定される」
それは神崎もわかっている。だからこそ南と同じゼミ生を中心に聞きこみを行い、第一発見者である荒川を重要人物としてマークしていた。さらに調べが進むと久保田を巡ってのトラブルまで浮かんできた。
「数学の世界では二乗するとマイナスになる虚数という概念を複素数の単元で使用する。今回の事件で言う犯人ってのは、まさにその虚数iのようなものだったんだよ」
これまでも捜査の中で何度か磐田が数学の話で例えることがあった。もちろん神崎も虚数の概念自体はわかっているが、それが今回の事件とどう結びつくのかわからない。譲は最後に南の落下現場に行ったとき、ようやく磐田の言葉の意味を理解したが、いったいいつから磐田がその事実に気づいていたのかまではわからなかった。
磐田の言葉の続きを待つ神崎と同じように譲も成り行きを見守ることにした。
「順を追って説明しよう。まずは最初にこの場所に来た時のことを覚えているか?」
「ああ、徹に協力を依頼した後に最初に来たのが落下現場とこの屋上だった」
昨日の朝のことなのに神崎はずいぶん昔のように感じた。あのときにはまだ神崎自身も事故の可能性が高いと思っていた。十分な検証がないまま警察の処理が事故ありきで進んでいることへの反発から磐田に協力を依頼した。あくまで事件の可能性も零ではないということで捜査を進めていたが正直、これほどすぐに結果が出るとは思っていなかった。
「この屋上で何か?」
「俺が最初に違和感を持ったのがこの屋上だった」
岩田の言葉に神崎は昨日の様子を思い出す。南のスマホが落ちていた場所を睨んで考え込んでいた姿が思い浮かぶ。あの時から違和感を抱いていたのだろうか? そう言えば譲のスマホを落として実験をしていたことも思い出す。
「……違和感?」
「ああ、お前の話では荒川さんとの電話の途中でスマホを柵の外に落として、それを酔っぱらっていた南さんが柵を乗り越えて拾いに行ったときに誤って落下したと言っていたな」
「そうだ……あくまで荒川さんの証言からの警察の推察だがな」
「もし本当にそうなら不自然な点はないか?」
磐田の問いかけにも神崎は首をひねっている。昨日の状況を細かく思い出してみようとするが不自然な点など思い浮かばない。その横で荒川が何かに気づいたように目を見開いた。
「荒川さんは気づいたみたいだな」
磐田は馬鹿にするようにまだ首をひねっている神崎を一瞥した。
「何だよ! もう! いいからさっさと答えを教えてくれよ」
「……スマホケースです」
横から譲が声をかける。自分のスマホをポケットから取り出し、神崎の目の高さに持ち上げた。
「南さんのスマホケースも俺と同じように手帳タイプのものだった。これで検索とかメールをするときはこのまま開けて使いますが、電話かけるときは普通こうやって……ほら、逆に織り込んで使うんです」
譲は神崎の目のまで電話をかけるしぐさを行った。さすがの神崎も譲や磐田が言わんとしていることが伝わった。
「そして、この背面には磁石が入ってピタって止まるようになっています」
この状態で譲はスマホから一度手を落とすが下に添えていたもう片方の手で受け止める。さすがに保護フィルムを貼っているとはいえ地面に落とすのには抵抗がある。
「なるほど……電話をかけたまま落としたのなら、スマホケースはその状態で落ちているはずということか。でも、南さんがしっかりと折り込まずにそのまま電話をかけるってことはないか? 話し終えてきちんと戻してから落としたとか」
「スマホを落としたのが南さんであるなら後者の可能性はあります。でも、そのまま電話することはどうでしょうか? 通話記録によるとそれなりの時間話していたようだから、カバーの部分がブラブラした状態で会話をし続けたというのは可能性としては低いかと思います」
「それも南さんがスマホを落としたのならということか」
決定的な証拠とはなりえないが確かに不自然な点である。磐田が引っかかったというのも今となってはうなずけると神崎は思った。常識的に考えると南が落としたと考えるより、犯人が事故に見せかけるために後から現場に置いたと考えるほうが自然だ。
「……だけど、犯人が事故に見せかけるためにスマホを屋上に置いたって証拠はあるのか? そもそも突き落とすときに争った跡も南さんにはなかった。それだけうまく殺害できるなら事故死に見せかける以外にももっと他のごまかし方があったんじゃないか?」
「ああ、スマホを置いたのが犯人ならな」
「どういうことだ? ますます意味がわからん」
磐田と譲の言うことが神崎からすれば行ったり来たりしているようで訳がわからない。磐田の言わんとすることが伝わってか荒川は悲痛な面持ちを見せる。
実際、磐田も最初はここでつまづいた。この屋上は柵を乗り越えてからも縁まではまだ十分な距離があり、たとえば柵のところで無理やり後ろから突き飛ばしても簡単には落下しない。ここから誰かを突き落とすにはまず柵を乗り越えさせなければならないし、さらには自分自身も柵を乗り越える必要がある。さらに被害者の南には争ったような跡もないとなれば、そうとう手の込んだ方法を考えなければ何らかの証拠が残ってしまうだろう。
荒川の証言にあった先に自分が柵の外に出てということはあるかもしれないが、それでも突き落とそうとしたらそれなりに争った跡が残るだろう。
だが逆に証拠の残らないような手の込んだ方法を計画的に用意したのなら、わざわざスマホを落としておくというような方法で事故を装わなくてももっと他の方法がありそうなものだ。神埼が抱いた疑問に磐田が出した答えは犯人と南のスマホを屋上に置いた人物が違うという結論である。
「真犯人を隠すため、別の人物が事故に見えるようにスマホを屋上に置いた。それは予定外のことだったからある意味やっつけ仕事のようになってしまった」
神崎のために譲がフォローを入れる。それを聞いて磐田が軽くうなずいた。
「実在しない数、虚数をiで表すが、別のアイも二乗するとマイナスになるようだな。二人の人物への深すぎるアイのかけ合わせが結果としてマイナスを招いてしまった。とても残念に思うよ……荒川さん」
磐田の瞳には厳しさの中に少しの憐れみが浮かんでいた。磐田に指摘を受けても荒川は表情を変えない。神埼は隣の荒川の顔をのぞき込む。
「安岡先輩の話で転落した南さんを抱きかかえた後に何かを探していたっての覚えていますか? あの時、荒川先輩が探していたのが南さんのスマホです。そして、それはたぶん南さんがポケットに入れていたか、手に持っていたものが落下の時に植え込みのところに落ちてしまった」
「ちょっと待ってくれ! 何で荒川さんがそんなことをする必要がある?」
「それは南さんの死を偽装するためですが、そこにいたる流れはもう少し説明させてください」
「じゃあ、これだけ! 何でそれがわかったんだ?」
譲たちに捜査協力を依頼したこの二日間、神崎はほとんどの時間を二人と共に過ごした。バラバラに捜査した時間はあったが、それでもその後にちゃんと情報の共有を行った。
それなのにどうして? という気持ちが神崎にはあった。
神崎は譲を捜査に加えたのは、磐田の気まぐれだと思っていた。だが、磐田は譲がここまでの推理力があることを見越して捜査に加えたのかもしれない。もしかすると磐田からすればこれは譲の思考力を磨く実地訓練だった可能性もある。
神崎の問いかけに譲はズボンの右後ろのポケットから小さなジップロックを出した。
「これです……アガパンサス」
神崎への説明に必要になると思い、譲は落下現場近くの植え込みにあったアガパンサスの花弁を採集していた。譲から受け取ったジップロックの中身を目線まで上げて神崎はまじまじと見る。昨日もこれと同じことをした。
「これは確か……」
「ええ、昨日南さんの部屋に落ちていました。そして、この花自体は落下現場近くの植え込みに咲いていたものです」
譲の言わんとすることが段々と神崎にも見えてきた。南と一緒にスマホも落下したという話、荒川の昨夜の行動、南の部屋に落ちていた花弁、すべてがつながる。神埼の思考を追いかけるように譲が言葉をつないでいく。
「南さんが落下した時、南さんのスマホも一緒に落下しました。それは手にスマホを持っていたのかもしれないし、ポケットに入れていたものが落ちたのかもしれない。スマホが南さんと同じくタイルの上に落ちていたのなら、もっと粉々になっていたのかもしれないけど、実際には植え込みに落ちていった。植え込みの部分がクッションになってスマホはほとんど無傷の状態で植え込みの中に落ちていたんだと思います」
神崎だけでなく荒川も譲の言葉を否定せず聞いている。さっきは一瞬、悲痛な面持ちを見せた荒川だったが今はもう観念したのか、その表情は透き通っているようにさえ見える。
「安岡先輩の話にあったように荒川先輩が入ったからか、現場近くの植え込みには人が荒らしたような跡がありました。近くにはアガパンサスも咲いていて、たぶんその時にアガパンサスの花弁がスマホケースの隙間に挟まったんだと……その後、荒川先輩は南さんの部屋に南さんのスマホを持ったまま行きました。荒川先輩にはどうしても処分するべきものがあった。でも、大っぴらに部屋の電気をつけることができなかったので、南さんのスマホのあかりで探しものを探した。南さんの部屋にアガパンサスの花弁が落ちたのはその時だと思います。部屋が薄暗かったのと焦っていたのとで荒川先輩はアガパンサスの花弁が落ちたことに気づかなかった。そして、そのまま屋上へ行き手すりの奥にスマホを落とすことで、南さんが事故で落下したことを偽装した」
譲の話の情景を頭の中で思い浮かべながら神崎はもう一度状況を整理した。確かに安岡の話や南の部屋にアガパンサスが落ちていたこととの矛盾はない。だが、荒川がそうまでして南の部屋に何をしに行ったのかや、事故を装う必要があったのかその動機がまだわからない。
それに今の話だけなら植え込みに入った荒川についたアガパンサスが南の部屋に落ちただけで屋上にあった南のスマホが本当に植え込みに落ちたという証明にはならない。
神崎の思考を先回りするように磐田が譲の言葉に付け足す。
「ちなみにお前に見せてもらった南さんのスマホの写真だが、スマホカバーに細かな傷がついてたろ? 拡大してよく見ると緑や紫の染みができていた。鑑識に成分を調べてもらうといい。たぶん植え込みに突っ込んだ時についたものだろう」
確かに擦り傷の中に染みのようなものがあったような気もする。神崎はあえて自分のスマホの写真はこの場で確認はしないが画像を思い出してみた。あの画像を見せたのは最初に屋上に行った時だ。あの時すでにそこまで気づいていたのだとしたら磐田の観察力は恐ろしいものがある。
磐田と譲の話を総合すると屋上にスマホを置いたのは荒川で間違いないようだ。荒川が一切の反論をしないのもこの説が間違いでないからだろう。だが、二人の話では荒川が犯人ではないようだ。
……だとするといったい? さすがに神崎もじれったくなってきた。
「なあ、荒川さんがスマホを屋上に置いたってとこまでは理解できたよ。それじゃあ、結局いったい誰が犯人何だよ?」
「人の話を理解しようとしない奴だな。最初から言っているだろ? 二乗するとマイナスになる虚数iは実在しない数だと……つまり、あの状況で屋上から南朋子を突き飛ばすことのできるものなどいない」
磐田の言葉に神崎は「はあ?」と聞き返す。状況を理解している譲と荒川は磐田から思わず目を逸らした。
「わからないか? 犯人は南朋子自身。南朋子はこの屋上で自ら命を絶ったんだ」



