神堕ち白蛇の恋の贄 ~あやかし一家の若当主様は恋物語で縁を紡ぐ~


 その日、灯里は白怜にデートに誘われていた。

 デート。白怜自身がそう言って誘ったのだ。
「灯里さん、今度の日曜日、デェトに行きませんか」と。
 灯里としてもそういう関係はもちろん意識していたが、はっきり口にして言われたせいで戸惑ってしまう。

(デェトって……つまり、ランデヴーとか逢引きとか……“親しい意味でのお出掛け"ってことよね……。誘ってもらえたのは嬉しいけど……ちょ、ちょっと、いきなりなんじゃないかしら……?)

 二人の距離は着実に縮まっており、灯里ももっと白怜と親しくなりたいと思っていた。
 おそらく白怜も同じ気持ちではないかと、おこがましさを自覚しつつ灯里は思う。
 ただ、今のところ正式に付き合っているわけではない。
 事務所への通勤はいつもいっしょだし、二人で出かけることも何度があったが──

(ど、どうしよう……。もちろん行くけど……行くとして……どんなふうに振る舞えばいいのかしら……?)

 改めてデートという名目で誘われると、やはり身構えてしまうのだった。


 一方、白怜としては、実はこのデートの最後に灯里に告白するつもりでいた。
 というのも、実は静から、そうするようにと事前にアドバイスされていたのだ。
 デートとして誘うように言ったのも、静の指示によるものである。

「デェトを二人で楽しんだところで、最後にバシッと告白する! それが必勝の流れですわね」

「な、なるほど……参考になります」

 白怜が静に相談した時、彼女は自信満々にそうやって助言した。
 普段は余裕の白怜だが、さすがに告白となると彼でも緊張する。恋愛小説をたくさん読んでいるといっても、現実でそれを真似するわけにもいかず、彼は年長者たる静に恥を忍んで聞きに行っていた。
 そして、静は見た目に反してかなりの月日を生きており、大昔に人間の男性と夫婦だったこともあるので、屋敷の中ではもっとも頼りになるアドバイザーだった。
 しかし、どうしてそんなアドバイスになったかというと──

「だって、そういうことにすれば、白怜様と灯里様の“いい場面”を、最後まで覗き見……じゃなかった、最後まで見守る名目が立つじゃないですか」

「お静さん……それ、言い直しても、全然本音を隠せてないですよ」

 デート当日、灯里と白怜を尾行しながらそう答える静に、飛丸はジト目でツッコミを入れた。
 現在、静と飛丸、それに火十郎と霧矢の四人は、灯里と白怜に見つからないよう、一定の距離を取って二人を尾行している。
 静はわくわくした表情で浮足立って。飛丸は静が暴走しないよう、気を引き締めて。火十郎と霧矢は、日曜の朝早い時間、眠たそうな目をこすりながら。
 空は晴れ、気候も穏やかな絶好のデート日和。
 カップル一組とその後を尾ける四名、彼らの久しぶりの外出は、そのようにして始まったのだった。





 時計の針が真上を指し、正午になる。
 午前中は美術館を回った灯里と白怜は、昼食のために喫茶店に入り、静たち四人はその向かいの洋食屋に入店した。
 少しでも二人の様子を覗き見ようと、あやかし四人は窓際のテーブル席に腰かける。
 お冷が運ばれ、それを一口飲んだ後で、火十郎は窓の外を見つつ、しみじみとつぶやいた。

「それにしても、若様が灯里さんに惚れてるとは思わなかったなー」

「あれ、火十郎さん、白怜様が前から灯里様を気にしてること、知りませんでした?」

「ええ、初耳っすよ」

「皆さん周知の事実かと思ってましたけど……そうでもないんですね」

「えー、僕は最初に会った時からわかってたよー」

 静と火十郎のやり取りに、霧矢が得意気な様子で口を挟む。
 火十郎はそれに「嘘つけ」と返し、霧矢が「嘘じゃないって」、火十郎が「いやいや、無理があんだよ」と言葉の応酬になりかけたところを、飛丸が「なあ、ちょっといいか」と呼び止めた。

「……あのさ、ここまでやっといてアレなんだが……灯里さんと若を尾行すんの、そろそろやめにしねえか?」

「ど、どうしてですかっ!?」

 静が思わず立ち上がり、ハッと気付いて座りなおす。

「いや、そもそも覗き見するのも失礼ですし……告白の結果は、若が帰ってきてから聞けばいいじゃないですか」

「そんな! 一番いいところをこの目で見ないなんてもったいない!」

 と、鼻息荒く主張する静に、男三人はやや引き気味になる。

「……というか、俺たちの方が変な目で見られますって。さっきの美術館でも、展示品には目もくれずにコソコソしちまって……。あれ絶対、不審者と思われたんじゃねえかな」

 腕を組んで眉を寄せる飛丸に、火十郎と霧矢も「あー」とうなずいた。

「で、でも、午後からは本屋デェトの予定ですから。本屋なら、そんなに怪しまれないはずですわ!」

「……お静さん、なんでデェトの予定、そこまで知ってんですか……」

 火十郎が冷や汗をかいてつぶやく。
 飛丸は「だとしてもです」と姿勢を正して言った。

「万が一、若にバレたとしても、若なら許してくれると思いますが、灯里さんはまだそうはいかないでしょう。俺たちが灯里さんと気まずくなったら、若だって困るでしょうし」

 打ち解けてきたとはいえ、灯里があやかしたちと暮らし始めてからまだ半年も経っていない。
 親しき仲にも礼儀あり。年月の短さを思えばそれはなおさら。程々で止めにしませんかと、飛丸は静を諫めた。

「……まあ、確かに……。何よりも大事なのは、灯里様と白怜様が上手くいくこと……。もしバレたりして、そこに水を差しては、元も子もありませんわね……」

「……灯里さん、いい人っすよね。俺、灯里さんだったら、若様とくっついて欲しいなって思いますよ」

 しゅんとする静をフォローするように、火十郎は灯里について言及した。

「なんていうか……偏見がないですよね、灯里さん。若様が傍についてるせいもあるんだろうけど、俺たち屋敷のあやかしにも、すぐに馴染んで仲良くなったし……」

「根が真面目で素直なんだろうな。この前聞いたんだが、灯里さん、若と同じ弁護士になりたいらしい。事務所の手伝いもしながら勉強もやって……どっちも大変だろうになあ」

「それだけじゃありませんよ。白怜様に喜んでもらいたいって、わたくしのところには料理を教わりに来たんです。ほら、昨日のカボチャの煮つけ。あれは灯里様が一人で作られたんですよ」

「へー、あの煮つけ、灯里さんだったんだ! 作ったのお静さんかと思ってた!」

「一人で……全部?」

「ええ、そうです。飛丸さん、何か気になることでも?」

「いえ、あの煮つけ……お静さんが調子がいい時みたいに、『気』が乗ってる感じがしたもんで。俺もお静さんが作ったんだとばかり思ってました」

「えっ……どういうことかしら……?」

 そこで静は怪訝な表情になった。
 『気』が乗る──それは、鶴のあやかしである静が持つ力の一つ。
 彼女の作る料理は、他者に力を与え、活力をみなぎらせる。彼の夫だった人間も、静の料理のおかげで、人にしてはかなりの年数を生きたという。
 ただ、すべての料理にその効果があらわれるわけではない。
 食材や静自身の精神状態も関わるので、近年は全盛期に比べれば、料理に『気』が乗ることは少なくなっていた。
 しかも、今回のカボチャの煮つけは静が作ったものではない。
 なのに、飛丸の言によれば、『気』が乗っていたという。

「……灯里さんもお静さんと同じ力を使えるってことですかね?」

「いえ、それは……ないはずです。だって、この力は鶴のあやかし固有のものですから。人間の灯里さんに偶然同じ力が発動するなんて、考えられません」

「あ、でも、灯里さん、普通の人間に比べて霊力がすごく高いんですよね。そういう人間って、後天的に特殊な力が身につくことがあるって、俺聞いたことありますよ。それじゃないですか?」

「ええ、それはわたくしも聞いたことがあります。ですが、それでわたくしとまったく同じ力になるなんてこと、あるのかしら……?」

 不可解な事象に静は(いぶか)る。
 一体何が原因なのか、単なる飛丸の思い違いか。彼女がうーんと唸ってから、お(ひや)の水を手に取った時──

 ズシン──グゴゴゴゴゴゴッ──

「!?」

「え、何?」

「これって──地震っ!?」

 何かにぶつかるような大きな音がした。
 間を置かず、小さな振動が近づくように徐々に大きくなっていく。

「! 店を出ろ!」

 何かに気付いた飛丸が叫ぶ。
 静たちもその声で危険を察知し、すぐに隣のドアから外に出た。

「……これは……!」

 外の光景を目にした飛丸は、一度店内に戻ると、他の客たちにも呼びかける。

「皆さんも外へ! これは地震じゃない、外から来てるんだ(・・・・・・・・)!」

 ただ、誰もが何のことやら理解できず、戸惑うだけでそこから動かない。
 中にはテーブルに潜ろうとする者もおり、これはまずいと思った飛丸は、とっさの判断で窓に拳を叩きつけた。

「このままじゃ危ねえっつってんだよ。早く逃げねえとぶっ飛ばすぞ!」

 その衝撃で店のウィンドウが粉々になり、穴が空く。
 彼の剣幕と目の前の光景に、客たちはきゃあきゃあと悲鳴を上げ、外に飛び出した。
 狂騒の中、ばつが悪そうに「あとで弁償するんで、勘弁な」とつぶやく蝉丸。
 最後に自らも外に出て、大通りの方に目を向けると、その方角から黒い泥のようなものが押し寄せてきていた。

「な、何あれ……」

 霧矢が声を漏らす。
 その黒い汚泥はゆっくりとした速度だったが、禍々しさは桁違いだった。
 一見、小規模な泥流のようだがそうではない。洪水のように一直線に流れてくることはなく、壁などにも跳ね、その触れた先を侵食したかと思うと、さらに四方八方に泥を飛び散らせる。
 まるで悪意を煮詰めたマグマが沸騰しているようだ──視線の先の黒い泥に、四人はそんな印象を抱く。

「何かはわからんが……どう考えても、ただ事じゃあないな……」

 灯里たちが街に出たこの日。
 それは奇しくも、壮馬が禍石の封を破った翌日だった。
 目の前の汚泥は、壮馬をも取り込んだ禍石の成れの果て。
 今、彼らは街を飲み込まんばかりに巨大化したその呪物に、遭遇したのだった。