四月十三日。
二限の授業が終わると、ある生徒が声をかけてきた。
「物書さん、だよね」
「え?」
不意の声かけ。
振り返ってみると、見覚えのある人物だった。
金髪をかき上げ、左目にはアイシャドウをし、左手の小指には包帯を巻いた男子生徒。
確かこの人は、私が胸ぐらを掴まれた時に止めに入ってくれた人だ。
「この前はありがとうございます」
「まあ可愛い女性を助けることは、俺の専売特許なんだ」
なんだろう。
ちょっとイヤ。
ついチャラそうな見た目や口調に距離をとりたくなったが、私を助けてくれた恩人ということもあり、決して顔には出さない。
「ちょちょ、なんか引いてる!?」
まずい。顔に出てしまったみたいだ。
「いや、今のは冗談で……そうだそうだ。本題に入ろう」
「本題……ですか?」
彼が助けてくれた際にお返しができていなかったから、そのことだろうか。
だが彼が言ったのは想定とは全く別。
「五日後、君は言魂詠と魔法戦を行う。そこで君が勝つために協力しようと思ってさ」
「あ、ありがとうございます……」
少し驚いた。
まさか彼がここまで協力してくれるだなんて。でもどうしてそこまで私に協力してくれるのだろうか。
私はすぐにでもいなくなってしまうほどの落第生なのに。
「ちょっと脅えてるね。ごめんね。でも何も変なことしないから。俺が君に協力したいのは、単純にああいう他人を舐めて見下すような奴に一発食らわせてやりたいからなんだ」
「なるほど」
「そこで、君が魔法戦で奴と戦ってる時、俺がこっそり君を魔法で強化させようと思ってるんだけど──」
「──だめです」
思わず彼の台詞に割り込み、言ってしまった。
「あなたが私に協力してくれることは嬉しいです。でも、私はズルはしたくないんです。それで勝っても、私は強くなれないから」
「……」
「私は、強い魔法使いになりたい。強い魔法使いになって、昔私を救ってくれた魔法使いのように、人を助けたいんです」
自然と思い出していた。
私がどうしてこの学園に入ったのか。それは強い魔法使いになりたかったから。
じゃあなぜ──
理由なんて決まってる。
この世界では、善人が傷つかないなんて保証はない。悪人によって危害を加えられてしまうかもしれない。
そんな時、私は救える力が欲しい。
「だから、私は実力で彼に勝つんです。トップテンも超えられずに、私は私を誇れないから」
私は彼にお辞儀をし、食堂へ走った。
私は必ず最強の魔法使いになる。
だから──
♤♡◇♧
五限の授業を終えると、私は急いで図書館へ向かった。
次の授業が始まるまで30分。その間に予習しておきたいことがあったからだ。私は一冊の本を手に取り、急いでカウンターに向かう。
その時までは、私の足は確かに動いていた。
「お前は動けない」
誰かが一時停止ボタンを押したのか。私の肉体はこれまでの推進力を気にすることなく、急停止した。
近くの本棚から足音が聞こえ、背後に忍び寄ってくる。
「誰ですか」
そんな言葉さえ出ない。
口一つ、眉一つ、まばたきすらできない。
「お前の魔法を教えろ」
聞き覚えのある声が背後からした。
首もとに鋭利な何かが当てられる。目を動かせないため、鋭利な物の正体は掴めない。だが背後に立つ人物の正体は分かる。
──言魂詠。
間違いない。確実に彼が背後にいる。
「私の魔法は──」
私の意思とは関係なく口が動く。
まずい。私の魔法を知られる。
魔法を知られれば、私の魔法への対策が取られてしまう。時間があればあるほど、その対策の幅は大きい。
頭ではそのことが分かっていても、身体は私の意思を反映しない。
「書──」
『君のことが好きだああああ。俺と付き合ってくれええええええ』
突如爆音の告白が図書館のスピーカーから流れた。図書館にいた生徒は顔を上げ、何事かとスピーカーへ目を向ける。
私も思わず耳を塞ぎ、周囲を見渡した。
「……あれ? 動けてる?」
背後の足音が舌打ちとともに遠ざかっていく。
「今のはいったい……」
本当は背後にいた言魂の顔を見たかったが、既に姿の見えない彼を追いかけても意味がない。
私は急いでカウンターで本を借り、六時間目の教室へ向かった。
教室はやけに騒がしかった。耳をすませると、図書館での騒動が既に広まっているらしい。
「ねえ聞いた。私さっきまで図書館いたんだけどさ、そしたらゼミで一緒の男子が告白しててさ。それもスピーカーで」
「なんでスピーカー? おもろすぎるだろ。で、そいつ誰なん?」
そういった他人の恥ずかしい話は聞かないのがマナーだ。私は耳を塞ぐ、ふりをしつつ、わずかな隙間を開けて聞き入ってしまっていた。
私のバカ!
こんな話を聞いたってその人が余計恥ずかしくなるだけだよ。だから聞かないようにしよ。
そう意気込んだのもつかの間、噂話が耳に入ってくる。
「ああ。確かこの授業も取ってたから来ると思うよ。あ、ほら、来た来た」
さすがに見ない。
興味はあるが、私は目を閉じ、せっかくこの授業の予習のために借りた本を読もうと顔を下に。
すべて嘘になった。
私は目を開け、本に目もくれず、今教室へ入ってきた男子に目を向けた。
黒髪の中に一本だけ白い髪があり、頬は赤面し、目は泣きそうなほど真っ赤に染まり、耳まで赤い。肩はストンと落ち、手も足も力が入っておらず、視線はどこも見ていない。何かボソボソと呟いており、尻尾と犬耳は……
「いや君、見すぎ見すぎ」
隣に座ってきた女子が驚きながら言った。
私は彼女に言われたことで、ようやく彼を見すぎていたことに気付いた。
「もしかして君も図書館にいたの?」
「はい、実は聞いちゃってまして……。それで噂話が聞こえてきたので、つい見ちゃって……」
「にしてもあれは見すぎだよ」
「私、そんな見ちゃってましたか」
「うん。穴が空くほど凝視するなんて言うけど、本当にそんなに凝視している人を見るのは初めてだったよ」
まずい。いまいち覚えてないけど、私はどんだけ凝視したんだ。
「でも、なんでスピーカーで告白したんですかね」
「さあ。でも聞いた話によれば、なんか近くにマイクがあって、それがたまたま図書館のスピーカーに接続されて、で、あんな大惨事になっちゃったんだって」
私の独り言が大音量で流れる可能性もあるってことじゃん。
「まあでも誰かのいたずらだろうね。魔法か何かを使ったんだろうけど」
「さすがにこれは悪質すぎる。悪質すぎるよ」
「私も同意見かな。自分の告白を流されたとなると、さすがにぶちギレる」
「だよね」
「じゃあ犯人捜しする? ちょうど今回の授業が役に立ちそうだし」
「ああ、そういえばこの授業って……」
間もなく先生が入ってきたことで、教室は静まり返る。教卓の前に立った先生が口を開く。
「ではこれより、魔法探偵術A1の授業を始める」
二限の授業が終わると、ある生徒が声をかけてきた。
「物書さん、だよね」
「え?」
不意の声かけ。
振り返ってみると、見覚えのある人物だった。
金髪をかき上げ、左目にはアイシャドウをし、左手の小指には包帯を巻いた男子生徒。
確かこの人は、私が胸ぐらを掴まれた時に止めに入ってくれた人だ。
「この前はありがとうございます」
「まあ可愛い女性を助けることは、俺の専売特許なんだ」
なんだろう。
ちょっとイヤ。
ついチャラそうな見た目や口調に距離をとりたくなったが、私を助けてくれた恩人ということもあり、決して顔には出さない。
「ちょちょ、なんか引いてる!?」
まずい。顔に出てしまったみたいだ。
「いや、今のは冗談で……そうだそうだ。本題に入ろう」
「本題……ですか?」
彼が助けてくれた際にお返しができていなかったから、そのことだろうか。
だが彼が言ったのは想定とは全く別。
「五日後、君は言魂詠と魔法戦を行う。そこで君が勝つために協力しようと思ってさ」
「あ、ありがとうございます……」
少し驚いた。
まさか彼がここまで協力してくれるだなんて。でもどうしてそこまで私に協力してくれるのだろうか。
私はすぐにでもいなくなってしまうほどの落第生なのに。
「ちょっと脅えてるね。ごめんね。でも何も変なことしないから。俺が君に協力したいのは、単純にああいう他人を舐めて見下すような奴に一発食らわせてやりたいからなんだ」
「なるほど」
「そこで、君が魔法戦で奴と戦ってる時、俺がこっそり君を魔法で強化させようと思ってるんだけど──」
「──だめです」
思わず彼の台詞に割り込み、言ってしまった。
「あなたが私に協力してくれることは嬉しいです。でも、私はズルはしたくないんです。それで勝っても、私は強くなれないから」
「……」
「私は、強い魔法使いになりたい。強い魔法使いになって、昔私を救ってくれた魔法使いのように、人を助けたいんです」
自然と思い出していた。
私がどうしてこの学園に入ったのか。それは強い魔法使いになりたかったから。
じゃあなぜ──
理由なんて決まってる。
この世界では、善人が傷つかないなんて保証はない。悪人によって危害を加えられてしまうかもしれない。
そんな時、私は救える力が欲しい。
「だから、私は実力で彼に勝つんです。トップテンも超えられずに、私は私を誇れないから」
私は彼にお辞儀をし、食堂へ走った。
私は必ず最強の魔法使いになる。
だから──
♤♡◇♧
五限の授業を終えると、私は急いで図書館へ向かった。
次の授業が始まるまで30分。その間に予習しておきたいことがあったからだ。私は一冊の本を手に取り、急いでカウンターに向かう。
その時までは、私の足は確かに動いていた。
「お前は動けない」
誰かが一時停止ボタンを押したのか。私の肉体はこれまでの推進力を気にすることなく、急停止した。
近くの本棚から足音が聞こえ、背後に忍び寄ってくる。
「誰ですか」
そんな言葉さえ出ない。
口一つ、眉一つ、まばたきすらできない。
「お前の魔法を教えろ」
聞き覚えのある声が背後からした。
首もとに鋭利な何かが当てられる。目を動かせないため、鋭利な物の正体は掴めない。だが背後に立つ人物の正体は分かる。
──言魂詠。
間違いない。確実に彼が背後にいる。
「私の魔法は──」
私の意思とは関係なく口が動く。
まずい。私の魔法を知られる。
魔法を知られれば、私の魔法への対策が取られてしまう。時間があればあるほど、その対策の幅は大きい。
頭ではそのことが分かっていても、身体は私の意思を反映しない。
「書──」
『君のことが好きだああああ。俺と付き合ってくれええええええ』
突如爆音の告白が図書館のスピーカーから流れた。図書館にいた生徒は顔を上げ、何事かとスピーカーへ目を向ける。
私も思わず耳を塞ぎ、周囲を見渡した。
「……あれ? 動けてる?」
背後の足音が舌打ちとともに遠ざかっていく。
「今のはいったい……」
本当は背後にいた言魂の顔を見たかったが、既に姿の見えない彼を追いかけても意味がない。
私は急いでカウンターで本を借り、六時間目の教室へ向かった。
教室はやけに騒がしかった。耳をすませると、図書館での騒動が既に広まっているらしい。
「ねえ聞いた。私さっきまで図書館いたんだけどさ、そしたらゼミで一緒の男子が告白しててさ。それもスピーカーで」
「なんでスピーカー? おもろすぎるだろ。で、そいつ誰なん?」
そういった他人の恥ずかしい話は聞かないのがマナーだ。私は耳を塞ぐ、ふりをしつつ、わずかな隙間を開けて聞き入ってしまっていた。
私のバカ!
こんな話を聞いたってその人が余計恥ずかしくなるだけだよ。だから聞かないようにしよ。
そう意気込んだのもつかの間、噂話が耳に入ってくる。
「ああ。確かこの授業も取ってたから来ると思うよ。あ、ほら、来た来た」
さすがに見ない。
興味はあるが、私は目を閉じ、せっかくこの授業の予習のために借りた本を読もうと顔を下に。
すべて嘘になった。
私は目を開け、本に目もくれず、今教室へ入ってきた男子に目を向けた。
黒髪の中に一本だけ白い髪があり、頬は赤面し、目は泣きそうなほど真っ赤に染まり、耳まで赤い。肩はストンと落ち、手も足も力が入っておらず、視線はどこも見ていない。何かボソボソと呟いており、尻尾と犬耳は……
「いや君、見すぎ見すぎ」
隣に座ってきた女子が驚きながら言った。
私は彼女に言われたことで、ようやく彼を見すぎていたことに気付いた。
「もしかして君も図書館にいたの?」
「はい、実は聞いちゃってまして……。それで噂話が聞こえてきたので、つい見ちゃって……」
「にしてもあれは見すぎだよ」
「私、そんな見ちゃってましたか」
「うん。穴が空くほど凝視するなんて言うけど、本当にそんなに凝視している人を見るのは初めてだったよ」
まずい。いまいち覚えてないけど、私はどんだけ凝視したんだ。
「でも、なんでスピーカーで告白したんですかね」
「さあ。でも聞いた話によれば、なんか近くにマイクがあって、それがたまたま図書館のスピーカーに接続されて、で、あんな大惨事になっちゃったんだって」
私の独り言が大音量で流れる可能性もあるってことじゃん。
「まあでも誰かのいたずらだろうね。魔法か何かを使ったんだろうけど」
「さすがにこれは悪質すぎる。悪質すぎるよ」
「私も同意見かな。自分の告白を流されたとなると、さすがにぶちギレる」
「だよね」
「じゃあ犯人捜しする? ちょうど今回の授業が役に立ちそうだし」
「ああ、そういえばこの授業って……」
間もなく先生が入ってきたことで、教室は静まり返る。教卓の前に立った先生が口を開く。
「ではこれより、魔法探偵術A1の授業を始める」



