この学園の授業は必修科目と選択科目から成る。
 昇級のための必要単位は必修科目のみで、選択科目を受講せずとも卒業はできる。
 この学園は成績至上主義。
 本当に才能のある者しか、その道は選べない。
 そのため、多くの者が日々この学園で成績を上げようと努力していた。

 入学式が行われた四月一日から十日が過ぎ、四月十一日。

 物書撫子は必修科目の『魔法科ゼミナールⅠA』を受講中だった。
 魔法科ゼミは同学年の魔法科の生徒百名が参加する。
 今回の授業内容は来週行われる魔法戦の概要説明。

 必修科目が最も成績に反映されるため、多くの生徒が説明に耳を傾けていた。

 当然撫子も傾聴する。
 だがその様子が気に食わなかったのか、背後に座っていた生徒が彼女の椅子を蹴る。

「どうせ月末には退学してんだから、真面目に聞いても無駄だよ」

 クスクスと教室内で笑いが漏れる。

 講師は一度目を向けたが、すぐに説明へ戻る。

 撫子は背後の生徒に構うことなく、説明に耳を傾けた。
 授業中の私語でさえ成績に反映されるかもしれない。
 そう思ったからだ。

 その後も消しゴムを投げられたり、蹴られ続けるも、撫子は反撃をすることはなかった。

 授業が終わるとともに、先ほどの生徒が数名の取り巻きを連れ、撫子を囲んだ。

「お前さ、立場分かってんの?」
「お前は最下位のグズなんだろ」
「俺たちを無視とかどういう立場でやってんだよ」

 怒声が続けざまに浴びせられる。
 撫子は反論せず、笑みを浮かべていた。

「てめえ、俺たちを舐めてんのか」

 胸ぐらを掴まれ、間近で怒声を浴びせられる。

「待て待て。さすがにやりすぎだ。いくらこの学校がカースト制度を採用しているからといって、これは……」

 すかさず男子生徒が止めに入る。

「うるせえな。こいつが俺を誰か分かっていないみたいだから、説教しているだけだろ」

「お前のことは知ってるって。ランキング十位の言魂(ことだま)(うた)だろ」

「トップテンのこの俺に詰められておきながら──」

 詠は撫子を見る。
 未だ、笑みを浮かべている。
 気味が悪い。
 
「ちっ。来週の魔法戦でぼこぼこにしてやるからな」

 詠は取り巻きとともに去っていった。

「あんた大丈夫か」

 金髪をかき上げ、左目にアイシャドウをし、左手の人差し指に包帯を巻いた男子生徒。

「はい、ありがとうございます」

 撫子は笑顔で言った。

「ってかあんた、どうして笑ってられるんだ。あんなことをされて」

「私は人が笑っているのを見ているのが好きなんです。人を笑わせる人は、いつだって笑っているんですよ。だから──」

 だから彼女は笑う。

 教室には次の授業の生徒が入って来ていた。

「さっきはありがとうございました。いつかこのお礼はさせてください」

 そう笑顔で告げ、撫子は教室を去った。

 学園は学生数に比べ、遥かに広い。
 人のいない場所は多く存在する。
 その一つ、森の中、木に背を預け、撫子は──


 堪えていた涙を吐き出した。


 彼女の声を、誰も聞くことはなく。