◇
「なあ、海行かない?」
0時を回った深夜。店の裏口から外に出て、隣にいる人間の第一声がそれだった。一体、何を言っているのだろう。忙しすぎて、頭のネジを一本どこかに落としたのかもしれない。
無理もない。わたしと同じく昼からのシフト。夕方に交代するはずの二名が欠勤で時間通りに上がることはできず、落ち着くまでと思っていたのに今日に限ってひっきりなしにお客が入ってきた。大学四年生のわたしたちよりも年下の子たちをシフト通りに、最低でも終電に間に合うように帰らせていたら、こんな時間になっていた。
家まで三駅。歩けば四十分。明日は大学もバイトも休み。タクシーを使うか一瞬迷って、行けるところまで歩いてみるかと疲れきった足を一歩前に出したとき、ちょっと待ってと声がかかる。
「えらく長考してたけど。悩んでたんじゃないの」
「え、歩くかタクシーかって考えてた」
「海は?」
昼からほとんど休憩なく働いて、頭も体もくたくたなのはわたしだけなのだろうか。大体、この辺りに海はない。沿岸部に行くには車で一時間はかかる。車はある。ただしそれは家に帰ればの話。家に帰る方法を先に考えてほしい。
というか、帰れたところで。
「……車は出さないよ」
「いや、いいよ。車はいらない」
「あ、夢で海に行くってこと?」
回らない頭が何とか弾き出した回答を、何言ってんだこいつって目で見ないでよ。
「あれを使う」
「ちょっと、郁」
あれ、が何を指すのかわからないまま、路地を抜けて道路を挟んだ向かいのコンビニに向かう郁を追いかける。
店内に入ると思ったのに、郁は駐車場の隅に歩いていく。立ち止まった先にあるものを見て、まさかと頭を抱えたくなる。
「シェアサイクル! これ、最近勧められて使ったんだけど、便利だよ。ポートも増えてるし」
「わかった。じゃあ今日はこれで帰ろう」
「おっ! 乗り気になった? じゃあ、行こうか」
家の近くにもシェアサイクルポートが最近できていた。歩くのは少々億劫だけれどタクシーを呼ぶほどでもない今にぴったりだ。早速アプリをインストールしながら、ふと、郁との会話がすれ違っていた気がして今一度確認をする。
「郁、わたしたちが今から行くのは家だよね」
「海だな」
「……冗談でしょ?」
「本気。海に行く」
あとは登録を押すだけのところで手を止めると、郁はスマホの画面を覗き込んで、もうできるよ、と勝手に登録ボタンを押した。
操作がわからなくて止まっていたわけじゃない。そう目で訴えると、郁は、どうした? 困ってる? とトンチンカンなことを言って首を傾げた。困ってるに決まってる。数分前からずっと、困ってる。
郁は時々、こういう突飛なことをする。わたしがたまたま郁の気まぐれに出くわす場面が多いのか、他人の前でもそうなのかはわからない。予定や気分で誘いを断ることはある。そういうとき、郁はしつこく食い下がらない。ああそうわかったと言って、あっさりとどこかへ去っていく。
たまに、もう少し押しがあればついて行ったのに、と振り向くことのない郁の背中に寂しさを感じることもある。面倒くさい自分が嫌になって、戻ってきてくれない郁に苛立って、そうして懲りずにまたわたしを誘ってくれることが、嬉しくもある。これが一軒飲みに行こう、だったらよかったのに。いやそれでも、行きたいか行きたくないかで言えば、今日は遠慮しておきたいが。
「わたしが行かないって言ったら、郁はどうするの?」
「そのときは、おれひとりでも行くよ」
「海で何をするの?」
「あー……考えてないな。でもさ、今から行けば、日の出に間に合うよ」
にこっと笑って言うけれど、何のアピールにもなっていない。まだ見えない朝日よりも、家に帰って寝たい気持ちの方が百倍強い。郁もそうしなよって伝えたところで、首を縦に振ることはないのだろう。じゃあまたねって伝えたら、郁はこれ以上は誘わない気がして、十分に悩んだあと、自転車のロックを解除する。
「帰りは電車かタクシーね」
「やった。希衣、ありがとう」
目に見えてテンションが上がる郁も慣れたように自転車の鍵を開けて、サドルに跨った。
0時51分。夜空を見上げると、月が煌々と輝いていた。雲は少なく、星も疎らに見える。何をしようとしているのだろうと気が遠くなりそうで、でも少しだけ、高揚していた。
◇
先を走る郁を追いかけて自転車を漕ぐ。平坦な道が続いていた。幹線道路沿いに走っているのに、車通りは少ない。10月の深夜。風のない夜は静かで心地いい。
信号待ちで片足を地面につけると、足裏からふくらはぎにぴきっと張り詰めるような痛みが走る。信号が青に変わった瞬間に走り出す郁に一呼吸遅れてペダルを漕ぐと、渡りきった先で郁が振り向いた。
「希衣、平気? 休憩するか」
「ううん、まだ行けるよ」
「喉乾いたし、何か買おう」
2時4分。ここまで一時間、ほとんど止まらずに走ってきた。目的地が具体的にどこなのかは聞いていない。海はまだ遠いことだけはわかる。自転車のホルダーに設置したスマホを郁が触っていたけれど、わたしはその画面を見なかった。目的地までの距離と時間を、知りたくなかったから。
「コンビニって、欲しいところにないよな」
「見つからないの?」
「3キロ先だってさ。とりあえず、自販機でいいか」
3キロって何分かかるんだろう。地面についた両足が小さく痙攣する。郁は自転車を降りて、ぼんやりと光を放つ自動販売機に走っていった。3キロは15分、らしい。
自転車を端に寄せて、縁石に座る。足を伸ばしてふくらはぎに触れ、その硬さに驚く。下手に解していいものかと迷っていると、郁がスポーツドリンクとお茶を持って戻ってきた。
「どっちがいい?」
「どっちも」
「ん、先にスポドリ飲め」
涼しい夜だけれど、それなりに汗はかいていて、渡されたスポーツドリンクを一気に半分ほど飲む。疲労でぼんやりと靄のかかったようになっていた頭がすっきりとするのを感じる。もういい? と尋ねる声がやさしくて、小さく頷くと郁はわたしの手の中のペットボトルを取り去った。
その場でスポーツドリンクを飲み干して、半分残ったお茶のペットボトルを渡してくれる。
「もう少し休む?」
「ううん。大丈夫。でもコンビニには寄りたい」
「了解。きつかったら声かけて」
返事をしたものの、一度座った腰が重くて立ち上がれずにいると、郁が手を貸してくれた。じっとりと汗の滲んだ手は、お互いさま。再び自転車に乗って、外灯の減っていく夜道を走る。
いつの間にか車線が減っていた。住宅街を突っ切ると、いよいよ明かりが少なくなる。月が明るい晩でよかった。
郁は出発したときよりもペースを落としている。わたしに合わせてくれているのだと思う。わざわざ振り向いて窺ったりはしないけれど、随分と気を遣ってくれているように感じた。
まっすぐに続く道の先にコンビニの看板と明かりが見えた。目的地が見えると、自然とペースが速くなる。ペダルを踏み込んで加速し、郁を追い越してみた。
「あっ! こら、待て」
「やだね」
競うようにペースを上げて、コンビニの前に止まる。無駄に疲れるようなことをして、何だかそれがおもしろくて、顔を見合せて笑った。
コンビニにサイクルポートがあるけれど、すぐに戻るからこのままでいいと教えてもらって、自転車にロックをかけて店内に入る。
飲み物を手に取ったあと、そういえば午後の休憩時に急いでパンを詰め込んだきり何も食べていないことを思い出して、食べ物の棚へ。郁も同じことを考えていたようで、深夜にしては充実した棚の前でおにぎりを選んでいた。
「希衣は?」
「しゃけ」
「じゃあ、おれはたらこ」
お腹いっぱいになって眠くなったり、動けなくなったりすると困るから、たくさんは食べない。レジに並ぶと、郁はわたしが持っていたおにぎりと飲み物をさっと取って一緒に会計してしまう。
「あ、あとアイスコーヒー。希衣は?」
「……ホット」
「アイスとホットでお願いします」
飲むつもりのなかったコーヒーもさらっと注文。郁は目に付いたから注文しただけだろうけれど、外はだいぶ寒くなってきていて、体を温めたかった。
「お兄さんたち、自転車でここまで来たんですか?」
コーヒーの抽出を待つ間に、レジで対応してくれた若い男の店員さんに声をかけられた。
「そうなんです。海に行こうと思って」
「海! 結構距離ありますよ。どちらから?」
「市内から。そろそろ出発して二時間です」
郁が受け答えしてくれるのを黙って横で聞く。気付かなかったけれど、ここはもう別の市だ。深夜にすることじゃない、と改めて思いながら、続く会話に耳を傾ける。
「わー、すげえ。海を目指して深夜に……自転車では聞いたことないけど、でもいいと思います」
「でしょ? おれもはじめて。今のところ楽しいです。な、希衣」
昼間からのバイトを終えて、終電を逃してこうなっていることまで説明してほしい。そうしたら、何故かちょっと感心しているこのお兄さんもドン引きするだろうから。
でも少しだけ、ほんの少しだけ、楽しいって気持ちもないわけじゃない。顔を覗き込む郁に、悔しいけれど、頷く。
汗でぺたっとした髪を掻き回すように撫でられて、顔を上げられなかった。コーヒーができあがって、お兄さんに見送られてコンビニを出る。
何となしに夜空を見上げた。ちぎれた雲がいくつか漂う空には、無数の星が散らばる。家の近くではまず見ることのできない景色に感嘆していると、郁も隣に並んで夜空を見上げた。
「綺麗だな」
「うん、すごく」
ぼんやりと白い星雲も見えて、煌めく目映い星をあれこれと指さすと、郁はひとつひとつ、目で追ってくれる。
きらっと一筋、光が空を横切った気がした。今の見てた? と聞こうとしたのに、郁の双眸と目が合うと言葉が出てこなくなる。目は、とても素直な部位で、普段から見ているとよくわかる。この目は何か大切なものを、好きなものを見つめるときの目だって。
「……あつい」
「ホットだからな」
誤魔化すように、ぬるくなったコーヒーを一気に飲む。熱くないんだよ、コーヒーは。
◇
3時10分。海を目指して、わたしの体感ではあと半分。
出発する前に、郁が片手を差し出した。
「なに?」
「つけて、イヤホン」
ころん、と手に落とされたのはワイヤレスイヤホンの片割れ。もう片方を郁は自分の耳につけた。
「自転車ってイヤホンだめなんじゃない?」
「今日だけだから」
そう言うと、郁は先にペダルを漕いで走り出す。返すこともできなくて、イヤホンを耳につけると、ちょうどいい音量で音楽が流れ出す。
懐メロは小さく口ずさんで、夜や星を歌う曲の最中は足を止めて空を見上げた。速い曲調の歌は自然と走るペースを上げて、しっとりとしたバラードになるとゆっくりとペダルを踏む。恋の歌を聴くとき、前を走る郁の背中を見つめた。
風が強くなってくる。緩い傾斜を登る途中で、郁が自転車を降りた。わたしは郁を追い抜かしそうになって、同じように自転車を降りて押した。
「郁、疲れちゃった?」
「この地味な坂、歩いた方が楽な気がして」
「確かにね」
イヤホンを郁に返して、隣合って坂道を歩く。
4時46分。郁のスマホを見ると、マップの端に海が見えた。目的地まで残り30分と表示されていて、やっとここまで来たとまだ青く暗い夜空を見上げる。
「希衣、ずっと星見てるな」
「だって、綺麗だから」
綺麗なものを見飽きることって、あるのだろうか。数時間前の自分に言ってあげたい。足は痛いし、汗でしっとりと湿ったあとの体は冷えて寒いし、瞼は重くて眠い。郁のやさしさに、声に、視線に、ドキドキして落ち着かない。
まだ、終わりじゃない。海も夜明けも、まだ少し先にある。数時間後のわたしが、何か伝えるとしたら、どんな言葉を選ぶのだろう。
「ここからまた乗ろう。最後のひと踏ん張りだ」
「はあい」
下り坂に差しかかるところで、郁は自転車に跨った。わたしの返事に、にっと笑って走り出す郁の後を追いかける。
ペダルには足を乗せるだけ。風の音が耳にひゅうひゅうと舞い込む。淡く光を含み始めた空に星が溶けていく。郁の背中の形がはっきりと見えるようになっていく。
「……海」
坂道を下りきると景色が拓けて一面の海が広がる。
5時10分。いつの間にか、夜を抜けていた。太陽はまだ海の向こうにある。金色の光が夜の藍と混ざりあって、息を飲むほどに美しかった。思わず足を止めそうになるけれど、走り続ける郁の後を追う。
10分ほど走ったところで、浜に降りられる場所を見つけた。何となく、ここを目指しているような気はしていた。近くに駐車場がある。郁は迷いなくそこに入っていって、駐輪スペースに自転車を止めた。赤いラインの入った区画。シェアサイクルポート。郁のやり方を真似して、返却の操作をする。ここまで旅をした自転車とはここでお別れ。点滅していたランプが消えて、眠ってしまったようだと思った。
ほんの少し、寂しい気持ちで自転車を見つめるわたしを郁は待っていて、振り向くと手を差し出された。その手に自分の手を重ねる。汗ばんだ手を繋いで、浜辺に降りていく。
砂の上は不安定で、本当はひとりで歩けるのに、郁の手を離さなかった。やわらかい砂に二人分の足跡が残る。ふと辺りを見渡すと、砂浜の一帯に明るい黄色が見えた。郁、と手を引くと、郁はわたしの視線の先をじいっと見て、それからぱっと目を輝かせる。嬉しそうにわたしの手を引いて、砂浜に咲く黄色の元へ行く。
「待宵草だ」
「ね、まだ閉じてないよ」
待宵草。浜辺に咲く海浜植物。特段珍しくはない。淡い黄色の花を咲かせる待宵草は砂を這うように茎を伸ばす。花は、日暮れとともに開き、朝方には萎んでしまう。いくつか閉じているものもあるけれど、まだ空に向かって花弁を広げる姿を、郁は丹念に見つめていた。
郁の気が済むまで、わたしもそばで待宵草が萎むのを待った。瞬きの間に萎むほど、この植物は慌てん坊ではない。少しだけ、とわたしが目を瞑っている間にも、郁は花から目を離さない。その真剣な眼差しを、何度も目にしてきた。
「郁は、花が好き?」
「何、急に。植物なら大抵は好きだな。そんなこと、希衣はよく知ってるだろ」
「うん、まあ……そうなんだけど」
好きなものに向ける目だということを、確かめておきたかった。それを知って、わたしのことは? と聞く度胸はない。しばらくの沈黙の後、花が萎むころ、足元には薄らと影がうまれていた。
「行こうか」
「……うん」
流木に腰かけて、夜明けを待つ。溶けていく星を数えていると、心細いような、切ない心地になって、繋いだままの手をついきゅっと握ってしまう。
「希衣?」
心配そうな声が、今日一番近くから聞こえる。疲れた? と気遣わしげに聞かれて、小さく首を横に振った。
「郁、どうして海に来たかったの?」
わたしが来なかったら、この朝までの旅をひとりでしていたのだろうか。ペースを合わせる必要がない分、郁はその方が楽だったかもしれない。でもわたしを誘った理由があると思う。
「希衣に好きって言いたかったから」
「……うそつき」
「本当だって」
どうして疑うのって笑って、郁はわたしの目をじっと見つめた。さっき、コンビニを出たときと同じ目。大切なものを、好きなものを、見つめるときの瞳。
大学に入学したその日から、郁と一緒にいた。小さい頃から何度も植え替えて育てたというガジュマルの写真を見せてくれたとき、ずっと行きたかったという植物園にサプライズで連れていったとき、研究室で扱っている難しいと言われた種子が芽を出したとき、郁がそれらを見つめるときの目が、好きだった。
「コンビニの兄ちゃんも言ってただろ。深夜に自転車で海を目指すやつなんて、見たことないって。希衣が今日のこと、忘れられないようにしたかった」
「その思惑は、叶ってると思うよ」
「好きになった?」
特別にしないと、忘れられないシチュエーションでないと、わたしが何も感じないと思われているのなら心外だ。確かにこの夜で一層、郁のことを意識した。それは間違いない。でも仮に今夜がなかったとしても、好きでいた。
郁の瞳がきらきらと光って見える。足元にさすオレンジ色の光の先を見るためにここに来たのに、郁から目を離せない。
「もうずっと、好きだよ」
店を出る前に軽く整えた化粧は、きっともうボロボロだ。髪も汗でぺったりと張り付いて、繋いだ手だってべたついてる。今日じゃなくて、もっといいタイミングはあったと思う。ふたりきりの研究室、バイトに行く前のカフェタイム。飲み会の帰り道で、いい雰囲気になったこともあった。同じゼミの人たちに、いつ付き合うんだ卒業しちまうぞ早くしろと、わたしたちふたりがいる前で言われて、顔を見合せたことだってある。
明るくなった空に、まだ目をこらせばいくつか見える星の数ほどにはあったチャンスをふいにして、郁が選んだのが『深夜に自転車で海に行くこと』だったのなら、それでもいいと思う。ださいし、疲れたし、もう二度とこんなことはあってほしくないけれど。
希衣、と名前を呼んで、郁はわたしの手を引いた。つん、と指で押されただけでも倒れてしまいそうなほどにへとへとの体だ。軽く手を引かれただけで、体は郁の方に傾く。
郁のシャツは汗に濡れて、冷たかった。でも、その奥にある体温はあたたかくて、そっと繋いだ手を抜き取って郁の背中に回す。
少し早い鼓動を感じながら、郁の肩に押し付けた顔を横向けると、凪いだ海の向こうに、目映いほどに光輝く朝日が見えた。
◇
郁にもたれて、少しだけ眠っていた。始発が動いている時間。歩いて20分ほどの場所に駅がある。自転車で行く? と郁が言うから、そうしようか、と頷いたところで、また話がすれ違っている気がして押し留める。
「駅まで、だよね?」
「え、いや、家まで」
「絶対無理! 郁ひとりで行って」
「うそうそ、冗談だって」
わたしがいいと言えば本当に自転車で帰り出しそうな郁の手を引いて、歩いて駅に向かう。
「……もう十分、忘れられないよ」
小さく呟いた声は郁には聞こえていなかったようで、返事はない。無人駅について、電車を待つ間、そういえば、と郁がスマホを見せてくれた。
「今日借りたのはシティサイクルだけど、電動アシスト付きの自転車もあるって知ってた?」
「……知らない」
「希衣が選んだの、普通のだったからおれもそうしたけど……気付いてなかったんだな」
おすすめ、電動アシスト付き、と画面に映し出されたスマホを郁に突き返す。ごめん、と郁が呟くのを無視して、青い空を見上げる。
6時43分。数時間前の、自転車を借りる前のわたしに伝えたい。その隣の電動アシスト付きにしなさい、って。



