九台もの馬車が連なり、砂利道を進んでいる。見かけた者は大商人の隊列だと思っただろう。馬車は大きな音を立てながら、目的地へと向かっていく。

「団長、そろそろ着きますよ。起きてくださいよ」

 かなり揺れる馬車の中で寝ていた男は、長身で体格の良い中年男性に声を掛けられた。

「ふぁぁぁ……。あと、二刻寝かせろ」
「よくまあ、こんな揺れる馬車で二度寝しようと思いますね。あと一刻もたたずに到着しますから」
「うるさいぞ、レジス。俺は働きすぎなんだから寝ていて当然だろ」

 目を開けて団長と呼ばれた男は、起き上がりもせずに、レジスをにらむ。

「公爵家の当主に呼ばれたんですから、もう少し緊張感を持たないと」
「当主って言ったって小娘だろ?」
「年若いのに相当切れ者って評判ですよ」
「まあ、直接会って、俺が判断するさ。お前らだって、変な雇い主の下で使われたくないだろ」
「確かにそうです。そのあたりは私らはよくわからないので団長にお任せですが」

 団長と呼ばれた男は、いやいや起き上がり馬車が進む先を見て、ニヤリと笑った。

◇◆◇◆

 一刻半後、団長とレジスは公爵家の応接室の豪華なソファーに座っていた。レジスは緊張した様子で縮こまっているが、団長は足を組みリラックスした様子で座っている。

「団長、なんで私が同席しないとダメなんですか?」
「お前、副団長だろ? いつも俺に任せてばかりで、たまにはこういう経験しないといい大人になれないぞ」
「私、団長よりも十年上なんですけど」

 団長と呼ばれた男は、肩を落としたレジスを無視して、話題を変えた。

「おい、見てみろ、流石は大貴族の応接室だ。さり気なく飾ってるがどれも逸品の美術品だ。あの絵なんか小国の王でも手に入らない代物だせ」

 応接室の豪華な調度品を見回しながら団長は言い放った。

「本当ですか!」

 レジスが驚いた瞬間、ドアが開く。三人がその音の方を向くと、アイスブルーの瞳を持つ年若い女性と、顎髭逞しい中年男性とレジスと変わりない体格を持つ壮年男性を引き連れて入ってきた。壮年男性は、扉の脇に立った。警護役だと団長は思った。

 レジスが慌てて立とうとするのを、肩を押さえて制止させた団長は、相変わらずリラックスした姿勢を保っていた。

 団長の近くまで来た年若い女性と中年男性は、挨拶をした。

「グラッセ公爵家へようこそ。私は当主のミレーヌ・グラッセ。この男は、当家の騎士団長のジャック・レルネ。あと、立っているのは私の警護役だから気にしないで」

 自分のことを気にかけてもらったフィデールは背筋を伸ばす。
 団長は、完璧な貴族の挨拶を優雅にこなすミレーヌと名乗る年若い女性をじっくりと見た。確か18歳くらいだったか。若いのに物おじせず、かつ高慢な態度もひけらかさない、今まで会ったことの無いタイプの貴族だと感じた。

「俺は、ゲオルク・グラック、ゲオルク傭兵団の団長だ。こいつは副団長のレジス・グリモー」

 ゲオルクは、座ったまま挨拶した。相手の出方を見るため無礼な態度をしてみたが、年若い公爵家当主は、全く気にする様子もなく、優雅にソファー座った。そして、唐突に言葉を投げかけてきた。

「それで、ゲオルク団長は、どうするつもりなの?」
「というと? 俺はアンタとは今会ったばかりだ。どうするもこうするも無いと思うがね」
「じゃあ、どうして貴方(あなた)はここに居るの?」

 ゲオルクは、いつものように、相手をわざと怒らしてペースを握るつもりだった。それが、勝手が違うことに戸惑いを感じるも、この年若い女性に興味を持ち始めた。

「アンタが俺たちを呼んだからだろ?」
「あら、断ってもよかったのよ? 王家に呼ばれたんでしょ? そっちの方が条件とか良いでしょうに」

 確かに、ヴィスタ帝国の内乱が収まり、仕事に溢れたため、今後の方策をどうするか思案する最中、カッツー王国の王家の家臣から誘いを受けたことは確かだった。
 ウィスタ皇帝が自身の実力を高く評価し、直接請われる形で協力し、傭兵団のとりまとめたゲオルクにもプライドがある。内乱終結時に子爵として取り立てる提示を受けたが、自身の実力は子爵どまりではないと思い断った。男として生を受けた以上、自身の才覚でどこまでいけるのか見てみたい。
 そんな中、カッツー王国から誘いを受けた。国王自ら説得しなければ断るつもりで、王都に向かう最中、公爵家に呼ばれここに居る。

「王家からは条件の提示は受けてないぜ。寄り道みたいなものさ」

 強がって言ってみても、この公爵家当主は、表情一つ動かさない。

「寄り道にしては、興味がおありなのね」
「というと?」
「顔に書いてあるわ。私がどういう人物か調べ尽くしたいということが」

 ゲオルクは、この少女は人の心が読めるのか? と思い、思わず口にした。

「じゃあ、アンタはなぜ俺達を呼んだのか? 大貴族なら傭兵団の力など必要ないだろ? 王家とでも戦争するつもりなのか?」
「いい加減にしろ、我が公爵家が謀反を企んでいるとでも思っているのか?」

 いきなりジャックが怒鳴った。ゲオルクは、こういうタイプの方がやりやすいと感じたが、隣の少女は表情を全く変えない。不気味すぎると思った。

「ふっ、そんなつまらないことのために貴方(あなた)たちの力を借りないわ」
「じゃあ、何のために?」
「その答えが欲しいの? 返答次第では、生きて帰れないかもしれないけど」

 ゲオルクは、悟られぬように周りを見渡した。ジャックという騎士団長以外に、扉の脇に立つ警護隊長も、既に戦闘態勢に入っている。しかも、目の前の少女は、貴族とは思えないほど落ち着き払っていた。

(もしかして、武術の心得も使えるのか? こちらも丸腰、二人対三人。この女のことだ、部屋の外にも伏兵がいるだろう。勝算は極めて低いな)

 レジスがどうするのかという視線を送ってきたが、ゲオルク自身が聞きたいくらいだと言いたいのを我慢する。
 

「返答のまえに、こちらの条件を伝える。毎月固定で団員にはそれぞれ金貨十枚、俺とレジスには金貨二十枚だ。戦闘に参加した場合は、別途金貨を五枚づつだ」
「わかったわ。貴方(あなた)が言う要求は全て飲みましょう。それで答えは欲しいの?」
「いや、しばらく厄介になる。間近でアンタのやり方を拝見して、答えが分ったら伝えよう。正解したら金貨百枚貰うというのはどうだ?」

 すると、心配そうな顔をしたジャックがミレーヌに問いかけた。

「ミレーヌ様、よろしいのでしょうか? この場を逃れるための方便かもしれません。もし密告などされたら……」
「ジャック、彼は、そんな卑劣な手段をとる方ではないわ。ね、そうでしょ?」

 ミレーヌに窘められたジャックは、口を閉ざした。ゲオルクは、笑みを浮かべながら自分を見るミレーヌの瞳を見つめた。その若さからは想像もできない、すべてを見透かすような魔性の瞳に、ゲオルクは背筋が震えるのを感じた。

(まったく、この女は、俺の心を全て読むことができるのか)

「ふっふっふっ……。はっはっは! その通りだ。初めて見たよ。アンタのような人は」

 ゲオルクは呆れたような表情を浮かべた後、大声で笑い出した。この女を雇い主として選んだ自分は、やはり間違っていなかったのだと確信した。

「私も貴方(あなた)は面白いと思ったわ。いいでしょう」

 ミレーヌは立ち上がり手を差し出す。ゲオルクも立ち上がりその手を取った。