一週間後の早朝の訓練場。まだ若干赤い朝日が、窓から差し込む。
 訓練用の木の剣を打ち合う音が聞こえる。立ち会っているのは、二人。一人は壮年の体格良い男性。もう一人はプラチナブロンドの髪をたなびかせながら、斬撃を打ち込む女性。
 そう、ミレーヌと警護隊長のフィデールだ。
 ミレーヌは、おおよそ一年前からほぼ欠かさずフィデールを相手に剣技などの訓練をしていた。

「ミレーヌ様、そうです。そこで打ち込む。そうその調子です!」

 フィデールは数度打ち合ったうえで、その次のミレーヌの斬撃を余裕でかわし、隙を見せる。

「フィデール、何度も言うけど、そういうのは打ち合いが終わった後に言ってくれない? 気が散るんだけど」

 そう告げたミレーヌは、その隙の誘いに乗らず、フィデールの脛を狙って打ち込む。しかし、フィデールは最小限の動きで避けた。

「おお、流石です、ミレーヌ様! 誘いに乗らないとは感服しました!」
「だから、その口を閉じなさい」

 ミレーヌは苛立ちを隠さずに、フィデールの顔面に向かって剣を突き刺す。フィデールは無駄な動作をせずに正確に避ける。突きの動作が勢い余り体勢を崩し、前のめりに倒れるミレーヌ。

「ミレーヌ様! 大丈夫でしょうか」

 慌ててミレーヌを介抱しようとするフィデール。すると倒れた銀髪の公爵令嬢は、警護隊長を一喝した。

貴方(あなた)は剣技は素晴らしいのだけど、余計なことし過ぎなのよ! 真面目に指導してくれないと稽古にならないわ」

 珍しく苛立ちを隠せないミレーヌ。それを聞いてしどろもどろになるフィデール。立ち上がった彼女は、気配を察し訓練場の入口を見ると、男が立っていた。

「やはり、ここにいらっしゃいましたか」

 声の主は、騎士団長のジャックだった。

「めずらしいわね」

 一年の訓練の成果か、あまり息も上がらずにミレーヌは返答する。

「先日ご報告した件、新たな情報が手に入りましたので、後でレベッカと一緒に報告したいのですが、よろしいでしょうか?」
「構わないわ。貴方(あなた)たちが都合が良い時に来なさい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「ジャック、待ちなさい!」

 帰ろうとする騎士団長を呼び止める若き公爵家当主。意外そうな面持ちで振り返ったジャックは主に問いかけた。

「いかがされましたか?」
「ちょうどよかったわ。私に、稽古をつけてくれない? フィデールは、立会中に話しかけるからうるさいのよ。それに、手を抜くから私の今の実力がちっともわからないし」

 ジャックは顎鬚を少し触りながら、ミレーヌの前で珍しく笑みを浮かべた。

「承知しました。その代わり本気でいきますが、よろしいですか?」
「望むところよ」

 こうして二人は立ち会うことになった。
 ジャックの剣技は、規格外といえるレベルのフィデールよりも劣るが、それでも並みの騎士が数人かかっても、問題ない技量の持ち主だ。
 全く隙を見せない構えに、ミレーヌは生唾を少しのみ込む。
 それを見透かしたかのように、ジャックが素早くミレーヌに突っ込んできた。
 冷静に右に避けるミレーヌはカウンターを叩き込もうとするが、既にジャックはそこにいない。慌てて少し飛び上がり後方に下がる。
 それを見たジャックはミレーヌに声を掛けた。

「なかなかやりますな。ではこれはどうですか」

 ジャックが構えを改める。ミレーヌは冷静にその姿を観察するが、打ち込む隙が見当たらず、下手に手を出すと反撃を食らうと判断し、防御の構えを取った。
 すると凄まじい斬撃がミレーヌを突然襲ってきた。かろうじて剣で受けるもその重さに手がしびれる。しかし剣は離さない。
 数度の打ち合いで、すべて受け止めるも、反撃するタイミングが全くない。これがやはり技量の差かと痛感するミレーヌ。
 ついに、八度目の打ち合いで、ミレーヌは剣を落としてしまった。

「はあ、はあ……。やっぱり強いわね。ジャックは」
「いえいえ、ミレーヌ様も一年という短い期間でここまで技量が備わっているとは思いもよりませんでした。最初の一撃で終わりにするところを避けられたのは私も驚きです」

 騎士団長は、感嘆の言葉を(あるじ)に伝えた。

「そうはいっても、貴方(あなた)には勝てないじゃない」
「いえ、私が勝てるのはミレーヌ様と決定的な違いがあるからです」
「それは、何?」
「私は、今まで数多の人を(あや)めてきました。しかし、ミレーヌ様は人を殺したことはありません。たとえ技量が向上しても、この差は縮まりません」

 ミレーヌのアイスブルーの瞳が見開いた。暫し思考に浸り、先ほどまで木剣の打ち合う音を奏でていた練習場に沈黙が訪れる。しばし時が流れたのち、公爵令嬢は、唐突に声をかけた。

「ジャック、今度お願いがあるの。いいかしら?」