公開処刑後、公爵領内の街や村、さらに村落に徴収官の処刑した旨の張り紙が、目立つ場所に掲示された。そして、行商人などが領都での公開処刑の顛末を絵に描いたかのように説明し、それを聞いた人々は、若き公爵家当主の公正さを讃える。こうして公開処刑からわずか二週間たらずで、公爵領都内の住民の間で、公爵令嬢を支持する風潮が広まっていった。今後、公爵家の(まつりごと)が変わっていくと期待した人々は、普段、あまり立ち寄らない行商人が、なぜ今になって来たのかなど、全く気にかけなかった。

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 王太子から婚約破棄を告げられてから二年が過ぎた。ミレーヌは誕生日を迎え、十八歳になった。
 過度な祝い事を嫌うミレーヌであったが、リナが勝手に話を進めてしまい、レベッカも昨年看病で祝えなかった負い目からか、張り切って準備を進めているようだった。施政者として止めるわけにもいかず、領内全域での祝いは禁止するも、内輪の祝いを受け入れざるを得ない。

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 公爵家の大広間には、主だった者たちが集まった。立食形式のパーティーが始まる。フィデールは警護のためミレーヌの傍から離れない。さすがに息苦しいので、都度、料理や飲み物を取ってくるように命じるが、予想以上に早く帰ってくるのでミレーヌは諦めた。
 弟のシリルがミレーヌにお祝いのプレゼントを渡す。さすがに無表情で受け取るわけにはいかず、笑みを見せてシリルに抱き着くミレーヌ。
 そして、レベッカ、ジャックなど部下たちから次々とお祝いの言葉を受け取るミレーヌ。

 完璧な応対をする中、ミレーヌは、違和感を覚える
 前世では、父は、自身への暴力が露見し捕まった。その後、離婚した母はシングルマザーとして働き詰めで、ろくに誕生日を祝ってもらった覚えがない。学校生活も不登校がちで友達は皆無。大学時代も人が嫌いで本が友人だった。社会人は男性社会の壁に阻まれ続け、友と呼べるものは誰一人いなかった。
 そんなミレーヌに、今まで味わったことのない感情が沸き上がる。

(いけない。この者たちは駒。私が能力に見合う立場を与えた。その立場を手放さないために私を祝っている可能性もある。そもそも、彼らは私の道具。私は彼らの統治者。それ以上でも以下でもない。このような感情は、私を弱くするだけだ)

 内面の動揺がわずかに表情に現れたミレーヌに、リナが声をかけた。

「アンタも年に一度の誕生日にそんなしけた顔すんな。来年も祝ってもらえると思ってるのか? アンタの進む道はそんなに緩い道じゃないだろ」

 リナの指摘に微かに動揺する。確かに彼女の進む道は覇道だった。その道はあまりにも苛烈で、積み重ねるほどに反発や抵抗は強まる。
 覇道を一歩でも踏み外せば、待っているのは死のみであることを、ミレーヌは十分に承知していた。

「だから、もっと笑えよ。いつもむっつりした顔してんだから」

 確かに来年の今は笑っていられるのだろうか? 今までは比較的計画通りに進んでいる。しかしマチュー侯爵のように、いつ自分の覇道を妨げる強敵に出会うか分からない。しかも、マチューの排除は、何かの役に立つかもと事前にラッセルを確保を指示したことが結果的に奏功したに過ぎない。
 今だけはリナの言うとおり従うべきか。だが、他人に、そんな気を遣う必要はない。揺れ動く心理。

「また余計な事、考えただろ?」
「......」
「今日くらい、にこやかな表情しろよ。来年も笑えるようにな」
「そ、そうね」

 リナの唐突な言葉に思わず、ミレーヌは少しだけ笑みを浮かべた。その表情は、普段の彼女からは想像できないほど柔らかいものだった。