中に入ると、そこにはわたしたちと同じ年頃の女の子がいた。
他に誰もいないから、個室みたいだ。
きっと、ベッドの上の彼女が、今回の担当なんだろう。
整った顔立ち。大きく潤んだ瞳。
その上で洗練された長く柔らかそうな髪。
とにかくかわいくて、振る舞いの一つ一つが抜け目なく見える。
「初めまして、俺は死神だ」
開口一番、矢坂くんは言った。
「あとわずかで、君の命は尽きる。俺たちの役目は、君の残された時間を一緒に過ごし、悔いなく逝けるようにすることだ」
「はあ……?」
矢坂くんの突拍子のない死の告知。
当然、相手の女の子は目を白黒させた。
「いきなり入ってきて、なに言っているのよ! ふざけるのもいい加減にして!」
突如として放たれた言葉に、女の子は明らかに取り乱していた。
改めて考えてみると、わたしの場合は突然、矢坂くんが姿を現したから信じるに至ったわけで……。
面会に来た同じ年頃のわたしたちが突然、死神だと名乗っても、すぐには信じられないだろう。
「あの、あなたが双葉あずささん?」
わたしはおずおずと彼女に声をかけた。
「そうだけど……。あなたたち、誰?」
「わたしはその……まだまだ、未熟ではありますが、これでも一応、死神の弟子です!」
不信感を抱く双葉さんに、わたしは簡潔に自己紹介した。
その途端、双葉さんは露骨にわたしたちを警戒する。
「死神の弟子? あなたが?」
「うん。この男の子は本当に死神です。名前は矢坂浩二くん。わたしは彼の弟子の死神見習いの桃原晴花です」
わたしの答えに、双葉さんは面喰ったように言葉に詰まった。
「なにそれ? あなたたち、頭おかしいんじゃないの?」
確かにそうかもしれない。
自分は死神だ、なんて言われたら、普通は頭おかしいんじゃないか、と思うだろう。
「双葉さんは、お薬アレルギーだったよね?」
「……っ。どうして知っているのよ?」
「死神の情報網をあまくみないでください。この病院でお薬の代わりに出ているヘルスイーツ、実は矢坂くんが作っているんですよ!」
ふふんと、わたしは胸を張る。
それを見た双葉さんは呆れ顔でつぶやいた。
「……あなたが作ったわけじゃないんでしょう」
「そうだけど、これからうまく作れるようになるんです!」
わたしは得意げに、スマホのカメラ機能で撮った『パウンドケーキの失敗作の山』を見せる。
「なにこれ?」
とんでもない代物を見たかのように、双葉さんはまじまじとわたしを見つめた。
「ほら、『失敗はおいしいお菓子のもと』って言うじゃないですか!」
「それ、本当は『失敗は成功のもと』だよね」
自信満々にドヤ顔するわたしに、双葉さんは思わず吹き出した。
「ふええ……!」
「あなたたち、変な人ね」
わたしが唖然として固まっていると、双葉さんはくすくすとおかしそうに笑った。
先程までのピリピリした空気が緩んでいく。
ふわりと穏やかな空気が流れる。
そんな中、矢坂くんは改めて告げた。
「さっき、話したとおり、君の命はもうすぐ尽きる」
「いつ、死ぬの?」
「一ヶ月後」
矢坂くんは心苦しそうに告げる。
対して、双葉さんはふーんとうなずいた。
「――つまり、私は一ヶ月後に死ぬってわけね。本当にもうすぐなんだね」
矢坂くんの宣告を聞いても、双葉さんはどこまでも落ち着いていた。
慌てふためいたり、わめき散らすこともなく。
双葉さんは冷静そのものだった。
「驚かないんですか?」
「……担当の先生から、余命宣告を受けていたから。その時は半年後だったから、ずいぶん早まったのね」
わたしの疑問に、双葉さんは思い出すようにつぶやいた。
先日、看護婦さんに呼ばれ、双葉さんの家族とともに診察室に入った後。
双葉さんは、担当の先生から検査結果に関する複雑な説明をされた。
そして、その後で余命を宣告されたという。
余命宣告――。
わたしも以前、担当の先生からそれを告げられた。
矢坂くんに出会うまでは塞ぎ込んで、自暴自棄になっていた。
何もかも無理だと諦めていた。
心を殺して生きてきた。
だけど、矢坂くんと出会ってすべてが変わった。
そのことを伝えるべきか迷ったけど、矢坂くんから口止めされていることを思い出す。
わたしは、矢坂くんが救ってくれたおかげで死の運命を回避した。
死が迫っている人間の命を、死神が救うことは、本来なら許されない行為だ。
だからこそ、死の運命を変えた場合、その人間の記憶を消さないといけない。
でも、矢坂くんの計らいで、わたしは記憶が残ったままだ。
だから、もしここで、『わたしの死の運命』を変えたことをうかつに口にしてしまうと、そのことが噂として広まってしまうかもしれない。
そして一度、噂が立ってしまえば、収拾がつかなくなるだろう。
そうなれば、矢坂くんは記憶を消さないといけなくなる。
わたしを含めて――。
わたし、もう二度と、矢坂くんのことを忘れたくない。
胸の辺りがきりきりと痛むのを感じる。
明日になれば、また、矢坂くんに会えるかもしれない。
でも、絶対という保証はどこにもない。
だから――。
あの出来事を伝えるわけにはいかない。
だから、わたしは双葉さんを救うために、別のことをしていくしかない。
双葉さんにとっての最善の形を求めて。
それはどうしようもない、懇願にも近い、止めどない想いとして。
わたしの中から、こんこんと溢れ続けている。
『桃原。おまえの中には光が宿っている。その光は、死をまとう人間の氷を溶かすものだ』
矢坂くんからもらったその言葉を心の支えにしながら。
わたしは必死に考えながら訴えた。
「双葉さんは何か、やりたいことってある?」
「やりたいこと……?」
双葉さんはきょとんと目を瞬かせる。
「お願い! お願い事を教えて! 双葉さんには、最後まで後悔のない選択をしてほしい。助けが必要なら、わたしたちが手を貸すから!」
わたしは全力で思いの丈をぶつけた。
だって、知っている。
想いが宿る願いは、それだけで希望が強まることを。
――沈黙があった。
張りつめているようで間延びしているような沈黙。
心が揺れているようで微動だにしない沈黙。
やがて、双葉さんは観念したように深い息を吐いた。
「いつまで私、こんな終わりのない闇の中で、強がっているんだろう……。本当は助けてほしいのに……」
震えた声が飛び出す。
強がり続ける、自分の弱いところを見てくれる人を待っていたように。
「私はいつだって、逃げてばかりだった。傷つくことが怖くて、そのせいでいつも大切なものを見失う……」
双葉さんは、まるで後悔の痛みに耐えるようにうつむいていた。
他に誰もいないから、個室みたいだ。
きっと、ベッドの上の彼女が、今回の担当なんだろう。
整った顔立ち。大きく潤んだ瞳。
その上で洗練された長く柔らかそうな髪。
とにかくかわいくて、振る舞いの一つ一つが抜け目なく見える。
「初めまして、俺は死神だ」
開口一番、矢坂くんは言った。
「あとわずかで、君の命は尽きる。俺たちの役目は、君の残された時間を一緒に過ごし、悔いなく逝けるようにすることだ」
「はあ……?」
矢坂くんの突拍子のない死の告知。
当然、相手の女の子は目を白黒させた。
「いきなり入ってきて、なに言っているのよ! ふざけるのもいい加減にして!」
突如として放たれた言葉に、女の子は明らかに取り乱していた。
改めて考えてみると、わたしの場合は突然、矢坂くんが姿を現したから信じるに至ったわけで……。
面会に来た同じ年頃のわたしたちが突然、死神だと名乗っても、すぐには信じられないだろう。
「あの、あなたが双葉あずささん?」
わたしはおずおずと彼女に声をかけた。
「そうだけど……。あなたたち、誰?」
「わたしはその……まだまだ、未熟ではありますが、これでも一応、死神の弟子です!」
不信感を抱く双葉さんに、わたしは簡潔に自己紹介した。
その途端、双葉さんは露骨にわたしたちを警戒する。
「死神の弟子? あなたが?」
「うん。この男の子は本当に死神です。名前は矢坂浩二くん。わたしは彼の弟子の死神見習いの桃原晴花です」
わたしの答えに、双葉さんは面喰ったように言葉に詰まった。
「なにそれ? あなたたち、頭おかしいんじゃないの?」
確かにそうかもしれない。
自分は死神だ、なんて言われたら、普通は頭おかしいんじゃないか、と思うだろう。
「双葉さんは、お薬アレルギーだったよね?」
「……っ。どうして知っているのよ?」
「死神の情報網をあまくみないでください。この病院でお薬の代わりに出ているヘルスイーツ、実は矢坂くんが作っているんですよ!」
ふふんと、わたしは胸を張る。
それを見た双葉さんは呆れ顔でつぶやいた。
「……あなたが作ったわけじゃないんでしょう」
「そうだけど、これからうまく作れるようになるんです!」
わたしは得意げに、スマホのカメラ機能で撮った『パウンドケーキの失敗作の山』を見せる。
「なにこれ?」
とんでもない代物を見たかのように、双葉さんはまじまじとわたしを見つめた。
「ほら、『失敗はおいしいお菓子のもと』って言うじゃないですか!」
「それ、本当は『失敗は成功のもと』だよね」
自信満々にドヤ顔するわたしに、双葉さんは思わず吹き出した。
「ふええ……!」
「あなたたち、変な人ね」
わたしが唖然として固まっていると、双葉さんはくすくすとおかしそうに笑った。
先程までのピリピリした空気が緩んでいく。
ふわりと穏やかな空気が流れる。
そんな中、矢坂くんは改めて告げた。
「さっき、話したとおり、君の命はもうすぐ尽きる」
「いつ、死ぬの?」
「一ヶ月後」
矢坂くんは心苦しそうに告げる。
対して、双葉さんはふーんとうなずいた。
「――つまり、私は一ヶ月後に死ぬってわけね。本当にもうすぐなんだね」
矢坂くんの宣告を聞いても、双葉さんはどこまでも落ち着いていた。
慌てふためいたり、わめき散らすこともなく。
双葉さんは冷静そのものだった。
「驚かないんですか?」
「……担当の先生から、余命宣告を受けていたから。その時は半年後だったから、ずいぶん早まったのね」
わたしの疑問に、双葉さんは思い出すようにつぶやいた。
先日、看護婦さんに呼ばれ、双葉さんの家族とともに診察室に入った後。
双葉さんは、担当の先生から検査結果に関する複雑な説明をされた。
そして、その後で余命を宣告されたという。
余命宣告――。
わたしも以前、担当の先生からそれを告げられた。
矢坂くんに出会うまでは塞ぎ込んで、自暴自棄になっていた。
何もかも無理だと諦めていた。
心を殺して生きてきた。
だけど、矢坂くんと出会ってすべてが変わった。
そのことを伝えるべきか迷ったけど、矢坂くんから口止めされていることを思い出す。
わたしは、矢坂くんが救ってくれたおかげで死の運命を回避した。
死が迫っている人間の命を、死神が救うことは、本来なら許されない行為だ。
だからこそ、死の運命を変えた場合、その人間の記憶を消さないといけない。
でも、矢坂くんの計らいで、わたしは記憶が残ったままだ。
だから、もしここで、『わたしの死の運命』を変えたことをうかつに口にしてしまうと、そのことが噂として広まってしまうかもしれない。
そして一度、噂が立ってしまえば、収拾がつかなくなるだろう。
そうなれば、矢坂くんは記憶を消さないといけなくなる。
わたしを含めて――。
わたし、もう二度と、矢坂くんのことを忘れたくない。
胸の辺りがきりきりと痛むのを感じる。
明日になれば、また、矢坂くんに会えるかもしれない。
でも、絶対という保証はどこにもない。
だから――。
あの出来事を伝えるわけにはいかない。
だから、わたしは双葉さんを救うために、別のことをしていくしかない。
双葉さんにとっての最善の形を求めて。
それはどうしようもない、懇願にも近い、止めどない想いとして。
わたしの中から、こんこんと溢れ続けている。
『桃原。おまえの中には光が宿っている。その光は、死をまとう人間の氷を溶かすものだ』
矢坂くんからもらったその言葉を心の支えにしながら。
わたしは必死に考えながら訴えた。
「双葉さんは何か、やりたいことってある?」
「やりたいこと……?」
双葉さんはきょとんと目を瞬かせる。
「お願い! お願い事を教えて! 双葉さんには、最後まで後悔のない選択をしてほしい。助けが必要なら、わたしたちが手を貸すから!」
わたしは全力で思いの丈をぶつけた。
だって、知っている。
想いが宿る願いは、それだけで希望が強まることを。
――沈黙があった。
張りつめているようで間延びしているような沈黙。
心が揺れているようで微動だにしない沈黙。
やがて、双葉さんは観念したように深い息を吐いた。
「いつまで私、こんな終わりのない闇の中で、強がっているんだろう……。本当は助けてほしいのに……」
震えた声が飛び出す。
強がり続ける、自分の弱いところを見てくれる人を待っていたように。
「私はいつだって、逃げてばかりだった。傷つくことが怖くて、そのせいでいつも大切なものを見失う……」
双葉さんは、まるで後悔の痛みに耐えるようにうつむいていた。



