正直、不思議な机は便利だと思う。
机で移動すれば、遠い場所でも一瞬だ。
「よし、今日送る分はだいたい送り届けたし、今度は死神の仕事だな。桃原、サポート、頼むな」
いろいろと考え事をしていると、程なくして、矢坂くんから問いかけるような瞳を向けられた。
「死神の仕事って、どんな感じなのかな?」
「死神の役目は生死の審査、そして残された時間を一緒に過ごし、悔いなく逝けるようにすることだ」
初仕事で緊張するわたしに反して、矢坂くんの声はあくまでも平温だった。
「まあ、桃原の時のように、生きる原動力になるように手助けすることもあるけどな。原則、死神は死が迫っている人間を、あの世に導くことが仕事だ。それが死神がすることの最適解」
物静かなその言い方は、どこかつらそうに感じた。
触れたら、壊れそうな危うい感じがした。
「運命というものがある。定めが来たから、死をまとうんだ」
矢坂くんは死神として、多くの人間の死を見てきている。
死が迫っている人間の命を救うことは、本来なら許されない行為だ。
だからこそ、死の運命を変えた場合、その人間の記憶を消さないといけない。
「死をまとった人間が、残された……かけがえのない時間を悔いなく過ごすために。俺たちは、俺たちしかできないことをしていくしかない」
一瞬、時が止まったような気がした。
「……たとえ、死神でもできないことはあるからな」
矢坂くんが妙に寂しそうな口調で言ったから。
「ふええ……。わ、わたしにできることはあるかな………?」
わたしの戸惑いを察したのか、矢坂くんは念押しするように言った。
「人間を現世に繋ぎ止めるのは執着だ。生まれてきて死んでいく過程には、得たものと得られなかったものがある」
矢坂くんはつぶやくように言葉を紡ぐ。
繊細な声なのに何故か、はっきりと耳にすることができた。
「桃原。おまえの中には光が宿っている。その光は、死をまとう人間の氷を溶かすものだ」
その言葉はふんわりと優しかった。
温かい……。
矢坂くんに太鼓判押してもらったら、すごく安心する。
「矢坂くんのお墨付きなら心強いね」
「桃原、ありがとうな。これからよろしくな」
そう言った矢坂くんはどこか嬉しそうだった。
もしかしたら、今まで一人でこなしていた死神の仕事のバディができたからかもしれない。
ただの思い過ごしかもしれないけれど……。
*
この町は、それなりに大きく、それなりにたくさんの人たちが住んでいる。
そして、この町には何人かの死神と死神見習いがいる。
その中でも、死神パティシエとして名を馳せている矢坂くん。
そしてその弟子、矢坂くんに命を救ってもらった死神見習いのわたしである。
わたしたちは不思議な机で町一番、大きな病院の前に移動していた。
「ねえ、矢坂くん」
「ん?」
「どうして、病室に移動しないの?」
そのことに対して、不思議に思ったわたしは疑問を投げかける。
わたしの場合、矢坂くんは病室にいる時に姿を現した。
それなのに、今回は何故か、面会という形で担当の患者と会おうしていたからだ。
「桃原が張り切っているのは分かる。だけど、いきなり、患者と会ったら、桃原はテンパるかもしれないだろう」
「……ううっ、確かに」
矢坂くんのもっともな言い分に、わたしは口ごもった。
絶対にテンパる。
まさにそのとおりなので、言い返せない。
これから見ず知らずの人に初めて会うと思うと、かなり緊張する。
ましてその相手が、余命わずかで入院しているということを聞けば、なおさらだ。
わたしは動揺しつつも、矢坂くんの後に続く形で自動ドアをくぐった。
「こんにちは」
「浩二くん、こんにちは」
受付で、矢坂くんが用件を伝えると、すんなりと病室を教えてもらえた。
どうやら、矢坂くんは、この病院の人たちと顔なじみのようだ。
「あら? あなたは?」
「あ、初めまして」
戸惑う受付の女の人に、わたしはぺこりと頭を下げる。
そして、勇気をふりしぼって言った。
「矢坂くんと同じクラスの桃原晴花といいます」
「そうなのね」
何だか、和やかな空気がロビーに立ち込める。
妙に気恥ずかしい。
死神は……死を司る不吉な存在。
病院という場にあまり不似合いな、人を死へと誘う存在。
だけど、誰も、矢坂くんが死神だとは気づいていない。
矢坂くんは友達の面会という形で、どんどん病院内を歩いていく。
その後をついていくうちに、緊張が増してきた。
いよいよ、これから死神の仕事をすることになる。
わたしなんかが、矢坂くんのサポートをできるかな……。
ぐっと拳を握りしめ、矢坂くんの背中を見る。
わたしにとって、病院は深い悲しみを連想させて心に揺さぶりをかけてくる場所だった。
どうせと悲観するのも当然、無理と自嘲するのも簡単で、そのまま流されてしまいそうになる。
それでも……。
弱気になっても仕方ないよね。
わたしにもできることがあるはず。
弱音を吐きたかったわけでもない。
現実から逃げたかったわけでもない。
ただ変わらず、そこに居ていいんだと言ってほしかった。
自分は誰かに必要とされていると思いたかった。
「……矢坂くんは、わたしを認めてくれた。だから、逃げない!」
ずっと諦めるばかりだった答えを、ようやく探し求めることができそうな気がする。
恐れを飲み込み、わたしは矢坂くんの後をついていく。
今回、担当する人の話を、事前に聞いていたので、これから会う人のことは把握していた。
「双葉あずささん。お父さんとお母さんと、わたしたちと同じ高校に通っている高校一年生の妹さんがいる」
矢坂くんから聞いていた内容を、わたしは改めて、小声で復唱する。
受付で教えてもらったとおりに、エレベーターで五階を目指した。
そして、廊下を歩き、病室の前にたどり着く。
机で移動すれば、遠い場所でも一瞬だ。
「よし、今日送る分はだいたい送り届けたし、今度は死神の仕事だな。桃原、サポート、頼むな」
いろいろと考え事をしていると、程なくして、矢坂くんから問いかけるような瞳を向けられた。
「死神の仕事って、どんな感じなのかな?」
「死神の役目は生死の審査、そして残された時間を一緒に過ごし、悔いなく逝けるようにすることだ」
初仕事で緊張するわたしに反して、矢坂くんの声はあくまでも平温だった。
「まあ、桃原の時のように、生きる原動力になるように手助けすることもあるけどな。原則、死神は死が迫っている人間を、あの世に導くことが仕事だ。それが死神がすることの最適解」
物静かなその言い方は、どこかつらそうに感じた。
触れたら、壊れそうな危うい感じがした。
「運命というものがある。定めが来たから、死をまとうんだ」
矢坂くんは死神として、多くの人間の死を見てきている。
死が迫っている人間の命を救うことは、本来なら許されない行為だ。
だからこそ、死の運命を変えた場合、その人間の記憶を消さないといけない。
「死をまとった人間が、残された……かけがえのない時間を悔いなく過ごすために。俺たちは、俺たちしかできないことをしていくしかない」
一瞬、時が止まったような気がした。
「……たとえ、死神でもできないことはあるからな」
矢坂くんが妙に寂しそうな口調で言ったから。
「ふええ……。わ、わたしにできることはあるかな………?」
わたしの戸惑いを察したのか、矢坂くんは念押しするように言った。
「人間を現世に繋ぎ止めるのは執着だ。生まれてきて死んでいく過程には、得たものと得られなかったものがある」
矢坂くんはつぶやくように言葉を紡ぐ。
繊細な声なのに何故か、はっきりと耳にすることができた。
「桃原。おまえの中には光が宿っている。その光は、死をまとう人間の氷を溶かすものだ」
その言葉はふんわりと優しかった。
温かい……。
矢坂くんに太鼓判押してもらったら、すごく安心する。
「矢坂くんのお墨付きなら心強いね」
「桃原、ありがとうな。これからよろしくな」
そう言った矢坂くんはどこか嬉しそうだった。
もしかしたら、今まで一人でこなしていた死神の仕事のバディができたからかもしれない。
ただの思い過ごしかもしれないけれど……。
*
この町は、それなりに大きく、それなりにたくさんの人たちが住んでいる。
そして、この町には何人かの死神と死神見習いがいる。
その中でも、死神パティシエとして名を馳せている矢坂くん。
そしてその弟子、矢坂くんに命を救ってもらった死神見習いのわたしである。
わたしたちは不思議な机で町一番、大きな病院の前に移動していた。
「ねえ、矢坂くん」
「ん?」
「どうして、病室に移動しないの?」
そのことに対して、不思議に思ったわたしは疑問を投げかける。
わたしの場合、矢坂くんは病室にいる時に姿を現した。
それなのに、今回は何故か、面会という形で担当の患者と会おうしていたからだ。
「桃原が張り切っているのは分かる。だけど、いきなり、患者と会ったら、桃原はテンパるかもしれないだろう」
「……ううっ、確かに」
矢坂くんのもっともな言い分に、わたしは口ごもった。
絶対にテンパる。
まさにそのとおりなので、言い返せない。
これから見ず知らずの人に初めて会うと思うと、かなり緊張する。
ましてその相手が、余命わずかで入院しているということを聞けば、なおさらだ。
わたしは動揺しつつも、矢坂くんの後に続く形で自動ドアをくぐった。
「こんにちは」
「浩二くん、こんにちは」
受付で、矢坂くんが用件を伝えると、すんなりと病室を教えてもらえた。
どうやら、矢坂くんは、この病院の人たちと顔なじみのようだ。
「あら? あなたは?」
「あ、初めまして」
戸惑う受付の女の人に、わたしはぺこりと頭を下げる。
そして、勇気をふりしぼって言った。
「矢坂くんと同じクラスの桃原晴花といいます」
「そうなのね」
何だか、和やかな空気がロビーに立ち込める。
妙に気恥ずかしい。
死神は……死を司る不吉な存在。
病院という場にあまり不似合いな、人を死へと誘う存在。
だけど、誰も、矢坂くんが死神だとは気づいていない。
矢坂くんは友達の面会という形で、どんどん病院内を歩いていく。
その後をついていくうちに、緊張が増してきた。
いよいよ、これから死神の仕事をすることになる。
わたしなんかが、矢坂くんのサポートをできるかな……。
ぐっと拳を握りしめ、矢坂くんの背中を見る。
わたしにとって、病院は深い悲しみを連想させて心に揺さぶりをかけてくる場所だった。
どうせと悲観するのも当然、無理と自嘲するのも簡単で、そのまま流されてしまいそうになる。
それでも……。
弱気になっても仕方ないよね。
わたしにもできることがあるはず。
弱音を吐きたかったわけでもない。
現実から逃げたかったわけでもない。
ただ変わらず、そこに居ていいんだと言ってほしかった。
自分は誰かに必要とされていると思いたかった。
「……矢坂くんは、わたしを認めてくれた。だから、逃げない!」
ずっと諦めるばかりだった答えを、ようやく探し求めることができそうな気がする。
恐れを飲み込み、わたしは矢坂くんの後をついていく。
今回、担当する人の話を、事前に聞いていたので、これから会う人のことは把握していた。
「双葉あずささん。お父さんとお母さんと、わたしたちと同じ高校に通っている高校一年生の妹さんがいる」
矢坂くんから聞いていた内容を、わたしは改めて、小声で復唱する。
受付で教えてもらったとおりに、エレベーターで五階を目指した。
そして、廊下を歩き、病室の前にたどり着く。



