死神パティシエは、生活に欠かせない『ヘルスイーツ』を作れる能力を持っている。
それに死神の力を駆使すれば、時間を止めることができるお菓子や、瞬間移動できるお菓子などのすごいお菓子も作れるようになる。
お菓子を食べたら、病気が回復したり、不思議な現象が起こる。
きっと驚いたり、戸惑ったりすることもあるかもしれないけど、それすらもわたしたちの笑顔の種になるだろう。

「桃原。おまえには俺の死神の仕事のサポートと、ヘルスイーツ作りの手伝いをしてもらうな」

矢坂くんはそう言って、髪をさらりと揺らした。
それはただ事実を述べただけ。
しかし、その説明は、わたしには額面以上の重みがあった。

「これで心置きなく満喫できる。新しい生活を……。死神の仕事の一つである」

わたしは部室をきょろきょろと見回す。
大きなオーブンとキッチンと電子レンジ。
そして、調理道具などが置かれた棚が、部室の大部分を占めている。
奥には長い机とイスが四つ。
窓からまぶしいほどの光が差し込んでいて、部室を陽の光で染めている。
まさに、小さな『パティシエの工房』のようだった。

「甘いものいっぱいライフを!」

歓喜に湧いたわたしは、うずうずと目の前のキッチンを見つめる。
そんなわたしの様子に気づいた矢坂くんは言った。

「桃原。試しにヘルスイーツ、作ってみるか?」
「うん、作りたい……!」

ああ……、死神パティシエ様々。
矢坂くんの優しくて慈悲深い言葉は一生、忘れない。
矢坂くんからヘルスイーツの作り方の説明を受けた後――。

「バターを泡立て器で混ぜて~、砂糖も入れて~、クリーム状になるまで、しゃかしゃかと混ぜて~」

わたしは早速、下準備を整えた後、目の前のボウルをぐるぐるとかき混ぜる。
さらに作業工程を進めて、手早くオーブンに入れた。

「ん~! これでよしっと!」

陽の光に照らされた部室。
わたしは清々しい気持ちで元気よく伸びをした。
窓の向こう――清々しいような青空の向こうには、大きな病院が見える。

「桃原」

背後から声がして、わたしは勢いよく振り返る。
そこには、矢坂くんが立っていた。

「今にも爆発しそうだ」
「えっ? うそ!?」

わたしは慌てて、オーブンをのぞき込む。
大きなオーブンの中では、生地がぐらぐらと踊っていた。
もし気を抜けば、爆発してしまいそうなほどの勢いだ。

「爆発したら、しばらくの間、部室には入れなくなりそうだね」
「……それは勘弁しろよ」
「ふええ……」

矢坂くんがため息まじりに言うと、わたしは目元の涙を指で拭った。
わたしは一つ息を吐き、呼吸を整える。

「じゃあ、このまま、パウンドケーキの最後の仕上げをしちゃおうか」
「そうだな」

パウンドケーキが完成した瞬間を思い起こせば、わたしは自然と頬が緩んでしまう。
そしてまた、これから訪れるかもしれない楽しい時間を早くも想像して笑顔を咲かせた。
パウンドケーキの後はクッキー。
それにマフィンにゼリーなど。
わたしの頭の中は、すっかりヘルスイーツで埋め尽くされ始めていた。

「そういえば今、作っているパウンドケーキケーキは、どんな効果になるの?」
「いわゆる風邪薬。熱を下げたり、咳を止めたり、喉の痛みを和らげてくれる効果がある。それに風邪の予防の効果もあるんだ」

矢坂くんの説明に、わたしは納得したように手をぽんっと叩いた。

「つまり、インフルエンザなどの予防接種もかねているんだ。お菓子を食べるだけで、病気を治したり、予防できるようになるなんてすごいね」
「ああ。ヘルスイーツって、すげえよな」

矢坂くんがわくわくと楽しそうに、瞳をきらきらさせて拳を握りしめる。
そういった彼のひとつひとつの動作に、どうしようもなく、胸が高鳴ってしまう。

「まあ、桃原の場合、まずはヘルスイーツを完成させることが先決だな」
「ふええ……肝に免じます」

彼が熱いまなざしを注いでいるのは、わたしが作ったパウンドケーキの失敗作の山。
めちゃくちゃ固いケーキに、色が変色して真っ黒なケーキ、形がヘンテコなケーキ。
いろんなパウンドケーキの失敗作が、大きなお皿に山盛りになっていた。

「ヘルスイーツって、作るの難しいんだね……」
「慣れれば、そのうち、作れるようになるって!」

そう言って、矢坂くんは苦笑する。
そして手際よく、オーブンで焼けたパウンドケーキを取り出した。
すとんと落とし、蒸気抜きなどをしてから、お皿に乗せる。

「うわあっ、すごくおいしそう!」

その出来映えに、わたしは目を輝かせた。

「食べてもいいぞ」
「えっ! 食べてもいいの!」

食いつくような勢いで返事してしまって、矢坂くんが目を瞬かせる。
我に返って恥ずかしくて堪らなくなったけれど、それよりも今は食べてみたい。
わたしは早速、パウンドケーキをつまんでいく。
一口かじれば、とろけるような食感。
しかも、中に詰まった幸せな甘さがふわりと口に広がる。

「ふええ、ふわふわ生地ととってもおいしいクリームが合わさって、口の中が幸せ!」

紅茶を飲みつつ、思う存分、お菓子ライフを楽しむ。

「お菓子は正義~! お菓子は世界を救う~!」
「……大げさだな」

ううん、そんなことはない。
矢坂くんの作ったパウンドケーキは超絶品。
一口食べると、悩み事なんて吹き飛んでしまうくらい。

「幸せ。こんなに嬉しいことが、ここにはたくさんある」

矢坂くんと出会ってから、モノクロだった世界が一気に色づいていった。
たとえ、矢坂くんがそばにいなくても、想っているだけで心が晴れる。
矢坂くんのことを好きになってから、幸せに満ち溢れていた。
退屈だった毎日は、恋をしてから一変していた。

「よし、今日の分のパウンドケーキは完成した。まずは薬局に届けるか」

矢坂くんは不思議な模様が描かれた机の上に、いくつかのパウンドケーキが入った袋を置いた。
普通のパウンドケーキだと痛みやすく、約一週間ほどしか持たない。
だけど、ヘルスイーツは、薬と同じくらい日持ちする。
薬の使用期限並みに、消費期限が長い。

「薬局に発送!」

矢坂くんが机に触れてそう叫ぶと、机の上にあった袋はすっーと消えてしまった。

「なにそれ!?」

不思議な現象を目の当たりにしたわたしは思わず、目を瞬かせる。

「この机は、人やものをいろんな場所に送り届けることができるんだ」
「そうなんだ……!」

矢坂くんの説明に、わたしは両手を合わせて、ぱあっと目を輝かせた。

「余命が近い人間のもとに行ったり、ヘルスイーツをいろいろな薬局に送るのは大変だろう。この机を使えば、一瞬だ。それに一度、その場所に行けば、帰りも一瞬で、この机のもとに戻れるしな」
「すごーい!」

わたしはガッツポーズして大絶賛。
先程のヘルスイーツ作りと同じテンションで舞い上がってしまう。
死神である矢坂くんの弟子になってから、見るものすべてが輝いてみえた。