*
みんなの願い事を『ヴァルト・メゾン・ショコラ』に託した数日後。
わたしたちは降りしきる雨の中、学校の近くの市民ホールへと足を運んでいた。
入ってすぐに展示室へ向かう。
「ふええ……」
展示室を埋め尽くすように、人が溢れていて思わず息を呑む。
「すげえな!」
藤谷くんはそれが新鮮だと言わんばかりに、辺りを見回している。
お菓子写真部と写真部の合同で開催された『ヘルスイーツ写真展』は、思っていた以上に大盛況だった。
「桃原、行こう」
「うん」
矢坂くんの一声にゆっくりとうなずきながら、飾られている写真を一枚ずつ見て回る。
パウンドケーキ、バームクーヘン、クレープロール、様々なヘルスイーツの写真が展示されている。
さらに奥に進むと、そこにはヘルスイーツの最高峰、『ヴァルト・メゾン・ショコラ』の写真もあった。
「結局、誰も救うことはできなかったな」
それを見た藤谷くんは少し、声のトーンを落とす。
「でも、みんなの死の運命を先延ばしにすることができた。俺たちの願いは、確かにこの世界に息づいているんだよな」
その声に、後ろめたさはなかった。
藤谷くんはむしろ、晴れやかな表情さえ浮かべている。
あの日、わたしたちが託した願い事は、どの運命も変えられなかった。
お父さんの死の運命を回避することも。
双葉さんを救うことも。
良夜くんを救うことも。
霧也くんを救うことも、何も変えられなかった。
叶ったのは小さな奇跡だけ。
ほとんど賭けに近かったから、当然といえば、当然かもしれない。
それでも、その小さな奇跡のおかげで、わたしたちは今、それぞれ前を向くことができている。
お父さんの死の運命は一ヶ月、先延ばしに。
双葉さんが、あの世に行くのも一ヶ月、先延ばし。
良夜くんは一ヶ月、このまま、あの世に留まることに。
生まれ変わることもできたみたいだけど、良夜くんは、藤谷くんたちのことが気になって、ずっとあの世に留まっていたらしい。
そのことを知った藤谷くんは、「絶対に生き返させてみせる」って張り切っている。
そして、霧也くんは一ヶ月の間だけど――。
「ねえ、矢坂くん」
「どうかしたのか、桃原?」
わたしが呼びかけると、矢坂くんは振り向いてくれた。
不意に思いついて、わたしは言い直す。
「霧也くん、あのね」
「どうかしたの、晴花」
霧也くんの優しい笑顔。
その面影を追いかけるように、わたしは矢坂くんの腕に飛びついてしまった。
あの日、起きた奇跡のおかげで、霧也くんは一時の間だけど、生き返ることができた。
とはいえ、余命は一ヶ月ほど。
それを過ぎれば、霧也くんは再び、消滅してしまう。
だけど、それでも矢坂くんの中に消滅したはずの霧也くんの居場所ができている。
以前のように姿は変わらないけれど、何だか、すごく嬉しい。
「ただ、矢坂くんの顔が見たくて、少しでもそばにいたくて、呼んでみたの。あと……霧也くん、久しぶりで嬉しくて」
わたしは先程の質問に、照れくさそうに答える。
矢坂くんたちの存在は、これからもわたしの心の中で特別な位置を占め続けて。
彼らとの思い出が、わたしを支え続ける。
「ありがとうな、桃原。今の……この関係も、一緒にいる時間も、霧也のおかげなのに、何だか俺ばかり、『嬉しい』をもらっているな」
そうつぶやく矢坂くんの顔は少し赤い。
自分が発する一言で、大好きな人をこんな顔させちゃうなんて思っていなかった。
どうしよう。
さっきからずっと、矢坂くんがキラキラして見える。
「ふええ……。わたしの一番は、矢坂くんだよ。すごく大事。……大好き。すごく……大切なの」
そんな突拍子のないわたしの二度目の告白に答えてくれたのは、矢坂くんじゃなかった。
「浩二、いいな……。晴花、浩二の一番も晴花だよ」
「ふ、ふええ……!?」
今、わたしを嬉しくさせている矢坂くんの想いと、ずっと心の支えだった霧也くんの告白。
その両方に触れて、もうずっと胸の音が鳴り止まない。
それでも、死神の矢坂くんと人間の霧也くん。
性格や言動に乖離がある二人には、きっと相容れないものがあるに違いないから。
何だか、不思議な気分になる。
「……えへへ、何かいいね」
矢坂くんと手をつなぐと、春のそよ風のような温もりとともに、わたしの胸の中にいろいろな感情が流れ込んでくる。
「世界で、わたしたちしか通じないこと、増えていくの、特別って感じがする」
矢坂くんと過ごす時間は、きらきらまぶしくて、また一歩、先に進める気がした。
手を繋ぎ方も、歩く速さも、今までと同じなのに、矢坂くんの気持ちが知れただけで、世界がはっきり見える気がする。
想いを結ぶのも手を繋ぐのも、決してひとりではできない。
昨日と全く同じ日にはならないように。
今日と全く同じ明日にもならないから。
矢坂くんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられると思った。
一通り、ヘルスイーツの写真を見て回った後、わたしたちはホールの外に出る。
「みんなを救うためにできること。あと一ヶ月で成し遂げられることって何だろう」
「そうだな。たとえば、上位の死神になれば、決まりごとやルールの縛りは少ないから、目の前の人をすぐに助けられるかもしれないな」
矢坂くんにそう言ってもらえたことに、嬉しさとくすぐったさを感じて、心が宙に浮かぶような気持ちになる。
みんなの願い事を『ヴァルト・メゾン・ショコラ』に託した数日後。
わたしたちは降りしきる雨の中、学校の近くの市民ホールへと足を運んでいた。
入ってすぐに展示室へ向かう。
「ふええ……」
展示室を埋め尽くすように、人が溢れていて思わず息を呑む。
「すげえな!」
藤谷くんはそれが新鮮だと言わんばかりに、辺りを見回している。
お菓子写真部と写真部の合同で開催された『ヘルスイーツ写真展』は、思っていた以上に大盛況だった。
「桃原、行こう」
「うん」
矢坂くんの一声にゆっくりとうなずきながら、飾られている写真を一枚ずつ見て回る。
パウンドケーキ、バームクーヘン、クレープロール、様々なヘルスイーツの写真が展示されている。
さらに奥に進むと、そこにはヘルスイーツの最高峰、『ヴァルト・メゾン・ショコラ』の写真もあった。
「結局、誰も救うことはできなかったな」
それを見た藤谷くんは少し、声のトーンを落とす。
「でも、みんなの死の運命を先延ばしにすることができた。俺たちの願いは、確かにこの世界に息づいているんだよな」
その声に、後ろめたさはなかった。
藤谷くんはむしろ、晴れやかな表情さえ浮かべている。
あの日、わたしたちが託した願い事は、どの運命も変えられなかった。
お父さんの死の運命を回避することも。
双葉さんを救うことも。
良夜くんを救うことも。
霧也くんを救うことも、何も変えられなかった。
叶ったのは小さな奇跡だけ。
ほとんど賭けに近かったから、当然といえば、当然かもしれない。
それでも、その小さな奇跡のおかげで、わたしたちは今、それぞれ前を向くことができている。
お父さんの死の運命は一ヶ月、先延ばしに。
双葉さんが、あの世に行くのも一ヶ月、先延ばし。
良夜くんは一ヶ月、このまま、あの世に留まることに。
生まれ変わることもできたみたいだけど、良夜くんは、藤谷くんたちのことが気になって、ずっとあの世に留まっていたらしい。
そのことを知った藤谷くんは、「絶対に生き返させてみせる」って張り切っている。
そして、霧也くんは一ヶ月の間だけど――。
「ねえ、矢坂くん」
「どうかしたのか、桃原?」
わたしが呼びかけると、矢坂くんは振り向いてくれた。
不意に思いついて、わたしは言い直す。
「霧也くん、あのね」
「どうかしたの、晴花」
霧也くんの優しい笑顔。
その面影を追いかけるように、わたしは矢坂くんの腕に飛びついてしまった。
あの日、起きた奇跡のおかげで、霧也くんは一時の間だけど、生き返ることができた。
とはいえ、余命は一ヶ月ほど。
それを過ぎれば、霧也くんは再び、消滅してしまう。
だけど、それでも矢坂くんの中に消滅したはずの霧也くんの居場所ができている。
以前のように姿は変わらないけれど、何だか、すごく嬉しい。
「ただ、矢坂くんの顔が見たくて、少しでもそばにいたくて、呼んでみたの。あと……霧也くん、久しぶりで嬉しくて」
わたしは先程の質問に、照れくさそうに答える。
矢坂くんたちの存在は、これからもわたしの心の中で特別な位置を占め続けて。
彼らとの思い出が、わたしを支え続ける。
「ありがとうな、桃原。今の……この関係も、一緒にいる時間も、霧也のおかげなのに、何だか俺ばかり、『嬉しい』をもらっているな」
そうつぶやく矢坂くんの顔は少し赤い。
自分が発する一言で、大好きな人をこんな顔させちゃうなんて思っていなかった。
どうしよう。
さっきからずっと、矢坂くんがキラキラして見える。
「ふええ……。わたしの一番は、矢坂くんだよ。すごく大事。……大好き。すごく……大切なの」
そんな突拍子のないわたしの二度目の告白に答えてくれたのは、矢坂くんじゃなかった。
「浩二、いいな……。晴花、浩二の一番も晴花だよ」
「ふ、ふええ……!?」
今、わたしを嬉しくさせている矢坂くんの想いと、ずっと心の支えだった霧也くんの告白。
その両方に触れて、もうずっと胸の音が鳴り止まない。
それでも、死神の矢坂くんと人間の霧也くん。
性格や言動に乖離がある二人には、きっと相容れないものがあるに違いないから。
何だか、不思議な気分になる。
「……えへへ、何かいいね」
矢坂くんと手をつなぐと、春のそよ風のような温もりとともに、わたしの胸の中にいろいろな感情が流れ込んでくる。
「世界で、わたしたちしか通じないこと、増えていくの、特別って感じがする」
矢坂くんと過ごす時間は、きらきらまぶしくて、また一歩、先に進める気がした。
手を繋ぎ方も、歩く速さも、今までと同じなのに、矢坂くんの気持ちが知れただけで、世界がはっきり見える気がする。
想いを結ぶのも手を繋ぐのも、決してひとりではできない。
昨日と全く同じ日にはならないように。
今日と全く同じ明日にもならないから。
矢坂くんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられると思った。
一通り、ヘルスイーツの写真を見て回った後、わたしたちはホールの外に出る。
「みんなを救うためにできること。あと一ヶ月で成し遂げられることって何だろう」
「そうだな。たとえば、上位の死神になれば、決まりごとやルールの縛りは少ないから、目の前の人をすぐに助けられるかもしれないな」
矢坂くんにそう言ってもらえたことに、嬉しさとくすぐったさを感じて、心が宙に浮かぶような気持ちになる。



