「その理由は、矢坂霧也が普通の人間ではないためだ。完全な消滅を免れているため、彼の家族だけは、その記憶が残っている」
「えっ……?」
それはあまりにも唐突な告白で、わたしは言葉を失う。
世界が息を止め、空も息を止める。
「――っ。やめろ! 言うな!」
カイリさんが何を告げようとしているのか、分かったのだろう。
矢坂くんは泡を食った様子で叫んだ。
「桃原晴花。おまえは気づいているだろう……? 矢坂霧也の半身が、誰なのかを」
「誰なのか……」
その言葉に反応して、脳裏に霧也くんの笑顔がちらついた。
『――ありがとう、最期まで。最期の後も、僕と一緒にいてくれて』
隣の病室だった男の子。
霧也くんは、わたしのために重い代償を支払ってくれた。
その対価は、自身の存在の完全な消滅。
でも、霧也くんは普通の人間ではないため、完全な消滅を免れている。
それはつまり――。
どくんっ。
心臓が強く脈打つ。
同時に全身を駆け巡る、確かな予感。
『晴花、謝る必要はないよ。だって、最期の後も、僕は君のそばにいるから』
霧也くんには似つかわしくない、泣き笑いのような笑顔を浮かべて言ったあの言葉。
まるで、誰かの思考を写し取ったような雰囲気で。
視線を向けると、矢坂くんはその時の彼と同じような、痛切な顔をしている。
その反応が、すべてを物語っていたから、わたしは無性に泣きたくなった。
「霧也くんは、矢坂くんの双子の兄弟なの……?」
「そうだよ!」
声を震わせたわたしの問いかけに答えたのは、矢坂くんじゃなかった。
声がした方向を見ると、そこには険しい表情の矢坂先輩が立っていた。
「でも、矢坂くんと霧也くんは別人なんじゃ……」
わたしは腑に落ちないようにつぶやく。
二人の外見は、あまり似ていない。
すると、矢坂先輩がさらりと降りこぼれるように言った。
「おまえ、二人が一緒にいるのを見たことがあるのか?」
「それは……」
矢坂先輩の指摘に、わたしは言葉を詰まらせる。
確かに、矢坂くんと霧也くんはいつもすれ違うように、わたしの病室に入ってきた。
片方が出て行ってから、もう片方がわたしと接してくる。
まるで秘密を共有した双子の兄弟のように、二人は不思議な雰囲気を醸し出していた。
矢坂くんと霧也くんは別人……?
それとも、本当に双子……?
相反する想い。
答えの出ない疑問に、胸がざわざわした。
わたしの心はどこまでも矛盾している。
だけど、それでも、この疑問の答え合わせをしたいと思った。
「浩二と霧也は一心同体の双子。一つの身体を、二人で共有していたんだよ」
矢坂先輩の次の一言で、おかしな感覚が全身を貫いた。
「浩二は死神としての人格、霧也は人間として人格。いわゆる二重人格のようなものだ。人格が変わる度に、姿も変わっていたから、おまえは気づきもしなかったんだろうな」
わたしは呆然としていた。
まるで、パンドラの箱を開けたような心境だったから。
頭で理解しても、心が追いついてこない。
「浩二と霧也、二人は合わせ鏡のように、思考が似ていた。だから、あの時、出した結論も、二人とも同じだった」
わたしは弾かれたように顔を上げる。
その言葉の意味するところを身に沁みて理解したから。
「桃原晴花は特別な人だから、彼女を救うために命を懸けよう」
わたしは絶望のあまり、息を呑んだ。
目眩がする。頭痛がする。
幸せな思い出をまるごとひっくり返すような衝撃が、わたしの全身を貫いた。
「だが、桃原晴花を救うためには対価――重い代償を必要とした。しかも彼女には二度、死の運命が迫っている。それに対抗できる対価は一つ。そして、その対価を支払えるのは、人間の人格である霧也だけだった」
目頭が熱くなる。動悸が激しくなる。
矢坂先輩の声が、次第に遠くへとかすんでいく。
「だから、霧也は身体の所有権を浩二を託して、自身の人格の完全な消滅を選んだんだ。死神の力を持つ浩二に二度、桃原晴花を救ってもらうために」
わたしは身の毛がよだつ。
涙が止まらなかった。
これまで心の中にずっと溜め続けたもの。
それが一気にあふれ出し、涙とともに流れていく。
「……浩二、悪い。俺は桃原晴花を恨んでいる」
そう告げるのは悲しみと憎しみが同居した声だった。
「あの日、霧也じゃなくて、桃原晴花、おまえが消えれば良かったのに……!」
涙の膜の向こうから、冷たい視線が突き刺さる。
「霧也を返せよ!」
「兄さん、やめろ!」
矢坂くんが制するものの、矢坂先輩は言葉を止めない。
「霧也がいなくなってから、心の奥が真っ暗なままなんだ。あの日から、俺たちの家族は止まったままで……。浩二と霧也が桃原晴花を救うことを決断した日、俺はそのことに気がつかなかった……」
矢坂先輩は鉛のような感情を吐き出す。
今まで我慢していたことを、ぜんぶまくし立てるように。
「ずっと、あの日から動けない。どんなに時間が経っても、浩二と霧也が、桃原晴花をどんなに大切に思っていたのか分かっても、あの日の傷が消えないんだ」
自分の中では、あの日の出来事は決着をつけられていない。
そう言いたげに、矢坂先輩はわたしを見つめていた。
「あの時、俺が気づけば、未来は……変わっていたのかもしれないのに……」
絶望的な後悔に囚われたまま、どこにも行くこともあたわない。
「……や、矢坂先輩、ごめん、なさい。わたし、霧也くんに……何もしてあげられなかった」
言葉にすると、また涙が溢れてしまった。
「寂しいのに……。霧也くんがいない世界は、こんなにも……こんなにも寂しいのに……」
こんな泣き言を言うつもりじゃなかったのに。
口から突いて出る言葉は、不安や恐れにまみれた言葉ばかりだった。
どこにも行けないものがある。
『行かないで』とどんなに叫んでも、届かない想いがある。
どこまでも停滞している。
その想いは未来に繋がることはなく、思い出の中で寒さに震えるように身を縮めている。
わたしが思っていた以上に、矢坂くんと霧也くんはたくさんのものを背負っていた。
「えっ……?」
それはあまりにも唐突な告白で、わたしは言葉を失う。
世界が息を止め、空も息を止める。
「――っ。やめろ! 言うな!」
カイリさんが何を告げようとしているのか、分かったのだろう。
矢坂くんは泡を食った様子で叫んだ。
「桃原晴花。おまえは気づいているだろう……? 矢坂霧也の半身が、誰なのかを」
「誰なのか……」
その言葉に反応して、脳裏に霧也くんの笑顔がちらついた。
『――ありがとう、最期まで。最期の後も、僕と一緒にいてくれて』
隣の病室だった男の子。
霧也くんは、わたしのために重い代償を支払ってくれた。
その対価は、自身の存在の完全な消滅。
でも、霧也くんは普通の人間ではないため、完全な消滅を免れている。
それはつまり――。
どくんっ。
心臓が強く脈打つ。
同時に全身を駆け巡る、確かな予感。
『晴花、謝る必要はないよ。だって、最期の後も、僕は君のそばにいるから』
霧也くんには似つかわしくない、泣き笑いのような笑顔を浮かべて言ったあの言葉。
まるで、誰かの思考を写し取ったような雰囲気で。
視線を向けると、矢坂くんはその時の彼と同じような、痛切な顔をしている。
その反応が、すべてを物語っていたから、わたしは無性に泣きたくなった。
「霧也くんは、矢坂くんの双子の兄弟なの……?」
「そうだよ!」
声を震わせたわたしの問いかけに答えたのは、矢坂くんじゃなかった。
声がした方向を見ると、そこには険しい表情の矢坂先輩が立っていた。
「でも、矢坂くんと霧也くんは別人なんじゃ……」
わたしは腑に落ちないようにつぶやく。
二人の外見は、あまり似ていない。
すると、矢坂先輩がさらりと降りこぼれるように言った。
「おまえ、二人が一緒にいるのを見たことがあるのか?」
「それは……」
矢坂先輩の指摘に、わたしは言葉を詰まらせる。
確かに、矢坂くんと霧也くんはいつもすれ違うように、わたしの病室に入ってきた。
片方が出て行ってから、もう片方がわたしと接してくる。
まるで秘密を共有した双子の兄弟のように、二人は不思議な雰囲気を醸し出していた。
矢坂くんと霧也くんは別人……?
それとも、本当に双子……?
相反する想い。
答えの出ない疑問に、胸がざわざわした。
わたしの心はどこまでも矛盾している。
だけど、それでも、この疑問の答え合わせをしたいと思った。
「浩二と霧也は一心同体の双子。一つの身体を、二人で共有していたんだよ」
矢坂先輩の次の一言で、おかしな感覚が全身を貫いた。
「浩二は死神としての人格、霧也は人間として人格。いわゆる二重人格のようなものだ。人格が変わる度に、姿も変わっていたから、おまえは気づきもしなかったんだろうな」
わたしは呆然としていた。
まるで、パンドラの箱を開けたような心境だったから。
頭で理解しても、心が追いついてこない。
「浩二と霧也、二人は合わせ鏡のように、思考が似ていた。だから、あの時、出した結論も、二人とも同じだった」
わたしは弾かれたように顔を上げる。
その言葉の意味するところを身に沁みて理解したから。
「桃原晴花は特別な人だから、彼女を救うために命を懸けよう」
わたしは絶望のあまり、息を呑んだ。
目眩がする。頭痛がする。
幸せな思い出をまるごとひっくり返すような衝撃が、わたしの全身を貫いた。
「だが、桃原晴花を救うためには対価――重い代償を必要とした。しかも彼女には二度、死の運命が迫っている。それに対抗できる対価は一つ。そして、その対価を支払えるのは、人間の人格である霧也だけだった」
目頭が熱くなる。動悸が激しくなる。
矢坂先輩の声が、次第に遠くへとかすんでいく。
「だから、霧也は身体の所有権を浩二を託して、自身の人格の完全な消滅を選んだんだ。死神の力を持つ浩二に二度、桃原晴花を救ってもらうために」
わたしは身の毛がよだつ。
涙が止まらなかった。
これまで心の中にずっと溜め続けたもの。
それが一気にあふれ出し、涙とともに流れていく。
「……浩二、悪い。俺は桃原晴花を恨んでいる」
そう告げるのは悲しみと憎しみが同居した声だった。
「あの日、霧也じゃなくて、桃原晴花、おまえが消えれば良かったのに……!」
涙の膜の向こうから、冷たい視線が突き刺さる。
「霧也を返せよ!」
「兄さん、やめろ!」
矢坂くんが制するものの、矢坂先輩は言葉を止めない。
「霧也がいなくなってから、心の奥が真っ暗なままなんだ。あの日から、俺たちの家族は止まったままで……。浩二と霧也が桃原晴花を救うことを決断した日、俺はそのことに気がつかなかった……」
矢坂先輩は鉛のような感情を吐き出す。
今まで我慢していたことを、ぜんぶまくし立てるように。
「ずっと、あの日から動けない。どんなに時間が経っても、浩二と霧也が、桃原晴花をどんなに大切に思っていたのか分かっても、あの日の傷が消えないんだ」
自分の中では、あの日の出来事は決着をつけられていない。
そう言いたげに、矢坂先輩はわたしを見つめていた。
「あの時、俺が気づけば、未来は……変わっていたのかもしれないのに……」
絶望的な後悔に囚われたまま、どこにも行くこともあたわない。
「……や、矢坂先輩、ごめん、なさい。わたし、霧也くんに……何もしてあげられなかった」
言葉にすると、また涙が溢れてしまった。
「寂しいのに……。霧也くんがいない世界は、こんなにも……こんなにも寂しいのに……」
こんな泣き言を言うつもりじゃなかったのに。
口から突いて出る言葉は、不安や恐れにまみれた言葉ばかりだった。
どこにも行けないものがある。
『行かないで』とどんなに叫んでも、届かない想いがある。
どこまでも停滞している。
その想いは未来に繋がることはなく、思い出の中で寒さに震えるように身を縮めている。
わたしが思っていた以上に、矢坂くんと霧也くんはたくさんのものを背負っていた。



