「ねえ、今度、お菓子写真部と写真部が合同で、『ヘルスイーツ写真展』を開催するんだって」
「そうなんだ。気になる」

放課後、教室で『ヘルスイーツ写真展』の噂が飛び交う。
まだ、梅雨は終わらない。
夏の気配は着実に近づいているのに、降り続ける雨はまだ梅雨の気配を纏っている。
岩見沢先輩が亡くなってからずっと、どうしてもあの事故のことを考えてしまう。
後悔を吐き出しても、現実は変わらない。
ただ、あの日の事故の様子が、鮮明に記憶が浮かび上がってくるだけだ。
それでも考えてしまう。

バス停で待ち合わせしなければ。
別の場所で待ち合わせしていれば。

でも、分かっている。
二度目の死の運命を回避した日、矢坂くんも言っていた。

『おまえに定められた運命は、事故で即死。今から、その運命がおまえを死なせようとしてくる。いつもの道を通ったら危険だ。遠回りするぞ!』

死の運命を回避することは非常に困難だ。
それは、上位の死神だったとしても対価なしでは難しい。

お父さんに死が迫っていることが判明した日。

お母さんはお父さんに、わたしたちがカイリさんに会いたいことを伝えてくれた。
お父さんは仕事があって来れないけれど、今日、カイリさんと家の近くの公園で落ち合うことになっている。

すべてが決まる運命の日。
わたしはこの日を忘れないだろう。
大丈夫、がんばれる。

今のわたしの心の中を占めていたのは、すべてを諦めた絶望ではなく、輝く希望だった。

「よし、がんばるぞ!」

わたしは自分を奮い立たせるように声を上げる。
帰り支度をすると、部室に行くために教室を出た。
窓の外を見ながら、廊下を歩く。
雨は空を柔らかく包み込んでいる。
廊下の窓から見えるのは、何だか、硝子の向こうのような不思議な世界。
ぼんやりとしているのに、艶やかに濡れた濃い色彩。
香り立つ緑。
あじさいは美しく咲き誇り、わたしの心を彩る。
お菓子写真部の部室のドアを開けると、先客がいた。

「桃原さん、お疲れ」

藤谷くんがわたしを見て、明るい声を弾ませた。
矢坂くんは忙しなく、部室を動き回っている。
『ヘルスイーツ写真展』の準備と、薬局へのヘルスイーツの発送準備に追われているみたいだ。

「よし、今日の分のヘルスイーツはすべて完成した。まずは薬局に届けるか」

矢坂くんは汗を拭うと、不思議な模様が描かれた机の上に、いくつかのヘルスイーツが入った袋を置いた。

「薬局に発送!」

矢坂くんが机に触れてそう叫ぶと、机の上にあったヘルスイーツが入った袋はすっーと消えてしまった。
不思議な机は便利だと思う。
机に置けば、遠い場所でも一瞬で送ることができる。

「よし、今日、送る分は送り届けた。そろそろ、公園に行くか」

程なくして、矢坂くんから問いかけるような瞳を向けられた。

「矢坂くん。机を使って、公園まで行くの?」
「ああ。カイリは上位の死神だ。既に、俺たちの素性を知っているはずだ」

おうむ返しに訊くと、思わぬ答えが返ってきた。
カイリさんは、わたしたちの素性を把握している。
そこまで考えたところで、恐ろしい可能性に気づいてしまった。

つまるところ、わたしたちの目的を知っているということだ。
その上で、わたしたちがどう出るのか、見極めようとしているのかもしれない。

頭では、そんなことはあり得ないといくら考えても、もしかしたら……という懸念が心の片隅に引っかかっていた。

「ふええ……」

どうすればいいのか考えれば考えるほど、答えという出口が遠ざかっていくように感じられた。

「桃原、大丈夫だ。俺たちがそばにいるからな」

そんなわたしの戸惑いを察したのか、矢坂くんは穏やかな声で言う。
その言葉に、勇気をもらったわたしは顔を上げる。

「……うん。矢坂くん、ありがとう」

わたしは強張らせていた表情を緩めて、噛みしめるようにうなずいた。

「それにしても、浩二の父親がカイリだったなんてな。死神と人間の間に生まれた存在か。でも、やっぱり、浩二ってさ、死神っていうよりは人間らしいよな」
「悪かったな」

ふてくされたようにそっぽ向く矢坂くんを見て、藤谷くんは破顔する。
準備を整えたわたしたちは早速、不思議な机で公園の近くに移動した。
公園は、そこから徒歩十分くらいの位置にある。
途中で知り合いに会ってしまうかもしれないと不安はあったけれど、幸い、誰ともすれ違うことはなかった。
公園に入ると、そこには既に一人の男性がいた。
不思議なことに、その男性以外は誰もいない。

痛いくらいの静寂だ。

その静けさは到底、この場所には似つかわしくなかった。
この公園には、遊具以外にも遊歩道や水しぶきを上げている噴水がある。
いつもなら誰かがいるはずなのに、どこにも人の気配は感じられなかった。
すべてが止まってしまったような沈黙が、この公園の現状だった。
もしかしたら、カイリさんが、死神の力で人払いをしているのかもしれない。
そう思い至ると、小さくブランコを揺らす、季節外れの黒いコートに身を包んだ男性のもとに、わたしたちはゆっくりと歩いていく。

「――待っていたぞ」

声が届く距離まで近づくと、男性はブランコを揺らすのを止め、振り返ってくれた。
わたしはゆっくりと言葉を捻り出すように尋ねる。

「あなたが……カイリさん」
「さよう、わしはカイリ。桃原晴花、お主の父親を弟子に取った死神よ」

カイリさんは大きく息を吐き出して、ブランコから立ち上がった。
その瞬間、藤谷くんが表情を引きしめて一歩、前に出る。

「久しぶりだな、カイリ」

不服そうにしている藤谷くんの態度に気づいたのか、カイリさんは息を吐いた。