「岩見沢先輩、死なないでください!」
涙を滲ませたわたしは我慢できなくなって、脇目を振らずにその手を握りしめた。
岩見沢先輩はその手の温もりに気づいて、色素の薄い瞳をわたしに向ける。
「桃原、さん……」
「困らせてごめんなさい。でも、これがわたしの大切な想いなんです」
怖くて仕方なかった。
この手を離したら、岩見沢先輩にもう二度と会えない気がして。
「だから、何度だって言います。岩見沢先輩、死なないでください!!」
……そうだ。
わたしは怖かった。
恐らく、岩見沢先輩の命が尽きるまで、あとわずかなのだろう。
亡くなってしまったら、岩見沢先輩は坂井先輩の手の届かないところに行ってしまう。
それがすごく怖かった。
たった一つの感情が激しく、わたしの心臓を打ち鳴らし、ひとかけらの冷静さをも奪い去ってしまう。
涙が止まらなかった。
湧き水のように溢れ出してきて、止めることができなかった。
「お願いだから、死なないで!!」
いろんな気持ちがせめぎ合って、心が爆発しそうになる。
次々と溢れる涙が、すべてを灰色に覆っていこうとした――その時だった。
『――死ぬな、岩見沢さん!』
凛とした男の子の絶叫が響いたのは。
わたしが振り向くと、矢坂くんが息を切らしながら立っていた。
スピーカー機能にしているのだろうか。
矢坂くんが持っているスマホから、先程の男の子の声が聞こえてくる。
『藤谷くんから、事情は聞いた。僕のためにごめんな』
「……坂井、くん」
岩見沢先輩が弱々しい声で、坂井先輩の名前を呼んだ。
そういえば、藤谷くんがいない。
もしかしたら、藤谷くんはシナモンクッキーを食べて、坂井先輩がいる病室の近くまで瞬間移動したのかもしれない。
その上で、これまでのいきさつをかいつまんで説明したのだろう。
『岩見沢さんのおかげで、僕は目覚めることができた。本当にありがとう』
「……ずるい、ですよ」
一瞬、脳裏に緊張が走る。
今にも壊れてしまいそうな繊細な声で、岩見沢先輩が言葉を紡いだからだ。
「最期に坂井くんの声を聞いたら、心残りができてしまいます……」
荒い息を吐く岩見沢先輩の声に、わたしの心は大きく揺さぶられた。
「初めて出会った時からずっと……あたしは、坂井くんのことが好き……」
そこまで告げたところで、岩見沢先輩の声が途切れる。
顔から色が抜け落ちていたけれど、どこか満足そうな寝顔があった。
「あ……」
その状況を理解するのに、少しだけ時間がかかった。
逝ってしまったんだと悟った途端、ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなる。
『岩見沢さん、僕も君が好きだ。君に会えて……僕は本当に幸せだったから……』
遅れて届いた坂井先輩の声は、どこか絶望に満ちていた。
いつか、終わりがくる。
少し前まであった幸せが、いずれ必ず、終わってしまう。
死神見習いとして、理不尽な現実に身を置いても、何も変わらないかもしれない。
それでも頭の中で、必死に思い描いている。
岩見沢先輩と坂井先輩が、初めて出会った瞬間を。
二人が写真部で過ごした確かな日々を。
それなのに、岩見沢先輩の死の運命はただただ残酷で。
その過ぎてしまった時間を、すべてを奪い取ってしまう。
終わりの見えない雨止みを待つように――。
落涙に似た雨の中に、わたしは止めどなく溢れる悲哀の涙を紛れ込ませることしかできなかった。
*
写真部の人たちから、岩見沢先輩が書いていた『遺言書』という名のノートを渡されたのは、岩見沢先輩が亡くなってから数日後だった。
そこには、岩見沢先輩のたくさんの想いが綴られていた。
岩見沢先輩のたくさんの名残りがあった。
写真部の人たちが、お菓子写真部の『ヘルスイーツ写真展』の開催に全面的に協力してくれることも記されていた。
部室でそれを読みながら昨日、体育館で開かれた、前生徒会副会長である岩見沢先輩のお別れ会を思い出す。
たくさんの人たちが彼女の死を悼み、早すぎる別れを嘆いていた。
その悲しみは、わたしたちの鼓膜に、悪夢のような事実とともに、今も雨粒のように降り続けている。
「桃原」
振り返ると、そこには矢坂くんが立っていた。
その表情は悲壮感に満ちていて、改めてこれが現実なのだと突きつけられた。
「世の中には否応なく、忘れ去られていくことがある。それでも、忘れてはいけないことがある」
わたしは目を閉じてうなずく。
最期に、震える手でわたしの手を握ってくれた岩見沢先輩の温もりを忘れられるはずがない。
そんな簡単に忘れられるはずないことくらい、分かっている。
それなのに、現実だけはどこまでも非情で、ただただ無力感を突きつけてくる。
矢坂くんは、そんなわたしの心を包み込むように続けた。
「岩見沢先輩が抱いた想い。その願いはきっと、これからも変わることはない。だからこそ、その願いに触れた人たちは、必死に胸の奥にそれらを刻みつける。彼女を決して忘れないために」
「う……うっ……」
それを認めて口にしようとすると、視界が弾けて砕けた。
涙が溢れて止まらなくなったその時、ノートからひらりと一枚の写真がこぼれ落ちる。
それは、坂井先輩と岩見沢先輩が写った写真で……。
彼らの頭上には、迫るような満天の星空が広がっている。
とても美しい星空が……。
写真に切り取られた一場面は、わたしの頭の中で色鮮やかに再現されていく。
共通の過去が、二人を笑顔にさせている。
一時も離れたくないという意志を伝えるように。
涙を滲ませたわたしは我慢できなくなって、脇目を振らずにその手を握りしめた。
岩見沢先輩はその手の温もりに気づいて、色素の薄い瞳をわたしに向ける。
「桃原、さん……」
「困らせてごめんなさい。でも、これがわたしの大切な想いなんです」
怖くて仕方なかった。
この手を離したら、岩見沢先輩にもう二度と会えない気がして。
「だから、何度だって言います。岩見沢先輩、死なないでください!!」
……そうだ。
わたしは怖かった。
恐らく、岩見沢先輩の命が尽きるまで、あとわずかなのだろう。
亡くなってしまったら、岩見沢先輩は坂井先輩の手の届かないところに行ってしまう。
それがすごく怖かった。
たった一つの感情が激しく、わたしの心臓を打ち鳴らし、ひとかけらの冷静さをも奪い去ってしまう。
涙が止まらなかった。
湧き水のように溢れ出してきて、止めることができなかった。
「お願いだから、死なないで!!」
いろんな気持ちがせめぎ合って、心が爆発しそうになる。
次々と溢れる涙が、すべてを灰色に覆っていこうとした――その時だった。
『――死ぬな、岩見沢さん!』
凛とした男の子の絶叫が響いたのは。
わたしが振り向くと、矢坂くんが息を切らしながら立っていた。
スピーカー機能にしているのだろうか。
矢坂くんが持っているスマホから、先程の男の子の声が聞こえてくる。
『藤谷くんから、事情は聞いた。僕のためにごめんな』
「……坂井、くん」
岩見沢先輩が弱々しい声で、坂井先輩の名前を呼んだ。
そういえば、藤谷くんがいない。
もしかしたら、藤谷くんはシナモンクッキーを食べて、坂井先輩がいる病室の近くまで瞬間移動したのかもしれない。
その上で、これまでのいきさつをかいつまんで説明したのだろう。
『岩見沢さんのおかげで、僕は目覚めることができた。本当にありがとう』
「……ずるい、ですよ」
一瞬、脳裏に緊張が走る。
今にも壊れてしまいそうな繊細な声で、岩見沢先輩が言葉を紡いだからだ。
「最期に坂井くんの声を聞いたら、心残りができてしまいます……」
荒い息を吐く岩見沢先輩の声に、わたしの心は大きく揺さぶられた。
「初めて出会った時からずっと……あたしは、坂井くんのことが好き……」
そこまで告げたところで、岩見沢先輩の声が途切れる。
顔から色が抜け落ちていたけれど、どこか満足そうな寝顔があった。
「あ……」
その状況を理解するのに、少しだけ時間がかかった。
逝ってしまったんだと悟った途端、ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなる。
『岩見沢さん、僕も君が好きだ。君に会えて……僕は本当に幸せだったから……』
遅れて届いた坂井先輩の声は、どこか絶望に満ちていた。
いつか、終わりがくる。
少し前まであった幸せが、いずれ必ず、終わってしまう。
死神見習いとして、理不尽な現実に身を置いても、何も変わらないかもしれない。
それでも頭の中で、必死に思い描いている。
岩見沢先輩と坂井先輩が、初めて出会った瞬間を。
二人が写真部で過ごした確かな日々を。
それなのに、岩見沢先輩の死の運命はただただ残酷で。
その過ぎてしまった時間を、すべてを奪い取ってしまう。
終わりの見えない雨止みを待つように――。
落涙に似た雨の中に、わたしは止めどなく溢れる悲哀の涙を紛れ込ませることしかできなかった。
*
写真部の人たちから、岩見沢先輩が書いていた『遺言書』という名のノートを渡されたのは、岩見沢先輩が亡くなってから数日後だった。
そこには、岩見沢先輩のたくさんの想いが綴られていた。
岩見沢先輩のたくさんの名残りがあった。
写真部の人たちが、お菓子写真部の『ヘルスイーツ写真展』の開催に全面的に協力してくれることも記されていた。
部室でそれを読みながら昨日、体育館で開かれた、前生徒会副会長である岩見沢先輩のお別れ会を思い出す。
たくさんの人たちが彼女の死を悼み、早すぎる別れを嘆いていた。
その悲しみは、わたしたちの鼓膜に、悪夢のような事実とともに、今も雨粒のように降り続けている。
「桃原」
振り返ると、そこには矢坂くんが立っていた。
その表情は悲壮感に満ちていて、改めてこれが現実なのだと突きつけられた。
「世の中には否応なく、忘れ去られていくことがある。それでも、忘れてはいけないことがある」
わたしは目を閉じてうなずく。
最期に、震える手でわたしの手を握ってくれた岩見沢先輩の温もりを忘れられるはずがない。
そんな簡単に忘れられるはずないことくらい、分かっている。
それなのに、現実だけはどこまでも非情で、ただただ無力感を突きつけてくる。
矢坂くんは、そんなわたしの心を包み込むように続けた。
「岩見沢先輩が抱いた想い。その願いはきっと、これからも変わることはない。だからこそ、その願いに触れた人たちは、必死に胸の奥にそれらを刻みつける。彼女を決して忘れないために」
「う……うっ……」
それを認めて口にしようとすると、視界が弾けて砕けた。
涙が溢れて止まらなくなったその時、ノートからひらりと一枚の写真がこぼれ落ちる。
それは、坂井先輩と岩見沢先輩が写った写真で……。
彼らの頭上には、迫るような満天の星空が広がっている。
とても美しい星空が……。
写真に切り取られた一場面は、わたしの頭の中で色鮮やかに再現されていく。
共通の過去が、二人を笑顔にさせている。
一時も離れたくないという意志を伝えるように。



