いつか置き去りにしていた春の運命

「俺は桃原の願い事を、できるだけ叶えたいと思っている。この申し出、どうするのか、桃原が決めたらいい」
「ふええ……」

予想外な話の転がり方に、間抜けな声がわたしの口から再び、出る。
どうしたらいいのか分からず、わたしは助けを求めるように藤谷くんを見た。
だが、その目は明らかに『桃原に任せた』と言っている。
声に変わる前の想いだけが、生徒会室の空気にかすかに残っていた。
この切迫した状況。
恐らく、多分、死神見習いであるわたしの出番なのだろう。
ぐっと拳を胸に当てると、深呼吸を何度か繰り返す。
少し躊躇ってから、わたしは意を決して口にした。

「――あの、待ってください」

わたしはおずおずと岩見沢先輩に声をかけた。

「死神パティシエさんより、少し効果は落ちると思いますが、それでもよければ用意できるかもしれません」

わたしは身振り手振りで説明しながら、精一杯の思いの丈をぶつける。

「坂井先輩を救うことができるヘルスイーツを」

岩見沢先輩はしばらくの間、訝しげにわたしのことを見ていた。
だけど、あることに気づいたのか、口元に手を当ててはっとする。

「……桃原さん。あなたはまさか、死神パティシエの弟子、死神見習いなのですか?」
「はい! わたしはその……まだまだ、未熟ではありますが、これでも一応、死神の弟子です!」

不信感を抱く岩見沢先輩に、わたしはふふんと、胸を張って自己紹介した。
その途端、岩見沢先輩は露骨に疑惑の眼差しを向けてくる。

「死神見習い? あなたが? とても、そうには見えないけれど……?」

偽りのない一言が次々と、ぐさりと胸に突き刺さる。

「それに、お菓子写真部の部室で起きた爆発音って、もしかして……?」
「ふえっ……!?」

的確な疑問に反応して、心臓が力強く脈打つ。
岩見沢先輩、鋭い。
痛いところを突いてくる。
それでも、わたしはありったけの意志を込めて宣言した。

「岩見沢先輩。もし、本当に坂井先輩を救うことができるヘルスイーツを作ってきたら、お菓子写真部の『ヘルスイーツ写真展』の開催、全面的に協力してください」
「…………」

わたしの意図を推し量るように、岩見沢先輩は視線を彷徨わせる。
沈黙が流れた。
それは僅かの間だったはずだけど、痛すぎる沈黙だった。
やがて、岩見沢先輩は何かを決心したようにわたしを見た。

「いいわ。あなたの言葉、信じてみます。坂井くんを救うことができるヘルスイーツを作ってきたら、お菓子写真部の『ヘルスイーツ写真展』の開催、全面的に協力しましょう。ただし、できるだけ急いでください。あたしにはもう、時間はあまり残されてはいないと思うので……」

岩見沢先輩の宣告に、わたしは満足げにうなずいた。

「はい! 泥船に乗ったつもりで、任せてください!」
「泥船……かなり、不安なんだけど……」

自信満々にドヤ顔するわたしに、岩見沢先輩は素直な声音をこぼす。

「泥船……あ、大船だった……!」

そこまで弾き出したところで、わたしはようやく間違いに気づいた。

「ふええ……!」
「でも、期待はしています。あなたがあたしの心残りを叶えてくれること、それを願っています」

わたしが唖然として固まっていると、岩見沢先輩は表情を緩めて微笑んだ。
そして――。

「実をいうと、本当は怖いんです。どうしていいのか分からなくて、どうにもならないところまで追い込まれているんですよ……」

岩見沢先輩は偽りのない本音を口にして。

「ねえ、助けてよ、死神見習いさん」

すがるように深々と頭を下げた。



放課後、わたしたちは坂井先輩を救うことができるヘルスイーツを作るために、お菓子写真部の部室に向かった。
部室に入ると、ひとまず状況を整理するために椅子に腰掛ける。
静寂に包まれる中、藤谷くんが躊躇うように言う。

「桃原さん、本当に良かったのか?」
「えっ?」

唐突な言葉に、わたしはきょとんとする。

「岩見沢先輩の頼みごとを承諾して……さ」
「……うん」

藤谷くんの気づかいに、わたしは少し考えるように呼吸を挟んだ。

「岩見沢先輩のやり方は強引だと思うけれど、それでも……坂井先輩を救いたいって気持ちは本当だと思ったから」

別れ際の岩見沢先輩の顔が浮かび、悲しみと切なさを同時に覚える。

「それに、わたしは死神の仕事を通じて、誰かの力になれるのが嬉しいんだ。だって、ヘルスイーツは……人を幸せにするためにあるから」
「桃原さんらしいな」

ふわりとはにかむわたしを見て、藤谷くんは楽しそうに笑った。

「えへへー。その時、やりたいことを全力で楽しむ主義なので」
「生命力に溢れてるっていうか、桃原さんってやっぱり、すごいな」

わたしのつぶやきを補足するように、藤谷くんは嬉々として言った。

「矢坂くんに二度、救ってもらったから、生命力、マックスになったのかも」
「確かに、桃原は初めて出会った時よりも生き生きしているな」

矢坂くんの言葉に、全力で同意だ。
わたしの胸を打つのは初めて、矢坂くんと出会った日のこと。
この胸に抱く想いは、そこへと通じる道だと痛いほどに思い出す。

いつも死が隣り合わせにあった、終わりを待つだけの日々。
それを変えてくれたのは、矢坂くんとの出会いだったから。
わたしが変わったとしたら、きっと矢坂くんのおかげだ。

ふと思う。
流れる星に祈りを込めるだけで叶うとしたら、今は何を願うだろう。
ただ想うだけで楽しかった時期を過ぎて、少しの反応があるだけで幸せだった時期も越えて。
幾度となく甘い夢を描いてきた、わたしの願いは少しずつ変わってきている。

「ずっと、わたしは自分だけの何かがほしかったんだと思う。矢坂くん、わたしを死神見習いにしてくれてありがとう。毎日、こんなにも楽しいよー」

声にすると、矢坂くんへの愛しい気持ちが溢れて止まらなくなる。
大切なのは、矢坂くんと過ごす時間。
矢坂くんと一緒の瞬間を、大好きな彼と一緒に見つけることなんだと思う。