頑なに閉ざしたわたしの心を、矢坂くんは必死にこじ開けてくれた。
絶望に伏していたわたしに、温かなぬくもりを与えてくれた。
そのことに、どれだけ救われただろう。
ただ、矢坂くんと一緒にいる時間が心地よかった。
彼と過ごす時間は温かった。
彼が隣にいると、自然に笑っている自分がいた。
それまでの淡々とした日々とは打って変わって、矢坂くんと過ごす時間はかけがえのないものになっていった。

君が教えてくれた強さ。
君からもらった果てしない心の温かさ。

それらが優しく、わたしの背中を押す。
まるで、この晴れ渡った空のように綺麗な色で。
春の匂いがする彼の笑顔はキラキラとしていて、もう心に寂しさはなかった。
だから、わたしはいてもたってもいられなくなって思わず、願ってしまったんだ。

『わたし、死にたくなんか、ない。生きて、お父さんとお母さんと一緒に過ごしたい! 学校にも行きたい! 痛いのは嫌だ! 元気になりたい! それで……矢坂くんのそばにいたい……!』

たくさんのわがままを。
でも、矢坂くんはその願いのすべてを叶えてくれた。
その結果、わたしの病気は完治して、普通の生活を送れるようになった。
ただし、矢坂くんと死神に関する記憶を引き換えにして。
その上で、矢坂くんは『そばにいたい』という願いを叶えるために、偶然を装って、わたしに話しかけてくれた。

もう一度、二人で想い出を作るために――。

そこまで考えて、わたしはある一つの可能性に行き当たった。

「……矢坂くん。もしかして、またわたしの記憶を消しちゃうの? わたし、もう矢坂くんのことを忘れたくないよ!」

脳裏にあの日の出来事がよぎり、後悔が波のように押し寄せてきた。
わたしの切羽詰まった叫びに、浩二くんは躊躇うように視線を落とした。

「……俺も、桃原に忘れてほしくない。だけど、死神である俺がこのまま、桃原のそばにいるのは迷惑かもしれない」
「そんなことない。だって矢坂くんは、わたしを何度も救ってくれて、こんなに幸せにしてくれたんだもの」

矢坂くんに心から笑ってほしいと願った日から、わたしはきっと、恋に落ちていた。
だから、わたしの中に降り積もっていった想いも、矢坂くんの気持ちも悩みも不安も、ぜんぶぜんぶ抱きしめたい。

「わたし、もう一度、矢坂くんに出会えてよかった」

わたしは微笑んで、全ての感情をその一言に込める。

「わたしも、このままでいたい」

言葉にすれば、胸の内に生じた衝撃が高鳴る鼓動とともに、次第に温かなものに変わっていく。

もう……憧れでは、終わらせられない。
矢坂くんのこと、完全に好きになっちゃったから。

矢坂くんは、わたしにとって、もはや切り離すこともできないほど特別だ。
だから、その想いを矢坂くんに伝えたい。
ただ、その一心だった。

「だったら、桃原。俺の死神の仕事を手伝わないか? そうすれば、桃原の記憶を消す必要はなくなる」

矢坂くんのことを忘れなくてもいい。
その時点で、わたしの気持ちは既に決まっていた。

「うん、手伝いたい! そうすれば、もう矢坂くんのことを忘れなくてもいいんだよね!」
「ああ。死神の仕事については後で話すな」
「矢坂くん、ありがとう。わたし、今が一番、幸せだよ」

声にすると、矢坂くんへの愛しい気持ちが溢れて止まらなくなる。
変わりない日々。
そんな毎日をあなたは一瞬で変えてくれた。
ありきたりだった日常に、新しい風が吹いた気がしたんだ。

「矢坂くん、優しいウソをありがとう。わたしを救ってくれてありがとう」

口にした瞬間、胸の中が温かくなる。
心が軽くなるのを感じた。

「桃原、これからもよろしくな」
「うん。これからもよろしくね」

目の前で、矢坂くんは満足そうに笑っていた。
初めて出会った時と変わらない笑顔は、夢でもまぼろしでもない。

矢坂くんはここにいる――。

甘い余韻に浸る中、わたしは夢見心地の様子で空を見上げた。

不思議だ。
矢坂くんと出会ってから、急に未来が広がったような気がする。

明日のわたしは、もうこれまでのわたしじゃない。
独りよがりだった世界が変わるような気がした。
だけど、今はこの幸せな時間が終わらないように。
そして、隣にいる大好きな人の笑顔が、この先も曇ることがありませんように。
ずっと守れますように。

何よりも大切なあなたがどうか、これからも笑っていてくれますように。

欲張りなのだ。
一人でいた時には思う事もなかった願いは、不思議と心地よさしかない。
それでも胸の中に弾ける感情は、わたしにとって、もっと抱きしめたいと思うものだった。