いつか置き去りにしていた春の運命

「試す……?」
「あなたたちが、本当に死神パティシエの知り合いなのかを」

笑顔を絶やさず、岩見沢先輩は告げる。

「あたしは先日、死神さんから死の告知をされました」
「死の告知?」

返ってくる言葉は予想がつくけれど、わたしは素知らぬ顔で訊いた。

「はい。何でも、この町で死ぬ予定の魂の中に、あたしの名前が入っていると」

初めて聞いた、全く知らないことだ、丸出しな表情でうなずいた。
正直、演技力は皆無なので、バレバレかもしれないけれど。
胸がざわついていると、岩見沢先輩は少し寂しそうに微笑んだ。

「死神さんは、あたしの死因も分かると言いました。だけど、結末を変えることはできないから話せないと」

岩見沢先輩は藁にもすがる思いで言い募る。

「あたしには、どうしても最後にやり遂げたいことがあります。あなたたちならきっと、あたしの心残り――欲しいもの、手に入れてきてくれますよ」
「欲しいもの?」

矢坂くんがその言葉に反応する。
何だろう。
ふと嫌な予感を覚えて、わたしはおそるおそる岩見沢先輩を見つめた。

「はい。そのことが、写真部を残したいと思っている理由に繋がります。ではでは、写真部を残したいと願っている理由、今ここでお話しましょう」

はきはきとしたその物言いは、とても落ち着いた振る舞いに見えた。
しかも、昨日とは打って変わって、明るい声を弾ませている。
反省しているようには見えなかった。
呆然とするわたしたちを裏腹に、岩見沢先輩はお構い無しに続けた。

「半年前に、写真部の部長――坂井くんが学校の階段から転落して頭を打ち、救急搬送されたことはご存知ですか?」
「……はい。確か、一命は取り留めたものの、頭を強打する重症を負って昏睡状態に陥っているって」

わたしはたじたじになりながらも、先生から聞いた話をそのままなぞる。

「はい、あの時、あたしは坂井くんとともに、校則違反をしている生徒と言い争いをしていました。押し問答になった結果、あたしは押されて階段から落ちそうになりました。そんなあたしを庇ったことで、坂井くんは転落したんです……」

岩見沢先輩は悔やむように告げる。
その状況を作り出してしまった自分を、今も責め続けているように。

「今も寝たきりです。来る日も来る日も眠ったまま。彼の担当医は、『目を覚ますのを待つしかない』って、言っているそうですが……。でも、いまだに目を覚ます前触れもなく、半年以上も治療の目処が立たないのはおかしいと思うのですよ」

写真部の部長の一大事という事情を差し引いても、岩見沢先輩の雰囲気は何というか殺伐としていた。
言葉遣いも刺々しく、有り体に言うならかなり怖い。
きっとどう答えても、ろくな展開にならないのは火を見るより明らかだ。
わたしたちが黙っていると、岩見沢先輩は穏やかな口調で話を続けた。

「坂井くん、写真を撮ることが大好きで、たくさんの写真を撮って、写真部のみんなに見せてくれました。坂井くんが撮ってきた写真を、みんなで一緒に見る。それがあたしたち、写真部の日課でした」

岩見沢先輩は懐かしむように微笑んだ。

「あたしは、坂井くんのそばにいるだけで、いつも温かな気持ちになりました。だから、彼の願いはできる限り、叶えたいのですよ……」

そうしないと彼は一生、心が泣いていると思うから。
岩見沢先輩はそう言いたげに沈黙を落とす。

「坂井くんが目を覚ました時、写真部がなくなっていたら、すごく落ち込むと思うんです。そう思ったら、あたし、このまま死んでも死にきれないのですよ」

それまでの甘い表情と一変して、岩見沢先輩の顔は険しくなる。

「あたしの担当の死神さんは、普通の死神でヘルスイーツは作れないそうです」

岩見沢先輩の神妙な顔つきを見ただけで、彼女が何を言いたいのか分かった。

「あなたたちにご迷惑をおかけした上に、勝手なお願いなのは重々、承知しております」

岩見沢先輩の声には、どことなく緊張感があり、空気が塗り替えられる。

「お願いします。もうすぐ死を迎えるあたしの未練を晴らしてください」

岩見沢先輩は小さくお辞儀をする。
その真剣な眼差しは、岩見沢先輩の決意を物語っているように見えた。

「……っ」

どう答えて言いのか分からず、わたしは思わず、矢坂くんたちの方をちらりと見る。
矢坂くんは何とも言えない表情で、考え込んでいた。
藤谷くんは裏があるのではないかと怪しむように、岩見沢先輩を見ている。
当然だけど、どちらも決して賛同的ではない。

「まあ、そういう反応になりますよねー」

岩見沢先輩は爽やかな笑みを張り付かせて、言葉を続ける。

「大変申し訳ございません。あたし、余命近いんで、なりふり構っていられないんですよ!」

その瞬間、心臓が一瞬、停止する。
悪寒を覚えるほど、空気が張りつめた気がした。

「これって……?」
「何だよ、急に!」

わたしと藤谷くんは四方に目を配る。
わたしたちは異変に気づいたけれど、もう遅かった。

「スバルさん」

岩見沢先輩ははにかむように微笑んだ。

「お願いいたします」

言うが早いか、生徒会室のドアと窓があちらこちら音を立てて不自然に施錠されていく。
まるで逃げ道を封じるようなそれは、わたしたちを恐怖へ陥れるのに十分だった。

ドアと窓が勝手に施錠されたけれど、これって……生徒会室に閉じ込められたってことになるんじゃ……。

疑問を上回る衝撃が、胸に鈍痛のように残っていた。

「ふええ……。矢坂くん……」

困り果てたわたしは矢坂くんを見つめる。

「恐らく、スバルさんがしたんだろうな。死神の役目は生死の審査、そして残された時間を一緒に過ごし、悔いなく逝けるようにすることだ」

動揺するわたしに反して、矢坂くんの声はあくまでも平温だった。

「その際に、未練の手助けをすることもある。だが、原則、死神は死が迫っている人間を、あの世に導くことが仕事だ。それが死神がすることの最適解。だけど――」

わたしの胸中を察したのか、矢坂くんは即座に続けた。