いつか置き去りにしていた春の運命

翌日、わたしが学校に登校すると、昇降口の前は賑やかさに拍車がかかっていた。
たくさんの人がいるというだけで、圧倒されてしまう。

「何か、あったのかな?」

わたしは目の前で起こっていることが理解できずにいた。
周りの空気は何となく、そわそわと落ち着かなかった。
波乱の予感がして、わたしはそっと様子を窺う。

「ねえ、聞いた? 写真部、今度の春期写真コンテストにすごい写真を応募するみたいよ」
「えっ? そうなんだー」

あちこちから、賑やかな話し声が聞こえる。
どうやら、昇降口に写真部のポスターが貼られているみたいだ。
今度の春期写真コンテストの話題が上がっている。

「どんな写真を応募するの?」
「ヘルスイーツの写真って聞いたよ!」

ヘルスイーツの話題が聞こえてきて、心臓が大きくはね上がった。

「それに先駆けて、今度、写真部が『ヘルスイーツ写真展』をするみたい」
「そうなんだ。気になるー」

早まる心音を落ち着かせるように、わたしは今一度、ポスターを凝視した。
だが、やはり見間違いようもなく、『ヘルスイーツ写真展』のことが書かれている。
もはや、頭が真っ白になるしかなかった。
知らない間に、話題が妙な流れになっている。

どうなっているんだろう。
『ヘルスイーツ写真展』をするためには、死神パティシエの協力が必要不可欠だ。
スバルさんは、普通の死神でヘルスイーツは作れない。
少なくとも現段階では、写真部はその案を奪うことはできないはずだ。
それなのに、どうして……?

わたしの困惑をよそに、みんなは楽しそうにヘルスイーツの話題を続けていた。



ロッカーで靴を履き替えて、足早に高等部の教室に向かう。

「桃原、おはよう」

一年二組の教室に入ると、隣の席の矢坂くんが声をかけてきた。

「……おはよう、矢坂くん。昨日はありがとう」
「桃原、大丈夫か……?」
「……うん」

気丈に振る舞うわたしを見て、矢坂くんが心配そうな顔をする。
それは、今にも泣き出してしまうんじゃないかと思うほど、苦痛に満ちた表情に見えた。

「無理して笑わなくていいからな」
「……ありがとう」

矢坂くんはいつも、相手の気持ちに寄り添って言葉を選んでいる気がする。
空気を読むのがうまいのかもしれない。
心から感謝の気持ちが溢れた。

「桃原は、俺にとって、かけがえのない大切な存在だ。俺といる時は、いつだって本当の桃原でいてほしい」

矢坂くんはいつも、わたしの不安を取り除いてくれる。

「桃原の願い事は、俺ができるだけ、叶えたいと思っている。桃原の毎日を、もっと幸せな感情で埋め尽くしてあげたいと思っているから」

その瞬間、心臓がぎゅっと握られたみたいな衝撃を受けた。
わたしの顔が、輪をかけて赤くなるのを感じる。
大好きな人からの嬉しい言葉って、本当に心臓に悪い。

――そう思っているのはわたしの方だよ。

思わず、口にしてしまいそうになった心の声を呑み込む。
紅潮した頬を両手で覆い隠し、わたしは咄嗟に話題を変えた。

「矢坂くん。昇降口のポスター、どう思う?」
「恐らく、岩見沢先輩が貼ったんだろうな。ポスターに写っていた写真は、ヘルスイーツじゃない。普通のお菓子だ」

口を衝いて出た疑問に、矢坂くんはそう断言する。

「じゃあ、普通のお菓子をヘルスイーツだと偽っているんだね」
「ああ」

念を押すと、矢坂くんはしっかりとうなずいた。

「岩見沢先輩はどうして、そこまでして写真部を残したいと思っているのかな……」
「どうしてだと思う?」

わたしの率直な問いかけに答えたのは、矢坂くんじゃなかった。
声がした方向を見ると、そこには岩見沢先輩が立っていた。
その後ろには、スバルさんが佇んでいる。
生徒会副会長直々の訪問に、クラス中がざわついた。

「ふーん。あの写真を一目見て、ヘルスイーツじゃないって見破るなんてね。あなたたち、随分、ヘルスイーツに詳しそう。やっぱり、知り合いに死神パティシエがいるからかなー」

岩見沢先輩が興味津々に、矢坂くんに水を向ける。

「あなたたち、昼休み、少し時間をちょうだい。話したいことがあるの」
「はい」
「分かりました」

岩見沢先輩の真剣な眼差しに、わたしと矢坂くんは戸惑いつつもそう答えた。



お昼休み、昼食を食べてから、わたしたち、お菓子写真部は生徒会室へと赴いた。

「来てくれてありがとうございます」

生徒会室のドアを開けるなり、岩見沢先輩に出迎えられる。
生徒会室には、今はわたしたちと岩見沢先輩とスバルさんだけのようだ。

「矢坂くん」
「桃原、大丈夫だ」

矢坂くんは屈託なく笑って、わたしの隣に腰を下ろした。
肩が触れたのはきっと、偶然のはず。
ただ、そんな小さな接触に、わたしの心臓は跳ね上がる。
わたしたちが席につくと、岩見沢先輩は早速、話し始めた。

「もう、知っていると思いますが、写真部は部員不足で、存続ぎりぎりの瀬戸際に立たされています。このままでは、来年を待たずに廃部になってしまうでしょう」
「だからって、他の部を廃部に追い込むような噂を流したりするなよ!」

藤谷くんが不満そうに、喜多見先輩に水を向ける。

「その件については謝罪します。大変申し訳ございません」

そう言って、岩見沢先輩は丁重に頭を下げる。
正直、何一つ腑に落ちなかった。
それでも、わたしはおずおずと岩見沢先輩に声をかける。

「あの、昇降口のポスターは……?」
「申し訳ございません。あなたたちを試していました」

話が見えないんだけど。
一言で表すのなら、そんな言葉がしっくりくるだろう。