「岩見沢ユリさんだ。高校三年生。生徒会副会長で、写真部の副部長を兼任している」
わたしが必死で涙をこらえていると、矢坂くんが満を持って口を開いた。
「無邪気で明るい性格だけど、目的のためなら、手段を選ばないところがあるらしいな」
「ふええ……」
矢坂くんの言葉に、わたしはガクガクと畏怖を覚える。
「生徒会副会長、想像よりすげえな」
藤谷くんは率直で純粋な感想を述べた。
「『ヘルスイーツ写真展』をするためには、死神パティシエの協力が必要不可欠だ。スバルさんは、普通の死神でヘルスイーツは作れない。少なくとも現段階では、写真部はその案を奪うことはできない」
「そうなんだね……」
矢坂くんがそう言って頬を緩めると、わたしもほっと胸を撫で下ろす。
「なあ、浩二。スバルさんは、本当に普通の死神だよな? 上位の死神とかじゃないよな?」
「ああ。スバルさんは普通の死神だ」
「そっかー」
再度、確認してから、藤谷くんは間延びした声を出した。
「もし、上位の死神とかだったら、かなり厄介だしな」
気の抜けた声音とともに、オムライスをすくう。
わたしも食事を再開したけれど、ふとある疑問が浮かぶ。
「ねえ、矢坂くん。どうして現段階では、写真部はその案を奪うことはできないって言い切れるの? もしかしたら、死神パティシエの協力者がいるかもしれないのに……」
「もし、死神パティシエの協力者がいる場合、岩見沢先輩はスバルさんに協力を求めないはずだ。それにスバルさんも、死神パティシエについて、あまり詳しくはなさそうだ。恐らく、知り合いに死神パティシエはいないだろう」
矢坂くんの確信に近い推測に、いくらか気持ちも軽くなった。
わたしたちは食事を終えると解散した。
食事を終えた頃には、岩見沢先輩とスバルさんの姿はなかったからだ。
わたしと矢坂くんは一年二組の教室に戻って、藤谷くんは一年三組の教室に戻った。
「他の部を、廃部に追い込む……。どうして、岩見沢先輩はそこまでして、写真部を存続させようとしているのかな……」
席につくと、岩見沢先輩たちとの会話を思い出した。
あの後、岩見沢先輩たちはとりとめのない話をしていた。
写真部の引き継ぎの話とか、春期写真コンテストのことは後輩たちに任せているとか、遺書は書き終えているとか、当たり障りのない会話ばかりだ。
まるで、迫り来る死の運命を受け入れているように、いつ来るのかは分からない『最期の日』の準備を進めているみたいだった。
「矢坂くん……」
わたしは、隣の席に座っている矢坂くんをちらりと見る。
死神パティシエである矢坂くんは、岩見沢先輩がいつ死ぬのか知っている。
死因も分かっている。
でも、それを迂闊に口にしてはいけない。
わたしの時と同じように、死を回避されてしまうかもしれないからだ。
でも、特別な関係ではなくても、身近な人が死ぬのはつらい。
「ヘルスイーツは……人を幸せにするためにあるんだよね」
わたしは目をぎゅっと固く閉じる。
『当たり前だろう。俺たち、死神パティシエは、そのためにいるんだからな』
矢坂くんの笑顔が、まぶたに張り付いて取れない。
思い出すのは『あの日、置き去りにしていた過去』。
振り払えない死に慌ただしかったあの頃。
いつも死が隣り合わせにあった小学五年生の春。
矢坂くんは春の匂いがする笑顔とともに、わたしの運命を変えてくれた。
そして、霧也くんはわたしのために重い代償を支払ってくれた。
死の未来を背負っていたわたしを支えてくれた二人の笑顔を、今も鮮やかに思い出す。
「どうしたら、岩見沢先輩を止めることができるのかな?」
ぽつりと疑問が口から出た。
思考は渦になり、答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。
――そんな時だった。
矢坂くんの声が聞こえてきたのは。
「桃原がしたいと思ったことをすればいい。岩見沢先輩にとっても、写真部で過ごした日々は大切だったはずだから」
はっとして、視線を向けたその先には――矢坂くんが優しく見つめていた。
その瞬間、わたしを襲ったのはあまりに強烈な感情の奔流で……。
何故か、泣きそうになっている矢坂くんの顔は、この世の何よりも愛おしく映った。
*
放課後、わたしたちはお菓子写真部の部室で、食堂で交わされた岩見沢先輩の思惑について打ち明けていた。
「なるほど……」
話を聞いた喜多見先輩は深々と息をつく。
「まさか、岩見沢さんがそんなことを……。だが、確かに最近、彼女はいつもそわそわしているように感じる。目を離すと、いつの間にか、姿が見当たらない時もあった」
内心を吐露しつつ、喜多見先輩は先を続ける。
「しかし、まさか、今回の騒動を引き起こしたのが、彼女だったなんて……ん?」
わたしが驚いていると、喜多見先輩は不思議そうに視線を向けてきた。
「確か、一年二組の桃原さんだったよな? どうかしたのか?」
「あの……信じてくれるんですか?」
躊躇いつつも、わたしの率直な疑問を口にした。
わたしたちから話を聞いたことで、喜多見先輩は、岩見沢先輩によって生じた騒動を情報としてなら認識している。
しかし、それはあくまでも情報だ。
感情を伴わない情報の羅列は、何の実感も証拠にもならないはずだ。
遠く離れた場所の声や音が聞こえるヘルスイーツのことを伝えたとはいえ、こんなにもすんなり信じてくれるとは思わなかったのだ。
「君たちは、僕と千紗の大切な友人だ。友人の言葉を疑う理由なんてない」
喜多見先輩は殊更、真剣な調子で声を張る。
「それに、君たちが思っている以上に、僕たちはあの出来事で救われたんだ。君たちにはたくさんの恩がある。少しでも、その恩を返したい」
その言葉には、有無を言わせない迫力があった。
わたしが必死で涙をこらえていると、矢坂くんが満を持って口を開いた。
「無邪気で明るい性格だけど、目的のためなら、手段を選ばないところがあるらしいな」
「ふええ……」
矢坂くんの言葉に、わたしはガクガクと畏怖を覚える。
「生徒会副会長、想像よりすげえな」
藤谷くんは率直で純粋な感想を述べた。
「『ヘルスイーツ写真展』をするためには、死神パティシエの協力が必要不可欠だ。スバルさんは、普通の死神でヘルスイーツは作れない。少なくとも現段階では、写真部はその案を奪うことはできない」
「そうなんだね……」
矢坂くんがそう言って頬を緩めると、わたしもほっと胸を撫で下ろす。
「なあ、浩二。スバルさんは、本当に普通の死神だよな? 上位の死神とかじゃないよな?」
「ああ。スバルさんは普通の死神だ」
「そっかー」
再度、確認してから、藤谷くんは間延びした声を出した。
「もし、上位の死神とかだったら、かなり厄介だしな」
気の抜けた声音とともに、オムライスをすくう。
わたしも食事を再開したけれど、ふとある疑問が浮かぶ。
「ねえ、矢坂くん。どうして現段階では、写真部はその案を奪うことはできないって言い切れるの? もしかしたら、死神パティシエの協力者がいるかもしれないのに……」
「もし、死神パティシエの協力者がいる場合、岩見沢先輩はスバルさんに協力を求めないはずだ。それにスバルさんも、死神パティシエについて、あまり詳しくはなさそうだ。恐らく、知り合いに死神パティシエはいないだろう」
矢坂くんの確信に近い推測に、いくらか気持ちも軽くなった。
わたしたちは食事を終えると解散した。
食事を終えた頃には、岩見沢先輩とスバルさんの姿はなかったからだ。
わたしと矢坂くんは一年二組の教室に戻って、藤谷くんは一年三組の教室に戻った。
「他の部を、廃部に追い込む……。どうして、岩見沢先輩はそこまでして、写真部を存続させようとしているのかな……」
席につくと、岩見沢先輩たちとの会話を思い出した。
あの後、岩見沢先輩たちはとりとめのない話をしていた。
写真部の引き継ぎの話とか、春期写真コンテストのことは後輩たちに任せているとか、遺書は書き終えているとか、当たり障りのない会話ばかりだ。
まるで、迫り来る死の運命を受け入れているように、いつ来るのかは分からない『最期の日』の準備を進めているみたいだった。
「矢坂くん……」
わたしは、隣の席に座っている矢坂くんをちらりと見る。
死神パティシエである矢坂くんは、岩見沢先輩がいつ死ぬのか知っている。
死因も分かっている。
でも、それを迂闊に口にしてはいけない。
わたしの時と同じように、死を回避されてしまうかもしれないからだ。
でも、特別な関係ではなくても、身近な人が死ぬのはつらい。
「ヘルスイーツは……人を幸せにするためにあるんだよね」
わたしは目をぎゅっと固く閉じる。
『当たり前だろう。俺たち、死神パティシエは、そのためにいるんだからな』
矢坂くんの笑顔が、まぶたに張り付いて取れない。
思い出すのは『あの日、置き去りにしていた過去』。
振り払えない死に慌ただしかったあの頃。
いつも死が隣り合わせにあった小学五年生の春。
矢坂くんは春の匂いがする笑顔とともに、わたしの運命を変えてくれた。
そして、霧也くんはわたしのために重い代償を支払ってくれた。
死の未来を背負っていたわたしを支えてくれた二人の笑顔を、今も鮮やかに思い出す。
「どうしたら、岩見沢先輩を止めることができるのかな?」
ぽつりと疑問が口から出た。
思考は渦になり、答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。
――そんな時だった。
矢坂くんの声が聞こえてきたのは。
「桃原がしたいと思ったことをすればいい。岩見沢先輩にとっても、写真部で過ごした日々は大切だったはずだから」
はっとして、視線を向けたその先には――矢坂くんが優しく見つめていた。
その瞬間、わたしを襲ったのはあまりに強烈な感情の奔流で……。
何故か、泣きそうになっている矢坂くんの顔は、この世の何よりも愛おしく映った。
*
放課後、わたしたちはお菓子写真部の部室で、食堂で交わされた岩見沢先輩の思惑について打ち明けていた。
「なるほど……」
話を聞いた喜多見先輩は深々と息をつく。
「まさか、岩見沢さんがそんなことを……。だが、確かに最近、彼女はいつもそわそわしているように感じる。目を離すと、いつの間にか、姿が見当たらない時もあった」
内心を吐露しつつ、喜多見先輩は先を続ける。
「しかし、まさか、今回の騒動を引き起こしたのが、彼女だったなんて……ん?」
わたしが驚いていると、喜多見先輩は不思議そうに視線を向けてきた。
「確か、一年二組の桃原さんだったよな? どうかしたのか?」
「あの……信じてくれるんですか?」
躊躇いつつも、わたしの率直な疑問を口にした。
わたしたちから話を聞いたことで、喜多見先輩は、岩見沢先輩によって生じた騒動を情報としてなら認識している。
しかし、それはあくまでも情報だ。
感情を伴わない情報の羅列は、何の実感も証拠にもならないはずだ。
遠く離れた場所の声や音が聞こえるヘルスイーツのことを伝えたとはいえ、こんなにもすんなり信じてくれるとは思わなかったのだ。
「君たちは、僕と千紗の大切な友人だ。友人の言葉を疑う理由なんてない」
喜多見先輩は殊更、真剣な調子で声を張る。
「それに、君たちが思っている以上に、僕たちはあの出来事で救われたんだ。君たちにはたくさんの恩がある。少しでも、その恩を返したい」
その言葉には、有無を言わせない迫力があった。



