いつか置き去りにしていた春の運命

「アプリ注文はすごく便利だよねー」

わたしはアプリのQRコードを提示して、注文していた食事を受け取ると、矢坂くんとともに歩き始めた。 
事前に、学校のアプリでメニューを選び、決済している。
藤谷くんがいる席に向かっている途中、ふと見覚えのある存在が横を通り過ぎていった。

「えっ? スバルさん……っ」

驚いて、思わず言いかけたわたしは慌てて、口を覆った。
周りを確認してから、スバルさんをおそるおそる見る。
スバルさんはこちらに気づくこともなく、女の子の隣を歩いていく。

今の……気づかれなかったよね……。

安堵しつつも、わたしはそっと、女の子の様子を窺う。
明るい栗色の髪は肩までかかり、柔らかな雰囲気をまとっている。
上級生を示す青いリボンをつけているのが見えた。
恐らく、スバルさんは千紗ちゃんを担当した後、彼女の担当になったのだろう。
二人は何やら、会話を交わしている。
だけど、二人が話している内容までは分からない。

「矢坂くん……。スバルさんが……」

わたしは焦ったように口走った。
すると、矢坂くんはそっと、人差し指を口元に立てる。

「桃原、ここじゃ目立つ。席についてから話そう」
「……うん」

矢坂くんに促されたことで、わたしは藤谷くんが待つ席に向かう。
わたしたちが席につくと、藤谷くんは怪訝そうに訊いた。

「何かあったのか?」
「うん。スバルさんがいたの」
「マジで……っ!?」

わたしの発言に、思わず叫びかけた藤谷くんは慌てて、口を覆った。
おそるおそる周囲を確認してから、小声で尋ねる。

「ここにいるってことは、死が迫っている人がいるってことだよな?」
「……多分。上級生の女の子の隣を歩いていたから、その人かも……」

藤谷くんの質問に、わたしは戸惑いながらも続けた。

「何か会話しているみたいだった。だけど、声が小さくて、よく聞き取れなかったの……」
「マジか……」

わたしの返答に、藤谷くんは頭を所在なくかく。

「矢坂くん。遠く離れた人の声が聞こえる方法ってないかな?」
「食堂の特別メニューの中に、『コーヒーゼリー』があっただろう」

わたしの疑問に答える代わりに、矢坂くんはコーヒーゼリーを示した。
学食のデザートの一つ、コーヒーゼリーは安くてそれなりに人気がある。

「うん。矢坂くん、絶対に注文するようにって言ってたよね」

わたしはコーヒーゼリーを指さし、矢坂くんの返事を窺う。

「俺たちのコーヒーゼリーは先程、俺がヘルスイーツに入れ換えた。このヘルスイーツを食べたら、遠く離れた場所の声や音が聞こえるようになる」
「そうなんだー。すごーい」

何気なく付け足された説明に、わたしは目を瞬く。

「浩二。俺の分も入れ換えろよ。俺だけ、仲間外れはごめんだからな」
「分かっている」

藤谷くんが促すと、矢坂くんは手をかざしてさっと入れ換えた。
これで、わたしたちの目の前にあるコーヒーゼリーは、すべてヘルスイーツと入れ換わったことになる。

「いただきます」

わたしは早速、コーヒーゼリーをスプーンですくう。
その味わいは、ミルクの優しい甘みとコーヒーのほろ苦い風味が、絶妙なハーモニーを奏でている。
まるで、有名な洋菓子店のコーヒーゼリーを食べている気分だ。
正直、デザートから食べるというのも少し不思議な感じがしたけれど、これも情報を得るためだと割り切る。
コーヒーゼリーを食べ終わると、わたしたちはスバルさんがいる、向かいの席に聞き耳を立てた。
すると徐々に、スバルさんたちの声が聞こえてきた。

「岩見沢ユリさん。あなたは、あとわずかで亡くなります」
「もうー。スバルさん、相変わらず、まじめですね」

岩見沢先輩は食事を終えると、スバルさんを見てころころと笑っていた。

「はいはい、分かっていますよ。あたし、もうすぐ死んじゃうんでしょう? その前にやってほしいこと、どしどしリクエストしちゃいますから覚悟してくださいねー」

はきはきとしたその物言いは、とても落ち着いた振る舞いに見えた。
とても、もうすぐ死期が迫っている人だとは思えない。
呆然とするわたしたちを裏腹に、岩見沢先輩はお構い無しに続けた。

「ではでは、死神さん、作戦会議しましょう」
「脳みそぽかぽか人間」

スバルさんのセリフが、懐疑的におかしい。
わたしたちは毒気を抜かれて、思わず顔を見合わせた。

「あたしたち、写真部は部員不足で、存続ぎりぎりの瀬戸際に立たされています。このままでは、来年を待たずに廃部になってしまうでしょう」
「そのようですね」

スバルさんが小刻みにうなずき、相槌を打つ。

「だから、あたし、名案を思いついたんです。活動実績にもなって、新入部員も増えて、廃部の危機も免れる方法を」

何か良いことが、幸せなことが起こりそうな予感がする。
岩見沢先輩の声はそんなふうに、うきうきとして弾んでいた。

「他の部を、廃部に追い込めばいいんです。部が減れば、来年の予算枠もそれだけ増えます。それに廃部になったことで、写真部に目を向ける生徒もいるでしょう。そうすれば、写真部は、あたしがいなくなった来年も存続できますよね。あたし、それを願っているんですよ」

話が見えないんだけど。
一言で表すのなら、そんな言葉がしっくりくるだろう。
だけど、わたしは嫌な予感がして、顔を強張らせる。
もしかして、もしかすると……。

「『噂研究部』という架空の部をでっち上げて、噂を流したまでは良かったのですが、まさか『お菓子写真部』の人たちが、死神パティシエの知り合いだったとは予想外でした」
「ええっ……!?」

全く予想だにしなかった展開に、わたしは目を丸くする。
この状況はまさに、犯人捜しをしようと思ってたら、その犯人が自白している現場に遭遇してしまったというパターンだ。
しかも、調査に乗り出していた『噂研究部』は架空の部。
わたしたちの動揺を露知らず、岩見沢先輩はさらに衝撃的な言葉を口にした。

「作戦は失敗に終わりましたが、あたし、生徒会室で聞いたんですよ。お菓子写真部が『ヘルスイーツ写真展』をしたいって」
「ヘルスイーツ写真展……」

スバルさんが、岩見沢先輩の言葉を反芻する。

「はい。その案、我が写真部が根こそぎいただこうと思っているんですよ。活動実績にもなって、部の存続にも繋がる。まさに一石二鳥です」

悲しみを通り越して、もはや言葉がない。
すべてに置いて、度が過ぎている。
全身の温度が急激に下がっていった気がした。