いつか置き去りにしていた春の運命

「俺たちは大丈夫だ。少し休もう。無理はするな」
「ありがとう……」

矢坂くんの優しい声に、わたしは息を切らしながらも微笑む。

「結局、収穫はなかったな」
「秘匿された噂研究部の部室、ますます燃えてきたぜ!」

ぐったりとする矢坂くんとは裏腹に、藤谷くんはやる気に満ち溢れていた。

「場所が分からない部室を、さすがに歩き回って探すのは効率が悪いな」
「そうだね。三人じゃ手分けしても、校舎をすべて調べるのは限界があるよ」

わたしは人差し指を頬に当てて頭を悩ます。
お菓子写真部は予算が少なく、しかも、わたしたち一年生三人で切り盛りしている。
実際、小さな部にできることは少ない。
だけど、今朝のお父さんたちとの遭遇といい、今日は運命に引き寄せられる日ではないかと思う。

「ヘルスイーツの力があれば、不可解を可能にすることができる」
「そっか! ヘルスイーツのすごさは実証済みだもんね!」

矢坂くんの名案に、わたしが歓喜で打ち震えたその時だった。

「やっぱり、ここにいたか」

お菓子写真部の部室に、喜多見先輩が入ってきたのだ。
生徒会長直々の訪問に、わたしたちは思わず、目を白黒させる。

「急に出向いてすまない。君たちに相談したいことがある」

挨拶もそこそこに、喜多見先輩はここに来た目的を告げた。

「喜多見先輩、どうぞ」
「ああ」

矢坂くんに通されて、喜多見先輩は空いている席に腰掛ける。
わたしは、その様子を緊張した面持ちで見つめていた。
生徒会長が、お菓子写真部に何の用だろうか。
もしかしたらまた、廃部の知らせを伝えに来たのかも。
そう考えると、言いようのない不安が首をもたげてくる。

「千紗を救ってくれてありがとう。改めて、感謝を伝えたい」

喜多見先輩はそう言って深く頭を下げた。
平静を装いつつ、心は悲嘆に暮れているのが伝わってくる。
喜多見先輩にとって、千紗ちゃんはかけがえのない大事な妹だ。
千紗ちゃんが亡くなってから、喜多見先輩はしばらくの間、学校を休んでいたという。
心に深い傷を負っていた。
だけど、喜多見先輩は生徒会長としての立場がある。
それに千紗ちゃんが憧れた兄としての矜持からか、少し前に復学していた。
もし、わたしなら、ずっと塞ぎ込んでいただろう。
でも、喜多見先輩は絶望に押し流されそうになりながらも、必死に前を見つめている。
込み上げてきそうになる涙を懸命にこらえながら、わたしたちと向き合っていた。

「君たちに相談したいことがあって、ここに来た」

喜多見先輩は一瞬、それを口にすることを躊躇いつつも本題に入った。

「君たちも知っているかもしれないが、噂研究部のことだ」
「噂研究部……」

わたしは噛みしめるように、その言葉を反芻する。

「存在自体が曖昧な部。そのような部は、僕たち、生徒会が取り締まって対処している。幽霊部員が多くて、部自体が成り立っていないとか、活動実績が乏しい部とかな」
「取り締まり……」

少しのけぞりながら尋ねると、喜多見先輩は言った。

「しかし、噂研究部……。その名は以前から聞いたことがあるのに、生徒会が取り締まった形跡はない」
「ええっ!?」

わたしはのけぞっていた体を戻して、喜多見先輩の方へと身を乗り出した。
喜多見先輩は一呼吸置くと核心を突く。

「僕は生徒会の誰かが、その部に関わっていると思う」
「つまり、その人物が噂を吹聴したり、事実をもみ消したりしているわけですね」

その話を聞いて、矢坂くんはすぐに結論に至ったようだ。
喜多見先輩は困ったように笑って肩をすくめる。

「ああ。ありもしない噂を流されて、こちらは辟易している。しかも、その犯人が生徒会にいるとなると、さすがに公にはできない」

喜多見先輩は、率直で正直な心情を吐露する。

「頼む。力を貸してくれないか?」

喜多見先輩の強い懇願。
耐えきれなくなった私は、目に涙を溜めて切望した。

「矢坂くん、力を貸してあげようよ!」
「桃原?」

矢坂くんは呆気に取られたように、わたしをまじまじと見つめる。

「わたしたちも、噂研究部のことを調べていたし、困っている友達をほっとけない。それに困った時はヘルスイーツ頼みだよ!」

言葉が空回りしつつも、わたしは必死に拳を突き上げた。

「……桃原は期待されたら、無茶するからな。でも、確かに、みんなで協力し合った方が早く解決しそうだ」

涙目のわたしの言い分に、矢坂くんは苦笑いする。

「調査、再開しようぜ」

その言葉に相まって、藤谷くんが寄り添うように言った。
部員全員で意気投合。
だが、その反応を目の当たりにした喜多見先輩は気まずそうに尋ねる。

「生徒会のせいで、お菓子写真部は廃部の危機になりかけたのに……。それなのに、どうしてだ……?」
「生徒会に、友達が……喜多見先輩がいたから」

わたしの寂しげな笑みに、喜多見先輩ははっとした。
千紗ちゃんが亡くなる前日、公園で交わしたやり取りを思い出したのだろう。

「友達……」

喜多見先輩の頬に、涙が伝う。
線を引くように落ちていくその涙を見ていると、胸が苦しくて喉が締めつけられる。

『お姉ちゃん、ありがとう!』

不意に、そう言った千紗ちゃんの笑顔を思い出した。
千紗ちゃんのことは忘れたくないし、多分、忘れようと思っても忘れられない。
千紗ちゃんは、わたしたちにとっても大切な存在になっていたから。

「……はい。喜多見先輩の悲しむ顔は見たくないから。わたしたちにとって、力になろうと思う理由はそれで十分」

わたしは涙を拭い、確かな想いを口にする。

「それに喜多見先輩には、いろいろと助けてもらったから、その恩返しをしたいの」
「おいおい。恩があるのは僕の方だろ」

喜多見先輩は、こぼしそうになった涙を手の甲で拭う。

「ありがとう……」

それだけ告げると、しばらく無言で涙を流していた。



日が変わって、翌日になる。
いつものように学校の日常を送っていたお昼休み。

「浩二、桃原さん、こっちこっち!」

矢坂くんと一緒に、昼食を食べるために食堂に入ると、既に藤谷くんは席を確保してくれていた。
昨日、あれから、さらに話し合ったことで放課後、喜多見先輩の案内で、生徒会室へと足を運ぶことになっていた。
だけど、部活の活動時間は、平日は二時間まで。
しかも、死神の仕事、ヘルスイーツを薬局に届ける作業もある。
昨日は何の当てもなくさまよったことで、ほとんどの時間を無駄に消耗してしまった。
今日は効率よく動くためにも、その前に作戦会議をしようという流れになったのだ。