「お父さん……?」
わたしは予想外の展開にぽかんとする。
だけど、お父さんはわたしの存在に気づくことなく、その男性と親しそうに会話していた。
どういう状況か、分からない。
穴が開くほど、お父さんを見つめたって、現実は変わらない。
それでも、その姿を目の当たりにして、わたしの中で何かのスイッチが入った。
もしかしたら、お父さんは、あの死神さんと何らかの関係があるのかもしれない……!
そう思い至ったわたしは、冷静さをかなぐり捨てて、一も二もなくお父さんのもとへ走り出した。
足を勢いよく蹴って、全力疾走。
あとわずか。
あと少しで、お父さんのもとへたどり着くと思ったその瞬間――。
耳をつんざく金属音とともに、すさまじい勢いで横を電車が通り過ぎていった。
肌に熱を感じたのは、恐らく錯覚じゃない。
「ふええ……。危なかった……」
わたしは反射的に、電車が通過した方向を見る。
心臓がまだ、忙しなく早鐘を打っている。
荒い呼吸を何とか落ち着かせると再び、お父さんがいた方向に目を向けた。
「あれ……?」
わたしは思わず、目を瞬かせる。
だって、その時には、既にお父さんと死神らしき男性の姿はなかったから。
あまりにも呆気なく……しかし、事の真相を探る術は、今のわたしにはなかった。
ただ、この新たな運命の始まりは、めまぐるしい変化の予感がした。
*
シナモンクッキーの効果で、学校の校舎裏まで移動した後。
わたしは大急ぎで昇降口へ繰り出した。
ロッカーで靴を履き替えて、足早に高等部の教室に向かう。
「桃原、おはよう」
一年二組の教室に入ると、隣の席の矢坂くんが声をかけてきた。
「おはよう、矢坂くん」
わたしは思わず、声を弾ませる。
だけど、駅のホームの出来事を思い出し、小声で相談することにした。
「矢坂くんは、実は……」
わたしは今朝、遭遇したお父さんと死神らしき男性のことをかいつまんで説明する。
「矢坂くん、どう思う?」
わたしの話に、矢坂くんは冷静な面持ちを崩さない。
だけど、虫の知らせのような感覚に、わたしの心は非常に焦っていた。
「考えたくはないが、桃原のお父さんに死が迫っているのかもしれないな」
「そんな……」
矢坂くんの緊迫した声に、わたしの心が凍りつく。
死神と一緒にいた。
普通に考えると、必然的にそうなるだろう。
そんなわたしの様子を見て、矢坂くんは表情を緩めると、もう一つの可能性を口にした。
「もしくは、桃原や旭のように、死神の関係者かもしれないな」
「死神の関係者……」
確かに、お父さんが死神の関係者となると、勝手は違ってくる。
とはいっても、矢坂くんもすべてを知っているわけではない。
分かっているのは、お父さんが死神と何らかの関わりを持っているということくらいだ。
「桃原、心配するな。俺の方で調べてみる。もし、桃原さんのお父さんに死が迫っているなら、俺が見れば、すぐに分かるからな」
「……うん」
矢坂くんの優しい声は、まるで安心していいからな、と言ってくれているようで、すっーと心が凪いだ。
*
常々、不思議に思うことがある。
学校で偶然、聞こえてきた噂話。
その噂の根拠は、どこにあるのだろうか。
そう――ここにも、春の噂の名残が一つ。
「なあ。噂研究部について、突き止めようぜ!」
放課後、部室に赴くと、花弁が風に舞うような軽やかで、藤谷くんが告げた。
それはあまりにも唐突な告白で、わたしは言葉を失う。
千紗ちゃんがいなくなってから数日後、季節は梅雨の時期になっていた。
お菓子写真部の廃部の危機は、喜多見先輩が何とか取り直してくれた。
だけど、千紗ちゃんを失ったショックからか、喜多見先輩の表情はどこか浮かなかった。
それでも、噂研究部が流した噂は、デマだと判明したことで、お菓子写真部は平穏を取り戻していた。
しかし、その噂の発端、噂研究部自体がどこにも見当たらないことに、学校中が騒然となったのだ。
「噂研究部か。あるという噂だけで、部室がどこにあるのか分からないな」
矢坂くんが真剣な眼差しで、考え込む仕草をする。
「矢坂くん。みんな、どうして、そんな不透明な部の噂を信じたのかな?」
「確かに……。調べてみる必要はありそうだな」
わたしの素朴な疑問に、矢坂くんは思案するように目を伏せた。
噂研究部に関しては、何の情報もない白紙状態。
すべてが手探り状態だ。
わたしがぐっと気を引きしめていると、矢坂くんが言った。
「桃原。噂研究部の調査をするけれど、くれぐれも、無理はするなよ」
「えっ?」
思わぬ言葉に、わたしはぽかんと口を開いた。
「桃原は誰かを助けるために、がんばりすぎたりするから。俺は、桃原に無理してほしくない」
「うん! 矢坂くん、ありがとう!」
矢坂くんの気づかいが心に沁みる。
矢坂くん自身も、死神パティシエとして必要な作業を上げれば、枚挙にいとまがない。
作ったヘルスイーツを薬局に届けることもそうだし、送り届けないといけないヘルスイーツ自体も足りていない。
もちろん時間を見つけて、死神の仕事に行かないといけないし、かなり忙しいのだ。
そんな彼をサポートをするのが、死神見習いであるわたしとその助手の藤谷くんの仕事だ。
矢坂くんが忙しいのだから当然、わたしたちも忙しなく動き回ることになる。
だからこそ、『お菓子写真部』という安息の場所で繋がっていたい。
喜びも苦難も、慌ただしさも緊張感も、そんな中で感じた毎日の機微も全て、分かち合いたい。
そうすることで、前に進んでいける気がする。
今回の噂研究部の真相を究明すれば、お菓子写真部の誤解も完全に解けるだろう。
そうすれば、上位の死神、カイリさんの捜索やヘルスイーツの最高峰、『ヴァルト・メゾン・ショコラ』作りに専念できるはずだ。
「よし、がんばるぞ!」
わたしは心躍るままに足取りも軽く、噂研究部の調査へと飛び込んでいった。
*
「もー、無理」
校舎内を歩き続けた結果。
歩き疲れたわたしは、へとへとになっていた。
やがて、お菓子写真部の部室にたどり着くと、全身を襲う疲労感に負けて、崩れるように座り込む。
「これ以上、一歩も歩けない。校舎内、くまなく探したのに、それらしい部室がないよ……」
疲労困憊でへたり込んでいるところに、矢坂くんが声をかけてくれる。
「桃原、大丈夫か?」
「うん。矢坂くんと藤谷くんは?」
矢坂くんが深く息をつくのが伝わった。
わたしは予想外の展開にぽかんとする。
だけど、お父さんはわたしの存在に気づくことなく、その男性と親しそうに会話していた。
どういう状況か、分からない。
穴が開くほど、お父さんを見つめたって、現実は変わらない。
それでも、その姿を目の当たりにして、わたしの中で何かのスイッチが入った。
もしかしたら、お父さんは、あの死神さんと何らかの関係があるのかもしれない……!
そう思い至ったわたしは、冷静さをかなぐり捨てて、一も二もなくお父さんのもとへ走り出した。
足を勢いよく蹴って、全力疾走。
あとわずか。
あと少しで、お父さんのもとへたどり着くと思ったその瞬間――。
耳をつんざく金属音とともに、すさまじい勢いで横を電車が通り過ぎていった。
肌に熱を感じたのは、恐らく錯覚じゃない。
「ふええ……。危なかった……」
わたしは反射的に、電車が通過した方向を見る。
心臓がまだ、忙しなく早鐘を打っている。
荒い呼吸を何とか落ち着かせると再び、お父さんがいた方向に目を向けた。
「あれ……?」
わたしは思わず、目を瞬かせる。
だって、その時には、既にお父さんと死神らしき男性の姿はなかったから。
あまりにも呆気なく……しかし、事の真相を探る術は、今のわたしにはなかった。
ただ、この新たな運命の始まりは、めまぐるしい変化の予感がした。
*
シナモンクッキーの効果で、学校の校舎裏まで移動した後。
わたしは大急ぎで昇降口へ繰り出した。
ロッカーで靴を履き替えて、足早に高等部の教室に向かう。
「桃原、おはよう」
一年二組の教室に入ると、隣の席の矢坂くんが声をかけてきた。
「おはよう、矢坂くん」
わたしは思わず、声を弾ませる。
だけど、駅のホームの出来事を思い出し、小声で相談することにした。
「矢坂くんは、実は……」
わたしは今朝、遭遇したお父さんと死神らしき男性のことをかいつまんで説明する。
「矢坂くん、どう思う?」
わたしの話に、矢坂くんは冷静な面持ちを崩さない。
だけど、虫の知らせのような感覚に、わたしの心は非常に焦っていた。
「考えたくはないが、桃原のお父さんに死が迫っているのかもしれないな」
「そんな……」
矢坂くんの緊迫した声に、わたしの心が凍りつく。
死神と一緒にいた。
普通に考えると、必然的にそうなるだろう。
そんなわたしの様子を見て、矢坂くんは表情を緩めると、もう一つの可能性を口にした。
「もしくは、桃原や旭のように、死神の関係者かもしれないな」
「死神の関係者……」
確かに、お父さんが死神の関係者となると、勝手は違ってくる。
とはいっても、矢坂くんもすべてを知っているわけではない。
分かっているのは、お父さんが死神と何らかの関わりを持っているということくらいだ。
「桃原、心配するな。俺の方で調べてみる。もし、桃原さんのお父さんに死が迫っているなら、俺が見れば、すぐに分かるからな」
「……うん」
矢坂くんの優しい声は、まるで安心していいからな、と言ってくれているようで、すっーと心が凪いだ。
*
常々、不思議に思うことがある。
学校で偶然、聞こえてきた噂話。
その噂の根拠は、どこにあるのだろうか。
そう――ここにも、春の噂の名残が一つ。
「なあ。噂研究部について、突き止めようぜ!」
放課後、部室に赴くと、花弁が風に舞うような軽やかで、藤谷くんが告げた。
それはあまりにも唐突な告白で、わたしは言葉を失う。
千紗ちゃんがいなくなってから数日後、季節は梅雨の時期になっていた。
お菓子写真部の廃部の危機は、喜多見先輩が何とか取り直してくれた。
だけど、千紗ちゃんを失ったショックからか、喜多見先輩の表情はどこか浮かなかった。
それでも、噂研究部が流した噂は、デマだと判明したことで、お菓子写真部は平穏を取り戻していた。
しかし、その噂の発端、噂研究部自体がどこにも見当たらないことに、学校中が騒然となったのだ。
「噂研究部か。あるという噂だけで、部室がどこにあるのか分からないな」
矢坂くんが真剣な眼差しで、考え込む仕草をする。
「矢坂くん。みんな、どうして、そんな不透明な部の噂を信じたのかな?」
「確かに……。調べてみる必要はありそうだな」
わたしの素朴な疑問に、矢坂くんは思案するように目を伏せた。
噂研究部に関しては、何の情報もない白紙状態。
すべてが手探り状態だ。
わたしがぐっと気を引きしめていると、矢坂くんが言った。
「桃原。噂研究部の調査をするけれど、くれぐれも、無理はするなよ」
「えっ?」
思わぬ言葉に、わたしはぽかんと口を開いた。
「桃原は誰かを助けるために、がんばりすぎたりするから。俺は、桃原に無理してほしくない」
「うん! 矢坂くん、ありがとう!」
矢坂くんの気づかいが心に沁みる。
矢坂くん自身も、死神パティシエとして必要な作業を上げれば、枚挙にいとまがない。
作ったヘルスイーツを薬局に届けることもそうだし、送り届けないといけないヘルスイーツ自体も足りていない。
もちろん時間を見つけて、死神の仕事に行かないといけないし、かなり忙しいのだ。
そんな彼をサポートをするのが、死神見習いであるわたしとその助手の藤谷くんの仕事だ。
矢坂くんが忙しいのだから当然、わたしたちも忙しなく動き回ることになる。
だからこそ、『お菓子写真部』という安息の場所で繋がっていたい。
喜びも苦難も、慌ただしさも緊張感も、そんな中で感じた毎日の機微も全て、分かち合いたい。
そうすることで、前に進んでいける気がする。
今回の噂研究部の真相を究明すれば、お菓子写真部の誤解も完全に解けるだろう。
そうすれば、上位の死神、カイリさんの捜索やヘルスイーツの最高峰、『ヴァルト・メゾン・ショコラ』作りに専念できるはずだ。
「よし、がんばるぞ!」
わたしは心躍るままに足取りも軽く、噂研究部の調査へと飛び込んでいった。
*
「もー、無理」
校舎内を歩き続けた結果。
歩き疲れたわたしは、へとへとになっていた。
やがて、お菓子写真部の部室にたどり着くと、全身を襲う疲労感に負けて、崩れるように座り込む。
「これ以上、一歩も歩けない。校舎内、くまなく探したのに、それらしい部室がないよ……」
疲労困憊でへたり込んでいるところに、矢坂くんが声をかけてくれる。
「桃原、大丈夫か?」
「うん。矢坂くんと藤谷くんは?」
矢坂くんが深く息をつくのが伝わった。



