ずっと、心に惹かれていた。
いつも笑顔で接してくれるあなたに、優しく包み込んでくれるあなたに憧れていた。
あなたと過ごす何気ない時間は、かけがえのない宝物だった。
ずっと、こうしていたい。
あなたとともに、未来を歩きたい。
そう思っても、終わりの時間は無情にやってくる。
そんな状況に置かれながら、心の中にあったのは、恐怖でも悲しみでもなく、たった一つの想いだった。
『あのね、霧也くん。……わたし、あなたにずっと、会いたかったの。ずっと謝りたくて……』
『晴花、謝る必要はないよ。だって、最期の後も、僕は君のそばにいるから』
くるりと振り返った霧也くんが、桜を背負うようにして告げる。
まるで、彼には似つかわしくない泣き笑いのような笑顔を浮かべて。
涙のように桜の花が散っていったあの日から、今もその答えの在り処をずっと探している。
……でも、本当は心のどこかで分かっていた。
その答えは見つけられない。
答えてくれるあなたは、もういないから。
ただ、その面影を、春の木漏れ日の下に見るだけだ。
死神の有り様と、その行く末に待つ避け難い終わりを、まだ知る由もないまま。
*
そんな不思議な夢に、どっぷり沈み込んでいたからかもしれない。
「晴花、早く起きないと遅刻するわよ!」
お母さんの声がして、眠たい目をこする。
わたしは寝ぼけ眼で目覚まし時計を二度見した。
時刻はもはや、登校しないといけない時間になっていた。
アラームはとっくに鳴り終えていて、どうやら無意識に止めてしまったみたいだ。
「うわあっ! 大変!」
わたしは一瞬で状況を把握すると、ベッドから起き上がった。
急いで着替えると、鞄を引っつかんで部屋を出た。
リビングに行くと、ダイニングテーブルには朝食が並べられていた。
「晴花、時間、大丈夫?」
「かなり、やばいかも……」
お母さんの言葉に、わたしは洗面所まで行き、顔を洗う。
朝の支度を終えて、リビングに戻ると、席に座った。
「いただきます」
わたしはハムエッグトーストを頬張り、紅茶を飲む。
本当はもう少し、じっくり味わいのだけど、とにもかくにも時間がない。
「ごちそうさま」
すぐに朝食を終えると、身支度を整えて玄関で大急ぎで靴を履く。
「もう、こんな時間! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
慌ただしく家を出たわたしを、お母さんは優しく見送ってくれた。
このままじゃ、間に合わないかも……!
それでも全力で疾走して、駅に到着する。
荒い息を吐いて呼吸を整えた。
ベンチに座ると、疲労がどっと押し寄せてくる。
だけど、ホームで電車を待っている間に、わたしの心はだいぶ落ち着いてきた。
冷静に考えれば、焦る必要はなかった。
矢坂くんからもらったヘルスイーツがある。
わたしは鞄から、クレープロールとシナモンクッキーが入った袋を取り出す。
このヘルスイーツは、死神見習いになったわたしのために緊急用にくれたお菓子、その一部だ。
クレープロールには、疲労回復の効果がある。
そして、シナモンクッキーを食べると、離れた場所に瞬間移動することができる。
不思議な机とは違って一回きりの効果だけど、この状況を打開する唯一の手段だ。
遅刻を回避できる上に、お菓子も食べられる。まさに一石二鳥だ。
緊急用のヘルスイーツをこの場で使うのもどうかと思ったけれど、遅刻したら元も子もない。
わたしはそう割り切って、まずはクレープロールを頬張った。
甘く優しく味が、口の中に広がる。
全力で走った疲労感が、一気に抜けていくような気がした。
「ん~! おいしい! とっても甘くてしっとりふんわり……」
矢坂くんが作ってくれたクレープロールは、優しい味わいで心が癒される。
わたしは食べ終えると改めて、時間を確認するため、鞄からスマホを取り出す。
今から学校に瞬間移動すれば、十分に間に合う時間だ。
学校のどこに瞬間移動しようか考えていると、手にしていたスマホが震えた。
表示されている日時の下で、チャットアプリが通知を知らせている。
わたしたち、お菓子写真部は、何かあった時のためにグループを作っている。
操作して、お菓子写真部のグループのチャット画面を開いた。
その際に、藤谷くんからのメッセージを受信をする。
『浩二、桃原さん。この間の件で、気になることがあるんだ。詳しいことは放課後、お菓子写真部の部室で話すな』
気になることって何だろう。
逡巡していると、矢坂くんが『分かった』と了解のスタンプを添えて返信している。
わたしも、『うん、分かった』とメッセージを打ち、お菓子のスタンプとともに送信した。
お菓子写真部のみんなと一緒の死神の仕事は毎日、充実している。
えへへ、お父さんがパティシエとしてがんばっている時に、自分もがんばることがあるのって嬉しいな。
お父さん、死神見習い、わたし、何とかうまくやっていけそうだよ。
だって、ほんのちょっとだけ、自分に自信を持てた気がする。
「まもなく、一番線に快速電車が通過します。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください」
スマホを鞄に戻すと、アナウンスが流れてきた。
電車に乗らなくても、学校には行ける。
シナモンクッキーをぱくりと食べたその時――。
「あれ……?」
視界の端に、妙なものが映り、わたしは顔を上げた。
見れば、季節外れの黒いコートに身を包んだ男性が、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。
スバルさんと似た雰囲気の男性。
線路側を歩いている上に、危なっかしい足取りに関わらず、誰も気に留めていない。
まるで、男性のことが見えていないみたいだ。
もしかして、この人も死神かも……!
気になって目が離せないでいると、男性の行く先には見覚えのある男性が立っていた。
「えっ……?」
その男性を見た瞬間、驚きすぎて、わたしは目を見開いた。
だって、死神らしき男性と一緒にいたのは、お父さんだったから。
いつも笑顔で接してくれるあなたに、優しく包み込んでくれるあなたに憧れていた。
あなたと過ごす何気ない時間は、かけがえのない宝物だった。
ずっと、こうしていたい。
あなたとともに、未来を歩きたい。
そう思っても、終わりの時間は無情にやってくる。
そんな状況に置かれながら、心の中にあったのは、恐怖でも悲しみでもなく、たった一つの想いだった。
『あのね、霧也くん。……わたし、あなたにずっと、会いたかったの。ずっと謝りたくて……』
『晴花、謝る必要はないよ。だって、最期の後も、僕は君のそばにいるから』
くるりと振り返った霧也くんが、桜を背負うようにして告げる。
まるで、彼には似つかわしくない泣き笑いのような笑顔を浮かべて。
涙のように桜の花が散っていったあの日から、今もその答えの在り処をずっと探している。
……でも、本当は心のどこかで分かっていた。
その答えは見つけられない。
答えてくれるあなたは、もういないから。
ただ、その面影を、春の木漏れ日の下に見るだけだ。
死神の有り様と、その行く末に待つ避け難い終わりを、まだ知る由もないまま。
*
そんな不思議な夢に、どっぷり沈み込んでいたからかもしれない。
「晴花、早く起きないと遅刻するわよ!」
お母さんの声がして、眠たい目をこする。
わたしは寝ぼけ眼で目覚まし時計を二度見した。
時刻はもはや、登校しないといけない時間になっていた。
アラームはとっくに鳴り終えていて、どうやら無意識に止めてしまったみたいだ。
「うわあっ! 大変!」
わたしは一瞬で状況を把握すると、ベッドから起き上がった。
急いで着替えると、鞄を引っつかんで部屋を出た。
リビングに行くと、ダイニングテーブルには朝食が並べられていた。
「晴花、時間、大丈夫?」
「かなり、やばいかも……」
お母さんの言葉に、わたしは洗面所まで行き、顔を洗う。
朝の支度を終えて、リビングに戻ると、席に座った。
「いただきます」
わたしはハムエッグトーストを頬張り、紅茶を飲む。
本当はもう少し、じっくり味わいのだけど、とにもかくにも時間がない。
「ごちそうさま」
すぐに朝食を終えると、身支度を整えて玄関で大急ぎで靴を履く。
「もう、こんな時間! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
慌ただしく家を出たわたしを、お母さんは優しく見送ってくれた。
このままじゃ、間に合わないかも……!
それでも全力で疾走して、駅に到着する。
荒い息を吐いて呼吸を整えた。
ベンチに座ると、疲労がどっと押し寄せてくる。
だけど、ホームで電車を待っている間に、わたしの心はだいぶ落ち着いてきた。
冷静に考えれば、焦る必要はなかった。
矢坂くんからもらったヘルスイーツがある。
わたしは鞄から、クレープロールとシナモンクッキーが入った袋を取り出す。
このヘルスイーツは、死神見習いになったわたしのために緊急用にくれたお菓子、その一部だ。
クレープロールには、疲労回復の効果がある。
そして、シナモンクッキーを食べると、離れた場所に瞬間移動することができる。
不思議な机とは違って一回きりの効果だけど、この状況を打開する唯一の手段だ。
遅刻を回避できる上に、お菓子も食べられる。まさに一石二鳥だ。
緊急用のヘルスイーツをこの場で使うのもどうかと思ったけれど、遅刻したら元も子もない。
わたしはそう割り切って、まずはクレープロールを頬張った。
甘く優しく味が、口の中に広がる。
全力で走った疲労感が、一気に抜けていくような気がした。
「ん~! おいしい! とっても甘くてしっとりふんわり……」
矢坂くんが作ってくれたクレープロールは、優しい味わいで心が癒される。
わたしは食べ終えると改めて、時間を確認するため、鞄からスマホを取り出す。
今から学校に瞬間移動すれば、十分に間に合う時間だ。
学校のどこに瞬間移動しようか考えていると、手にしていたスマホが震えた。
表示されている日時の下で、チャットアプリが通知を知らせている。
わたしたち、お菓子写真部は、何かあった時のためにグループを作っている。
操作して、お菓子写真部のグループのチャット画面を開いた。
その際に、藤谷くんからのメッセージを受信をする。
『浩二、桃原さん。この間の件で、気になることがあるんだ。詳しいことは放課後、お菓子写真部の部室で話すな』
気になることって何だろう。
逡巡していると、矢坂くんが『分かった』と了解のスタンプを添えて返信している。
わたしも、『うん、分かった』とメッセージを打ち、お菓子のスタンプとともに送信した。
お菓子写真部のみんなと一緒の死神の仕事は毎日、充実している。
えへへ、お父さんがパティシエとしてがんばっている時に、自分もがんばることがあるのって嬉しいな。
お父さん、死神見習い、わたし、何とかうまくやっていけそうだよ。
だって、ほんのちょっとだけ、自分に自信を持てた気がする。
「まもなく、一番線に快速電車が通過します。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください」
スマホを鞄に戻すと、アナウンスが流れてきた。
電車に乗らなくても、学校には行ける。
シナモンクッキーをぱくりと食べたその時――。
「あれ……?」
視界の端に、妙なものが映り、わたしは顔を上げた。
見れば、季節外れの黒いコートに身を包んだ男性が、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。
スバルさんと似た雰囲気の男性。
線路側を歩いている上に、危なっかしい足取りに関わらず、誰も気に留めていない。
まるで、男性のことが見えていないみたいだ。
もしかして、この人も死神かも……!
気になって目が離せないでいると、男性の行く先には見覚えのある男性が立っていた。
「えっ……?」
その男性を見た瞬間、驚きすぎて、わたしは目を見開いた。
だって、死神らしき男性と一緒にいたのは、お父さんだったから。



