いつか置き去りにしていた春の運命

ずっと、心に惹かれていた。
いつも笑顔で接してくれるあなたに、優しく包み込んでくれるあなたに憧れていた。
あなたと過ごす何気ない時間は、かけがえのない宝物だった。
ずっと、こうしていたい。
あなたとともに、未来を歩きたい。
そう思っても、終わりの時間は無情にやってくる。
そんな状況に置かれながら、心の中にあったのは、恐怖でも悲しみでもなく、たった一つの想いだった。

『あのね、霧也くん。……わたし、あなたにずっと、会いたかったの。ずっと謝りたくて……』
『晴花、謝る必要はないよ。だって、最期の後も、僕は君のそばにいるから』

くるりと振り返った霧也くんが、桜を背負うようにして告げる。
まるで、彼には似つかわしくない泣き笑いのような笑顔を浮かべて。
涙のように桜の花が散っていったあの日から、今もその答えの在り処をずっと探している。

……でも、本当は心のどこかで分かっていた。
その答えは見つけられない。
答えてくれるあなたは、もういないから。

ただ、その面影を、春の木漏れ日の下に見るだけだ。
死神の有り様と、その行く末に待つ避け難い終わりを、まだ知る由もないまま。



そんな不思議な夢に、どっぷり沈み込んでいたからかもしれない。

「晴花、早く起きないと遅刻するわよ!」

お母さんの声がして、眠たい目をこする。
わたしは寝ぼけ眼で目覚まし時計を二度見した。
時刻はもはや、登校しないといけない時間になっていた。
アラームはとっくに鳴り終えていて、どうやら無意識に止めてしまったみたいだ。

「うわあっ! 大変!」

わたしは一瞬で状況を把握すると、ベッドから起き上がった。
急いで着替えると、鞄を引っつかんで部屋を出た。
リビングに行くと、ダイニングテーブルには朝食が並べられていた。

「晴花、時間、大丈夫?」
「かなり、やばいかも……」

お母さんの言葉に、わたしは洗面所まで行き、顔を洗う。
朝の支度を終えて、リビングに戻ると、席に座った。

「いただきます」

わたしはハムエッグトーストを頬張り、紅茶を飲む。
本当はもう少し、じっくり味わいのだけど、とにもかくにも時間がない。

「ごちそうさま」

すぐに朝食を終えると、身支度を整えて玄関で大急ぎで靴を履く。

「もう、こんな時間! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」

慌ただしく家を出たわたしを、お母さんは優しく見送ってくれた。

このままじゃ、間に合わないかも……!

それでも全力で疾走して、駅に到着する。
荒い息を吐いて呼吸を整えた。
ベンチに座ると、疲労がどっと押し寄せてくる。
だけど、ホームで電車を待っている間に、わたしの心はだいぶ落ち着いてきた。

冷静に考えれば、焦る必要はなかった。
矢坂くんからもらったヘルスイーツがある。

わたしは鞄から、クレープロールとシナモンクッキーが入った袋を取り出す。
このヘルスイーツは、死神見習いになったわたしのために緊急用にくれたお菓子、その一部だ。
クレープロールには、疲労回復の効果がある。
そして、シナモンクッキーを食べると、離れた場所に瞬間移動することができる。
不思議な机とは違って一回きりの効果だけど、この状況を打開する唯一の手段だ。

遅刻を回避できる上に、お菓子も食べられる。まさに一石二鳥だ。

緊急用のヘルスイーツをこの場で使うのもどうかと思ったけれど、遅刻したら元も子もない。
わたしはそう割り切って、まずはクレープロールを頬張った。
甘く優しく味が、口の中に広がる。
全力で走った疲労感が、一気に抜けていくような気がした。

「ん~! おいしい! とっても甘くてしっとりふんわり……」

矢坂くんが作ってくれたクレープロールは、優しい味わいで心が癒される。
わたしは食べ終えると改めて、時間を確認するため、鞄からスマホを取り出す。
今から学校に瞬間移動すれば、十分に間に合う時間だ。
学校のどこに瞬間移動しようか考えていると、手にしていたスマホが震えた。
表示されている日時の下で、チャットアプリが通知を知らせている。
わたしたち、お菓子写真部は、何かあった時のためにグループを作っている。
操作して、お菓子写真部のグループのチャット画面を開いた。
その際に、藤谷くんからのメッセージを受信をする。

『浩二、桃原さん。この間の件で、気になることがあるんだ。詳しいことは放課後、お菓子写真部の部室で話すな』

気になることって何だろう。
逡巡していると、矢坂くんが『分かった』と了解のスタンプを添えて返信している。
わたしも、『うん、分かった』とメッセージを打ち、お菓子のスタンプとともに送信した。

お菓子写真部のみんなと一緒の死神の仕事は毎日、充実している。
えへへ、お父さんがパティシエとしてがんばっている時に、自分もがんばることがあるのって嬉しいな。
お父さん、死神見習い、わたし、何とかうまくやっていけそうだよ。

だって、ほんのちょっとだけ、自分に自信を持てた気がする。

「まもなく、一番線に快速電車が通過します。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください」

スマホを鞄に戻すと、アナウンスが流れてきた。
電車に乗らなくても、学校には行ける。
シナモンクッキーをぱくりと食べたその時――。

「あれ……?」

視界の端に、妙なものが映り、わたしは顔を上げた。
見れば、季節外れの黒いコートに身を包んだ男性が、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。
スバルさんと似た雰囲気の男性。
線路側を歩いている上に、危なっかしい足取りに関わらず、誰も気に留めていない。
まるで、男性のことが見えていないみたいだ。

もしかして、この人も死神かも……!

気になって目が離せないでいると、男性の行く先には見覚えのある男性が立っていた。

「えっ……?」

その男性を見た瞬間、驚きすぎて、わたしは目を見開いた。
だって、死神らしき男性と一緒にいたのは、お父さんだったから。