「……お兄ちゃん、大丈夫?」
すべてのお店を回り終える頃、ご満悦な千紗ちゃんと打って変わって、喜多見先輩はぐったりとしていた。
「……千紗、大丈夫だ。心配する必要はない」
喜多見先輩は疲弊した顔つきで言った。
「ど、どれもおいしかった……」
かろうじて、喜多見先輩はそう答える。
元々、甘いものが得意ではない喜多見先輩は、すっかり神経をすり減らしてしまったようだ。
わたしたちがお菓子巡りをしている間、スバルさんは口を出してくることはなかった。
ただ、周辺を確認したりと、達観しているだけだった。
「ばいばい。お兄ちゃん、お姉ちゃん、今日はありがとう!」
「うん、またね」
千紗ちゃんは喜多見先輩に手を引かれて、嬉しそうに歩いていく。
スバルさんも無言で、二人の後を追って駆け出した。
今日の楽しかった出来事を思い返し、わたしは幸せを満喫する。
『今日を、千紗さんにとって、特別な一日にするんだ』
だけど、幸せな記憶を辿った時のふとした違和感。
――何故だろう。
千紗ちゃんの後ろ姿を見て、何故か胸さわぎを覚えた。
*
翌日、わたしが学校に登校すると、クラスが騒がしかった。
「聞いた? 生徒会長の喜多見先輩の妹、亡くなったんだって」
「今朝の衝突事故だよね。救急車とか来て大騒ぎだったみたいよ」
めまいがするような、騒然とした光景。
胸がちくりと痛んだ。
「千紗……ちゃん……」
声が震える。
心臓の鼓動が嫌なくらい加速して、呼吸が浅くなっていく。
冷や汗をかくような、鋭い悲しみばかり溢れ出してくる。
「桃原」
振り返ると、そこには矢坂くんが立っていた。
その表情は悲壮感に満ちていて、これが現実なのだと突きつけられた。
「や、矢坂くん」
やっとの思いで出した声は弱々しく掠れていた。
「千紗ちゃんが……っ」
涙が溢れ出して止まらない。
目の前に立っている矢坂くんの姿が滲んで消えてしまう。
「桃原、ごめん。俺はまだ容易に、死の運命を変えることはできない。重い対価を払わないと、誰も救えない」
矢坂くんは悔やむように唇を噛みしめる。
「それでも桃原なら、死の運命の結末を変えることができる。おまえの中には光が宿っている。その光は、死をまとう人間の氷を溶かすものだ」
「そうなの、かな……」
最期に見た千紗ちゃんの笑顔が、心に引っかかっている。
ずっと、心残りとして渦巻いていた。
「大丈夫だ。昨日、あんなに千紗さんを幸せにしたのは、他でもない桃原だ」
矢坂くんは導くように言った。
その眼差しはまっすぐで、強い意思の光に満ち溢れていた。
「この世界には、小さな奇跡がいくつもある。その奇跡にたどり着く力を、桃原は持っている」
矢坂くんの言葉が胸に沁みる。
いつか、終わりがくる。
死神見習いとして、理不尽な現実に身を置いても、何も変わらないかもしれない。
それでも、わたしは何かをしたかった。
死が迫る千紗ちゃんのために手助けをしたり、奔走すること。
その過程の中に、千紗ちゃんの中で、何かが残ったと思いたかった。
味覚の一部を失って取り戻す二律背反を経たことで、そこに何らかの希望が残ったことを信じたかった。
「最後の決め手になるのは想いだ。人の心に寄り添って、心の穴を埋めてあげられる。桃原は、そんな死神見習いなんだと思う」
「う……うっ……」
矢坂くんは震える声をかき消すように、わたしを優しく抱きしめてくれた。
窓の向こうに広がるのは、どこまでもどこまでも広がるかのような、きれいな蒼穹。
その空の向こうで、一足早くこの世に出てきてしまったあじさいの花びらが、夏を告げるように風に吹かれ、青空に舞い上がっていった。
すべてのお店を回り終える頃、ご満悦な千紗ちゃんと打って変わって、喜多見先輩はぐったりとしていた。
「……千紗、大丈夫だ。心配する必要はない」
喜多見先輩は疲弊した顔つきで言った。
「ど、どれもおいしかった……」
かろうじて、喜多見先輩はそう答える。
元々、甘いものが得意ではない喜多見先輩は、すっかり神経をすり減らしてしまったようだ。
わたしたちがお菓子巡りをしている間、スバルさんは口を出してくることはなかった。
ただ、周辺を確認したりと、達観しているだけだった。
「ばいばい。お兄ちゃん、お姉ちゃん、今日はありがとう!」
「うん、またね」
千紗ちゃんは喜多見先輩に手を引かれて、嬉しそうに歩いていく。
スバルさんも無言で、二人の後を追って駆け出した。
今日の楽しかった出来事を思い返し、わたしは幸せを満喫する。
『今日を、千紗さんにとって、特別な一日にするんだ』
だけど、幸せな記憶を辿った時のふとした違和感。
――何故だろう。
千紗ちゃんの後ろ姿を見て、何故か胸さわぎを覚えた。
*
翌日、わたしが学校に登校すると、クラスが騒がしかった。
「聞いた? 生徒会長の喜多見先輩の妹、亡くなったんだって」
「今朝の衝突事故だよね。救急車とか来て大騒ぎだったみたいよ」
めまいがするような、騒然とした光景。
胸がちくりと痛んだ。
「千紗……ちゃん……」
声が震える。
心臓の鼓動が嫌なくらい加速して、呼吸が浅くなっていく。
冷や汗をかくような、鋭い悲しみばかり溢れ出してくる。
「桃原」
振り返ると、そこには矢坂くんが立っていた。
その表情は悲壮感に満ちていて、これが現実なのだと突きつけられた。
「や、矢坂くん」
やっとの思いで出した声は弱々しく掠れていた。
「千紗ちゃんが……っ」
涙が溢れ出して止まらない。
目の前に立っている矢坂くんの姿が滲んで消えてしまう。
「桃原、ごめん。俺はまだ容易に、死の運命を変えることはできない。重い対価を払わないと、誰も救えない」
矢坂くんは悔やむように唇を噛みしめる。
「それでも桃原なら、死の運命の結末を変えることができる。おまえの中には光が宿っている。その光は、死をまとう人間の氷を溶かすものだ」
「そうなの、かな……」
最期に見た千紗ちゃんの笑顔が、心に引っかかっている。
ずっと、心残りとして渦巻いていた。
「大丈夫だ。昨日、あんなに千紗さんを幸せにしたのは、他でもない桃原だ」
矢坂くんは導くように言った。
その眼差しはまっすぐで、強い意思の光に満ち溢れていた。
「この世界には、小さな奇跡がいくつもある。その奇跡にたどり着く力を、桃原は持っている」
矢坂くんの言葉が胸に沁みる。
いつか、終わりがくる。
死神見習いとして、理不尽な現実に身を置いても、何も変わらないかもしれない。
それでも、わたしは何かをしたかった。
死が迫る千紗ちゃんのために手助けをしたり、奔走すること。
その過程の中に、千紗ちゃんの中で、何かが残ったと思いたかった。
味覚の一部を失って取り戻す二律背反を経たことで、そこに何らかの希望が残ったことを信じたかった。
「最後の決め手になるのは想いだ。人の心に寄り添って、心の穴を埋めてあげられる。桃原は、そんな死神見習いなんだと思う」
「う……うっ……」
矢坂くんは震える声をかき消すように、わたしを優しく抱きしめてくれた。
窓の向こうに広がるのは、どこまでもどこまでも広がるかのような、きれいな蒼穹。
その空の向こうで、一足早くこの世に出てきてしまったあじさいの花びらが、夏を告げるように風に吹かれ、青空に舞い上がっていった。



