いつか置き去りにしていた春の運命

「……お兄ちゃん、大丈夫?」

すべてのお店を回り終える頃、ご満悦な千紗ちゃんと打って変わって、喜多見先輩はぐったりとしていた。

「……千紗、大丈夫だ。心配する必要はない」

喜多見先輩は疲弊した顔つきで言った。

「ど、どれもおいしかった……」

かろうじて、喜多見先輩はそう答える。
元々、甘いものが得意ではない喜多見先輩は、すっかり神経をすり減らしてしまったようだ。
わたしたちがお菓子巡りをしている間、スバルさんは口を出してくることはなかった。
ただ、周辺を確認したりと、達観しているだけだった。

「ばいばい。お兄ちゃん、お姉ちゃん、今日はありがとう!」
「うん、またね」

千紗ちゃんは喜多見先輩に手を引かれて、嬉しそうに歩いていく。
スバルさんも無言で、二人の後を追って駆け出した。
今日の楽しかった出来事を思い返し、わたしは幸せを満喫する。

『今日を、千紗さんにとって、特別な一日にするんだ』

だけど、幸せな記憶を辿った時のふとした違和感。
――何故だろう。
千紗ちゃんの後ろ姿を見て、何故か胸さわぎを覚えた。



翌日、わたしが学校に登校すると、クラスが騒がしかった。

「聞いた? 生徒会長の喜多見先輩の妹、亡くなったんだって」
「今朝の衝突事故だよね。救急車とか来て大騒ぎだったみたいよ」

めまいがするような、騒然とした光景。
胸がちくりと痛んだ。

「千紗……ちゃん……」

声が震える。
心臓の鼓動が嫌なくらい加速して、呼吸が浅くなっていく。
冷や汗をかくような、鋭い悲しみばかり溢れ出してくる。

「桃原」

振り返ると、そこには矢坂くんが立っていた。
その表情は悲壮感に満ちていて、これが現実なのだと突きつけられた。

「や、矢坂くん」

やっとの思いで出した声は弱々しく掠れていた。

「千紗ちゃんが……っ」

涙が溢れ出して止まらない。
目の前に立っている矢坂くんの姿が滲んで消えてしまう。

「桃原、ごめん。俺はまだ容易に、死の運命を変えることはできない。重い対価を払わないと、誰も救えない」

矢坂くんは悔やむように唇を噛みしめる。

「それでも桃原なら、死の運命の結末を変えることができる。おまえの中には光が宿っている。その光は、死をまとう人間の氷を溶かすものだ」
「そうなの、かな……」

最期に見た千紗ちゃんの笑顔が、心に引っかかっている。
ずっと、心残りとして渦巻いていた。

「大丈夫だ。昨日、あんなに千紗さんを幸せにしたのは、他でもない桃原だ」

矢坂くんは導くように言った。
その眼差しはまっすぐで、強い意思の光に満ち溢れていた。

「この世界には、小さな奇跡がいくつもある。その奇跡にたどり着く力を、桃原は持っている」

矢坂くんの言葉が胸に沁みる。
いつか、終わりがくる。
死神見習いとして、理不尽な現実に身を置いても、何も変わらないかもしれない。
それでも、わたしは何かをしたかった。

死が迫る千紗ちゃんのために手助けをしたり、奔走すること。

その過程の中に、千紗ちゃんの中で、何かが残ったと思いたかった。
味覚の一部を失って取り戻す二律背反を経たことで、そこに何らかの希望が残ったことを信じたかった。

「最後の決め手になるのは想いだ。人の心に寄り添って、心の穴を埋めてあげられる。桃原は、そんな死神見習いなんだと思う」
「う……うっ……」

矢坂くんは震える声をかき消すように、わたしを優しく抱きしめてくれた。
窓の向こうに広がるのは、どこまでもどこまでも広がるかのような、きれいな蒼穹。
その空の向こうで、一足早くこの世に出てきてしまったあじさいの花びらが、夏を告げるように風に吹かれ、青空に舞い上がっていった。