「ほらな。事務的だろう」

呆気に取られていると、藤谷くんが窺うように小声でささやいてきた。

「うん……。確か、カイリさんも事務的だったんだよね?」
「まあ、あそこまで淡々としていなかったけれどな。カイリは、スイーツ好きという変わった嗜好の死神だった」

わたしのつぶやきを補足するように、藤谷くんは付け加えた。

「それにしても、死神って、普通に見えるんだな。てっきり、俺たちには見えないと思っていた……」
「そうだね。でも、喜多見先輩には、スバルさんの姿が見えていないみたい」

視線を向ければ、喜多見先輩は訝しげな目を千紗ちゃんに向けている。
どうやら、喜多見先輩には、スバルさんの姿が見えないようだ。

「死神は、意識的に姿を見せたり、消したりすることができる。スバルさんは今、姿を消しているんだろうな」

わたしたちの胸中を察したのか、矢坂くんは即座にそう口にした。

「だったら、なんで、わたしたちには見えているの?」
「死神見習いとその助手だからだ」
「あっ、そっか!」

矢坂くんの返答に、わたしは納得したように手をぽんとたたく。

「でも、どうしてヘルスイーツが危険だと訴えているのかな?」
「千紗さんの死の運命は変わることはない。だが、ヘルスイーツを食べることで、死因が変わる可能性がある。だから、危険性が高いと警戒しているんだろうな」

その言い分に、わたしはむうっと頬を膨らませる。

「それにヘルスイーツを食べても、味覚が戻らないと思っている節がある」
「なんか、すごい言われよう……」

矢坂くんの断言に、わたしは顔に悔しさを張り付ける。
まるで信じていたものに裏切られたような気持ちだった。

「でも、可能性があるなら、食べてみるべきだよ!」
「だったら、証明してみたらどうだ? 桃原なりのやり方で。ただし、俺たちが死神と死神見習い、その助手だということは内緒でな」

その決意を後押しするように、矢坂くんは穏やかに微笑んだ。

「今日を、千紗さんにとって、特別な一日にするんだ」
「うん! 矢坂くん、ありがとう!」

わたしはむんと勇気を奮い立てる。
そして、頭をぐるぐると悩ませていると。

「そうだ! お父さんから、おいしい洋菓子店や和菓子店をたくさん聞いたので、お菓子巡りをしようと思ってたんだ!」

わたしはぱあっと名案を思いつく。
これなら、味覚が治った証明にもなって、一石二鳥だ。

「矢坂くんも一緒に行かない? 千紗ちゃんたちを誘って。クッキーとか、柏餅とか!」
「ああ。楽しそうだな」

その視線に気づいた矢坂くんがふわりと微笑み返してくれることに幸せを感じた。
彼の笑顔が、自分だけに向けられている。
それがたまらなく嬉しかった。

「行くなら、俺もまぜろよ」

藤谷くんは楽しそうな様子で、わたしと矢坂くんの間に割って入ってきた。
持ち前の強引さで、ぐいぐいと引っ張ってくれる。

「えへへー。わたし、死神見習いになれた今が一番、楽しいんだ」

わたしは深呼吸すると、矢坂くんたちとともに過ごす幸福を実感した。

「矢坂くんに出会ってから、わたしの願い事はたくさん叶ったよ。これからも、願い事は叶うかな?」
「ああ、叶うかもしれないな。桃原の願い事は、俺ができるだけ、叶えたいと思っているから」
「ふええ……」

矢坂くんのまっすぐな即答に、わたしは動揺を抑えられず、声が震える。
だけど、際限なく溢れる愛しさは幸せの源だった。

「だったら、約束する」
「約束?」

矢坂くんがきょとんとすると、わたしはふわりと笑顔を花咲かせる。

「わたしも、矢坂くんの願いを一つでも多く叶えられる死神見習いになるから!」

一気に吐き捨てると、花が芽生えていくように、わたしの中に温かなものがゆっくりと積もっていく。

「死の運命なんて関係ない。運命とは、すべて希望に輝く、今のわたしたちのものだから!」

わたしは恥ずかしさを誤魔化すように、千紗ちゃんたちのもとへと駆け抜けていった。
先程の熱が残っている。
胸が高鳴っている。
その熱を抱きしめるように一呼吸置くと、千紗ちゃんに近づき、声をかける。

「千紗ちゃん」
「お姉ちゃん、どうしたの?」

振り返った千紗さんは、不思議そうに首をかしげた。
わたしはかがんで視線を合わせ、千紗ちゃんに話しかける。

「このプリンはね、奇跡を起こすことができるの。だから、味覚は本当に治るんだよ」
「本当に?」

わたしは千紗ちゃんを安心させるように、優しく微笑みかけた。

「うん。そのプリンを食べた後、お姉ちゃんたちと一緒にお菓子巡りに行かない? もしかしたら、お菓子をすごーくおいしく感じられるかもしれないよ」
「おいしく……」

わたしの誘いに、千紗ちゃんはスバルさんを見つめたまま、迷うような沈黙を落とす。

「喜多見千紗さん。その劇薬を食べることも、そのような場所に行く必要もありません」
「……うん」

スバルさんの拒絶に、千紗ちゃんはしゅんと小さくなった。

「劇薬……」

あまりにも言われように、わたしはぶわっと涙目になる。
初めて成功したヘルスイーツ。
それなのに、そんな言い方しなくてもいいのに、とひしひしと思った。

「む……むむむ……。お菓子友を増やすチャンス……」

わたしは怒りを静めながら、千紗ちゃんに話しかける。

「千紗ちゃん。ほら、お菓子巡り、行こう!」
「えっ? お姉ちゃん?」

気合いを入れ直したわたしは、戸惑う千紗ちゃんの手を引っ張って外に出た。

「おい!」

その行動に驚いたのは、喜多見先輩だけじゃなかった。
スバルさんも目を白黒させて、追いかけてきた。

「桃原は相変わらず、強引だな」
「でも、面白くなってきたな」

遅れて、矢坂くんと藤谷くんもやってくる。

「ちょっと! 二人とも、どうしたの?」

喜多見先輩のお母さんは、玄関の騒ぎを目の当たりにして呆気に取られていた。

透き通るような青空。

わたしには、この景色がわたしの決意を歓迎してくれているように見えた。
住宅街をとっくに過ぎて、近くの公園に入る。
並木通りがある、広い公園だ。
わたしたちは噴水の近くのベンチに腰掛けて、一息つく。
花咲く広場で、午後の陽射しが心地良い。

「ここで、プリン、食べよう」
「……うん」

わたしが声をかけると、千紗ちゃんは覚悟を決めたのか、箱の中に入っていたスプーンを手に取る。
ブリュレプリンを一口食べた千紗ちゃんは、すぐに二口目も頬張った。