「桃原さん、めちゃくちゃ嬉しそうだな」
喜色満面なわたしの前に敵はない。
拳を突き上げて意気込むわたしを見て、藤谷くんは楽しそうに笑った。
それに気づくと、わたしはむうっと頬を膨らませる。
「もー。何で笑うの、藤谷くん」
「どうせ、また、浩二のこと、考えていたんだろ。すげー、幸せいっぱいな顔していた」
「ふええ……」
藤谷くんの発言に、わたしは恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。
「あっ……でもね。ちょっと……ほんのちょっとだけ、矢坂くんのこと、考えていたかも」
「その顔だと、ほんのちょっとどころじゃないな」
わたしがとろけるような笑みをこぼしていたからか、藤谷くんは表情を緩ませる。
「桃原さんといると、元気になるな。どんな困難でも、乗り越えられるような温かい気持ちになる」
「……そ、そうなのかな?」
「浩二もさ、そんな桃原さんに救われたと思うな。俺も、双葉さんと良夜を救うためにも必死に生きなくちゃな。また、双葉さんに怒られてしまう」
そう語る藤谷くんの表情は、どこまでも迷いがなかった。
今は小さな光でも、いつか立ち向かう力となる……そんな自信をくれる瞳。
それは今の自分を認めてあげるための、勇気の輝きだった。
*
翌日の放課後、わたしたちは改めて、生徒会室を訪れていた。
「本当に、千紗の願いを叶えるヘルスイーツを持ってきたのか?」
「はい! 今回は、用意してきています。強力なヘルスイーツを!」
懸念する喜多見先輩に、わたしは見て見て、と誇らしげに声を弾ませた。
「というわけで、じゃじゃーん! 初めて成功したヘルスイーツ、ブリュレプリン!」
颯爽と机の上に、わたしが初めて完成させたヘルスイーツ、ブリュレプリンがお目見えする。
きらきら輝くヘルスイーツは、とてもまぶしい。
だが、喜多見先輩は怪訝そうに、わたしをまじまじと見つめた。
「初めて成功した……?」
「い、今のは、言葉のアユということで……!」
喜多見先輩の切り返しに、わたしはわたわたと慌てふさめく。
だけど、喜多見先輩は冷静に返してくる。
「アユ? 言葉のあやでは?」
「ふええ……」
喜多見先輩の鋭い突っ込みに、ぐうの音も出ない。
言い淀んだわたしはしょんぼりと意気消沈する。
その様子を静観していた藤谷くんは、躊躇うように口にした。
「話が、一向に進まないな。浩二、説明を桃原さんに任せたのはまずかったんじゃないのか」
「確かに……」
漫才みたいなかけ合いをするわたしたちを見て、矢坂くんはうーんと唸る。
わたしたちの間で交わされる会話。
動揺しているのはわたしだけで、その温度差は激しい。
「とにかく、このブリュレプリンを食べれば、千紗さんの味覚は治るはずだ」
「食べただけで……。ヘルスイーツは凄まじいな……」
矢坂くんの説明に、喜多見先輩は感嘆の吐息をこぼす。
「分かった。約束どおり、生徒会長権限で、お菓子写真部の廃部はなかったことにする」
「わあっ! ありがとうございます!」
喜多見先輩の宣言に、わたしの顔がぱあっと明るくなる。
「ただし、本当に千紗の味覚が治るのか、確認してからだ」
「ああ」
念を押すように言う喜多見先輩に、矢坂くんはうなずいた。
*
喜多見先輩に導かれた場所は、趣のある一軒家だった。
「ここが……喜多見先輩の家」
一軒家を目の前にして、わたしの感情がたかぶった。
鼓動の音がありえないくらい、体中から響いてくる。
喜多見先輩が玄関のドアを開ける音と、わたしの心拍音が重なり合う。
「入ってくれ」
「お邪魔します」
淡白な口調で告げられて、わたしたちは玄関に足を踏み入れる。
その途端、玄関に向かってくる足音が聞こえた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
出迎えた女の子の顔が、わたしたちを見た瞬間、驚愕で固まる。
小学生、十歳くらいの女の子だ。
顔立ちがとてもかわいらしく、髪も光沢を含んできれいだった。
「ええと、誰?」
「千紗。彼らが僕と同じ高等部で、お菓子写真部の生徒。昨日、話した死神パティシエの知り合いだ」
千紗ちゃんがきょとんと首をかしげると、喜多見先輩がかいつまんで紹介した。
その瞬間、千紗さんの表情がぱあっと華やいた。
「死神パティシエの……! すごーい!」
千紗ちゃんは両手を口に当てて感激する。
あどけないその表情は生き生きとしている。
でも、あと少しでこの温もりも、この脈動も消えてしまう。
そう思ったら、目前に迫る死の運命が怖くなった。
「千紗」
喜多見先輩はかがむと、柔らかな表情でブリュレプリンが入った箱を差し出した。
「ヘルスイーツだ。このプリンを食べたら、味覚が治るそうだ」
「わあっ、そうなんだ! このプリンを見たら、スバルお兄ちゃんもびっくりするよね!」
「スバルお兄ちゃん……?」
無邪気に微笑む千紗ちゃんを見て、わたしは不思議そうに肩をすくめた。
「スバルお兄ちゃん。わたしの担当の死神なんだよ」
わたしの疑問に、千紗ちゃんはおどけたように答える。
「死神?」
「すごいよね!」
千紗ちゃんは後ろ手に組んでいた両手をほどいて、ふんわり微笑んだ。
矢坂くん以外の死神。
どんな死神なんだろうか。
初めて会う別の死神に、わたしはわくわくと胸の高鳴りが押さえられなかった。
「喜多見千紗さん。あなたは、あとわずかで亡くなります」
会ってみたいなと思った時、背後から耳を疑うような声が聞こえてきた。
「えっ?」
振り返ると、季節外れの黒いコートに身を包んだ男性が無表情で佇んでいた。
フードを目深にかぶった彼は、こちらをじっと見つめている。
「あ、スバルお兄ちゃん!」
千紗ちゃんが嬉しそうに、小走りで男性――スバルさんに駆け寄る。
その瞬間、大きな釣り目が千紗ちゃんを射貫いていた。
「見て見て! ヘルスイーツだって!」
「あなたが亡くなるまで、見張らせていただきます。後悔がないように、最後の時間をどうか、大切に過ごしてください」
千紗ちゃんの声を無視して、スバルさんは表情を一切変えず、抑揚のない声で言い放った。
「ほら、プリン!」
「どうあがいても、死からは逃れられません。ただし、そのような死因を変える危険性のあるものは、召し上がらないようにしてください」
目の前に差し出されたプリンには目も暮れず、スバルさんは仰々しく頭を下げる。
まるで、千紗ちゃんの行動だけを監視しているようだった。
喜色満面なわたしの前に敵はない。
拳を突き上げて意気込むわたしを見て、藤谷くんは楽しそうに笑った。
それに気づくと、わたしはむうっと頬を膨らませる。
「もー。何で笑うの、藤谷くん」
「どうせ、また、浩二のこと、考えていたんだろ。すげー、幸せいっぱいな顔していた」
「ふええ……」
藤谷くんの発言に、わたしは恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。
「あっ……でもね。ちょっと……ほんのちょっとだけ、矢坂くんのこと、考えていたかも」
「その顔だと、ほんのちょっとどころじゃないな」
わたしがとろけるような笑みをこぼしていたからか、藤谷くんは表情を緩ませる。
「桃原さんといると、元気になるな。どんな困難でも、乗り越えられるような温かい気持ちになる」
「……そ、そうなのかな?」
「浩二もさ、そんな桃原さんに救われたと思うな。俺も、双葉さんと良夜を救うためにも必死に生きなくちゃな。また、双葉さんに怒られてしまう」
そう語る藤谷くんの表情は、どこまでも迷いがなかった。
今は小さな光でも、いつか立ち向かう力となる……そんな自信をくれる瞳。
それは今の自分を認めてあげるための、勇気の輝きだった。
*
翌日の放課後、わたしたちは改めて、生徒会室を訪れていた。
「本当に、千紗の願いを叶えるヘルスイーツを持ってきたのか?」
「はい! 今回は、用意してきています。強力なヘルスイーツを!」
懸念する喜多見先輩に、わたしは見て見て、と誇らしげに声を弾ませた。
「というわけで、じゃじゃーん! 初めて成功したヘルスイーツ、ブリュレプリン!」
颯爽と机の上に、わたしが初めて完成させたヘルスイーツ、ブリュレプリンがお目見えする。
きらきら輝くヘルスイーツは、とてもまぶしい。
だが、喜多見先輩は怪訝そうに、わたしをまじまじと見つめた。
「初めて成功した……?」
「い、今のは、言葉のアユということで……!」
喜多見先輩の切り返しに、わたしはわたわたと慌てふさめく。
だけど、喜多見先輩は冷静に返してくる。
「アユ? 言葉のあやでは?」
「ふええ……」
喜多見先輩の鋭い突っ込みに、ぐうの音も出ない。
言い淀んだわたしはしょんぼりと意気消沈する。
その様子を静観していた藤谷くんは、躊躇うように口にした。
「話が、一向に進まないな。浩二、説明を桃原さんに任せたのはまずかったんじゃないのか」
「確かに……」
漫才みたいなかけ合いをするわたしたちを見て、矢坂くんはうーんと唸る。
わたしたちの間で交わされる会話。
動揺しているのはわたしだけで、その温度差は激しい。
「とにかく、このブリュレプリンを食べれば、千紗さんの味覚は治るはずだ」
「食べただけで……。ヘルスイーツは凄まじいな……」
矢坂くんの説明に、喜多見先輩は感嘆の吐息をこぼす。
「分かった。約束どおり、生徒会長権限で、お菓子写真部の廃部はなかったことにする」
「わあっ! ありがとうございます!」
喜多見先輩の宣言に、わたしの顔がぱあっと明るくなる。
「ただし、本当に千紗の味覚が治るのか、確認してからだ」
「ああ」
念を押すように言う喜多見先輩に、矢坂くんはうなずいた。
*
喜多見先輩に導かれた場所は、趣のある一軒家だった。
「ここが……喜多見先輩の家」
一軒家を目の前にして、わたしの感情がたかぶった。
鼓動の音がありえないくらい、体中から響いてくる。
喜多見先輩が玄関のドアを開ける音と、わたしの心拍音が重なり合う。
「入ってくれ」
「お邪魔します」
淡白な口調で告げられて、わたしたちは玄関に足を踏み入れる。
その途端、玄関に向かってくる足音が聞こえた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
出迎えた女の子の顔が、わたしたちを見た瞬間、驚愕で固まる。
小学生、十歳くらいの女の子だ。
顔立ちがとてもかわいらしく、髪も光沢を含んできれいだった。
「ええと、誰?」
「千紗。彼らが僕と同じ高等部で、お菓子写真部の生徒。昨日、話した死神パティシエの知り合いだ」
千紗ちゃんがきょとんと首をかしげると、喜多見先輩がかいつまんで紹介した。
その瞬間、千紗さんの表情がぱあっと華やいた。
「死神パティシエの……! すごーい!」
千紗ちゃんは両手を口に当てて感激する。
あどけないその表情は生き生きとしている。
でも、あと少しでこの温もりも、この脈動も消えてしまう。
そう思ったら、目前に迫る死の運命が怖くなった。
「千紗」
喜多見先輩はかがむと、柔らかな表情でブリュレプリンが入った箱を差し出した。
「ヘルスイーツだ。このプリンを食べたら、味覚が治るそうだ」
「わあっ、そうなんだ! このプリンを見たら、スバルお兄ちゃんもびっくりするよね!」
「スバルお兄ちゃん……?」
無邪気に微笑む千紗ちゃんを見て、わたしは不思議そうに肩をすくめた。
「スバルお兄ちゃん。わたしの担当の死神なんだよ」
わたしの疑問に、千紗ちゃんはおどけたように答える。
「死神?」
「すごいよね!」
千紗ちゃんは後ろ手に組んでいた両手をほどいて、ふんわり微笑んだ。
矢坂くん以外の死神。
どんな死神なんだろうか。
初めて会う別の死神に、わたしはわくわくと胸の高鳴りが押さえられなかった。
「喜多見千紗さん。あなたは、あとわずかで亡くなります」
会ってみたいなと思った時、背後から耳を疑うような声が聞こえてきた。
「えっ?」
振り返ると、季節外れの黒いコートに身を包んだ男性が無表情で佇んでいた。
フードを目深にかぶった彼は、こちらをじっと見つめている。
「あ、スバルお兄ちゃん!」
千紗ちゃんが嬉しそうに、小走りで男性――スバルさんに駆け寄る。
その瞬間、大きな釣り目が千紗ちゃんを射貫いていた。
「見て見て! ヘルスイーツだって!」
「あなたが亡くなるまで、見張らせていただきます。後悔がないように、最後の時間をどうか、大切に過ごしてください」
千紗ちゃんの声を無視して、スバルさんは表情を一切変えず、抑揚のない声で言い放った。
「ほら、プリン!」
「どうあがいても、死からは逃れられません。ただし、そのような死因を変える危険性のあるものは、召し上がらないようにしてください」
目の前に差し出されたプリンには目も暮れず、スバルさんは仰々しく頭を下げる。
まるで、千紗ちゃんの行動だけを監視しているようだった。



