遊園地の出来事から数日後。
中間テスト終了のチャイムが鳴ると、校内のそこかしこから歓声が湧き上がった。

「終わったぁー!」

その一人、わたしもお預けにされていた『お菓子タイム』というご褒美を前にして目を輝かせた。
テストが返却されたら、恐らく、お通夜モードになるけれど、それはそれ。
部室に行って、カイリさんの捜索をしたり、ヘルスイーツの最高峰、『ヴァルト・メゾン・ショコラ』のことを思案することに精一杯で、その先のことを考える余裕はない。
放課後、クラスのみんなは一様に解放感に満ちていた。

「はあ……。これから部活。正直、しんどい」 
「テスト期間は、部活なしにしてくれないかな」
「桃原さんも、部活?」
「う、うん」

流れ弾の質問に、わたしはたじたじになりながら答える。

「何部?」
「お菓子写真部」
「ええっ、お菓子写真部! 確か、お菓子写真部の部室って、あの怪現象が起こる、空かずの部室だよね!?」

その発言を聞いた女の子は目を白黒させた。
初耳ばかりの噂に、わたしはおそるおそる尋ねる。

「怪現象?」
「何でも、噂研究部が見たんだって」
「噂研究部?」

その答えに、わたしは困惑したように頭を抱える。

「あのー。その噂と、その出所について、詳しく教えてほしいんだけど」

わたしはさらに詳しい情報を求めて、質問を重ねていく。
その結果、ある重大なことが判明した。

何でも、この学校には空かずの部室がある。

校舎の外れにある『お菓子写真部』。
そう、プレートに書かれている部室の前では、お菓子が重力の支配から解き放たれたように、空中へとふわふわと浮かび上がっているという、普通では考えられない目撃情報が多発した。
最近では、『ふええー!!』と謎の奇声とともに、爆発音が聞こえてくるという凶事が続発しているという。
その噂に緊急性を感じたわたしは鞄を持ち、急いで部室へと向かった。
そこで、わたしは行き場のない窮地に立たされることになる。

「お菓子写真部は今、廃部の危機に瀕している」

お菓子写真部の部長、矢坂くんの一言ですべてが分かってしまった。
廃部の原因の一端が、わたしにあることが……。

「活動実績が乏しい上に、怪現象の多発。飯島先生と生徒会からこのまま、部を存続させるのは厳しいって言われた」
「ふええー!!」

悲鳴が尾を引いたのも一瞬。
その原因の一端を担っていたわたしは、頭を抱える。
飯島先生は、お菓子写真部の顧問の先生だ。
ただし、バトミントン部と兼任なので、こちらはほとんど放置されているのが実情だったりする。

「部室は封鎖されることになった。この一件、想像以上に根が深そうだ。このままでは、死神パティシエの仕事もままならなくなる」

矢坂くんの日課は、部室でヘルスイーツ作りを進めたり、死神の仕事に赴いたりと不思議に満ちた非日常。
そんないつも通りを求めた彼にとっての日常に、亀裂が入ったのは廃部の危機のせいだ。
お菓子写真部の部室の前では、物音が鳴ったり、ものが勝手に動いたりと不可思議な現象が相次いでいた。
様々な怪現象の数々によって、次第に脅かされる学校生活。
目をつぶっているだけでは無視できないほどの恐怖が、この学校を襲ったのだ。

「やるじゃん。お菓子写真部って、おもしろ部になっているな」
「……笑い事じゃない。死活問題だ」

藤谷くんの気楽な振る舞いに、矢坂くんは困ったように唸る。

「お菓子がふわふわと浮かび上がっているって、すげえ現象だよな!」

藤谷くんはそれが新鮮だと言わんばかりに、意気揚々と弾ける笑顔を浮かべた。

「恐らく、根も葉もない噂が広まったんだろうな……」
「噂……? 目撃情報が多発しているって聞いたけど……」

矢坂くんの発言に、藤谷くんは戸惑いを滲ませる。

「噂研究部が流した、根拠のない噂。それを……みんなが鵜呑みにしたことで、大惨事になっているんだよね……」
「ああ。噂研究部が、空かずの部室を学校の七不思議の一つ、『お菓子が浮かぶ、心霊現象が多発している場所』だと勘違いしたんだ」

わたしが確認するように尋ねると、矢坂くんは驚きを通り越して愕然としていた。

まさか、ヘルスイーツ作りに専念していたことで、こんな大問題が起きるなんて。
確かに、お菓子写真部の空かずの部室は、幽霊に会える場所としてふさわしいのかもしれない。
死神は、この世ならざらぬ世界に縁があり、二つの世界を橋渡しする存在だからだ。

わたしが物思いにふけっていると、藤谷くんは噂がウソだと知って少し残念そうにしていた。

この間の遊園地の一件で、空かずの部室の真相を知った藤谷くんはそのまま、お菓子写真部に入部した。
入部理由は楽しそうだし、ここにいれば、双葉さんと弟の良夜くんを救うことができるかもしれないからだそうだ。

本来なら、矢坂くんの正体を知ったことで、藤谷くんの記憶を消す必要がある。
だけど、藤谷くんはそれを頑なに拒んだ。
大切な人たちのことを忘れたくないから、と何度も突っぱねた。
その結果、死神見習いのわたしのサポートをすることを条件に、記憶を消さないことで折り合いがついた。
そんな俄然やる気満々の新入部員の藤谷くんが、表情を弾ませて言い募る。

「ヘルスイーツ作りもいいけれど、ちょっと二人とも根詰めすぎだな。ヘルスイーツの最高峰、『ヴァルト・メゾン・ショコラ』。そんなの、俺たちにとっては想像のはるか上、まるで国宝級だ」
「言葉チョイスが悪すぎる」

藤谷くんがにんまりと笑うと、矢坂くんが突っ込む。

「浩二と桃原さんは、お菓子が好きなんだろ。俺はお菓子を好きってこと自体が、浩二と桃原さんの強みだと思ってる。好きってさ、つまりは興味を持てるってことじゃん」

藤谷くんが期待たっぷりの声で紡ぐ。

「死神パティシエと死神見習い。それって最強のバディじゃね」
「ふええ……。でも、わたしなんかが、矢坂くんのバディでいいのかな」

藤谷くんの断言に、わたしは慌てふためく。

「わたし、小さい頃からお菓子が好きだったんだ。それに……お父さんがすごいパティシエで、いつも憧れていた。ただ、それだけ」

絶望に似た感情とともに、思わずつぶやいてしまう。

「ヘルスイーツ作りは失敗してばかりだし、お菓子作りもできるのは簡単なものだけ。それでも、お菓子への情熱は誰にも負けたくないって思う」

わたしは幼い頃、臆病者だった。
うつむいてばかりいたのは、迫る死の恐怖から逃れるためだったのかも知れない。
すべてを諦めたかったのは、その方が楽になれると知っていたからだ。