「藤谷くんのことを、誰よりも愛しているから。どうしても生きたいって思えた」
双葉さんの胸の奥に隠していた本心。
「だから、私、死ぬのが怖い」
そう語る双葉さんは目に見えて動揺していた。
先のない未来に怯えている。
その震えは、わたしたちにも伝わってくるようだった。
「矢坂くん……」
わたしは堪えきれなくなって、矢坂くんを見る。
「ヘルスイーツで、何とかならないかな。ヘルスイーツはすごいお菓子だから、特別な奇跡を起こせるような気がする」
「ヘルスイーツでも、双葉さんを救うことはできない。死の運命は本来、変えてはならないものだ。死の運命は歪めてはいけない」
矢坂くんの言葉は真実なのだろう。
彼の言い分が正しいことも、理性ではきちんとわきまえている。
しかし、感情で納得できるかはまた別の話だった。
「お願い、矢坂くん! わたしの時と同じように、双葉さんの死の運命を変えて! 矢坂くんの死神の仕事を手伝ったら、記憶を消さなくてもいいんだよね!」
わたしは藁にもすがる思いで叫んだ。
『わたしの死の運命』を変えたことを、迂闊に口にしてしまってはいけない。
噂が広まってしまうかもしれない。
そう懸念していたのに、どうしても後には引けなかった。
「確かに、死神の弟子になれば、記憶を消さなくてもいい。だが、死の運命は、何度も変えてはいけないものだ。結末を変えることはできない。どうしても変える場合は、記憶以外にも対価――重い代償を必要とする」
「重い代償?」
わたしは沈痛な面持ちで顔を上げる。
戸惑っていると、矢坂くんは大事なことを付け足した。
「対価は、多岐に渡る。桃原の時は……その重い代償を支払った人間がいた。だから、俺は二度、桃原の死の運命を変えることができた」
痛みをこらえるような声音に、胸が苦しくなる。
『桃原と過ごすうちに、死なせたくないと思うようになった。桃原は、かけがえのない大切な存在だったから。このまま、生きてほしいと願った』
そう答えてくれた矢坂くんの、物思いに沈んだ悲しげな顔つきを思い出したからだ。
そして、寂しい色をした瞳を思い出す。
思い浮かぶのは、大好きな彼のことばかり。
これから死ぬ人間がどうやって死ぬのか。
それを教えるのは禁止されている。
以前のわたしのように、死を回避されてしまうから。
だけど、矢坂くんはわたしのために、そのルールを二度、破ってくれた。
それに……ふわりと熱の宿る胸を思わず、手のひらで撫でて思い出した。
矢坂くんが告げた、わたしを救うために重い代償を支払った人間。
わたしは、その男の子をよく知っていた。
『――晴花、ありがとう』
脳裏に、その男の子の笑顔がちらついた。
『――ありがとう、最期まで。最期の後も、僕と一緒にいてくれて』
隣の病室だった男の子。
霧也くんは、わたしのために重い代償を支払ってくれた。
だけど、どんな代償を支払ったんだろう。
代償――対価……。
もしかしたら……霧也くんは……。
詮のないことを考えていたからか、矢坂くんが痛切な顔をしている。
その反応が、すべてを物語っていたから、わたしは無性に泣きたくなる。
きっと置いて行かれる悲しさも、それを追い求めてしまう苦しさも、矢坂くんにはよく分かっているのだ。
それでも、わたしはどうしても、救いを追い求めてしまう。
「……本当に、その代償を支払う方法しかないの?」
「ああ。双葉さんを救う方法はそれしかない」
矢坂くんの一言が、ぐさりと胸に突き刺さる。
それでも、わたしは必死に言い募った。
「矢坂くん、教えて! どんな代償を差し出せばいいの?」
食い下がるわたしの勢いに押されたのか、矢坂くんは仕方ないという様子でうなずいた。
矢坂くんの優しさに、わたしはいつも救われているような気持ちになる。
「代償は様々あるが、一番簡単なのは、自分の命を差し出すことだ。双葉さんが死ぬことは避けられない。だが、双葉さんと入れ替われば、彼女の身体に宿っている、その人間の魂が代わりに死ぬことになる」
「藤谷くんたちと同じ取引……」
「ああ。双葉さんの代わりに、身代わりになれば、彼女の死の運命を変えることはできる……」
それが双葉さんを救うことができる、一番簡単な方法。
そんなの、答えは一つしかない。
双葉さんの余命はわずかだ。
このまま、手をこまぬいていたら、双葉さんは元の身体に戻った後、すぐに死んでしまう可能性が高い。
矢坂くんから、双葉さんを救う道は示された。
あとは、それを実行すればいい。
わたしは我知らず口を開いた。
「だったら、わたしと入れ替えて!」
「桃原さん……」
「なっ……!」
わたしが叫ぶと、双葉さんは真っ先に反応する。
藤谷くんも同じだった。
一度、口を衝いて出ると、後は早かった。
「わたしは、矢坂くんに二度、死の運命から救ってもらった。それに、たくさんのお願い事を叶えてもらえた。だから、わたしが――」
身代わりになる。
わたしが表に出そうとした言葉を察したらしく、藤谷くんは重々しくつぶやいた。
「浩二、本当にそれしかないのか?」
「……ああ」
藤谷くんの戸惑いを察したのか、矢坂くんが念押しするようにうなずいた。
「そうなんだな……」
その瞬間、藤谷くんの顔に浮かんだのは何とも言えない淡い感情だった。
この憂鬱で、息苦しくて、切ない。
胸を締めつけるような感情のようだった。
「だったら、俺と入れ替えてくれ。俺の命は、良夜からもらったものだ。それに、俺は双葉さんに生きてほしい。俺も、双葉さんのことが好きだから」
いざ言葉にすると、恥ずかしくなる。
そんなふうに藤谷くんは頬を赤らめて、双葉さんから視線を逸らした。
「だから、頼む! 俺を身代わりに!」
「だったら、藤谷くんはなおさら、生きなくちゃダメだよ! 矢坂くん、わたしを身代わりにして!」
藤谷くんの決意に負けないように、わたしは勇気をかき集めて声を絞り出す。
「いや、俺が!」
「むぅ。わたしが身代わりになる!」
必死になっているのはわたしだけではなく、また、高揚しているのもわたしだけではなかった。
藤谷くんと向き合ったわたしは、押し問答を繰り返す。
――その時だった。
「藤谷くん、桃原さん、お願い! やめて!」
そんなわたしたちの決断を遮るように、双葉さんは悲壮な眼差しで告げる。
「私、なにがなんでも生きたいって思った。だけど、大切な藤谷くんと桃原さんを失ってまで生きたいと思わない。それなら、このまま死んだ方がマシ……」
「双葉さん……」
大粒の涙を流し、声を枯らして、双葉さんは叫んだ。
一瞬にして、わたしははっとした顔になる。
「お願い……。私の代わりに、死のうとしないで……」
双葉さんの泣きすぎた顔は、痛々しいほどに悲壮で。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのにと、わたしの胸を締めつけた。
双葉さんの胸の奥に隠していた本心。
「だから、私、死ぬのが怖い」
そう語る双葉さんは目に見えて動揺していた。
先のない未来に怯えている。
その震えは、わたしたちにも伝わってくるようだった。
「矢坂くん……」
わたしは堪えきれなくなって、矢坂くんを見る。
「ヘルスイーツで、何とかならないかな。ヘルスイーツはすごいお菓子だから、特別な奇跡を起こせるような気がする」
「ヘルスイーツでも、双葉さんを救うことはできない。死の運命は本来、変えてはならないものだ。死の運命は歪めてはいけない」
矢坂くんの言葉は真実なのだろう。
彼の言い分が正しいことも、理性ではきちんとわきまえている。
しかし、感情で納得できるかはまた別の話だった。
「お願い、矢坂くん! わたしの時と同じように、双葉さんの死の運命を変えて! 矢坂くんの死神の仕事を手伝ったら、記憶を消さなくてもいいんだよね!」
わたしは藁にもすがる思いで叫んだ。
『わたしの死の運命』を変えたことを、迂闊に口にしてしまってはいけない。
噂が広まってしまうかもしれない。
そう懸念していたのに、どうしても後には引けなかった。
「確かに、死神の弟子になれば、記憶を消さなくてもいい。だが、死の運命は、何度も変えてはいけないものだ。結末を変えることはできない。どうしても変える場合は、記憶以外にも対価――重い代償を必要とする」
「重い代償?」
わたしは沈痛な面持ちで顔を上げる。
戸惑っていると、矢坂くんは大事なことを付け足した。
「対価は、多岐に渡る。桃原の時は……その重い代償を支払った人間がいた。だから、俺は二度、桃原の死の運命を変えることができた」
痛みをこらえるような声音に、胸が苦しくなる。
『桃原と過ごすうちに、死なせたくないと思うようになった。桃原は、かけがえのない大切な存在だったから。このまま、生きてほしいと願った』
そう答えてくれた矢坂くんの、物思いに沈んだ悲しげな顔つきを思い出したからだ。
そして、寂しい色をした瞳を思い出す。
思い浮かぶのは、大好きな彼のことばかり。
これから死ぬ人間がどうやって死ぬのか。
それを教えるのは禁止されている。
以前のわたしのように、死を回避されてしまうから。
だけど、矢坂くんはわたしのために、そのルールを二度、破ってくれた。
それに……ふわりと熱の宿る胸を思わず、手のひらで撫でて思い出した。
矢坂くんが告げた、わたしを救うために重い代償を支払った人間。
わたしは、その男の子をよく知っていた。
『――晴花、ありがとう』
脳裏に、その男の子の笑顔がちらついた。
『――ありがとう、最期まで。最期の後も、僕と一緒にいてくれて』
隣の病室だった男の子。
霧也くんは、わたしのために重い代償を支払ってくれた。
だけど、どんな代償を支払ったんだろう。
代償――対価……。
もしかしたら……霧也くんは……。
詮のないことを考えていたからか、矢坂くんが痛切な顔をしている。
その反応が、すべてを物語っていたから、わたしは無性に泣きたくなる。
きっと置いて行かれる悲しさも、それを追い求めてしまう苦しさも、矢坂くんにはよく分かっているのだ。
それでも、わたしはどうしても、救いを追い求めてしまう。
「……本当に、その代償を支払う方法しかないの?」
「ああ。双葉さんを救う方法はそれしかない」
矢坂くんの一言が、ぐさりと胸に突き刺さる。
それでも、わたしは必死に言い募った。
「矢坂くん、教えて! どんな代償を差し出せばいいの?」
食い下がるわたしの勢いに押されたのか、矢坂くんは仕方ないという様子でうなずいた。
矢坂くんの優しさに、わたしはいつも救われているような気持ちになる。
「代償は様々あるが、一番簡単なのは、自分の命を差し出すことだ。双葉さんが死ぬことは避けられない。だが、双葉さんと入れ替われば、彼女の身体に宿っている、その人間の魂が代わりに死ぬことになる」
「藤谷くんたちと同じ取引……」
「ああ。双葉さんの代わりに、身代わりになれば、彼女の死の運命を変えることはできる……」
それが双葉さんを救うことができる、一番簡単な方法。
そんなの、答えは一つしかない。
双葉さんの余命はわずかだ。
このまま、手をこまぬいていたら、双葉さんは元の身体に戻った後、すぐに死んでしまう可能性が高い。
矢坂くんから、双葉さんを救う道は示された。
あとは、それを実行すればいい。
わたしは我知らず口を開いた。
「だったら、わたしと入れ替えて!」
「桃原さん……」
「なっ……!」
わたしが叫ぶと、双葉さんは真っ先に反応する。
藤谷くんも同じだった。
一度、口を衝いて出ると、後は早かった。
「わたしは、矢坂くんに二度、死の運命から救ってもらった。それに、たくさんのお願い事を叶えてもらえた。だから、わたしが――」
身代わりになる。
わたしが表に出そうとした言葉を察したらしく、藤谷くんは重々しくつぶやいた。
「浩二、本当にそれしかないのか?」
「……ああ」
藤谷くんの戸惑いを察したのか、矢坂くんが念押しするようにうなずいた。
「そうなんだな……」
その瞬間、藤谷くんの顔に浮かんだのは何とも言えない淡い感情だった。
この憂鬱で、息苦しくて、切ない。
胸を締めつけるような感情のようだった。
「だったら、俺と入れ替えてくれ。俺の命は、良夜からもらったものだ。それに、俺は双葉さんに生きてほしい。俺も、双葉さんのことが好きだから」
いざ言葉にすると、恥ずかしくなる。
そんなふうに藤谷くんは頬を赤らめて、双葉さんから視線を逸らした。
「だから、頼む! 俺を身代わりに!」
「だったら、藤谷くんはなおさら、生きなくちゃダメだよ! 矢坂くん、わたしを身代わりにして!」
藤谷くんの決意に負けないように、わたしは勇気をかき集めて声を絞り出す。
「いや、俺が!」
「むぅ。わたしが身代わりになる!」
必死になっているのはわたしだけではなく、また、高揚しているのもわたしだけではなかった。
藤谷くんと向き合ったわたしは、押し問答を繰り返す。
――その時だった。
「藤谷くん、桃原さん、お願い! やめて!」
そんなわたしたちの決断を遮るように、双葉さんは悲壮な眼差しで告げる。
「私、なにがなんでも生きたいって思った。だけど、大切な藤谷くんと桃原さんを失ってまで生きたいと思わない。それなら、このまま死んだ方がマシ……」
「双葉さん……」
大粒の涙を流し、声を枯らして、双葉さんは叫んだ。
一瞬にして、わたしははっとした顔になる。
「お願い……。私の代わりに、死のうとしないで……」
双葉さんの泣きすぎた顔は、痛々しいほどに悲壮で。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのにと、わたしの胸を締めつけた。



