結局、まだ、どうすべきなのか、分からない。
人間のわたしは、死神である矢坂くんとは決して結ばれることはない。
実らない恋。
だけど、諦めたくない。
わたしたちが最後は別れるために、出会ったなんて。
そんなの認めたくない。
何があろうと、わたしは矢坂くんのそばにいたい。
万に一つの確率だとしても、今はまだ、夢を見ていたい。
矢坂くんと、明日も明後日もその先も会うために――。
場を占める重い雰囲気を消したくて、わたしはくるりと周りを見回す。
広い園内は、散策するだけでも物語の中に入ってしまったように楽しい。
絶叫系のアトラクション以外にも、楽しいことは目白押しだ。
興味が湧いたものは、あれもこれもと見て回る。
「ねえねえ、そろそろ、休憩しよう」
様々なアトラクションを堪能した後、わたしは率先して園内にあるレストランに入った。
オープンテラスのレストランで、かわいらしいメニューを前にゆったりと語り合う。
「桃原さん、シフォンケーキ、少しあげるね」
「ありがとう。じゃあ、わたしのも」
わたしと双葉さん。
お互いにスイーツをシェアしながら、春を感じさせる甘酸っぱさに舌鼓を打つ。
「私が消えてしまう前に、みんなに出会えて良かった……。すべてが、初めてのことだらけで楽しい……」
双葉さんはひとつひとつをじっくりと、今日の思い出を刻み込むように楽しむ。
違った環境に身を置くことで、どん底だった人生が拓けていくように。
*
夕暮れになってきて、風は少し冷えている。
今回の目的は、双葉さんの恋の応援。
藤谷くんと双葉さんが二人きりでゆっくりできそうな場所と言えば――うってつけの場所がひとつ。
「最後に、観覧車に乗らない?」
「うん、行ってみよう」
わたしの提案に、双葉さんは嬉しそうに手を合わせる。
わたしたちが最後に訪れたのは、遊園地の中央に位置する大観覧車だった。
客寄せのためか、いくつかのゴンドラが特別仕様となっている。
今日も、ゴールデンウィークバージョンに飾りつけられたものがあるのは、告知で見て知っていた。
普通のゴンドラでも悪くはない。
だけど、折角、アトラクションを満喫した後なのだから、特別仕様のものも悪くない。
わたしたちは空の旅へ出発することになった。
だけど……。
「最後に、観覧車に乗る人が、こんなに多いなんて……」
わたしたちを待ち構えていたのは長蛇の列だった。
本来なら、別々のゴンドラに乗って、藤谷くんと双葉さんを二人きりにしたかったけれど。
結局、わたしたち四人全員、同じゴンドラに乗ることになってしまったのだ。
それでも美しい景色を一望できる空の旅は、存分にわたしたちの心を弾ませる。
「素敵な景色ね」
「双葉さん、一つ聞いてもいい?」
ご満悦な双葉さんと打って変わって、藤谷くんが少し躊躇うように言った。
「遊園地に来た時、桃原さんと話していたよな。入れ替わったって。そう聞こえたけど、もしかして双葉さんも、俺と同じ?」
「えっ?」
思いがけないことを言われた気がして、双葉さんは目を丸くする。
「ええと、誰が?」
「誰がって、俺だけど」
双葉さんの問いに、藤谷くんは当たり前のように答えた。
聞き間違いじゃない。
わたしは声もなく戸惑う。
視線を向けると、矢坂くんも強張った表情をしていた。
芳しくない反応に業を煮やしたのか、藤谷くんはぽりぽりと頬をかく。
「俺もそうなんだよ。死神との取引で入れ替わって、しかもそのまま」
目の前にいる彼は、藤谷良夜くんじゃない。
衝撃の事実。
だけど、そのことに驚いたのは、わたしと双葉さんだけじゃない。
「死神との取引……」
矢坂くんの声と表情には、衝撃が張り付いていた。
その剣幕に驚きつつも、わたしは小声で尋ねる。
「もしかして、矢坂くんも知らなかったの?」
「……ああ、初耳だ」
ほうけたまま聞けば、矢坂くんの眉がきつく寄せられる。
その反応で、矢坂くんも本当にそのことを知らなかったことが窺えた。
死神である矢坂くんも知らなかった事実。
全身の温度が急激に下がっていった気がした。
「それって……」
口の中で何かが絡まったように、うまく次の言葉が出てこない。
もごもごしていると。
矢坂くんは一息ついてから、努めて冷静な口調で言う。
「恐らく、他の死神が担当していたんだろうな。こちらには、情報が行き渡っていない」
それは作り話みたいな真実だった。
だけど、わたしは知っている。
この町には、矢坂くん以外にも何人かの死神がいることを。
「驚かせてごめん」
一度、こぼれ落ちた言葉は取り消せない。
藤谷くんは観念したように息を吐いて、ちらりと双葉さんを見た。
「あなたも、本当にそうなの?」
「ああ。俺も、藤谷良夜じゃない」
互いに確認し合うと、藤谷くんと双葉さんは顔を見合わせる。
「そっか。私も、双葉美優じゃないよ。私の本当の名前は双葉あずさ。美優の姉なの」
「そうなんだな。俺の本当の名前は藤谷旭。良夜の兄だ」
目の前にいるのは、藤谷良夜くんのお兄さんの藤谷旭くん。
そう思った瞬間、さっと何かが吹き抜けたような気がした。
「藤谷くんはいつから入れ替わったの?」
「俺が中学一年生、良夜が小学五年生の時に入れ替わった」
その言葉に、心をわしづかみにされた。
良夜くんが小学五年生の時――。
矢坂くんと藤谷くんは、中学一年生の時に知り合って仲良くなったと聞いている。
つまり、その時にはもう、藤谷良夜くんは、藤谷旭くんだったということになる。
「俺と良夜はその日、川の近くで遊んでいたんだ。だけど、足を滑らせた良夜を庇って、俺は川に落ちてしまった」
藤谷くんはそこで、心に暗いものを引きずっているように声を落とした。
「その時、死神が俺たちの前に現れた。泣き叫ぶ良夜は必死に死神と取引して、俺と身体を入れ替えてもらった。溺れて死にかけた俺を、良夜が救ってくれた。生死の境をさまよっていた俺の死の運命を変えるために、自分が身代わりになってくれたんだ……」
初めて知る藤谷くんの真実。
胸がつかえて何も言えない。
「それから俺の目的は一つだけだ。良夜を生き返させて、この身体を返すこと」
藤谷くんの告げた言葉を実感しながら、わたしは祈るように指を組んだ。
頬に伝った涙が、ふわりとさらわれていく。
「死神には、『世界最高峰のヘルスイーツ』という対価を払わないと、その願いを叶えることはできないって言われた」
「『世界最高峰のヘルスイーツ』を求める死神……。その死神の名前は?」
矢坂くんが訊ねると、少し間を置いてから答えが返ってくる。
人間のわたしは、死神である矢坂くんとは決して結ばれることはない。
実らない恋。
だけど、諦めたくない。
わたしたちが最後は別れるために、出会ったなんて。
そんなの認めたくない。
何があろうと、わたしは矢坂くんのそばにいたい。
万に一つの確率だとしても、今はまだ、夢を見ていたい。
矢坂くんと、明日も明後日もその先も会うために――。
場を占める重い雰囲気を消したくて、わたしはくるりと周りを見回す。
広い園内は、散策するだけでも物語の中に入ってしまったように楽しい。
絶叫系のアトラクション以外にも、楽しいことは目白押しだ。
興味が湧いたものは、あれもこれもと見て回る。
「ねえねえ、そろそろ、休憩しよう」
様々なアトラクションを堪能した後、わたしは率先して園内にあるレストランに入った。
オープンテラスのレストランで、かわいらしいメニューを前にゆったりと語り合う。
「桃原さん、シフォンケーキ、少しあげるね」
「ありがとう。じゃあ、わたしのも」
わたしと双葉さん。
お互いにスイーツをシェアしながら、春を感じさせる甘酸っぱさに舌鼓を打つ。
「私が消えてしまう前に、みんなに出会えて良かった……。すべてが、初めてのことだらけで楽しい……」
双葉さんはひとつひとつをじっくりと、今日の思い出を刻み込むように楽しむ。
違った環境に身を置くことで、どん底だった人生が拓けていくように。
*
夕暮れになってきて、風は少し冷えている。
今回の目的は、双葉さんの恋の応援。
藤谷くんと双葉さんが二人きりでゆっくりできそうな場所と言えば――うってつけの場所がひとつ。
「最後に、観覧車に乗らない?」
「うん、行ってみよう」
わたしの提案に、双葉さんは嬉しそうに手を合わせる。
わたしたちが最後に訪れたのは、遊園地の中央に位置する大観覧車だった。
客寄せのためか、いくつかのゴンドラが特別仕様となっている。
今日も、ゴールデンウィークバージョンに飾りつけられたものがあるのは、告知で見て知っていた。
普通のゴンドラでも悪くはない。
だけど、折角、アトラクションを満喫した後なのだから、特別仕様のものも悪くない。
わたしたちは空の旅へ出発することになった。
だけど……。
「最後に、観覧車に乗る人が、こんなに多いなんて……」
わたしたちを待ち構えていたのは長蛇の列だった。
本来なら、別々のゴンドラに乗って、藤谷くんと双葉さんを二人きりにしたかったけれど。
結局、わたしたち四人全員、同じゴンドラに乗ることになってしまったのだ。
それでも美しい景色を一望できる空の旅は、存分にわたしたちの心を弾ませる。
「素敵な景色ね」
「双葉さん、一つ聞いてもいい?」
ご満悦な双葉さんと打って変わって、藤谷くんが少し躊躇うように言った。
「遊園地に来た時、桃原さんと話していたよな。入れ替わったって。そう聞こえたけど、もしかして双葉さんも、俺と同じ?」
「えっ?」
思いがけないことを言われた気がして、双葉さんは目を丸くする。
「ええと、誰が?」
「誰がって、俺だけど」
双葉さんの問いに、藤谷くんは当たり前のように答えた。
聞き間違いじゃない。
わたしは声もなく戸惑う。
視線を向けると、矢坂くんも強張った表情をしていた。
芳しくない反応に業を煮やしたのか、藤谷くんはぽりぽりと頬をかく。
「俺もそうなんだよ。死神との取引で入れ替わって、しかもそのまま」
目の前にいる彼は、藤谷良夜くんじゃない。
衝撃の事実。
だけど、そのことに驚いたのは、わたしと双葉さんだけじゃない。
「死神との取引……」
矢坂くんの声と表情には、衝撃が張り付いていた。
その剣幕に驚きつつも、わたしは小声で尋ねる。
「もしかして、矢坂くんも知らなかったの?」
「……ああ、初耳だ」
ほうけたまま聞けば、矢坂くんの眉がきつく寄せられる。
その反応で、矢坂くんも本当にそのことを知らなかったことが窺えた。
死神である矢坂くんも知らなかった事実。
全身の温度が急激に下がっていった気がした。
「それって……」
口の中で何かが絡まったように、うまく次の言葉が出てこない。
もごもごしていると。
矢坂くんは一息ついてから、努めて冷静な口調で言う。
「恐らく、他の死神が担当していたんだろうな。こちらには、情報が行き渡っていない」
それは作り話みたいな真実だった。
だけど、わたしは知っている。
この町には、矢坂くん以外にも何人かの死神がいることを。
「驚かせてごめん」
一度、こぼれ落ちた言葉は取り消せない。
藤谷くんは観念したように息を吐いて、ちらりと双葉さんを見た。
「あなたも、本当にそうなの?」
「ああ。俺も、藤谷良夜じゃない」
互いに確認し合うと、藤谷くんと双葉さんは顔を見合わせる。
「そっか。私も、双葉美優じゃないよ。私の本当の名前は双葉あずさ。美優の姉なの」
「そうなんだな。俺の本当の名前は藤谷旭。良夜の兄だ」
目の前にいるのは、藤谷良夜くんのお兄さんの藤谷旭くん。
そう思った瞬間、さっと何かが吹き抜けたような気がした。
「藤谷くんはいつから入れ替わったの?」
「俺が中学一年生、良夜が小学五年生の時に入れ替わった」
その言葉に、心をわしづかみにされた。
良夜くんが小学五年生の時――。
矢坂くんと藤谷くんは、中学一年生の時に知り合って仲良くなったと聞いている。
つまり、その時にはもう、藤谷良夜くんは、藤谷旭くんだったということになる。
「俺と良夜はその日、川の近くで遊んでいたんだ。だけど、足を滑らせた良夜を庇って、俺は川に落ちてしまった」
藤谷くんはそこで、心に暗いものを引きずっているように声を落とした。
「その時、死神が俺たちの前に現れた。泣き叫ぶ良夜は必死に死神と取引して、俺と身体を入れ替えてもらった。溺れて死にかけた俺を、良夜が救ってくれた。生死の境をさまよっていた俺の死の運命を変えるために、自分が身代わりになってくれたんだ……」
初めて知る藤谷くんの真実。
胸がつかえて何も言えない。
「それから俺の目的は一つだけだ。良夜を生き返させて、この身体を返すこと」
藤谷くんの告げた言葉を実感しながら、わたしは祈るように指を組んだ。
頬に伝った涙が、ふわりとさらわれていく。
「死神には、『世界最高峰のヘルスイーツ』という対価を払わないと、その願いを叶えることはできないって言われた」
「『世界最高峰のヘルスイーツ』を求める死神……。その死神の名前は?」
矢坂くんが訊ねると、少し間を置いてから答えが返ってくる。



