そうして迎えた当日の朝。
穏やかな晴れ模様が広がる空。
「うわあっ! すごい!」
春の風が、わたしの背中を優しく押してくれた。
当たり前の日常。
当たり前の景色。
そんな日々にいつも新しい風をもたらすのは、死神の仕事。
うららかな春の木もれ日を受け、巨大な遊園地にある全てが輝いて見える。
わたしには、この景色が双葉さんの決意を歓迎してくれているように見えた。
様々なアトラクションがある巨大な遊園地。
そんな遊園地のシンボルマーク的存在であるのは、中央に位置する大観覧車だ。
来園者は、この観覧車を背景に記念写真を撮っていく。
「ねえねえ、矢坂くん、お願い! 写真、撮って!」
「……仕方ないな」
わたしの懇願に、矢坂くんがスマホを構える。
そして、その一瞬の煌めきを逃さぬように、カメラ機能で撮った。
双葉さんが確かに、この遊園地に来たという証を――。
矢坂くんは、振り返るに相応しい写真を撮れたことを満足げに微笑む。
そして、隣で覗き込んでいるわたしを見た。
「うわあっ! 矢坂くん、写真、撮るのうまいね!」
矢坂くんの撮った写真は、ピントのズレもなくきれいだ。
思わず、感激を唇に乗せてしまう。
「……別に」
わたしの称賛に、矢坂くんは照れくさそうに視線を逸らした。
ほんのり赤くなっている頬は、陽の光のせいではない。
「あれ? 双葉さん、どうかした?」
視線を向けると、藤谷くんが心配そうに双葉さんに訊いていた。
「なんか、元気ないみたいだけど」
「そ、そんなことないから」
藤谷くんから声をかけられたことは、双葉さんにとっては思いがけない出来事だったみたい。
恥ずかしさをごまかすように、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「ほら、双葉さん」
「あっ……」
藤谷くんが手を伸ばすと、双葉さんは一瞬、躊躇うような仕草をした。
「今日は思いきり楽しもう。俺も全力で楽しむって決めたからさ!」
「うん」
うなずいた双葉さんは、咄嗟にその手を掴む。
「行こうぜ!」
空に溶けるような藤谷くんの声。
そんな彼に対して、双葉さんは穏やかに微笑んでいた。
この場にいるのは、わたしと矢坂くん、そして藤谷くんと双葉さん。
四人で新しくできた遊園地に行く。
天啓のような思い付きだったが、攻を奏したみたいだ。
「双葉さん、どうかしたの?」
入口ゲートをくぐったわたしは不意に声をかける。
双葉さんの少し寂しそうな表情が気になったからだ。
「藤谷くんに心配してもらえて嬉しい。だけど、これはすべて、美優に向けられたものなのだろうと思うと、胸が苦しくなる」
双葉さんの切実な気持ちが、ひしひしと伝わってきた。
つらい気持ちはどうしても消えてくれない。
悲しい気持ちが一向に止まらないように。
「それでも私が美優になっている間は、こうして藤谷くんと一緒に過ごすことができる。美優になったおかけで、藤谷くんと出会うことができた。複雑だけど、正直嬉しい」
相反する想い。
双葉さんの心はどこまでも矛盾している。
これから、どうしたらいいんだろう。
答えの出ない疑問に、胸がヒリヒリしていると。
「桃原さん」
話しかけられたわたしはぴくりと肩を上げる。
双葉さんが興味津々でこちらを見ていた。
「今日はお互い、がんばろう」
不意打ちのように蒸し返されて、どう反応していいのか分からない。
「がんばるの、今日じゃないといけないのかな」
「うん、今日じゃなきゃダメだよ。だって、もう同じ時間は戻ってこないんだよ」
余命わずか。
不安な気持ちを抱きながらも、双葉さんはわたしの恋を応援してくれる。
その優しさに深い感謝しかなくて、火照るように胸と目頭が熱くなった。
「私に幸せになるためのきっかけをくれたように、桃原さんも、今しかできないことがあるから」
「……今しかできないこと」
わたしは揺れる髪が落ち着かないうちに、もごもごと答えた。
頭はまだ、回っていなかったけれど。
「でも、人間のわたしと死神の矢坂くんは、決して結ばれることはないよ……」
言えずに仕舞っていた気持ちを少しずつ解いていく。
「そんなことない。桃原さんが、矢坂くんと出会ったことは絶対に意味があるから」
向けられた問いに、双葉さんはすぐさま答えた。
二人だけの秘密を共有するように。
「私が美優と入れ替わって、藤谷くんと出会えたようにね」
「わたしと矢坂くんが出会った意味……」
わたしは改めて、双葉さんが告げた事実を痛感する。
「何の話?」
わたしが噛みしめていると、藤谷くんが不思議そうに横から話に入ってきた。
その隣には、怪訝そうな矢坂くんもいる。
「俺たちには言えないこと?」
「その……」
「秘密の話?」
「ふええ……」
矢継ぎ早に質問されて、頭が追いついてこない。
口も回っていない。
何か言わないといけない。
でも、何を言えばいいのか分からない。
「良夜、これからアトラクションを楽しむんだろう」
心が板挟みになっていると、矢坂くんが落ち着いた声で藤谷くんに訊いた。
「どれから回るんだ?」
「そうだな。やっぱり、ジェットコースターからだな」
さらりと助け船まで出してくれた。
めちゃくちゃ頼りになる。
さすが、わたしの師匠、死神パティシエ様々だ。
順番待ちをした後、まずはジェットコースターに乗り込む。
「すごーい!!」
急降下。まるで想像を越えるような爽快感を感じられた。
「やばい。めちゃくちゃテンション、上がったー。すごく楽しかったー」
ジェットコースターから降りた後、わたしは歓喜の声を上げる。
「まあ、悪くはないな」
「めちゃくちゃ最高だったな!」
矢坂くんの独り言に、藤谷くんは意気揚々とうなずいた。
「ううっ……。ジェットコースターって、あんなに恐ろしいものなの……」
ただ、双葉さんは初めてのジェットコースターに肩を震わせていた。
「双葉さん、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
双葉さんは一息つくと、藤谷くんから受け取ったドリンクを飲み干した。
「ありがとう」
双葉さんが落ち着くまで、ベンチに座って休憩を挟む。
藤谷くんと双葉さん、いい雰囲気だ。
会話が弾んでいるみたい。
遠くから二人を見守っていたわたしの頬に、ひんやりしたものが触れた。
「あっ……」
振り返ると、矢坂くんがドリンクを差し出していた。
「桃原、ほら」
「ありがとう」
矢坂くんから受け取り、ひんやりとしたドリンクを眺める。
穏やかな晴れ模様が広がる空。
「うわあっ! すごい!」
春の風が、わたしの背中を優しく押してくれた。
当たり前の日常。
当たり前の景色。
そんな日々にいつも新しい風をもたらすのは、死神の仕事。
うららかな春の木もれ日を受け、巨大な遊園地にある全てが輝いて見える。
わたしには、この景色が双葉さんの決意を歓迎してくれているように見えた。
様々なアトラクションがある巨大な遊園地。
そんな遊園地のシンボルマーク的存在であるのは、中央に位置する大観覧車だ。
来園者は、この観覧車を背景に記念写真を撮っていく。
「ねえねえ、矢坂くん、お願い! 写真、撮って!」
「……仕方ないな」
わたしの懇願に、矢坂くんがスマホを構える。
そして、その一瞬の煌めきを逃さぬように、カメラ機能で撮った。
双葉さんが確かに、この遊園地に来たという証を――。
矢坂くんは、振り返るに相応しい写真を撮れたことを満足げに微笑む。
そして、隣で覗き込んでいるわたしを見た。
「うわあっ! 矢坂くん、写真、撮るのうまいね!」
矢坂くんの撮った写真は、ピントのズレもなくきれいだ。
思わず、感激を唇に乗せてしまう。
「……別に」
わたしの称賛に、矢坂くんは照れくさそうに視線を逸らした。
ほんのり赤くなっている頬は、陽の光のせいではない。
「あれ? 双葉さん、どうかした?」
視線を向けると、藤谷くんが心配そうに双葉さんに訊いていた。
「なんか、元気ないみたいだけど」
「そ、そんなことないから」
藤谷くんから声をかけられたことは、双葉さんにとっては思いがけない出来事だったみたい。
恥ずかしさをごまかすように、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「ほら、双葉さん」
「あっ……」
藤谷くんが手を伸ばすと、双葉さんは一瞬、躊躇うような仕草をした。
「今日は思いきり楽しもう。俺も全力で楽しむって決めたからさ!」
「うん」
うなずいた双葉さんは、咄嗟にその手を掴む。
「行こうぜ!」
空に溶けるような藤谷くんの声。
そんな彼に対して、双葉さんは穏やかに微笑んでいた。
この場にいるのは、わたしと矢坂くん、そして藤谷くんと双葉さん。
四人で新しくできた遊園地に行く。
天啓のような思い付きだったが、攻を奏したみたいだ。
「双葉さん、どうかしたの?」
入口ゲートをくぐったわたしは不意に声をかける。
双葉さんの少し寂しそうな表情が気になったからだ。
「藤谷くんに心配してもらえて嬉しい。だけど、これはすべて、美優に向けられたものなのだろうと思うと、胸が苦しくなる」
双葉さんの切実な気持ちが、ひしひしと伝わってきた。
つらい気持ちはどうしても消えてくれない。
悲しい気持ちが一向に止まらないように。
「それでも私が美優になっている間は、こうして藤谷くんと一緒に過ごすことができる。美優になったおかけで、藤谷くんと出会うことができた。複雑だけど、正直嬉しい」
相反する想い。
双葉さんの心はどこまでも矛盾している。
これから、どうしたらいいんだろう。
答えの出ない疑問に、胸がヒリヒリしていると。
「桃原さん」
話しかけられたわたしはぴくりと肩を上げる。
双葉さんが興味津々でこちらを見ていた。
「今日はお互い、がんばろう」
不意打ちのように蒸し返されて、どう反応していいのか分からない。
「がんばるの、今日じゃないといけないのかな」
「うん、今日じゃなきゃダメだよ。だって、もう同じ時間は戻ってこないんだよ」
余命わずか。
不安な気持ちを抱きながらも、双葉さんはわたしの恋を応援してくれる。
その優しさに深い感謝しかなくて、火照るように胸と目頭が熱くなった。
「私に幸せになるためのきっかけをくれたように、桃原さんも、今しかできないことがあるから」
「……今しかできないこと」
わたしは揺れる髪が落ち着かないうちに、もごもごと答えた。
頭はまだ、回っていなかったけれど。
「でも、人間のわたしと死神の矢坂くんは、決して結ばれることはないよ……」
言えずに仕舞っていた気持ちを少しずつ解いていく。
「そんなことない。桃原さんが、矢坂くんと出会ったことは絶対に意味があるから」
向けられた問いに、双葉さんはすぐさま答えた。
二人だけの秘密を共有するように。
「私が美優と入れ替わって、藤谷くんと出会えたようにね」
「わたしと矢坂くんが出会った意味……」
わたしは改めて、双葉さんが告げた事実を痛感する。
「何の話?」
わたしが噛みしめていると、藤谷くんが不思議そうに横から話に入ってきた。
その隣には、怪訝そうな矢坂くんもいる。
「俺たちには言えないこと?」
「その……」
「秘密の話?」
「ふええ……」
矢継ぎ早に質問されて、頭が追いついてこない。
口も回っていない。
何か言わないといけない。
でも、何を言えばいいのか分からない。
「良夜、これからアトラクションを楽しむんだろう」
心が板挟みになっていると、矢坂くんが落ち着いた声で藤谷くんに訊いた。
「どれから回るんだ?」
「そうだな。やっぱり、ジェットコースターからだな」
さらりと助け船まで出してくれた。
めちゃくちゃ頼りになる。
さすが、わたしの師匠、死神パティシエ様々だ。
順番待ちをした後、まずはジェットコースターに乗り込む。
「すごーい!!」
急降下。まるで想像を越えるような爽快感を感じられた。
「やばい。めちゃくちゃテンション、上がったー。すごく楽しかったー」
ジェットコースターから降りた後、わたしは歓喜の声を上げる。
「まあ、悪くはないな」
「めちゃくちゃ最高だったな!」
矢坂くんの独り言に、藤谷くんは意気揚々とうなずいた。
「ううっ……。ジェットコースターって、あんなに恐ろしいものなの……」
ただ、双葉さんは初めてのジェットコースターに肩を震わせていた。
「双葉さん、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
双葉さんは一息つくと、藤谷くんから受け取ったドリンクを飲み干した。
「ありがとう」
双葉さんが落ち着くまで、ベンチに座って休憩を挟む。
藤谷くんと双葉さん、いい雰囲気だ。
会話が弾んでいるみたい。
遠くから二人を見守っていたわたしの頬に、ひんやりしたものが触れた。
「あっ……」
振り返ると、矢坂くんがドリンクを差し出していた。
「桃原、ほら」
「ありがとう」
矢坂くんから受け取り、ひんやりとしたドリンクを眺める。



