「桃原の方こそ、どうしてなんだ?」
話を逸らしたように感じて一瞬、戸惑いを滲ませる。
だけど、わたしは一呼吸置くと、矢坂くんの質問に答えた。
「わたしは生きている意味がほしいの」
「意味……?」
わたしの返答に、矢坂くんは目を白黒させる。
「わたしの持っているものが、少しでも誰かのためになるなら、わたしが生まれた意味もあるのかな。ちょっと大げさかもしれないけど」
だって、未来は変えられるって知っている。
その想いだけが、優しく心を照らしていた。
「わたしは死神の仕事を通じて、誰かの力になれるのが嬉しいんだ。幸せは多い方がいいから」
「……桃原らしいな」
きらきらと輝く、星のような瞳が、わたしをまっすぐに覗き込む。
放課後の彼は、表情や醸し出す雰囲気がいつもと違って見えた。
「だったらきっと、桃原は、俺に出会うために生まれてきたんだ。俺と一緒に、死神の仕事をするために」
その時、わたしは生まれて初めて、誰かに認めてもらえたって心から思えた。
きっと、わたしは誰かにその言葉をずっともらいたかったのだと思う。
矢坂くんの何気ない一言が、わたしの心の奥でくすぶっていた感情を溶かしてくれた。
「ねえ、矢坂くん、教えてほしいの。すごく重要なこと」
「ん……?」
とても含みのある前置きをしたからか、矢坂くんは怪訝そうな顔をした。
「死神の仕事は悲しい事実に直面することもあるけれど、それでもヘルスイーツは……人を幸せにするためにあるんだよね」
「当たり前だろう。俺たち、死神パティシエは、そのためにいるんだからな」
即答が嬉しくて頬がゆるむ。
安心した笑顔を見ていたら、嬉しさがさらに盛り上がってきた。
初めての恋は、とても甘酸っぱくて優しい。
まるでお菓子みたい。
わたしは矢坂くんのことが好きだ。
今はそれだけでいい。
片思いじゃ足りなくなって、欲張りになるその時まで――。
*
それから一週間後のお昼休み。
友達と一緒にお弁当を食べ終わった後、矢坂くんと一緒に部室に行くことになった。
廊下を歩いていると、別の学年の人たちがあわただしく横切っていく。
楽しそうな声が響きわたる廊下を抜けて、昇降口に出た時だった。
「あの……。矢坂くん、桃原さん……」
喧騒の中、澄んだ声が耳に届く。
声の主が誰なのか、察しがついた。
おずおずと振り返れば、神妙な面持ちの双葉さんがいた。
正確には、美優さんの身体に入った双葉さんだ。
「あの……ありがとう……。お父さんとお母さん、美優の姿だと、たくさん私のことを愛してくれたの。すごく幸せだった。それで、その……」
心からの感謝とともに、双葉さんは本題に入ろうとした。
「双葉さん、何かあったの?」
「実は……その……」
双葉さんは人目を気にして、少し言いにくそうだった。
「双葉さん、ここなら誰もいないよ」
それなら、とわたしは校舎裏へと連れ出す。
人気のない校舎裏は静かで神秘的で、何やら秘密めいていて胸が高鳴った。
わたしがしみじみと噛みしめていると、双葉さんは意を決して切り出した。
「……私、好きな人ができたの」
「ふええ!?」
わたしは目を白黒させる。
その告白は、わたしにとって予想外だったから。
「名前は藤谷良夜くん。美優と同じクラスの男の子。初めての学校生活で戸惑う私に、いろいろと手助けしてくれたの。すごく優しくて、親切で……一緒にいるとじんわりと温かい。それで……いつの間にか、私の中で藤谷くんの存在が大きくなって……とても大切な人になっていた」
双葉さんは躊躇うように口にした。
「たった一ヶ月の入れ替わり。あっという間に別れがくる。あと少しで……私はこの世から消える。それでも、ほんの少しだけ、彼のことを知りたくなったの」
好きな人のことをもっと知りたい。
好きな人がいてくれるだけで、いつも心が温かい。
これからもずっと、好きな人のそばにいたい。
それは自然な感情なのかもしれない。
矢坂くん……。
わたしも彼のことを思うと、心の内側が温かくなるのを感じるから。
「お願い! 協力してほしいの!」
双葉さんは顔の前で両手を合わせる。
「うん。もちろん、協力する……」
「無理だな」
喜んで言いかけたわたしの声を、矢坂くんの声が追い抜いた。
「入れ替われる期限は一ヶ月だ。それを過ぎれば、もとに戻り、双葉さんは死ぬことになる」
矢坂くんが返した言葉は淡々として、そっけなく感じる。
だけど、あくまでも事実を口にしただけだ。
「……分かっている。それでも、少しでも彼のそばにいたい!」
「身体は美優さん、しかも期限付きの恋だ。それでもいいのか?」
双葉さんの揺るぎない想いを確かめるように、矢坂くんは核心を突きつける。
たった一ヶ月の入れ替わり。
あっという間に別れがくる。
たとえ告白しても、うまくいく保証はない。
双葉さんの苦しみを想像すると、たまらない気持ちになった。
わたしだったら、胸が張りさけそうになる。
「それでもいい……。私は、その間だけでも自由に生きたい。彼に恋をしたいの。彼とちゃんと話せるようになりたい。ただ、それだけなの……」
矢坂くんの言葉に、双葉さんは迷いなく答えた。
死の運命に抗うように。
わずかでも可能性にかけるように。
「……分かった」
双葉さんの勢いに押されたのか、矢坂くんは渋々という様子でうなずいた。
「やるだけやればいい。今日から残された期間、双葉さんのすべてをかけるんだ」
「矢坂くん、ありがとう」
その言葉を聞いて、双葉さんはほっと胸を撫で下ろす。
矢坂くんらしい返答に、わたしも身体の芯から自然と笑みが込み上げてくる。
「でも、双葉さんのすべてって……かなり大変そうだね」
「無茶ぶり、きたね」
わたしの戸惑いに、双葉さんは楽しげに笑う。
(双葉さんの恋の協力。ドキドキするな……)
前途多難な恋。
内心、慌てふためいていたら、双葉さんはとんでもないことを言い出した。
「桃原さんは、矢坂くんのこと、好きなんだよね」
「ふええ!?」
あっさりと言い当てられて、わたしはぎょっとする。
「桃原さんを見ていたら分かるよ」
わたしの驚きように、双葉さんは小さく微笑む。
見ていたら分かるって?
どういうこと?
もしかして、わたし、矢坂くんが好きなこと、顔に出ているのかも?
いくつもの疑問が頭の中を埋め尽くした。
話を逸らしたように感じて一瞬、戸惑いを滲ませる。
だけど、わたしは一呼吸置くと、矢坂くんの質問に答えた。
「わたしは生きている意味がほしいの」
「意味……?」
わたしの返答に、矢坂くんは目を白黒させる。
「わたしの持っているものが、少しでも誰かのためになるなら、わたしが生まれた意味もあるのかな。ちょっと大げさかもしれないけど」
だって、未来は変えられるって知っている。
その想いだけが、優しく心を照らしていた。
「わたしは死神の仕事を通じて、誰かの力になれるのが嬉しいんだ。幸せは多い方がいいから」
「……桃原らしいな」
きらきらと輝く、星のような瞳が、わたしをまっすぐに覗き込む。
放課後の彼は、表情や醸し出す雰囲気がいつもと違って見えた。
「だったらきっと、桃原は、俺に出会うために生まれてきたんだ。俺と一緒に、死神の仕事をするために」
その時、わたしは生まれて初めて、誰かに認めてもらえたって心から思えた。
きっと、わたしは誰かにその言葉をずっともらいたかったのだと思う。
矢坂くんの何気ない一言が、わたしの心の奥でくすぶっていた感情を溶かしてくれた。
「ねえ、矢坂くん、教えてほしいの。すごく重要なこと」
「ん……?」
とても含みのある前置きをしたからか、矢坂くんは怪訝そうな顔をした。
「死神の仕事は悲しい事実に直面することもあるけれど、それでもヘルスイーツは……人を幸せにするためにあるんだよね」
「当たり前だろう。俺たち、死神パティシエは、そのためにいるんだからな」
即答が嬉しくて頬がゆるむ。
安心した笑顔を見ていたら、嬉しさがさらに盛り上がってきた。
初めての恋は、とても甘酸っぱくて優しい。
まるでお菓子みたい。
わたしは矢坂くんのことが好きだ。
今はそれだけでいい。
片思いじゃ足りなくなって、欲張りになるその時まで――。
*
それから一週間後のお昼休み。
友達と一緒にお弁当を食べ終わった後、矢坂くんと一緒に部室に行くことになった。
廊下を歩いていると、別の学年の人たちがあわただしく横切っていく。
楽しそうな声が響きわたる廊下を抜けて、昇降口に出た時だった。
「あの……。矢坂くん、桃原さん……」
喧騒の中、澄んだ声が耳に届く。
声の主が誰なのか、察しがついた。
おずおずと振り返れば、神妙な面持ちの双葉さんがいた。
正確には、美優さんの身体に入った双葉さんだ。
「あの……ありがとう……。お父さんとお母さん、美優の姿だと、たくさん私のことを愛してくれたの。すごく幸せだった。それで、その……」
心からの感謝とともに、双葉さんは本題に入ろうとした。
「双葉さん、何かあったの?」
「実は……その……」
双葉さんは人目を気にして、少し言いにくそうだった。
「双葉さん、ここなら誰もいないよ」
それなら、とわたしは校舎裏へと連れ出す。
人気のない校舎裏は静かで神秘的で、何やら秘密めいていて胸が高鳴った。
わたしがしみじみと噛みしめていると、双葉さんは意を決して切り出した。
「……私、好きな人ができたの」
「ふええ!?」
わたしは目を白黒させる。
その告白は、わたしにとって予想外だったから。
「名前は藤谷良夜くん。美優と同じクラスの男の子。初めての学校生活で戸惑う私に、いろいろと手助けしてくれたの。すごく優しくて、親切で……一緒にいるとじんわりと温かい。それで……いつの間にか、私の中で藤谷くんの存在が大きくなって……とても大切な人になっていた」
双葉さんは躊躇うように口にした。
「たった一ヶ月の入れ替わり。あっという間に別れがくる。あと少しで……私はこの世から消える。それでも、ほんの少しだけ、彼のことを知りたくなったの」
好きな人のことをもっと知りたい。
好きな人がいてくれるだけで、いつも心が温かい。
これからもずっと、好きな人のそばにいたい。
それは自然な感情なのかもしれない。
矢坂くん……。
わたしも彼のことを思うと、心の内側が温かくなるのを感じるから。
「お願い! 協力してほしいの!」
双葉さんは顔の前で両手を合わせる。
「うん。もちろん、協力する……」
「無理だな」
喜んで言いかけたわたしの声を、矢坂くんの声が追い抜いた。
「入れ替われる期限は一ヶ月だ。それを過ぎれば、もとに戻り、双葉さんは死ぬことになる」
矢坂くんが返した言葉は淡々として、そっけなく感じる。
だけど、あくまでも事実を口にしただけだ。
「……分かっている。それでも、少しでも彼のそばにいたい!」
「身体は美優さん、しかも期限付きの恋だ。それでもいいのか?」
双葉さんの揺るぎない想いを確かめるように、矢坂くんは核心を突きつける。
たった一ヶ月の入れ替わり。
あっという間に別れがくる。
たとえ告白しても、うまくいく保証はない。
双葉さんの苦しみを想像すると、たまらない気持ちになった。
わたしだったら、胸が張りさけそうになる。
「それでもいい……。私は、その間だけでも自由に生きたい。彼に恋をしたいの。彼とちゃんと話せるようになりたい。ただ、それだけなの……」
矢坂くんの言葉に、双葉さんは迷いなく答えた。
死の運命に抗うように。
わずかでも可能性にかけるように。
「……分かった」
双葉さんの勢いに押されたのか、矢坂くんは渋々という様子でうなずいた。
「やるだけやればいい。今日から残された期間、双葉さんのすべてをかけるんだ」
「矢坂くん、ありがとう」
その言葉を聞いて、双葉さんはほっと胸を撫で下ろす。
矢坂くんらしい返答に、わたしも身体の芯から自然と笑みが込み上げてくる。
「でも、双葉さんのすべてって……かなり大変そうだね」
「無茶ぶり、きたね」
わたしの戸惑いに、双葉さんは楽しげに笑う。
(双葉さんの恋の協力。ドキドキするな……)
前途多難な恋。
内心、慌てふためいていたら、双葉さんはとんでもないことを言い出した。
「桃原さんは、矢坂くんのこと、好きなんだよね」
「ふええ!?」
あっさりと言い当てられて、わたしはぎょっとする。
「桃原さんを見ていたら分かるよ」
わたしの驚きように、双葉さんは小さく微笑む。
見ていたら分かるって?
どういうこと?
もしかして、わたし、矢坂くんが好きなこと、顔に出ているのかも?
いくつもの疑問が頭の中を埋め尽くした。



