「桃原の方こそ、どうしてなんだ?」

話を逸らしたように感じて一瞬、戸惑いを滲ませる。
だけど、わたしは一呼吸置くと、矢坂くんの質問に答えた。

「わたしは生きている意味がほしいの」
「意味……?」

わたしの返答に、矢坂くんは目を白黒させる。

「わたしの持っているものが、少しでも誰かのためになるなら、わたしが生まれた意味もあるのかな。ちょっと大げさかもしれないけど」

だって、未来は変えられるって知っている。
その想いだけが、優しく心を照らしていた。

「わたしは死神の仕事を通じて、誰かの力になれるのが嬉しいんだ。幸せは多い方がいいから」
「……桃原らしいな」

きらきらと輝く、星のような瞳が、わたしをまっすぐに覗き込む。
放課後の彼は、表情や醸し出す雰囲気がいつもと違って見えた。

「だったらきっと、桃原は、俺に出会うために生まれてきたんだ。俺と一緒に、死神の仕事をするために」

その時、わたしは生まれて初めて、誰かに認めてもらえたって心から思えた。
きっと、わたしは誰かにその言葉をずっともらいたかったのだと思う。
矢坂くんの何気ない一言が、わたしの心の奥でくすぶっていた感情を溶かしてくれた。

「ねえ、矢坂くん、教えてほしいの。すごく重要なこと」
「ん……?」

とても含みのある前置きをしたからか、矢坂くんは怪訝そうな顔をした。

「死神の仕事は悲しい事実に直面することもあるけれど、それでもヘルスイーツは……人を幸せにするためにあるんだよね」
「当たり前だろう。俺たち、死神パティシエは、そのためにいるんだからな」

即答が嬉しくて頬がゆるむ。
安心した笑顔を見ていたら、嬉しさがさらに盛り上がってきた。

初めての恋は、とても甘酸っぱくて優しい。
まるでお菓子みたい。
わたしは矢坂くんのことが好きだ。
今はそれだけでいい。
片思いじゃ足りなくなって、欲張りになるその時まで――。



それから一週間後のお昼休み。
友達と一緒にお弁当を食べ終わった後、矢坂くんと一緒に部室に行くことになった。
廊下を歩いていると、別の学年の人たちがあわただしく横切っていく。
楽しそうな声が響きわたる廊下を抜けて、昇降口に出た時だった。

「あの……。矢坂くん、桃原さん……」

喧騒の中、澄んだ声が耳に届く。
声の主が誰なのか、察しがついた。
おずおずと振り返れば、神妙な面持ちの双葉さんがいた。
正確には、美優さんの身体に入った双葉さんだ。

「あの……ありがとう……。お父さんとお母さん、美優の姿だと、たくさん私のことを愛してくれたの。すごく幸せだった。それで、その……」

心からの感謝とともに、双葉さんは本題に入ろうとした。

「双葉さん、何かあったの?」
「実は……その……」

双葉さんは人目を気にして、少し言いにくそうだった。

「双葉さん、ここなら誰もいないよ」

それなら、とわたしは校舎裏へと連れ出す。
人気のない校舎裏は静かで神秘的で、何やら秘密めいていて胸が高鳴った。
わたしがしみじみと噛みしめていると、双葉さんは意を決して切り出した。

「……私、好きな人ができたの」
「ふええ!?」

わたしは目を白黒させる。
その告白は、わたしにとって予想外だったから。

「名前は藤谷良夜くん。美優と同じクラスの男の子。初めての学校生活で戸惑う私に、いろいろと手助けしてくれたの。すごく優しくて、親切で……一緒にいるとじんわりと温かい。それで……いつの間にか、私の中で藤谷くんの存在が大きくなって……とても大切な人になっていた」

双葉さんは躊躇うように口にした。

「たった一ヶ月の入れ替わり。あっという間に別れがくる。あと少しで……私はこの世から消える。それでも、ほんの少しだけ、彼のことを知りたくなったの」

好きな人のことをもっと知りたい。
好きな人がいてくれるだけで、いつも心が温かい。
これからもずっと、好きな人のそばにいたい。
それは自然な感情なのかもしれない。

矢坂くん……。

わたしも彼のことを思うと、心の内側が温かくなるのを感じるから。

「お願い! 協力してほしいの!」

双葉さんは顔の前で両手を合わせる。

「うん。もちろん、協力する……」
「無理だな」

喜んで言いかけたわたしの声を、矢坂くんの声が追い抜いた。

「入れ替われる期限は一ヶ月だ。それを過ぎれば、もとに戻り、双葉さんは死ぬことになる」

矢坂くんが返した言葉は淡々として、そっけなく感じる。
だけど、あくまでも事実を口にしただけだ。

「……分かっている。それでも、少しでも彼のそばにいたい!」
「身体は美優さん、しかも期限付きの恋だ。それでもいいのか?」

双葉さんの揺るぎない想いを確かめるように、矢坂くんは核心を突きつける。

たった一ヶ月の入れ替わり。
あっという間に別れがくる。
たとえ告白しても、うまくいく保証はない。

双葉さんの苦しみを想像すると、たまらない気持ちになった。
わたしだったら、胸が張りさけそうになる。

「それでもいい……。私は、その間だけでも自由に生きたい。彼に恋をしたいの。彼とちゃんと話せるようになりたい。ただ、それだけなの……」

矢坂くんの言葉に、双葉さんは迷いなく答えた。
死の運命に抗うように。
わずかでも可能性にかけるように。

「……分かった」

双葉さんの勢いに押されたのか、矢坂くんは渋々という様子でうなずいた。

「やるだけやればいい。今日から残された期間、双葉さんのすべてをかけるんだ」
「矢坂くん、ありがとう」

その言葉を聞いて、双葉さんはほっと胸を撫で下ろす。
矢坂くんらしい返答に、わたしも身体の芯から自然と笑みが込み上げてくる。

「でも、双葉さんのすべてって……かなり大変そうだね」
「無茶ぶり、きたね」

わたしの戸惑いに、双葉さんは楽しげに笑う。

(双葉さんの恋の協力。ドキドキするな……)

前途多難な恋。
内心、慌てふためいていたら、双葉さんはとんでもないことを言い出した。

「桃原さんは、矢坂くんのこと、好きなんだよね」
「ふええ!?」

あっさりと言い当てられて、わたしはぎょっとする。

「桃原さんを見ていたら分かるよ」

わたしの驚きように、双葉さんは小さく微笑む。

見ていたら分かるって?
どういうこと?
もしかして、わたし、矢坂くんが好きなこと、顔に出ているのかも?

いくつもの疑問が頭の中を埋め尽くした。