やがて、頭の中で何か閃いたのか。

「……私、美優に、妹になりたい」

双葉さんは少し考えてから、ふと思いついたように言った。

「えっ? 妹に?」

思わぬ願いに、わたしはぽかんと口を開けて硬直する。

「……私はずっと、いらない子だったから。美優みたいに家族に愛されたいの」

家族が楽しそうに話している。
その笑い声の中に、自分も混ざりたい。
双葉さんはそう言って、少し寂しそうに微笑んだ。

「わたしにとって、美優はずっとうらやましい存在だった」

双葉さんはそう前置きして、噛みしめるように語り始めた。

「物心ついた頃からずっと、両親は美優しか見ていなかったから」

双葉さんの両親は、いつも妹の美優さんばかり、気にかけていた。
双葉さんの存在を無視することすらあった。
底抜けにかわいらしく明るい美優さんを溺愛するほど、双葉さんの両親は夢中になっていたから。

「余命を宣告された時でさえ、お父さんとお母さんの目には美優しか映っていなかった」

その場面を想像しているのか。
双葉さんは一際、寂しそうな顔を見せた。
しかもその時、美優さんからは、早く死んでほしいとまで言われてしまったという。
だから、病院の病室だけが、双葉さんの居場所だった。
それでも、双葉さんは最期に両親に愛されたかった。
妹の美優さんのように――。

「でも……見向きされなくても、どうにもならなくても、私はやっぱり、お父さんとお母さんに愛されたいから……!」

ずっと心に秘めていた本音。鉛のような感情を、双葉さんは吐き出す。

「……どうして」

事情を聞いたわたしは、その仕打ちに苛立ちを覚える。
言い知れない怒りと悲しみだけが膨らんでいく。
だけど、どうしたら……その願いを叶えることができるのだろう。
その時、不安で押しつぶされそうな心に、優しい光が差し込む。

「……分かった。その願い、叶えてやる」

双葉さんの話を聞いた矢坂くんは、すんなりとうなずいていた。
事前に、双葉さんの家庭環境を知っていたからだろうか。
不思議とそれを受け入れていた。

「でも、どうやって……?」
「その点は任せて! 矢坂くんは普通の死神じゃない! 死神パティシエって、すごい存在なんだから!」

双葉さんの戸惑いに、わたしは自分のことのように胸を張る。

「だから、あなたのことじゃないでしょう」

根拠のない自信を持つわたし。
それを見た双葉さんは楽しそうに笑ったんだ。



その翌朝、双葉さんの願いを叶えるために、わたしたちは教室に行く前に部室へと立ち寄った。
そして、不思議な机で移動して、双葉さんがいる病室を訪れた。
双葉さんはベッドの上で、わたしたちが来るのを待ち構えていた。

「本当に、私を美優にしてくれるの?」

双葉さんが目を向けると、矢坂くんはうなずいた。

「ああ。このヘルスイーツで、その願いを叶えてやる」

矢坂くんが箱から取り出したのは、香ばしい香りが漂うバームクーヘンだった。

「うわあっ! バームクーヘン、すごくおいしそう!」

わたしはその瞬間、ぱあっと目を輝かせる。

「桃原。バームクーヘンは、双葉さんのために作ってきたんだ。食べたら、ダメだからな」

私の胸中を察したのか、矢坂くんは即座にそう口にした。

うーん。残念、見抜かれてしまった。
がっかりしてしまう。

気落ちするわたしとは裏腹に、矢坂くんは射抜くように告げた。

「このバームクーヘンを食べれば、双葉美優さんと入れ替われる」
「美優と……?」

矢坂くんの説明に、ベッドの上の双葉さんは呆気に取られる。

「入れ替われる期限は一ヶ月だ。それを過ぎれば、もとに戻り、双葉さんは死ぬことになる」

矢坂くんの力強くてまっすぐな瞳。
でも、その奥には、言いようのない悲しみが潜んでいるのが見てとれた。

「それでもいいのか?」
「……っ」

その瞳は、まるで心を映す鏡のよう。
悲しみに伏せがちな双葉さんの心情を読み取るようだった。

「それでもいい……! 私は、その間だけでも自由に生きたい!」

顔を上げた双葉さんは意を決して告げる。
その美しく澄んだ声には、強く揺るぎない意思が込められていた。

「……分かった」

矢坂くんはやがて、真剣な眼差しでうなずく。
そして、バームクーヘンを双葉さんに差し出した。

「俺たちが部屋を出てから、食べてほしい。入れ替わった美優さんが、病室で取り乱しかねないからな」
「ええ、分かった」

矢坂くんの念押しに、双葉さんはしっかりとうなずいた。
確かに、双葉さんの身体に入った美優さんは、突然の変化に混乱するだろう。
その時、わたしたちがいたら、いろいろと質問攻めに合うかもしれない。

「あと、俺たちは双葉美優さんの隣のクラスの一年二組の生徒だ。何かあったら、いつでも相談に乗る」
「美優の……。あなたたち、美優と同じ学校の生徒だったのね」

矢坂くんの言葉は、双葉さんの瞳を揺らがせるのに十分すぎた。

「ああ。双葉美優さんは一年三組。隣のクラスの生徒だ。だから、何か困ったことがあったら、いつでも来たらいい」
「うん、ありがとう」

双葉さんは意識するように、真剣な声で言った。
不思議だ。
同じ学校。
本来なら、出会うこともなかった遠い存在のはずの双葉さんに親近感を覚える。
きっと、もっと双葉さんと一緒にいたいと思ったからだろう。
わたしたちが病室を出てから、しばらくした後。

『なんで、あたしが、お姉ちゃんになっているのよ!』

双葉さんがそう叫んで激しく取り乱している。
すれ違った看護婦さんたちが、焦ったようにそう話しているのを聞いた。
恐らく、美優さんは登校途中に、双葉さんと入れ替わったのだろう。
美優さんはきっと、突然に繰り出された自分の境遇についていけないんだと思う。