水仙と椿

母親とともに食事を終え、父親の部屋を訪ねる。父親はなんだか重い面持ちで腕を組み座っていた。
「お父様、大切な話しとはなんですか?」
「……実は近々、養子をとることにした。父さんの従兄弟に大学生の眼鏡の子だ」
「ええ…いらっしゃいますね」
今年は大学受験とかで正月の親戚一同が揃う新年会でいなかったが、毎年参加していた影の薄い印象の子だ。
「では新しい兄弟が増えるのですね。私、お兄様が欲しかったんです〜」
そう言いながら笑う妃月だったが父親の表情はなんだか更に重く難しい顔をしている。
背中のあたりから嫌な予感がヒシヒシと感じていた。

「お兄様ができるのは喜ばしいことですが、突然どうなさったのです?」
「従兄弟の子を正式に我が汐倉家の跡取りとすることになった。妃月、お前に当主の座は渡せない」
「え…あ…茶道家の家元はまだ男性の風習が残っていますからね。私が安心してどこかに嫁入りできるようにしてくださったんですね」
妃月は少し顔色が悪くなる。
嫌な予感がだんだんと確信に変わるようで、考えないように父親のご機嫌伺いをしておく。

父親はスッと妃月と妃月の母親の前に緑の紙を差し出す。
離婚届だ。
「跡取りはできた。お前たちとも終わりにしよう……妃月の大学費用と当面の生活費は慰謝料として渡そう。今週中に汐倉家(ここ)から出て行ってくれ。二度と汐倉家には関わるな」
妃月は言葉を失った。
嫌な予感はしたものの想像していたことより遥かに最悪なことが起きてしまった。

「あなた…なぜです?なぜ私たちを捨てるのですか!」
母親が叫び、緑の紙を破り捨てる。
父親は想定済みだったのか新しい緑の紙を出す。
「私が悪い。私が椿の母親と浮気してしまったばかりに…お前も妃月も壊れてしまった…」
母親は椿の名を聞いた途端、父親の話を途中で遮り、叫び発狂。
「椿…椿の母親ァァァ…許さない!またこいつらかあああっ!!どこまで私を侮辱すれば気が済むんだああっ!!許さない!許さない!あああっ!」
「お母様、落ち着いてください!きゃあ!」
物を壊しはじめたので必死に止めるが興奮し、持っていた花瓶で妃月の頭を殴る。
頭から出血し血をみた妃月は怯え悲鳴をあげた。

騒ぎを聞いた使用人たちが暴れる母親を数人で止め、妃月は病院に運ばれた。

「出会った頃の妻はとても優しく慈愛に満ちた美しい女性だった。しかし結婚してからはそれが嘘のように変わってしまい、癒やしを求めて椿の母親と遊びのつもりだったが、まさか子供ができて死んでしまうとはな…。」
静かになった部屋で妃月の父親は項垂《うなだ》れた。
妃月の母親は椿を引き取ってからは更に豹変してしまった。娘の妃月も母親の影響で変わってしまった。
虐げ笑う姿は醜い。
最近は酷く使用人に手をあげたり、母親と妃月の本性を知った新入りや若い使用人が次々と辞めていく。
「妻も妃月も病気なんだろうな……もう私には手に負えない」
椿のことがなくとも妃月の母親が本性をだした時点で亀裂が入っていただろう。
妃月の祖父と前々から話し合いを重ねていた。
椿が花京院家の倅と仲が良くなったことは良い事ばかりではない。
椿に手を出せば花京院家を敵に回すだけではない、周りの財閥や資産家まで敵に回し噂なんてたてられれば汐倉家なんて潰れてしまう。
父親は妻子より当主として家を守ることにした。