「椿!」
歩いて帰るしかない、門限を破った罰は仕方ないと考えていた矢先、頼久がこちらにやって来る。
「頼久様…?」
「お前、帰らないのか?」
「ど、どうやら手違いがありまして……」
また頼久に会えるとは思わなかったと喜び半分と恥ずかしいところを見られたと逃げたい気分半分だった。
「連絡をすれば……って、スマホ持ってなかったんだな」
「自力で帰りますから大丈夫です」
「俺の車で送るからこい」
椿の手を引き、車に乗り込む。

「ありがとうございます、助かりました」
「俺も帰るついでだ。…それにお前ともっと話たいって思っていたところだ」
椿の手に触れギュッと握る頼久。握り返していいかわからず困惑しながらも胸の高鳴りが止まらない椿。
なんの変哲もない会話ながらお互い有意義な時間もあっと言う間に終わってしまう。
「着いたっスよ」
「……行こうか」
「……はい」
頼久と共に残りの時間を惜しみながら歩く。

玄関の戸を開け「ただいま戻りました」と声を掛けても誰もいない。
いつものことだ。
椿はこの汐倉家にも使用人にも元々歓迎されていない。
「あら?早いじゃない」
妃月が現れた。すでに帰宅しておりラフな姿をしている。
「妃月様、ただいま戻りました」
椿は頭を下げるが、妃月は無視し隣の頼久に釘付けだった。
「椿、このお殿方は?」
「困っていたところを助けてくださった…」
「頼久です」
「頼久様ですわね。美しい方の御名前、覚えましたわ。私はこの汐倉家の長女で妃月と申しますわ」
「どうも。…椿、今日はゆっくり休めよ」
頬を染める妃月に対し冷たい頼久。
椿に優しく笑い、汐倉家をあとにした。

椿が微笑みながら頼久を見送ると後ろから強い圧を感じた。
「お前、あの方と仲がよろしいようね?」
「え…ただ送っていただいただけです」
「ふぅ〜ん」
妃月の疑いの目に目を反らす。


  ✱✱✱✱   ✱✱✱✱   ✱✱✱✱
頼久は椿を送り、自宅へ戻る。
「頼久様、お疲れ様です。椿様と名残り惜しそうでしたね」
「……言うな」
昔馴染みということもあって左京は鋭い。
それとも顔に出てしまったのだろうか?と自分の頬をおさえる。
「頼久ぁ〜これ、あのお嬢様の落とし物じゃねスか」
車の中を掃除していた右京の手には赤い林檎のキーホルダー。
頼久の持ち物にはそんな物はない。
「椿の落とし物か。次に会う口実ができたな」
嬉しそうに胸ポケットにキーホルダーを忍ばせた。


「オレ、あんなウキウキしてる頼久を見るのは小学一年生の時の遠足以来だわ〜」
「恋人にでもなったらどうなってしまうのか……」
「今から同棲の準備しとこうぜ、姉ちゃん」
「お前というやつは………よし、ノッた!」
左京右京はヒソヒソと聞こえないように頼久に内緒で準備をはじめた。